テクスチャの少女   作:明神阿良也のオタク

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ようやくストーリー進められそう……? でもこの調子でいくような気もする。


Who am I ?

 屍の山の上に立っていた。足蹴にする屍は、確かに私が殺した人間で。ゴミ山のように死肉が積み上げられた私の足元にはカラスとゴミムシが群がっていた。

 後ろを見れば、赤い血の池がしばらく離れたところに見える。道は人骨をセメントで無理やりで固めたようになっていて、アバラや足の骨がそこいらから突き出ていた。

 

 これが地獄だとでも言うのだろうか。貴様が味わうべき苦しみなのだと。

 

 もしそうだとしたら──些か温すぎる。死後の世界を信じてはいないが、もしそれが実在したとして、これが地獄と言うのなら。私の方がもっと人間に苦しみを味わせている。否、これではまるで私が──獄卒のようではないか。

 

 

 狂人はいつかどこぞで朽ち果てるのだと相場が決まっている。きっと畳の上で死ぬことなんてありえないんだろうなと思いながら、ベッドの上で寝返りをうった。

 左太腿の刺傷を撫でる。あの日ナイフを突き立てられたことでできた傷は、しっかりと痕になってしまっている。今の私を作るきっかけになったあの日は、今でも色褪せず私の脳裏に刻みつけられていた。

 

 私は今、この五年間で一番と言っていいほどに昂っていた。熱に浮かされていると言ってもいい。

 

 この手で人を殺した。ホームレスとはいえ、紛れもない人間を。血が付いたモノは既に燃えるゴミとしてゴミに出してしまったから、もう灰になっているだろう。監視カメラなどの証拠となり得るモノも全て調べて回避してあるし、私のミスがなければ私が捕まることはないはずだ。

 

 通り魔的犯罪は検挙が難しいと言われているが、今回は輪をかけて証拠が少ない。これで私まで辿り着けるのであれば、二丘山殺人事件は起きなかっただろう。

 

 まあ、捕まったら捕まったで構わないが。

 

 荒くなった息を吐く。あの男の首筋にナイフを突き立てた感触は、今もこの右手に残っていた。肉を裂き突き立つ刃。噴き出す血液に、だんだんと色を褪せる瞳。うわ言のように呟かれる人生への後悔と、温くなっていく身体。全て鮮明に脳裏に焼き付いている。

 後先を考えないで良いのであれば、死にゆく様を身体に触れながら眺めたかった。生憎、証拠隠滅に手間がかかるため悠長にはしていられなかったが。

 

 いや、今捕まったらきっと後悔するな。まだまだやりたいことがある。あと一年くらいは自由でいたい。

 

 右手を身体の中心で抱き締め、ぎゅっと丸く身体を折り曲げた。じくじくと熱を孕んだ右手が脳を淫蕩に酔わせる。一昨日少し悩んでいたことが馬鹿みたいだ。何事もなかったように二丘山殺人事件のドキュメンタリー番組を冷やかしながら己の本領に立ち戻った感覚を思い出す。

 

 この手で人を殺した。もう後戻りはできず、私は私の道を歩くしかなくなった。否、帰る道を失ったのではなく、私を縛っていたしがらみを振り払ったのだ。

 

 今日は陽菜が来る日だというのに、熱が治まらない。昨日からずっとだ。

 

 くちゅり。水音が鳴った。抱きすくめられた右手が、下半身へと伸びていた。もぞもぞと擦り合わせた太腿がさらに熱を帯びる。

 

「ん、く……っ」

 

 生命を奪った感触が。唖然とした表情が。痛みに悶える声が。私を捕らえて離さない。殺せと、そう急かすように欲望が心を焦がす。

 込み上げる快楽が、一昨日の夜の行為と重なる。鮮明にあの瞬間を再現した脳内は、一先ずの満足を認めた。

 

 後始末をして部屋を出る。シャワーを浴びて着替え、陽菜を迎えに行くために手ぶらで家を出た。

 外は五月の陽気に満ち、街路樹の周りを蝶が飛び回っていた。陽菜に連絡を取りつつ待ち合わせ場所へ向かうと、彼女も丁度到着したところらしかった。

 

 ハーフパンツで涼し気に脚を露出した格好。私服としてもあまり見ない格好だ。彼女の嗜好を把握しているわけではないが、知っている限り彼女はもっと清楚な服装を好んでいたように思う。

 

「珍しいね、陽菜がそういう服装なの」

「うん、今日は室内で勉強会だから楽な服装の方がいいかなって」

 

 ふぅん、と生返事を返した。やることは勉強だというのに陽菜はとてもテンションが高く、ともすれば今から遊びに行くのと勘違いしているのではと思ったくらいだ。高校受験の時に勉強を見てあげたくらいではあるのだけど、それでも真面目な勉強会はさほど楽しいものでもないと分かっているはずだろうに。

 

「紅里の家に行くのは初めてだから、凄く楽しみ」

「別に、普通の家なんだけどね」

「それでもだよ」

 

 まあ確かに、他人の部屋が気になるという気持ちは分からなくもない。部屋の模様にはその人の内面が顕れるという。ズボラな人の部屋には物が散らかっているだろうし、几帳面な人の部屋は物が少なく整頓されているだろうし、本好きの人は本多く、映画好きの人はスピーカーやスクリーンにお金を掛けていたりするだろう。

 生活の場にその人の内面が出るのは当然と言えば当然のことだ。

 

「あ、そう言えば昨日ね、朝丘さんを見たよ」

「瑞乃を? 学校で?」

「ううん、放課後に駅でお父さんっぽい人と話してた」

「へぇ。瑞乃のお父さんは私も見たことないな」

 

 陽菜から瑞乃の話題が出たことに驚いた。少し前に顔合わせとも言えないくらいの僅かな対面をしただけの陽菜が瑞乃のことをしっかりと認識し、顔を覚えていた事もそうだが、この二人の接点はないだろうと考えていたからでもある。彼女なりに瑞乃のことを考えていたりするのだろうか。陽菜の悪癖のことを考えると二人を接触させたのは失敗だったかもしれない。

 私からすると、陽菜は少し偽善に走り過ぎるきらいがあった。過干渉は私の望むところでは無いため、迂闊に過ぎたかと反省する。

 

「なんか、少し緊張してるみたいだったかな。あんまり仲良くはないのかも」

 

 瑞乃の父親は随分前に姿をくらましている。

 仮に出会ったとして、まともな会話はきっと成り立たないだろう。

 

 まあそれはさておいて、あちらが上手くいっているのは良いことだ。

 

「あんまり家庭の事情には踏み込めないからね。分かってるだろうけど、陽菜も下手に瑞乃の噂なんて立てないようにね」

「もちろん、分かってるよ」

「一応、だよ。陽菜のことは信用してるし」

 

 陽菜には一応の線を引いておく。牽制と言うにはあまりにも弱いが、仕方ないだろう。これは二人を引き合わせた私のミスだ。

 

「ん、じゃあ、早めに家行こうか。駄弁っていても仕方ないし」

「うん。楽しみだなぁ」

 

 頭の中では瑞乃のことを考えながら、陽菜の隣、半歩先を歩く。彼女が話しかけてくる度に思考を中断しながらも、あまり悪い気はしていなかった。

 ポケットに手を伸ばしかけて、今は完全に手ぶらであることを思い出す。心を私のあるべき姿に戻してくれる銀色の刃の冷たさは、部屋にあるカバンの中だ。

 

 仕方が無いから、一度そちらのことは忘れる。私の中で陽菜との会話を楽しめることに賛同する部分は割かし大きいようで、ナイフを手にできない今、私の心は自分がまるで善良な市民であるかのように振る舞っていた。

 

「わ、おっきい」

「みんなそれ言うよね。意外とそうでもないんだけど」

 

 陽菜を案内しながら家に戻っての第一声がそれだった。確かにそこそこ古い家である分ほかの民家よりは多少大きいことは事実なので、否定するわけではないのだが。

 

「私の部屋はここ。流石に勉強机は二人じゃ使えないから、テーブルで我慢してね」

「おぉ〜。なんか紅里っぽい部屋だね」

「……どこが私っぽいと思うの?」

 

 部屋に入るなり入口で立ち止まった陽菜は、部屋の全体を眺めて私らしい部屋だと言った。遊びのない、殺風景な部屋だ。ぬいぐるみのひとつでも飾ってあればギャップになったのだろうが、そんなこともない。ああ、だから私らしい部屋なのか。

 

「住めればいいやと思ってそうだなーって」

「……そう」

 

 改めて部屋を見渡す。確かに、遊びがないことは認めよう。質素というか、すごく良く言うなら質実剛健……少し意味が違うか。質実ではあるだろう。

 

「本とかはあるから、別に趣味のものがないってわけじゃないんだよ? 漫画もあるし」

「紅里も漫画読むんだよね。あんまりそんな話しないから忘れてた」

「私だって漫画くらい読むさ」

「ねぇ、ちょっと本棚覗いてもいい? どんなの読んでるのか興味ある」

「……まあ、いいけど」

 

 陽菜が私に気づいたら、なんて、そんな妄想が過ぎった。本棚の奥の段に入れてある数冊の本。それに気がついたなら、彼女はどんな反応をするのだろう。

 面倒ごとになると分かっていて、それでも私の口は彼女に早く勉強しようと告げなかった。

 

 彼女は私をどう見ているのだろう。そんな事が、今日はやけに気になる。陽菜を疎んだり好ましく思ったり、存外私は感情の振れ幅の大きい人間らしかった。

 

「気になるのがあるなら貸してあげるよ」

「ホントに? ちょっと読んでみたいのがあったんだよね」

「ただ、勉強もちゃんとするよ。あとからでもまた漁っていいから」

「ふぁーい。数学教えて……」

 

 陽菜までこちら側へ引きずり込んでしまおうと考えた自分に驚く。教えたところでなんにもならないことを、どうして私は知らせようとしたのか。陽菜の反応が見たかった、というのは間違いない。だが、今の都合のいい関係を崩してまで試すような事じゃないというのに。

 

 陽菜、陽菜、陽菜。ずっとそればかりに気を取られている。

 いつもだ。毎年この時期は、おかしくなる。あと一週間もすれば治まるのだろうが、この不安定な情緒が気に入らなかった。

 


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