Fate/cinderella fantasy   作:若葉敬具

3 / 21
第2話 「明日いい日になあれ」

 今日の体育、女子はバスケである。

 

 体育館のコートをぐるりと3周走り、準備運動。

 二人組を作っての柔軟などを行った後、7チーム作っての試合形式という流れだった。

 

 体育ということで、試合時間は本来のものより短い5分の設定だが、まだ9月ということもあって、ほんの5分程度動くだけでもひどく疲れるし汗をかく。

 終了のホイッスルと同時にコートの外にでた私は、重力に引かれて床にへたばった。

 

「おつかれぇ~」

 

 声のする方を向くと、里見ちゃんが水を差し出してくれたので、受け取って飲んだ。

 うん。水だ。

 冷たい水が、体中に染みわたっていくのを感じる。

 しあわせー。

 

「ありがとー」

 

 受け取った水をふたを閉めて返した。

 自分だって疲れているだろうに、ニコニコと私の返した水を受け取る。

 

 ……こういう気配りがモテる秘訣なのだろうか。

 それとも、バスケットボール以上に跳ねる、そのお胸に秘密があるのだろうか。

 これが分からない。

 

「……どうかしたぁ?」

「ううん、なんでもない」

 

 とある部位を目で追っていたのがバレたようだ。

 いけないいけない。

 コートへと視線を戻す。

 

 コートの中では、かな子ちゃんが試合に出ていた。

 バスケは数あるスポーツの中でもとりわけスピーディな球技であるが、そのスピードに彼女はついていけていない様子だ。

 パスやドリブルでめまぐるしく動き回るボールの動きにも目が追い付いていない。

 

 おっと、相手選手がドリブルでかな子ちゃんに迫る。

 運悪くというか、かな子ちゃんがたまたまゴールへの道を塞ぐように立っていた。

 期せずしてディフェンスしているような恰好である。

 

 あ、フェイントに体勢を崩されて転んだ。軽く涙目である。

 きっと、私には狙ってもできない。

 

 ……こういう愛らしさがモテる秘訣なのだろうか。

 それとも、転んだ拍子にも激しく揺れる、そのお胸に秘密があるのだろうか。

 これはあざとい。

 

「かな子さーん。がんばってくださいましー」

 

 柔らかな声で応援するのは、琴歌ちゃんだ。

 

 彼女は、口調からも想像がつくだろうが、いいとこのお嬢様である。

 それも、昨夜の残り物といって、お弁当に伊勢海老やら松坂牛やらが入っているくらいのセレブさまである。

 そんな彼女の応援は、応援と呼ぶには、あまりに丁寧過ぎるが、それも彼女の味といえるだろう。

 

 ……この淑やかさがモテる秘訣だろうか。

 それとも、薄い体操服を隆起させ、激しく主張するそのお胸に秘密があるのだろうか。

 これはけしからん。

 

 さて、点数を見ると、これは一方的だった。

 開始3分で、19対4。

 案の定というか、かな子ちゃんのいるチームが負けている。

 

 ただ、これは、かな子ちゃんが足を引っ張っているとかではなく、それ以上に相手チームに上手い人がいるのが大きい。

 あ、またシュートが入った。

 綺麗なレイアップである。

 

 これで、21対4。あと1分程度では、覆りようがない点差である。

 

 シュートを入れた選手がチームメイトとハイタッチをする。

 茶色で、短髪の女子生徒だ。

 すらっとした細身の体格で、なんというかスレンダーだ。

 

 私は、密かにガッツポーズをした。

 

 彼女は確か、隣のクラスの、北川さんと言っただろうか。

 バスケだというのに、メガネをかけたままだが、その働きは群を抜いていた。

 21点のうち、半分以上が彼女によるものだった。

 

 はて、部活動の所属はバスケ部なのだろうか。

 あまり話したことがないので、詳しく知らないが、確か、バスケ部ではなかった気がする。

 

 先生のホイッスルが鳴る。試合終了の合図だ。

 最終的に、点数は27対4。

 MVPは間違いなく彼女だった。

 

  ◆

 

――学校は好きだ。

 

 勉強は難しいし、運動だって得意ではない。

 事実、かな子ちゃんのことを言えないくらい、私だってバスケは散々だった。

 ドリブルをすれば足に当たって蹴っ飛ばすし、シュートしたはずが、ボールがゴールの高さまで届かないこともあった。

 

 だけど、友達がいる。

 

 他愛のないおしゃべりが楽しい。

 たとえ、それが数分後には思い出せなくなるような内容であっても。

 

 ほら、一緒にご飯を食べるというだけで、こんなに楽しい。

 

「わぁ、今日も美味しそうなお弁当ですね!」

 

 琴歌ちゃんが、目を輝かせた様子で私のお弁当を見つめる。

 これを、素で言ってるんだからすごいと思う。

 

「じゃあ、いつもみたいに交換しよっか」

 

 4人で食べて、互いのお弁当の中身を交換し合う。

 ……正直、私の卵焼きと琴歌ちゃんのオムレツでは価値が釣り合わないと思うのだけど、琴歌ちゃんが嬉しそうなので良しとする。

 

 なにこれ、旨っ!

 

  ◆ 

 

 キンコン。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、予鈴とともに、先生がやってくる。

 相変わらず、几帳面で、時間に正確だ。

 教壇に立ち、クラスを見渡して、席に着くよう無言で促してくる。

 

 先生は成人男性にしても大きいと思えるくらい背が高く、体格もがっちりしている。

 そのうえ、目つきが鋭くて、じいっと見つめられるだけで、背筋に嫌な汗をかいてしまうような迫力がある。

 

 わたわたと、弁当を閉まって、机を戻す。

 あまりにいつもの光景過ぎて、誰も興味を向けたりはしない。

 

 このまま、本来なら静かになった教室で、開始のチャイムを待つのだけど――

 ガララ。教室の後ろの扉が開いた。

 

「……多田さん、また、遅刻ですか」

 

 5時限目が始まろうかという時だった。

 不機嫌そうな顔をした生徒が教室に入ってきた。

 

 多田李衣奈。

 

 クラスメイトではあるけれど、ほとんど会話をしたことはない。

 それは、私が彼女と仲が悪いとかではなく、ほとんどクラスにいないため、接点を持てないでいるからだ。

 そして、それは私だけじゃない。

 彼女がこのクラスで誰かと仲好さそうに話をしている姿を見たことがない。

 

 染めたような明るい茶髪に、着崩した制服。

 何もかもがつまらなく映っているような、そんな不機嫌そうな表情を隠しもしない。

 

 一日学校にいることは珍しく、授業だってこんなふうに途中でやってきて、気が付くとフラッといなくなっている。春からずっと、そんな感じだ。

 そのせいか、別に悪さをしているというわけではなかったけれど、クラス内での彼女への評価は「不良」で、有体に言って、「浮いていた」。

 

 これもまた、いつものことだったから、もう先生も多田さんに何かを言うようなこともなく、開始のチャイムと共に授業を始めた。

 先生の教科書を読む低い声で、私は睡魔に誘われる。

 瞼が落ちそうになりながらも、私の視線は窓際の席に向いていた。

 

 多田さんが、頬杖をついて外を眺めている。

 

 多田さんは、学校が好きじゃないのかな……。

 

  ◆

 

 キンコン。

 

 6時限目が終わると、すでに多田さんはいなかった。

 

「あれ、多田さん、帰っちゃったのかな」

「李衣奈ちゃん?李衣奈ちゃんなら鞄を持って出てくのが見えたけど、何か用事でもあったの?」

「う、ううん。そうじゃなくて、ちょっと、気になるなぁって」

 

 別に気になったからといって、どうということもないのだけど。

 

「気になる!?み、美穂さん!まさか、多田様のことが……そんな、イケません!!」

「へ?……ち、ちがうよぉ!!」

 

 最近、琴歌ちゃんはオカシイと思う。

 いけないと言いながら、何故目をらんらんと輝かせているのでせうか。

 ぐいぐいと顔を近づけるのをやめなさい。

 

「多田さん、いつも不機嫌そうだし、学校、楽しくないのかなって。いつも一人でいるし、友達とかいないのかなぁ」

「ふむぅ、そうですねぇ、お友達……。そういえばぁ、以前隣のクラスの神谷さんとお話ししているのを見たことがありますよぉ」

「え、ほんと?」

 

 隣のクラスの神谷さん、というと、神谷奈緒さんのことだろう。

 確か、ふわふわいっぱいの髪が特徴の子だったと思う。

 

 これまでクラスが一緒になったこともないから、話したことはなかったけど、少しツンケンしたイメージがある。

 ちょっと、多田さんに雰囲気は似ているかもしれない。

 

「でも、仲がよさそうには見えなかったですねぇ。話している時間も短かったですし、廊下でしたし」

「友達ってわけじゃないのかな」

 

 知り合い。

 たとえば中学が一緒とか。

 そういえば、出身中学も知らないや。

 

「……そんなに気になるなら、明日声をかけてみようよ」

「ゑ?」

 

 困惑する私を後目に、かな子ちゃんの提案に、二人が賛同の声をあげた。

 

「お昼ご飯に誘うのはどうかな?」

「いいですね、私、多田様の分まで紅茶を持ってきましょうか」

「じゃあ、私はケーキを作ってくるね」

「それじゃあ、私もぉ。とっておきのハチミツを持ってきますねぇ」

 

 やいのやいのと明日の献立(?)が決まっていく。

 正直、あくまで気になっただけで、つまり、好奇心に過ぎなかったのだけど、いまさら積極的に関わる気がないなんて言い出せる状況ではなくなっていた。

 

 まぁ、いいか。なるようになる。

 

 不良と言っても、ケンカに明け暮れるとか、そういうお付き合いがあるとかではないのだし、話してみれば案外シャイなだけかもしれない。

 もし、友達になれるのなら、もっと学校が楽しくなるかもしれないし。

 前向きに考えてみれば、そう悪いことでもない気がしてきた。

 

――ただ、一つ気がかりなのは

 

「ホットケーキとぉ」

「ドーナツもいいよね」

「クッキーなどいかがでしょう」

「なんで全部お菓子なの――!?」

 

 お昼ご飯だってばぁ、という私の叫びは無視されて、大気の彼方へ吸い込まれるように消え去った。

 彼女たちは、いつかの|節制《ダイエット)の日々を既に忘れてしまったのだろうか。

 

  ◆

 

 放課後。

 それぞれ部活に行ったり、勉強のために図書館へ行ったり、雑談に花を咲かせるためにカフェに行ったり、各々過ごし方は様々だ。

 

 しかし、今日は、クラスのみんなも、早々に帰り支度という様子だった。

 なんだかんだ、ちひろ先生もあれで慕われているのである。

 

 そして、もちろん、私も今日はさっさと教室を後にする。

 

 帰り道は、というと、他の3人とは、わたしだけ方向が違うので、途中からは1人になる。

 いつもの分かれ道で手を振り別れた。

 

 このときの別れ方は人それぞれで、琴歌ちゃんなんかは、深々と頭を下げる。

 知り合った最初の頃は、気兼ねしてしまっていたけど、今ではすっかり慣れてしまった。

 

 さて、別れたところで、このあとはどうしようか。

 

 時間は4時半。

 スーパーで買い出しをしてもいいが、タイムセールまでは少し時間がある。

 それより、朝に話題にでた教会に行こうか。

 教会に行くのは、結構久しぶりかもしれない。

 

 私は、慣れた道のりを歩きだした。

 

  ◆

 

 私の両親は共働きで、それは昔からのことだった。

 

 今でこそ一人で家に居たところで寂しかったりはしないが、それが小学生の頃となるとひどく心細く、泣いてしまうこともあった。

 そんな私が、親の帰ってくるまでどこにいたかというと、近所の教会だった。

 

 子供の足でも家から5分という立地は都合がよく、なにより、そこのシスターが子供好きでよく遊んでくれる人だった。

 結局、信仰心とか、そういうのは身につかなかったけれど、聖書の内容とか、そういうのには少しだけ詳しくなったものである。

 

「あら、美穂ちゃん。いらっしゃい」

 

 いつものように中に入ると、やはり修道服に身を包んだシスターがいた。

 穏やかな笑みは、昔とまったく変わらない。

 

「クラリスさん!」

「昔のように、お姉ちゃんでもいいんですよ?」

「もうっ、からかわないで!」

 

 私は、赤くなって言い返した。

 

 確かに、私は小学生の頃、彼女のことを「お姉ちゃん」と呼んでいた。

 休みの日も遊びに行ってはべったりだったので、近所の人にも本当に姉妹のようだと揶揄われたものである。

 まったく見た目は似ていないので、今になっては、おべっかだったのだと思うが。

 

 もっとも、中学生に上がった頃だったか、気恥ずかしくなって呼ばなくなってしまった。

 以来、今に至るまで名前にさんを付けて呼んでいる。

 今更、昔の呼び方に戻すのは難しいだろう。

 

「ふふふ、ごめんなさいね。でも、いいところに来てくれました。ちょっと、お手伝いをお願いしてもいいですか?」

 

 見ると、彼女は何冊か本を持っているようだった。

 

「子供たちにご本を読み聞かせてあげようかと思ったのですが、相手役が欲しかったのです」

「あ、相手役!?」

「掛け合いの多い作品なので、台詞を読むのを手伝ってくださいな」

 

 この教会は、地域に根差しているというか、主にこの人が原因なのだろうが、気軽に子供を預けられる託児所のような存在になっていた。

 

 見れば、彼女を待っている子供たちがいる。

 小学生にあがるか上がらないかくらいの子供から、小学校高学年くらいの子まで、数えると8人もいた。

 

「ええと、あんまりうまく読めませんけど、それでもいいなら」

「ありがとうございます。ささ、みなさんおまちかねのようですよ」

 

 歩き出した彼女の後ろをついていく。

 考えようによっては、彼女たちは、私の後輩のようなものだ。

 ならば、ここは先輩らしく一肌脱ごうではないか。

 

――そう思った矢先である。

 

「どうでもいいけど、早くはじめなさいよね。いつまで待たせんのよ」

 

 うおっ!?

 

 生意気そうな口調で文句を言うのは、小学校高学年くらいの女の子だ。

 しかし、それにしては、服装が派手と言うか、露出が多く、非常にきわどい。

 間違っても、私にはあんな服は着れない。無理だ。恥ずかしくて死ねる。

 

 そんな少女を窘める子もいた。

 

「ダメだよリサちゃん、そんなこと言っちゃ」

 

 こちらはあどけなさの残る少女だ。

 先ほどの子よりも1つか2つほど下だろう。

 

 大人しく待っていようと窘める割に、ちいさな体を左右に揺らし、いかにも待ちきれないという様子である。

 ぴょこんぴょこんと跳ねる二つ結びの髪が愛らしい。

 

 しかし、こう言ってはなんだが、朗読劇とはそこまで楽しみにするものだろうか。それも、小学校低学年ならまだしも。

 はて。いったい、何を読み聞かせるのだろう――。

 

  ◆

 

『ねる…まえ…に…おい…の…り…を……エイメン。』

『…エイメン』

 

 情感たっぷりに読み上げ、静かに、余韻を残しつつ、物語を語り終える。

 子供らを見ると、みな一様に涙を浮かべていた。

 それは、派手な服装の少女も同様だ。

 

「うう……なかなか泣かせるじゃないの。歴史に残る名作だわ……!!」

 

 評価は上々のようだ。

 どうやら、それなりに長いお話らしく、毎回区切りのいいところまで読むようなスタイルを取っているらしい。

 

 予定では、全10回。今回は、その9回目だとか。

 そのためだろう、読み聞かせておきながら、私はいまいち話の内容が掴めていない。

 果たして、ここまで泣くような話だっただろうか。

 

 要するに、正義の味方である神父様が、悪の吸血鬼に力及ばず敗れたって場面なんだよね。

 そんなに愛される人物だったのかな。もしかして主人公?

 

 ともかく、これでお話は終わりというわけではないらしく、続きはまた次回ということになった。

 

「また来てあげるわ!楽しみにしてなさい!」

 

 むしろ、一番楽しみにしてるのはあなたなんじゃないの?という言葉は飲み込んだ。

 

 クラリスさんと一緒になって帰っていく子供たちに手を振る。

 小学生でも、高学年になると恥ずかしいのか、大きな子ほど手を振りかえしてはくれなかった。

 いや、派手な服装の子を窘めていた彼女は、両手を振っていたが。

 ぴょんぴょんと跳ねて、たぶん、誰よりも元気だった。

 

「今日はありがとうございました、美穂ちゃん」

「い、いえいえ!私も楽しかったですし!」

 

 これは本当だ。

 朗読劇なんて初めてだったけれど、意外にやってみると楽しかった。

 登場人物になりきって台詞を言うのは、なかなか癖になりそうである。

 

 しかし、驚いたのは、クラリスさんの演技力だ。

 迫力が私なんかとは段違いだった。これも経験の差だろう。

 

 ところで、仮にも聖職者がこんな話を読んでもいいのだろうか。

 エンターテイメントとしては、面白い作品だが、題材が題材なだけに心配になる。

 教会は抗議とかしなくていいのだろうか。

 

「実話なのでセーフです」

 

 当たり前のように心を読まんで欲しいです。

 って、――え!?

 

「聖職者はみんなこんなことができるの!?」

「いえ、私はできませんよ?」

 

 その言い方だと、まるでできる人がいるみたいに聞こえますが……。

 

「じょ、冗談ですよね?」

「ふふふ」

 

 相変わらず、クラリスさんの表情は読めない。

 そのうえ、自分はポーカーフェイスが上手いと理解している人だった。

 何度も騙されたことがある。

 意外と子供っぽい人なのだ。

 

 だからこそ、子供たちにも好かれるのだろうけど。

 

「いつでも来ていいですからね」

 

 時間が6時にもなろうかという頃、スーパーのタイムセールを思い出した。

 もしかすると、今から向かっては、目当ての商品は手に入らないかもしれないが、そうでなくても晩御飯の買い出しは必要だった。

 

「うん、クラリスさん。また来るね。」

 

 今日は来てよかった。

 久しぶりだったけど、やっぱり教会は落ち着く。

 

 落ち着きすぎた結果が、今の時間なのだけど。

 

 急いでスーパーに向かわないと、ご飯を作り終える前に両親が帰ってきてしまう。

 疲れて帰ってくるのだから、出来れば待たせたりしないで、美味しいご飯を出してあげたいと思う。

 私は、クラリスさんに手を振ると、スーパーに駆け足で向かった。

 

『ええ。きっとすぐに来ることになりますよ』

 

 遠くから、何かが聞えた気がした。

 

  ◆

 

 うちの夜ご飯の当番は曜日によって決まっている。

 月曜日は、毎週私の当番と決まっていた。

 これは、月曜日は父も母も決まって帰りが遅いからだ。

 もし、母が帰ってきてから作ってしまうと食べ始めるのは9時とか10時とかになってしまう。

 そのため、昔から月曜だけは絶対に私が作ることになっていた。

 

 おかげで、今では結構な腕前だと自負している。

 調理実習なんかでは、ちょっとしたヒーローだ。

 みんな口をそろえて、小日向はいい奥さんになる、だなんて誉めそやしてくれる。

 

 はっはっはっ。

 なんでモテないんだ。

 ちくせう。

 

 さて、スーパーで買い出しを終え、家に戻るとすでに7時を回っていた。

 今から作れば、ちょうどいいくらいに帰ってくるかも。

 

 というわけで、料理に取り掛かる。

 今日の献立は、みんな大好きハンバーグ。

 単純にひき肉が安かっただけだけど。

 

 ソースは、折角だしデミグラスソースでも作ろうかな。

 

  ◆

 

 8時半にもなると、二人が帰ってきた。

 

 私は、出来上がった料理をテーブルに運び、二人は荷物を置いて席に着く。

 料理が並びきったところで、3人同時に手を合わせて、

 

「いただきます」

 

 箸がハンバーグに伸びる。

 

「――む、また腕を上げたな」

「えへへ、そうかな」

「あらぁ、ほんと。このソースも、市販のものじゃないわね」

「あ、気づいた?オイスターソースを使って、デミグラスソースを作ってみました!結構、自信作だったりして」

 

 ちなみに、ソースの配分よりも塩加減の方が重要だったりする。

 多すぎてもいけないが、少なくてもいけないのだ。

 

「もう、私よりも料理上手かもしれないわね。夜ご飯、毎日作ってくれてもいいのよ」

「いやいや、まだまだお母さんの域には達してないよー」

 

 お父さんとお母さんに褒められた。とてもうれしい。

 

 しかし、実際、お母さんのごはんはすごく美味しい。

 和洋中、何を作っても美味しく作るのだ。

 まだまだ私では勝てないと思う。

 

 以前にも、その秘訣を聞いたことはあるが、秘密らしい。

 どうも、「知られると私の立場がないでしょ」とかなんとか。

 「嫁に行くときには教えてあげるわよ」とも言われたが、果たしていつになることやら。

 

 ご飯を終え、お風呂も上がって部屋に戻る。

 時間は何時の間にやら11時。そろそろ、寝る時間だ。

 

 私は、とあるお守りを取り出し、眺める。

 これは、祖母からもらった大事な宝物だ。

 袋の中には、歪な形の宝石が入っている。

 

 効力があるのかは分からない。

 そもそも、お守りの袋は、神社で売っていたという「健康長寿」のお守りから中身を抜いたものらしい。

 代わりに、この歪な宝石を入れたらしいが、祖母曰く「幸運のお守り」なのだとか。

 

 この祖母が、風変わりな人だった。

 

 あだ名は「魔女」。

 本人も自称していたらしい。

 

 よくわからないおまじないに詳しかったし、鋭い洞察力で人の悩みをばんばん言い当てるなど、職業は占い師なんじゃないかと思っていたほどだ。

 

 そんな祖母が私は大好きだった。

 

 私が小学生に上がった頃には、既に60歳を超えていたはずだが、年齢など感じさせないほど、活力に溢れた人だった。

 それでいて、どこかミステリアスなのだ。

 魅力的に感じないはずがない。

 

 私はよく祖母の家に遊びに行っては、いろんなお話をせがんだものだ。

 中には、子供の私には難解な教訓話も少なくなかったが、きっとタメになるのだと思って、ふんふんと真面目に聞いていた。

 

 だが、今は、どこにいるのか分からない。

 私に、このお守りをくれた日からしばらくして、ふらっといなくなってしまった。

 

 母に尋ねると、「あの人は、猫みたいな人だから」と悲しそうな顔で答えた。

 以来、連絡は取れず、所在も知れない。

 そんな状況が、既に6年も続いていた。

 まもなく7年になる。

 

 だから、私は毎日、このお守りを眺めては、祖母のことを思い出す。

 私まで忘れてしまったら、二度と会えないような気がするから。

 眺めて、握って、祈る。

 

『神様に祈るなら、願い事は一個に絞った方がいい。神様だって、いろんな人からいっぱい聞いてたら、わかんなくなっちゃうからね』

 

 祖母の言葉だ。

 だから、私は以来、同じことだけを願うようにしていた。

 

「明日いい日になあれ」

 

 世界中のみんなが、きっと同じように思っているはずだから。

 

 




美穂は、82。
何がとは言わないけど。

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。