テクスチャの少女   作:明神阿良也のオタク

8 / 8
ご指摘頂いたのですが、主人公は意図してこんな小悪党の三下キャラです。気に食わなかったらすまぬな。


砕け散れば皆同じ

 今の私が彼女、朝丘瑞乃を表するとしたら、彼女はダイヤモンドのような人間だと言うだろう。彼女の精神構造は極めて強固に再構成されており、その心を折ることは生半な手段では叶わないだろうと確信できるほどだ。しかし一方で、彼女に致命傷を与えることもさほど難しくはない。

 一度許容範囲を超える衝撃を受けてしまえば、彼女の心はあっさりと砕け散ってしまうだろうという事だ。

 

 砕け散る瞬間、宝石はどれほど輝くのだろう。飛び散った破片が陽光を跳ね返し、ああ、それこそダイヤモンドダストのような。さぞ美しい光が見られるに違いない。

 

 カラスが宝石を嘴でつまみ上げる。空に舞い上がった黒い影は、遥かな上空でその宝石を取りこぼした。砕け散るダイヤモンド。これじゃあガラス玉と大差ない。

 

 

 ♦

 

 

 友人の悩みを解消することは、実はかなり難しいことだ。解消した気にさせることは、それほど難しくもないのだが。

 人には領域がある。他人を決して踏み込ませない領域が。その中に踏み込めるのはそれこそ家族とかそういった極端に縁の太い極小数だけで、()()()友人がそこに足を踏み入れることは難しい。しかし悩みとは得てしてその領域の内側に潜むものだ。

 存在を匂わせられた時に外から慰めの言葉を掛けることはできても、内から腫瘍を切除することは不可能である。

 

 それに、家族にだって本心を明かすことは稀だ。

 家族と言ったってそのカタチは千差万別、憎み合う家族もいれば無関心の家族もいる。血縁ではないが血よりも固い絆で結ばれる家族も、無償の愛が明確に感じられる家族も、殺し合う家族だって。

 

 つまり悩みというものは殆どが自分で解決する他ないのである。あくまで、騒音被害とかストーカーとかセクハラとか、そんなものは除いてだが。○○的な悩みという○○に当てはまる言葉を私が知らないために、こんな話し方をしている。

 

「紅里ちゃんは、死にたくなったことがありますか?」

「もちろん」

 

 口火を切ったのは瑞乃の方だった。私には彼女の悩みを()()することはできないし、する気もない。少し調整して、彼女の平穏を長引かせることくらいしかやることがなかった。とは言え、それが易いことかと言うとそんなことは無いのだが。

 

「……それは、外的なものからですか?」

「そうだね。私には抗えない、()がいた。ああ、でも。きっと私のは参考にならないよ」

 

 重ねられた問いに、しかし私は期待された答えを返せない。私の中に今も深く根付く原体験は、残念ながら彼女には役に立たないものだ。

 取り巻く環境が違う。敵が違う。立場が違う。そして何より、私と彼女は違い過ぎる。

 

「それは、どうして──」

「瑞乃は私とは違うから」

 

 修羅に堕ちると言うなら別だが。しかし瑞乃は、他者を貶めたり傷付けたりすることを嫌う。彼女には無理だろう。

 

「話は聞いてあげるから。吐き出しなよ、全部受け止めるからさ」

 

 作り上げた表情は薄い微笑み。しかし軽薄さはひた隠し、浮かべる色は慈愛と憐憫。果たして数年程度の刷り込みはどれほどの効果があるのか。

 

「いえ。いつも、いつも。頼ってばかりじゃあ、少し情けなくて。紅里ちゃんは私を助けてくれたから。今度は私が紅里ちゃんを助けられるように、強くなりたいんです」

 

 幸薄く、しかし透き通った笑顔はこの世に左右無きほど美しい。死ぬ程苦しいはずだ。彼女の苦しみは知っている。全て私が仕向けているのだから。少なくとも自分一人で乗り切れるような生易しいものじゃないと分かっているはずなのに、どうしてそんな顔で笑えるのか。

 無意識に身体が震えた。何かを欲するように、手が強ばる。

 

 貶めたい。

 

 歪めたい。

 

 彼女の苦痛の源が私であると告げたら、彼女はどんな顔をするだろう。信じていた人間に裏切られた時の表情は。

 

「……そう。でも、無理しちゃダメだよ。折れる時は一瞬だからね」

 

 胸の内の情動を押さえ付けながら、結局そんなつまらない言葉だけを発して、瑞乃の顔を見る。濃い蒼色の瞳に滲むのは、涙の色ではなく決意の色。縋るのならば、それはそれできっと楽しかったのだろうけど。立ち上がるのならそれもいい。

 

 はいと、そう言ってしばらく、沈黙が横たわっていた。

 

 瑞乃を苦しめているのは、他ならぬ私自身だ。とても簡単で、単純で、それでいて効果的な苦しめ方。瑞乃には金がなく、そしてまともにバイトした所で稼げる額はたかが知れている。だから私は彼女のクラスメイトに、一つ提案を持ち掛けた。あくまで間接的に、だが。

 まずは瑞乃の家庭状況と、そして借金のこと。それが学校中にひろまり、そのせいで彼女は集団から弾かれ始め、そしてとうとう悪質な輩に目をつけられたというわけだ。

 コネクションは以前のものが残っていたため、それをまだ使うことができた。怪しまれたが、これ限りなので特に問題は無い。

 

 端的に言ってしまうのならば、いじめと、それを通した援助交際。肉体的、精神的苦痛に加えて、私を騙しているという罪悪感、もしくは私が自分のことを広めているのではないかという不信感。有り合わせの環境で彼女に最も効果的だろうと考えたのがそれだった。そして、メインはさらにその後。彼女が最後に私に縋って来た時、手を引いていたのが私だと、全てバラしてやるのだ。その時の表情を、叫びを、怒りを、苦しみを見たいがために、私は彼女を救った。

 死という安直な苦しみではなく、もっと深く根付いたそれは、私にどれほどの悦楽を刻んでくれるのか。とてつもなく楽しみだった。

 

 頼ってくるのなら、慰めながらさらに依存させればいい。頼ってこないのなら、もっと苛烈にへし折ればいい。どちらに転んでも、私は構わなかった。既に随分と依存しているだろう彼女を、どう刈り取るか。目下の関心事はそれだった。

 

「本当に、いつも紅里ちゃんには助けてばかり……」

「そんなこと、気にしなくていいのに」

「ううん、それでも気にしちゃうんです。どうして、私を助けてくれたんだろうって。紅里ちゃんは気にしなくていいって言ってくれても、私は何も返せてないから」

 

 相談事になると、いつも彼女はこんなことを言う。この言葉がどんな心境から漏れているものなのか、私はある程度察することができていた。

 

 彼女は、心配なのだ。私の庇護から抜け出すことが。自分が強くなってしまえば、私から離れられる。それは私への申し訳なさもあって彼女が望んでいることだが、同時に彼女は私の下から抜け出すことを恐れてもいた。今度こそ私を助けてくれなくなるのではないかと、怯えている。

 だからこんな言葉で、ご機嫌伺いのようなこともするし、私のことを多少疑ったとしてもそれを確信することはできない。

 

 実にわかりやすい手合いで、それだけに最後の反応がどうなるのか、予測がつきつつあるのも同時に懸念すべきことの一つだった。

 

「なんでって、友達だからに決まってるじゃん。だから気にしないでよ、むしろこっちが悲しくなる」

 

 こう言えば、彼女は露骨に嬉しそうな顔をして、そして僅かに顔を顰めた。そこにどんな感情が潜んでいるのか、想像するだけで笑みが零れそうになる。

 

「そう、だよね。紅里ちゃんは……」

 

 

 ああ、早く死んで欲しいなぁ。


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。