テクスチャの少女   作:明神阿良也のオタク

5 / 8
お気に入り・評価ありがとうございます……


五年目の産声

 友情なんていうものを、確信したことが無い。

 友達、と検索すれば、「勤務、学校あるいは志などを共にしていて、同等の相手として交わっている人。友人」と出てくる。私よりも遥かに賢い人間が考えた定義だ。恐らく、間違いではないのだろう。志、つまり目的を共にする対等な仲間を、友人と呼ぶのだ。

 

 では、友情は? 友達の定義に当て嵌めるのならば、私にとっての友達とは陽菜、瑞乃を含めた学校内でよく話す人間だということになる。しかし、私と彼女らの間に友情など存在しない。私は自分以外の誰かを信用はしても信頼することはないし、特に陽菜を除いてしまえばあとは完全に打算の付き合いだ。学校での立場を保つ為、面倒事を避ける為、個人的な愉しみの為。理由は様々だが、仲間意識すら持っているか怪しいレベルにしか思っていない。

 その陽菜にしたって、友情があるかと言われれば間違いなく否であり、打算以上の関係を築いているような気もするが、そこに利害関係が大いに働いていることは間違いない。

 

 ……どうして、陽菜だけ例外なのか。付き合いで言えば瑞乃とさほど変わらないし、最初期は間違いなく陽菜も有象無象の“友人”の一人だった。次の日に死んでもなんとも思わないような、そんなレベルだったはずなのに。私は暫定的に彼女を親友としてある種友人とは別物に考えているが、それは果たしていつからだったか。

 

 

 今日も今日とて朝日が身に染みる。昨日はいつになく昂っていたせいで眠りにつくのに苦労した。おかげで若干寝不足気味だ。

 

「今日は墓参りだからね、なるべく早く帰ってくるのよ」

「ん、わかってる」

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「いってきます」

 

 朝から祖母に言われて思い出した。今日で丁度五年か。今年もまたあの事件についてドキュメンタリー番組が組まれたりするのだろうか。テレビの取材やらを全て断ってくれている祖母には感謝を──

 

「すみません、○○テレビの者ですが」

「はぁ」

「市村紅里さんでお間違いないでしょうか」

「そうですけど」

 

 まさか直接来るとは。アポイントメントもなしに平然と話しかけてくることに呆れさせられるが、私の表情を気にした様子もなしに男は名刺を差し出してくる。受け取って中身を見るが、特段名前を覚える必要もなさそうだ。忘却の彼方へと追いやって、名刺をポケットに入れた。五年も経って風化した事件を追わされているこの中年の男は、出世コースから落とされでもした下っ端だろうとあたりを付ける。だからといって何かがあるわけでもないが。

 

「五年前のお話をお聞きしたいのですが、お時間頂けますか?」

「……今から学校なのですが」

 

 ……バカなのかこいつは。思わず口をついて出そうになった。マイクを持った男も、その後ろのカメラマンや音声も、まさかこの時間に取材に来て受け入れられると思ったのだろうか。

 

「そこをなんとか、お時間頂けませんか?」

「はぁ。遅刻はしたくないのですが、何故この時間に来たのですか?」

「ええと、今日の夜の番組にこの映像を使いたいと──」

 

 つまり、舐められてるわけだ。祖母は取材拒否だし、所詮取材対象は子供。直接突撃してしまえばどうにでもなるだろうと考えたと、そういうことだろう。

 

 ちょっとだけムカついた。

 

「……少し待っていただけますか」

 

 視線を外して、スマホに目を落とす。相手は遅刻の連絡を学校に入れることを期待しているようだが、御生憎様。テレビに舞い上がるような女子高生ではないのだ、私は。

 

「もしもし?」

『どうしたの? 何かあった?』

「あのさ、○○テレビの人が直接取材に来たんだけどさ。断ったって言ってたよね」

『断わったわよ。……それでも来たのね。なら、無視して学校に行きなさい。抗議文を出すわ』

「はーい。じゃあ切るね」

 

 祖母に電話をかけた。一応確認したところ、取材を断ってはいたらしい。となれば向こうに非があることは確実で、受けたストレスの分くらいは反撃しても構わないだろう。テレビで観たことがあるようなアナウンサーでもなんでもない中年男性のリポーター。名前も覚えていない彼に向き直って、淡々と告げる。

 

「確認取りましたけど、取材は断ったはずですよね。私が未成年だからとかそういうことを考えているのなら、その認識は改めた方がいいですよ。貴方がどうだったかは知りませんが、高校生はそれなりに社会というものを知っていますから。それに今どき、未成年に絡む方が面倒臭いんじゃないですか?」

「このっ──」

「は、このくらいでキレるとか、相当堪え性がないんですね。それだからこんな取材をやらされてるんじゃないですか? ──ああ、それと。きっと私を取材したところで貴方達の撮りたい図は撮れないと思いますよ」

 

 それだけ一方的に言い放って、小娘に良いように言われて怒りを露わにする男に背を向けて学校へ向かう。遅刻する恐れはなさそうだが、いつもよりも遅くなってしまいそうだ。

 子供だと思って下に見ていた相手に言い返されて、彼らは相当堪えたのではないだろうか。単純に考えて目の前で家族を惨殺され、自分も殺されかけるという体験は相当なトラウマを刻むはずだから、モラルを弁えず無理に取材をしようとしてきたあちらに全面的な非があることは間違いない。それでネットで炎上でもしたらどうするのかと呆れてしまうが、身に迫ったものとしてそれらを意識していないのだろう。

 憤慨する表情に溜飲を下げ、彼らをどうでもいいものとしながら通学路を歩く。流石にもう追いかけては来ないらしい。

 

 

 教室に入ると、既に何人か生徒が来ていた。そして珍しいことに、その中には陽菜も含まれている。

 

「紅里ー! おはよっ」

「……おはよう」

「元気ないね? 何かあった?」

「ちょっと面倒臭いのに絡まれてね」

 

 心配の声に答えながら、そう言えば名刺をあとから祖母が使うかもしれないからと誤って捨てないようにとポケットから取り出した。

 

「この人? うわ、○○テレビってほんと?」

「本当なんじゃない」

 

 名刺の名前を見て驚く陽菜。彼女には五年前のことなんて教えていないから、私が何故そんな人に話しかけられるのか分からず、余計に驚いているのだろう。名刺をファイルに綴じてカバンに仕舞う。

 五年前のことを陽菜に隠しているわけではないが、逆に態々広めるような事でもない。聞かれない限り答えるつもりはなかった。

 

「でもどうして? スカウトでもされたとか」

「そんなわけないでしょ。まあ、私に関わることではあるけど」

「えー、気になるなぁ」

「案外調べれば出てきたりしてね」

 

 二丘山殺人事件、と調べればすぐに出てくる。被害者として市村家の名前も出てくるし、とある事情から私の名前を検索しただけでその事件に行き当たるようになっている。二丘山の付近で起きた連続殺人だからとこんな名前を付けられているが、市村一家殺人事件とも呼ばれることがあるのだから勘が良ければ気づく者もいるだろう。

 

「……陽菜は、友達が自分に隠し事をしてたらどう思う?」

「んー、別に気にしないと思うなぁ。何かを抱え込んでるなら相談して欲しかったって思うけど、隠し事くらい普通でしょ?」

「まあ、そうだよね」

 

 昨夜微睡みの中で考えたことを思い出した。どうして陽菜だけが、私にとって打算抜きで付き合っている相手であるのか。友情は否定する。だが、それに準ずる感情を彼女に抱いてしまっているのかもしれなかった。

 それが良い事なのか悪い事なのかも私には判断がつかない。

 

 私は破綻者だ。いつ陽菜にも私の凶手が向かうとも知れない以上、彼女を想うならばすぐさま距離を取るべきだろう。しかしそんな気は起こらず、その上で確かに陽菜を好ましく思う自分がいる。

 彼女だけが何故特別なのか。どうしてもそこに気持ち悪さを覚える。私の根底が揺るがされているような、市村紅里の歪みを正されているような、そんな気分。

 

「紅里、大丈夫?」

「……うん、大丈夫。それより、来週テストだよね。陽菜こそ大丈夫なの?」

「あ、ヤバいかも……また勉強教えて貰っていいですか……?」

「まあいいけど、陽菜も成績悪いわけじゃないんだからそんな熱心にやらなくても……」

「寝ちゃってた部分がですね……」

 

 思わず顔に出そうになって、話題を逸らした。今までこんなことはなかったのに、今日に限ってやけに心が揺らぐ。

 

「じゃあ今週末にでも勉強会しようか」

 

 友達を作るのは「普通」のことだ。だから私は友達を作ったし、自分の動きを制限されないような立ち位置をずっとキープしてきた。そこに打算以外のものはなく、陽菜を選んだのもよく話しかけてくる相手だったからというだけの理由だったはずだ。

 

「でも何処で?」

「適当にファミレスでいいんじゃないの。どっちかの家でもいいけど」

「……そう言えばあたし、紅里の家行ったことないや」

「そうだっけ。じゃあ家来る? 別に面白いものはないけど」

 

 ……忘れよう。生きるのに支障があるわけでもなし、狂者にだって情はあるかもしれない。少なくとも、情を抱いてはダメだということは無いのだから。

 思考が振れている。市村紅里が私である限り、私は狂ったままだというのに。

 

 

 

 ♦

 

 

 夕暮れの墓地。夕陽に染められた墓地には墓石によってビル影のような暗所ができ、まだ明るいながらも死の隣にあるような暗さを漂わせていた。

 

 墓石を磨き、花を差し、線香に火をつける。手を合わせるが、生憎、両親に掛ける言葉など持ち合わせてはいない。祖母の隣、無心で目を瞑った。

 

「さて、もういいのかい?」

「……うん」

 

 祖母が立ち上がった気配を感じて目を開く。市村家と刻まれた墓石は他と比べてもそれなりに大きい。昔は裕福だったのだろうか。今の暮らしも金に困っている気配はないし。

 

「……ねえ」

「ん?」

「先に帰っててもらっていい?」

「どこか行くのかい?」

「……少し、寄りたいところがあって。そんなに遅くならないからさ」

「はいはい、それじゃあ気を付けるのよ。完全に暗くなったら危ないからね」

「うん、ごめんね」

 

 用は済んだものの少し名残惜しげに墓地を見ていた祖母にそう告げて、別れる。

 向かう先は、学校からさほど距離のない山に繋がる緑道公園。自然が豊富で、雨風を凌げるような屋根も多くあり、その癖人気も少ないという子供たちにとっても大人にとっても微妙な場所だ。精々老人のハイキングコースになるくらいだろうか。少なくとも今の時間、ほぼ人は居ないはずだ。

 居るとすれば、そこを根城にするホームレスくらい。

 

 

 歩きながら、一度首を振って思考をリセットする。

 陽菜のことも、両親達のことも、今は関係ない。

 

 ポケットに銀の刃を隠して、溢れる嘲りを呑み込む。

 

 

 

「おじさん、ちょっと付き合ってよ。お金上げるからさ」

 

 ピラピラと指の間で揺らした千円札は、誘蛾灯のように男の目を引き寄せていた。

 

 人と違うことに葛藤や苦しみなど抱いていない。

 むしろ、人生において明確に幸せ、愉悦を理解し享受できているのだから、そこらの日々惰性で生きているような人間よりもよっぽど幸福に生きているに違いないとすら思っている。

 但し私の“趣味”はこの国じゃやりづらい。将来は海外に出るのも悪くないかもしれないと、血溜まりに沈む男を見てぼんやりと考えた。

 

 揺れていた思考が元に戻ってゆく。私は今、どんな表情をしているだろう。血の付いていない左手で頬を撫でると、口角が上がっていた。


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。