テクスチャの少女   作:明神阿良也のオタク

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まだストーリーまともに始められていませんが……


踊れ踊れよ讒謗に鳥は嘲笑う

「幸せな人ほどイジメに遭いにくいってのは、割りと有り得る話だと思ってるんだ。正確には、恵まれた人間ほど、かな」

 

 こんな抽象的な言葉でも内容を理解できたのか、彼女の表情が歪んだ。自身がどういう理由で虐められているのか、彼女も朧気ながら理解していたのだろう。でなければ、こんな分かりにくい言葉に表情を変えることは無い。

 

「人間っていうのは、群れる生き物だ。その群れの中でも優位性を保つために自分の下の立場のものを作ろうとするのは当然のこと。仕方がないことなんだ」

 

 高圧的にならないように、かと言って諭すような口調でもなく、ただの純然たる事実として述べる。私自身はイジメに肯定的だ。人間の本能として社会から無くなることは有り得ないだろうし、そもそも資本主義とはそういうものだ。弱者は蹴落とされるようにできている。

 一人一人が偏見を無くしイジメを撲滅しようと考えればイジメなんてものは一瞬で無くなるというのに、それが口で言うよりもずっと難しいのは人間が理性よりも本能に突き動かされやすい生物だからだ。

 

「標的になるのは、弱いもの。外れているもの。まあ、当然だよね。自分より強いものを蹴落とそうとするよりもよっぽど楽だもの。運動神経がいいものはそれだけでステータスになる。頭がいいものはそれだけで一目置かれる。顔がいいものは言わずもがな。人当たりがよく敵が少なければ嫌われることもないし、そうでなくても大衆から外れたことをしなければ狙われることは少ない」

 

 だが、それは()()()()()()()()

 

「だけど、それだけじゃないよね。そう単純に事が成るわけじゃあない。だって、全員がそう在れるわけじゃないもの」

 

 口を挟みたそうにしていた瑞乃が、唇を固く結んだ。何も分かっていないと、そう言いたかったのだろう。だけど、舐めてもらっちゃ困る。決して口先だけなんかではなく、私は()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「病弱。これはどうしようもない。だけどその代わりひどい迫害を受けることも無い。障碍。これは親が悪い。世間体を気にして子供を普通の学校に入れた親の責任だ」

 

 瑞乃は恐らくこの2つには当てはまらない。私から見た彼女は正常で健常だ。だけど、話していて分かったことがある。

 彼女は人と関係を持つことに怯えていて、そして模範を知らない。

 

「瑞乃。貴方は正常だよ。そして、私と同じだ。()()()()()()()()()()()()()()。そうでしょ?」

 

 親から愛を注いで貰えなかった子どもには、他者との接し方が分からない。友情も愛情も正しく受け取れない子どもが、コミュニティの中でまともに立場を築けるはずもない。

 幼稚園や保育園? 通えるはずもないだろう。小学校でも早々に孤立するに違いない。それでも低学年の頃は教師がまともであればなんとでもなる。ただ、それ以上はどうにもならない。

 

 確実に孤立して、そしてイジメに遭う。それからの対応は個人によって変わるのだろうが、ほとんどは瑞乃のように何もできず耐え忍ぶことになるのだろう。

 

 私が瑞乃をこのタイプだと断定したのは、人付き合いの下手さからだ。少し話しただけでも──言葉にして説明するには感覚的過ぎるものだが──多くの違和感があった。普通の同級生には感じないような、会話の齟齬のようなものが瑞乃からは感じられたのだ。

 

「心配しなくていいよ。言ったでしょ? 助けてあげるって。人との付き合い方も教えてあげる」

「……はい」

 

 ここまで矢継ぎ早に話して、彼女がその内容を飲み込むのを待ってから手を取った。相手の目をしっかりと見つめる。真摯さを伝えるのにこれ程手軽で使いやすいものはない。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。

 

「だから、溜め込むよりは話してみて欲しい。私は秘密は守るし、貴方の力になりたいから」

 

 決して嫌味にならないように微笑を浮かべ、彼女に信用と信頼を植え付ける。特に、信用。信頼はあとから築くものだが、信用が得られなければここで終わりだ。やりたいことができなくなるわけではないが、出だしで躓くのは避けたい。先程は話すと言ったのだから問題ないだろうが、より深いところまで突かねばならぬ可能性も考えて、信用を得ておくことは重要だった。

 

「……話し、ます」

「ありがとう。私を信用してくれるんだね」

「……はい。あんまり、ちゃんと喋れないかもしれないですけど」

「うん。それでも大丈夫」

 

 ひとまず、信用を刷り込むことには成功したようだった。瑞乃の表情に滲むのは、己をさらけ出すことへの緊張と、理解者となり得る存在への期待だ。

 存外、易いものだというのが私の感想だった。そういうものだと理解していても、人心を操ることは難しい。詐欺師の常套手段のようなある程度完成された手法はあるものの、それですら高等な技術を要するのだ。しかし、所詮は中学生。それも、心が弱っている相手となれば逃げ道を作るだけで懐かれる。

 

「初めは、明るい家庭だったんです。でも、借金があったらしくて。……どんな理由で借金を背負ったのかは分からないんですけど、とにかく大きな額で、ある日お父さんがいなくなりました」

 

 借金に、父親の失踪。となれば残された母親と彼女はさぞ苦しむはずだ。フィクションでよく見るような、典型的な不幸。

 

「お母さんは豹変してしまって、私と目を合わせなくなりました。取り立ての人に愛想良く話しかけるようになって、家にはほとんど帰ってこなくなりました」

 

 母親も壊れたということか。育児放棄という認識で合っているだろう。借金を背負った状態で、それも母子家庭となれば心も壊れるというものだ。自己破産という手段があるように思うが、何か事情があったのかもしれない。

 

「それでも、学校には行かせてもらえました。給食を食べさせるためかも知れませんけど。……給食費、払ってなかったみたいですし」

 

 それで、と瑞乃が続けた。

 

「私は虐められるようになりました。理由は、私がみんなと違うからです。ランドセルは中古のボロボロなものでした。服も古着をまともに直してもらえず、小汚い格好でした。同い年の子と話したことがほとんどなかったから、どう接すればいいのかも分かってませんでした。人との接し方がわからない私は、それでも仲良くしてくれようとして話しかけてくれた子とも、上手く付き合えませんでした。今でこそまともに話せていると思いたいですが、今更当時の印象も覆せません」

 

 ある程度予想通り。フィクションでもノンフィクションでも腐るほど見てきた、ある種のテンプレとも言えるような不幸。それが彼女の心に潜む病の原因だった。

 

「私は何も悪いことなんてしていません。でも、物が無くなれば疑われて、乞食みたいだとからかわれて──」

「うん、うん。瑞乃は悪くないと、私も思うよ。貴方にはなんの非もない。ただ幸せになれなかっただけで、貴方が自分を卑下することも、何かを諦める必要もないんだ」

「だけど私は上手く人とコミュニケーションが取れないし……」

「今こうして話せてるんだから、十分でしょ? それでもまだ不安なら、私と友達になろう」

 

 友達になろうというこの言葉が、彼女にどれほど刺さるのだろう。施しだと、哀れみだと躊躇するのだろうか。天上より差し伸べられた手のように思うのだろうか。

 果たして、彼女は不安げな表情で私の手を取った。友人なんて言葉に道具として以上の価値などないと、私は知っている。友人という括りにさえ入れてしまえば、人は相手に寛容になり、そして信頼を抱く。これほどに使い勝手のいい言葉はなかった。

 

「私は別にいい人じゃない。放っておけなかったという、自分本位な理由で貴方に声をかけた。だから、練習台にでも何でもしてくれればいい」

「そんな……市村さんは、自分勝手なんかじゃないです。そんな人が、私の事なんて助けてくれるわけない」

「そう言ってくれると嬉しいけど。……うん、じゃあ、よろしくね」

 

 

 

 ♦

 

 瑞乃と初めて出会った日の記憶。今覚えば、私も随分と拙い交渉をしていたものだ。衝動的にここまでやるなんて、むしろ私らしくなかった。それほどまでに私が自分の案に酔っていたということなのだろうけど。

 

 そして、イジメ自体は残念ながらすぐに片付いてしまった。私がクラスである程度の位置に立って、何も知らない振りをして瑞乃をつつき回していればいつの間にか鎮火してしまったというのが正しいか。単に私の影響力が強いわけではなく、たまたまそういう環境ができあがっていただけだろう。しかしそれもつまらないから、次の被害者にはイジメの主犯者達を推薦しておいた。

 SNSによって逃げ場のなくなったコミュニティはなかなか私にとって過ごしやすく、万引きやら浮気やら陰口やら、ばらまけるものをばらまいてしまえば勝手に彼女たちは堕落していく。

 

 だがそれでも、手間に比べて報酬が少な過ぎた。これからの為の仕込みとして割り切ったが、如何せん落ちぶれた四人の絶望に染まる顔が見られなかったのが痛かった。

 だから、少しリスクを背負って遊んでみることにしたのだ。これだけは、今でも鮮明に覚えている。

 

「虐める側から転落して、今どんな気持ち? わざわざクラスの風潮を歪めるのはとっても難しかったんだから」

「ッ……!? まさか、アンタが……?」

「その通り! ふふ、ふひひひっ、いいよその表情。とっても興奮しちゃう」

 

 悪魔め。

 

 嗚呼、なんて甘美。淫蕩に咽びそうだった。

 一人一人の表情を脳裏に刻んだ。怯えと怒り、悲しみと後悔を同時に湛えた瞳。投げかけられる侮蔑を孕んだ負け惜しみ。そのどれもが私の胸を高鳴らせた。

 

 こういうのも、凄くいい。

 今まで勿体ないことをしてきたと、後悔した。そしてそれに気付かせてくれた瑞乃に、お礼をしなければならないだろうと喜悦に踊る心で考えた。

 

 

 ♦

 

 

 当時の日記を読み返していた手を止める。

 回想に浸っていた脳を現実に引き戻し、それでもなお余韻として残る甘さを、部屋を換気することで吹き飛ばした。

 

「そろそろ、頃合いかな」

 

 


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