バンッ
「いったぁ~。」
大きな音をしながら僕は、起きた……というよりはベッドから落ちたという表現の方が正しそうだ。
「ふあぁ~」
大きなあくびをしてしまったよ。あれ、僕は何でこんな時間に寝てたんだっけ?………ああ、そうだ。どうも朝から調子が悪くて睡眠していたんだった。変な夢を見ると困ってしまうね。さてと、時間としては、使用人の業務が終わった時間くらいだろうか。さて、ナツキ君にも会いたいし、移動しようか。
ぐ~
その前におなかをどうにかしないといけないようだ。そういえば、朝から何も食べてなかったね。
「大きな音がしたと思ってきたけれど、大丈夫そうね。」
ラムさんが、ノックなしに僕の部屋に入ってきた。心配してくれるのは別にいいが、ノックはしたほうがいいのではないかな?
「ええ、まあ特に問題はないです。ただ僕が、ベッドから転げ落ちただけなので。ただ、部屋に入ってくるときはノックからいするのが淑女ってやつのつとめでは?」
「ハッ、それならわざわざノアを心配して様子を見に来た寛大なラム様に感謝しなさい。それとノアは、今日何も食べていないでしょうし持ってきたわ。」
これで、僕が自分で作る暇が省けたな。たぶん、レムさんのことだから僕の分も残しておいたということだろうな。
「ちょうどおなかもすいていましたし、素直にお礼をいっておくとしますよ。あと、ロズワールさんから聞きましたけど、新しい同僚の方がいるみたいですね。その方に、挨拶をしておきたいので部屋だけ教えてもらってもよいですか?」
そう、あくまでも僕はここで初めての会合だ。ラムさんやレムさんは、僕が王都に行ったことは知っていても、何をしていたのかまでは知らないからね。
「そう、それは構わないわ。ただ、ノアは昨日の予定で疲れていると聞いているわ。無理はしないことね。」
「ええ、それは大丈夫ですよ。自分の体のことは自分が一番わかっているつもりではありますので、心配は無用です。」
「フンっ、ただラムとレムの仕事が増えるのが嫌なだけだわ。あと、同僚ことバルスの部屋はここの3個となりだから。」
「ありがとうございます。まあ、明日からは通常業務に参加できるので。」
そういうと、ラムさんは満足した様子で帰っていった。一番近い位置にいた、ナツキ君に僕のことを確認させにいかなかったのは、僕とナツキ君への配慮だろうか。しかし、それほどまでに大きな音を出してしまったのか。
さて、満腹になったことですし、ナツキ君に会いに行くとしますか。彼の性格としては、まだわからないことも多いし、例のこともある。今、僕が最も関心を持っている人物といっても間違いはない。彼に僕に対しての悪感情を持ってらっても困るからね。
部屋を軽くノックする。そうしたら、「はーい。」とナツキ君が返事をしてくれた。了承ももらったし入るとしますか。
「あれ、あんたがラムとレムがいってた同僚か?」
その言葉とともに目に入ってきたのは、ジャージ姿で目つきの悪い黒髪の少年、ナツキ君の姿だ。さて、あの二人からも軽く話は聞いているみたいだし、さっそく自己紹介といこうか。
「はい、その通りです。僕の名は、ノアです。あの二人とともにこの屋敷で働いています。あなたのことは、ロズワールさんから話を伺っておりますよ。これからよろしくお願いしますよ、ナツキ・スバル君。」
「ああ、こちらこそよろしく頼むぜ、ノアちゃん。」
バッチリときめたつもりなのか、本人はウインクをしながらこちらを見てくる。あの二人、僕のこといってないな。毎回間違われるのも少し煩わしく感じる。少しだけ、毒舌でいじめてあげようかな?
「あー、カッコつけたとこ悪いんだけど、いちよう僕は男だから。あと、女の子だと思うにしても、最初からウインクなんてやめておいたほうがいいと思うよ?いい反応をしてくれる女の子はそこまで多いとは僕は思わないしね。」
「悪い、そいつは失礼だった。でも、ちょっと初対面の割には、らむちー並みに毒舌がすごいとおもうなぁ、俺は!」
「そうだねえ、ラムさん風にいうとするならば、ここはハッっとでも言っておこうかな。それにしても、ナツキ君の寝巻きここではみないもののようだけれど、どこの出身なんだい?」
どうやら、互いに悪くはない関係が築けそうだ。念のために、僕の出身は彼には明かさないでおく。そのアピールも含めて、遠回しにおまえはどこまで知っているのかということを尋ねてみた。ナツキ君は、僕と同じ世界から来たと思われるなので、彼の返答しだいで、彼が今もっている情報量がおおよそわかるということだ。
「あー、それについては信じてもらえるかわからないが、大瀑布の向こう側からだ。」
なるほど、この世界の住人がいったことがないその果ての向こう側か。これをいうのは、たいてい頭がおかしいことやそれを儲け話にしようとする者たちだ。察するに、ナツキ君はこの世界に対しての、情報量がすくないように思える。他の国をしっているなら、それを答えた方が大瀑布と答えるより信憑性があるのは当然のことだ。
「うん、わかったよ。僕は今ナツキ君を頭がおかしい人認定にしたことをね。」
「まさかの、辛辣すぎるコメントが返ってきた―!」
僕が笑いながら冗談をいうと、ナツキ君はそれを返してくれた。案外見た目に反して彼は、ノリがいいのかもしれないね。お人よしって部分はあるかもだけど。
「面白そうな人で良かったよ。じゃあ、初日の疲れもあるだろうし、今日はここらへんで失礼するとしますよ。明日からの働きに期待していますよ、同僚ナツキ君?」
「ああ、よろしく頼むぜ、先輩。」
そういって会話が終了して、僕は自室へと戻った。
とりあえずは、上々の出来か。彼に変な警戒心を与えることなく会話をすることはできたはずだ。僕の取り繕った表情や仕草は、いくら偽のものとはいえ、そう簡単には見破られないだろう。今まで、一回もばれたことはなかった。さて、まだ君に関してのわからないことが多いが、これからじっくりと観察させていただきますよ。どうか、僕を楽しませてくださいね、ナツキ君。
さて、わかったこともある。僕の同僚になったナツキ君は、家事能力が絶望的ではあるようだ。まあ、のちの見込みは存外あるかもしれないけどね。さっそく彼は、彼の愛刀『流れ星』で自分の手を切ってしまったのか、悲鳴をあげている。
「反省のないことね、バルス。上達って言葉を知らないの?」
「まあ、僕は昨日いなかったんで知りませんけど、器具を触ったことはなかったんですか?」
「先輩方よ、らむちーには昨日もいったけど、箸以外の調理器具をさわったのは昨日がはじめてなんですよ。」
なんだ、触ったこともなかったのか。なら、仕方がないかもしれないけどね。当然ナツキ君は、ラムさんと一緒に皮むき担当ってところだ。当然僕とレムさんが、主な調理をしている。ナツキ君が手掛けた無残な野菜の残骸をみて、僕は彼からナイフをとっていった。
「そもそも、ナツキ君はまず持ち方がなっていません。僕が見本をみせますのでよくみていてください。」
僕はそういって、素早く野菜の皮だけをナイフではぎとる。そのスピードに3人がひいていたような気もするがきっときのせいだろう。まあ、当然のことだね。ナイフ自体は、僕と長い付き合いだ。ナイフの料理の方の使い方でも、負ける気はしない。
「まあ、これくらいのスピードは無理だと思いますが、せめて時間がかかってもきれいにむけるようにお願いしますよ。」
まあ、その後も彼は何回か指を切りかけていたが、少しは上達するんじゃあないかな。彼自身の向上心はありそうだしね。ただ、ひとつ気になったとすればレムさんがナツキ君に対して、何か疑うような目線をしていたということだろうか。まあ、彼女もナツキ君がどこかの刺客という可能性を危惧しているだけだと思うけどね。今のところは、何も起きなさそうだし、しばらくは待機ってとこだね。あるとしても、魔獣使いが何かを企んでいるということだろうか。
まあ、驚いたことがあるとすれば村に奴がいたことだろうか。まあでも、驚いたというほどでもないか。魔獣使いメィリィは、さももとからそこにいたかのように、子供たちの輪の中にとけこんでいた。
僕と目があうと、気づかれない程度でウインクをしてきた。まあ、向こうの計画は何をやっているのかは知らないが、順調ではあるようだ。ナツキ君は、ここの村にくるのは初めてらしいということで僕が行くついでについてこさせた。ナツキ君には、子供たちと遊ばせておいて、僕は買い物をすませることにする。そうしないと、またおもちゃになりそうだからね。
「おぉ、お疲れ~、ノア姉ちゃん。」
僕を煽ってきたナツキ君だった。一瞬その顔が妙に吹き飛ばしたくはなったが、気のせいであろう。おや、彼の手に傷があるようですね。どうしたのかと思い、彼に訳を促すと、彼は答えた。
「いやぁ~、そこの犬にかみつかれちゃってさ。」
そこの犬?と思い、子供の方を見てみると、そこにはメィリィが魔獣を抱えていた。同じ魔獣を使役しているものじゃないと、これはわからない感覚であろう。さて、これは誰かに解除してもらわなと解けないだろうね。これくらいなら、ベアトリスさんなら簡単だとは思うけどね。
「ああ、僕は回復魔法は苦手なので他の人になおしてもらってください。怪我をしたところ悪いですが、そろそろ帰りますよ。まだ、業務は残っていますしね。」
といって、僕はナツキ君を引っ張って行って帰った。
さて、このままだと彼はナツキ君は呪いで死んでしまうだろうか。それを知っているのは、僕とメィリィのみで助けるという選択肢ができるというのは僕だけだ。しかし、それでは面白くはないし、彼の謎にも迫れない。彼は、一度死んだあとも時を戻していた。死してもなお、時を戻す手段があるというのならば見せてくれ。それができないのあれば、残念ながらその程度だったということだ。もし、やり直せるとするならば、君がどういった選択肢をとるのか、それが世界にどういった変化を及ぼすのか、興味は尽きない。
さあ、存分に死の運命からあがいてくれよ、ナツキ君