俺の世界と君の世界の狭間で   作:紫羅野もか

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現実ノ者の救世主 後編

 スミレが蓮の元に帰ってきたのは、辺りが暗くなった頃だった。蓮は彼女が帰って来るまでの間、ずっとベッドで寝ていた。

 自分が架空界へ来てしまったのは夢であり、寝れば元の世界に戻れるのではないかと考えたのだ。しかし、そんな都合のいい事はなかった。

 

「貴方、まさかずっとここで寝ていたわけじゃないわよね?」

 

 片手にワイングラスを持ったスミレは、熟睡している蓮を容赦なく叩き起した。

 蓮は頭をボーッとさせて、不機嫌そうなスミレを見て言った。

 

「あ、えっと。おはようございます」

 

 蓮はこの時、自分がどれほど失礼な奴か知った。

 

「私のベッドで寝た感想は?」

「いい匂いでした」

「ふふ、素直ね」

 

 スミレは笑う。

 殴られる覚悟で言った言葉だったが、どうやらそこまで彼女は短気ではないらしい。

 スミレは蓮が寝ているベッドに腰掛けると、持っているグラスにワインを注いだ。そしてそれを一口飲んだ。

 

「スミレさんってお酒飲むんですね」

 

 蓮は意外そうにしてスミレを見る。

 

「ええ、まぁ」

 

 スミレはそう言って、ワインを全て飲み干してしまった。

 

「あの、スミレさん。俺、色々考えたんですけど。やっぱり、ずっとこうして家の中に閉じこもっているのはダメだなって」

「あら?寝ているだけかと思っていたけれど、ちゃんと考えていたのね」

 

 スミレは意外そうな顔をした後、話を続ける。

 

「それで?何かする事でも見つけたの?」

「バグの張本人を探すお手伝いならできるかと」

「そうね。確かに、私一人で探すよりかは効率がいいわ」

「っ...それじゃあ」

 

 蓮が目を見開くと、スミレは首を横に振った。

 

「ダメよ。貴方だってよくわかっているでしょう?現実ノ者は命を狙われているの。下手に動けば、貴方はいつ死んでもおかしくない」

「確かに俺は化け物に殺されかけました。でも、バグの張本人を探すくらいなら…」

「厳しいわね。貴方が言う''化け物''は、凶悪な殺人組織の"サタン"のことよ。サタンにあなたの身がバレれば一瞬にして心臓を貫かれるわ」

「サタン?」

 

 蓮は首を傾げた。

 

「サタンはどうして俺たちを殺すんですか?」

「おそらく復讐でしょうね。彼らは現実ノ者に恨みがあるみたいなの。もう既に五十人以上の死者が出ているわ」

「うそ...だろ...」

 

 半日で五十人の現実ノ者が死んだ──その事実はとても信じられないことだった。蓮はもう、いつ殺されてもおかしくないのだ。

 

「早くっ...早く俺を人間界に帰して下さい!」

「ええ。できるのなら一刻も早く帰してあげたいわよ。()()()()()()

 

 スミレは落ち着いた口調でそう言った。

 どうして彼女はこんなにも冷静でいられるのだろう。

 蓮はスミレに苛立ってしまった。こんな時まで冷静で、表情一つ崩さないスミレに。自分だけが焦っていて、彼女は何も考えていないように感じたのだ。

 

「なんでそんなに冷静なんですか!人が死んでるのにっ...。俺だって殺されるかもしれないのに!なぁスミレさん!人の命をなんだと思ってるんですか!!」

 

 スミレに全てをぶつけるように言葉を吐いた。しかし、スミレは動揺するどころか、いつも通りの微笑みを見せる。

 

「蓮、あのね。人ってタイミングはバラバラだけれど必ず死ぬのよ。今回が偶然、五十人死んだだけで。架空界は毎日どこかで殺し合いが起きてるわ。それはきっと、人間界も同じはずよ」

 

 スミレは淡々とそう語った。彼女の寂しげな目が、蓮をじっと見つめる。

 蓮は怒りを鎮めると、目を伏せて言った。

 

「ごめんっ...。俺、焦って酷いこと言っちゃって…」

「いいのよ。人の命を軽く思っていたのは確かだもの。貴方の考え方を参考にさせてもらうわ、ありがとう」

 

 スミレは蓮の頭を撫でた。子供をあやすように優しく、柔らかく。

 

「シャワー浴びてくる」

 

 スミレは、グラスに入ったワインを一気に飲み干すと風呂場に向かって行った。

 スミレと蓮の距離は縮まる所か、離れているような気がした。

 

 *

 

 スミレは風呂から出ると、何か思い立ったかのように蓮に近づいた。そして蓮と目を合わせる。

 

「ねえ蓮。貴方はさっきの話を聞いてもまだ、バグの張本人を探したいと思う?自分の命を犠牲にしてでも───」

「俺、正直怖いんです。死ぬ勇気なんてありませんよ。でも、バグの張本人を殺すしか、元の世界に戻る方法はないんですよね?」

 

スミレはコクリと頷いた。

 

「それなら、やっぱりバグの張本人を探したいです。一刻も早く人間界に帰るために。それに…スミレさん。あなたの力にもなりたいんです」

 

 蓮の真っ直ぐな眼差しはスミレの目を離さなかった。

 

「そう。貴方ならそう言うと思っていたわ。明日の朝ここを出るわよ」

「え…?」

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 スミレはさらに蓮に近付くと、彼の顔を至近距離で覗き込んだ。スミレからは花の甘い香りがする。彼女の柔らかい肌が、今にも蓮の頬に触れそうだった。あまりに近すぎるその距離に圧迫感を感じたが、何故だか体を動かすことができなかった。背筋が凍りついたかのように固まっているのだ。

 

「なりたいです、スミレさんの力に」

 

 蓮は気づくとそう言っていた。

 スミレはその返事を聞くと嬉しそうに笑った。それと同時に、蓮の緊張が解けた。蓮は''よかった''と、心の底からそう思った。

 スミレは恐ろしいほど美しい。まるで───悪魔ような女だった。


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