俺の世界と君の世界の狭間で   作:紫羅野もか

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高まる鼓動

 午前4時。まだ日が昇っていない時間帯だというのに、部屋からは物音が聞こえていた。

 慣れない環境のせいで不眠状態に陥っていた蓮は、すぐに目を覚ますとベッドから起き上がった。そして物音の方へと歩いていく。どうやら物音は、玄関の扉の音のようだ。

 蓮は明かりをつけると、恐る恐る玄関を覗く───そこにはスミレがいた。昨夜家を出ていったスミレが蓮の元へ帰ってきたのだ。

 スミレは、フード付きの黒いマントを羽織ったまま疲れきった様子で玄関に座っていた。

 蓮は、慌ててスミレの元へ駆け寄った。

 

「スミレさん、おかえりなさい」

 

 スミレは驚いた顔をして蓮を見ると、小さく笑った。

 

「起きていたの?」

「はい、なかなか寝れなくて」

「そう。慣れない環境だものね」

 

 スミレは靴と上着を脱ぐと、部屋へ上がった。そしてそのまま風呂場へ向かった。

 

「シャワー浴びてくるわね」

「はい」

 

 スミレはお風呂が大好きなのだろう。初対面の蓮ですらそれに気づくことができた。

 スミレが風呂に入っている間、蓮は家族のことを想っていた。

 

(母さん、大丈夫かな.)

 

 今頃未彩は、どうしているのだろうか。突然姿を消してしまった蓮を必死に探しているのかもしれない。しかし、未彩は架空界に来たことがある貴重な人間だ。もしかすると蓮が架空界にいることを察しているかもしれない。何にせよ、蓮は未彩のことが心配でたまらなかった。

 

(元気でいてくれてるといいんだけど…)

 

 蓮がそんな事を考えていると、スミレが風呂から上がる。シャワーだけだからか、昨夜より風呂から上がるのが早い気がした。

 まだ完璧に乾いていない髪をタオルで拭きながら、''おまたせ''と口にするスミレ。蓮はつい、その姿をじっと見つめてしまった。

 

「何かしら?」

 

 スミレは悪戯っぽく微笑む。そう、彼女は蓮の前でいつも笑っている。蓮はそんな彼女の笑顔がたまらなく好きだ。

 

「いえ、なんでもないです」

「そう?ならいいのだけれど」

 

 スミレはそう言うと、ふと思い出したかのようにタオルと寝巻きを蓮に渡した。

 

「蓮もお風呂入っていいわよ。沸かしておいたから。昨日言えばよかったのに、遅れてしまってごめんなさいね」

「え、いいんですか?じゃあお言葉に甘えて」

 

 蓮はスミレから衣服を受け取った。

 

「ゆっくりしていいわよ、疲れたでしょう?」

 

 スミレの言葉は本当に優しかった。普通の人間なら、一日寝ていただけの蓮に、そんな言葉はかけないだろう。

 

「なんか申し訳ないです。スミレさんの方が疲れてるのに」

 

 蓮は軽く頭を下げると、風呂へ向かった。

 

 *

 

 脱衣場に入った瞬間、甘いシャンプーの香りがした。スミレの髪と同じあの花の匂いだ。

 

(あ、スミレさんの匂いだ…)

 

 そうと分かると変に意識してしまう。考えないようにしようとしても、身体がソワソワとして落ち着かなかった。

 

(あぁ、なんだよ俺。らしくないなぁ)

 

 蓮は必死に嫌らしい想像をかき消した。そして服を脱ぎ捨てると、風呂へ入った。中に入ると、そこには湯船がしっかりとある豪華な風呂があった。入浴剤が入っているようで、湯は綺麗な薄ピンク色をしていた。

 

(本当に風呂が好きなんだな、スミレさん)

 

蓮はゆっくりと湯に浸かった後、風呂から上がった。部屋に戻ると、スミレが何か準備をしていた。随分と大荷物だった。

 

「またどこかへ行くんですか?」

「ええ、()()()の所にね」

 

 スミレは相変わらず単純な返事だった。きっと初対面の蓮に細かい情報を言いたくはないのだろう。

彼女の友達とはどのような人なのだろうか。

 行き先や目的を聞きたいところだが、それは今聞くことではない気がした。それにスミレは今忙しいため、蓮からの質問に答える暇はなさそうだった。

 蓮はこれ以上何も言わずベッドに移動すると、当たり前のようにそこに座った。そして、そこからスミレの様子を無言で眺めていた。

 

 スミレは支度を終えると、黙って蓮の横に座る。そして、蓮の手を握ると言った。

 

「大丈夫よ。貴方は生きて帰れる」

 

 その優しくて力強い声が、なぜだか蓮の耳に残った。

 

「あの、本当にありがとうございます」

「大した事してないわよ」

 

 スミレはそれだけ言うと、蓮の腕を掴んだ。そして腕を掴まれたかと思えば、蓮はそのままベッドに引き寄せられる。

 

「ちょっ.スミレさん…!」

 

 蓮とスミレは一つのベッドで一緒に寝っ転がる。

 蓮は恥ずかしくなり顔を真っ赤にすると布団で顔を覆い隠した。蓮にとって女性と同じベッドで寝るのはこれが初めてなのだ。

 

「こ、こんなのおかしいって…」

「ふふ、まだ刺激が強いかしら?」

 

 スミレは微笑んだ。その顔はとても魅力的だった。惚れてしまいそうだった。どうして彼女はこんなにも、ずるいくらい美しいのだろう。

 蓮は、自分の頬が熱くなっているのが分かった。ドクドクと動く心臓が、スミレに聞こえていないか心配だった。

 

「蓮、おやすみ」

 

 スミレはそう言って部屋の電気を消す。

 密着した身体はとても温かい。蓮の中で少しだけ、スミレとの距離が縮まった気がした。蓮は今日、初めて女性と──スミレと同じベッドで寝た。


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