1つ登るたびに抉られた傷口から血を噴き出し、肉が溢れる。骨が晒され、風が激痛を運んでくる。右手と片脚を使い登るが、明らかに足取りは遅く、重い。クラクラと眩暈を起こし、如何にも死にかけ。
だとしても、一度も止まることなく上に上がり続けた。
「……フッ…グッ!」
言葉を喋る余裕も、何かを考える余裕もない。黙々と上に上がることだけを優先したヘラクレスは時間にして36時間。漸く頂きにたどり着き、建物内へと転がり込んだ。
コツン…コツン…コツン…。
「にゃぁ〜。まさか、ホントに神さまの言う通り、この男辿り着いちゃったにゃー。良くもまぁ、この傷で……ま、今はコイツに神さま製仙豆を飲ますのが先にゃ」
カリンは気絶したヘラクレスを観察しながら、神さまの凄さに改めて感服する。
神さまはこの男が登って来る前から、次来た者にこの仙豆を渡せと言っていた。この男が登って来る、到達することは勿論。途中誰かと戦うことまで分かっていたのだ。流石としか言いようがない。
この男も大した者だ。明らかにオーバーキルされているのに虫の息で済んでいる。明らかに傷の深さは常人がショック死する程の傷。良くもまあ柱を最後まで掴んで這って到達したものだ。
「にゃぁ〜!初仕事がんばるにゃ!」
カリンは仙豆をすり潰しながら耳をピクピクと動かした。
「……ハッ!」
「起きたかにゃ?」
「………………猫?」
「にゃんと失礼な奴だ!僕こそは、カリン塔の主にして武の神。仙猫カリンだにゃ」
不思議な現象に出会っている。私は試練の為に様々な場所、生物に会ってきた。不死の蛇や、大きな獅子。尊敬に値する牡牛など、本当に様々な生き物に出会ったが、果たして喋る杖を持った神を名乗る子猫を凌駕する存在はあったか?いや、ない。
「これは、武の神の試練か?そう言えば、私の傷がない。これも神が?」
イライラ。
「おい…僕を無視とはいい性格してるな。今から落ちるかにゃー!」
「ニャーニャーと煩いぞ、猫。私が用があるのは神だ。猫ではない」
ブチっ。
「…………ほーう。どうやら格の違いを見せなければいけないらしいにゃー」
「ハッハッハ…!武の神よ。茶番は充分に楽しませて貰った。その姿を現してくれないだろうか!」
猫は杖をクルクルと回して私に向ける。子猫が大英雄と呼ばれる私にだ。
思わず笑ってしまう。
「ーーーーッ!?」
それは、いきなりのことだった。全身が急に悲鳴を上げた。皮膚にナニカが突き刺さり、肌がチクチクする。
そして、その発生源は正しく目の前の猫。
細めの目を少し開いて此方を観る姿は、見上げているにも関わらず、見下されている様に感じる程に、大柄な自分がちっぽけに思える。
「にゃー…もう一度言ってやる。僕はこの聖地カリンの主にして武の神、仙猫カリン。塔での勝負は観させて貰ったけれど、期待はしてない。見所もない。礼儀もない。さっさと落ちろ、三下坊主」
何を笑っていた。私は何をしているのだ。私自身に笑ってしまう。
何故、神が全て人と同じ形だと思い違いをしている?私自身が半神半人だからか?今までの神が人の形を取っていたからか?
違う、人の元が神なのではない。神だからこそ、神なのだ。
力量も探れない身で大英雄とは、何とも恥ずかしい。
何より、この天空の武神に地上にいる『英雄』が取るに足らない三下だと思われた事実に後悔の念しか出てきやしない。
誰の所為だ?無論、愚かな私の所為だ…!
「…仙猫カリン。先程までの無礼、失礼した。私はヘラクレス。ヘラの試練、最後の1つとして貴殿の持つ4つの宝物を頂きに参上した」
違うな…私は今、ヘラの試練の為に動くのではない。
この方に地上の『英雄』とは何とした者なのかを知らしめる為に参上しているのだ。
「……にゃー。(まあ、神さまが直々にコイツの為の仙豆を用意する程だ。見所はあるんだろうにゃー…でも、僕はまだ観てない。見所もない奴に修行も宝物も与えたら、僕の存在意義はない。これだけは絶対に譲れない)…ならば、示せよ『英雄』」
「応ッ!!」
ゴッ!と地を蹴りカリンに腕を伸ばす。私は腕を伸ばし掴みかかるが、手は虚空を掴む様にすり抜けた。
「こっちにゃ」
声に振り返ると目の前には杖が迫る。私は即座に上半身を逸らし、回転しながら踵落としを浴びせるが、まるで其処に存在していないかの様にすり抜ける。
「ゴハッ!?」
気付けばまた、背後に現れ杖で横腹を殴られた。
威力も申し分なく、私は宙に身体を浮かし危うく塔から落されかけた。
体格差の上、落とされかけた。これは単なる力ではないと観た。
「にゃー……遊んでんじゃないのよ、コレ。速く示さな落ちちゃうよ」
すり抜けはどう言った能力だ。神の力?魔法?それともあの男の様な異能力?人間ではなく、相手は神。精霊や加護と言った他者からの力ではないだろう。
…取り敢えずは様子見と行くか。
「いくぞぉぉお!!」
再度殴り付けるが又もやすり抜け、背後に回られる。
両の眼にはすり抜けたその時まで姿はある。
幻影?呪い?邪眼?知らぬ宝物?
「残念にゃー」
「いや、まだだ!!」
殴り付けた右腕を裏拳で背後にぶん回し、杖を防ぐ。右腕が痺れるが、グッと握り締め押さえ付ける。力を入れて右腕を振り抜いた。
流石に筋骨隆々な私と子猫の武神では体重差があるため、そのまま吹き飛ばす算段…だった。
「また、ハズレにゃー」
「なん…だと!?」
何故、背後にいる。先程杖に触れた。そこに先程まで…先程までーー
ーーーーー殺せ。
「実体がそこに有っただろうがッ!!!」
ーーーーー殺せ。
「にゃー」
杖で腹を突かれる。込み上げて来る吐き気を耐え何とか受け身を取った。
しかし、同時に込み上げて来たのは苛立ちだった。
ーーーーー殺せ。
「うおぉおおぉおおお!!」
形振りは構わない。十も百も千も万も殴る。すり抜けられたら回転蹴りを、それでも駄目なら杖を掴んで殴り抜く。
「にゃー」
この野郎、巫山戯てるのか……
ーーーーー殺せッ。
「…にゃ〜。お前、動きに荒さと粗さが現れてんぞ」
「…………勝つぞ」
「にゃんだって?」
「畜生ッ!!私は勝つぞ!!」
考えるのは辞めろ。考える脳は止めろ。動かすのはこの肉体と本能のみ。
……私がこの試練だけで2度も全力を出すことになるとはなッ!!
ーーーーー殺せッ!!!
ーーーーー殺すッ!!!
「■■■■■ーーーッ!!」
私は
昔からそうだ。
在る者を狂気で殺した。
在る物を狂気で壊した。
在るモノを狂気で滅ぼした。
事実、私は強い男だ。強い男なのだ。
ーーーー強い男の筈だ。
「■■■■■ーーーッ!!」
少なからず構えを取っていたカリンは、その構えを解いた。
しかし、ヘラクレスは何も考えない。そこに倒すべき相手が居るのなら誰であろうと殺すだけの本能……狂気でしかない。
「にゃー…これは、期待云々以前の問題にゃ。まるで、扱えきれてない。素のスペックが高いとは思ってたけど、スペックだけで押さえつけてたな、これは。なまじ力があったから克服してない上、厄介にゃ。本当に……つまんないにゃ〜」
「■■■■■■■■■■ッ!!!!!」
先程よりも速く、先程よりも力強く飛び出す
狂気にのみに染まった
カリンを殴り、壊し、その存在を世界から抹消する。
大英雄は止まらない。
止まれない。
止まりたくても殺したい。
殺すべくして殺すのだ。
「◾️◾️◾️ーーーー!!▪️ッ!!」
しかし、当たらない。
狂気とは本能ではない。狂気とは実力ではない。
狂気はどうあがいても狂気だ。そこにあるのは殺意だけ。目の前の世界しか見ることが出来ず、或いはそれ以下の世界しか見えない。
単なる狂気を相手取るのは武を嗜む程度の者でも容易に勝てる。
狂気に駆られる者はヘラクレス。ヘラクレス故、狂気は強いのだ。
ヘラクレスにしか真の狂気は使えない。
だが、当たらない。全てをすり抜け、体に杖の衝撃だけが走る。
「力が強くなっても単調で、速さも増したが活かしきれず、技量は1つも持って無く、知性は最早使う気もない。これが本能だと言うのなら、お前は間違いなく最弱だ」
杖がヘラクレスの体の至る所に衝撃を与える。弱くはないダメージが蓄積を続ける。
「お前が如何にして大英雄と呼ばれるのかは定かではない。僕は然程も下界に興味がある訳でもない。でも…お前は最弱だ。人間も、魔物も、本能を本当の意味で使える者は居ない。本能はそんなに易々と表には出ない」
「■■■■■ーーーッ!■■■■■ーーーッッッ!!!」
関係ないとばかりに、自分は最強かの様に、或いは其れ等を知っているが故にか
私はヘラクレス。
私は
私は
あらゆる敵を撃ち倒した、歴史に残る英雄。
だけれども、あの時もその時もどの時までもーーー
アレを殺した時もーーー
ソレも殺した時もーーー
大切な者を、守るべき者を殺めた時でさえーーー
結局は大英雄になってさえ、狂気には一度も勝てたことはなかった。
「………にゃぁ。お前、抗ってるのか?泥沼の様な狂気を相手に抗ってるのか?」
この心地は何だ?込み上げてる想いは何だ?
私が試練を受けた根っこは何だ?
『おかえり、父上』『今日は遊んでよー?』『父様は私と遊ぶんだ!』
『お帰りなさい、あなた』
ーーー嗚呼
私の大切な…大切な……私のっ、私の!!
『私が……殺したのか…?』
『ぁぁ……ぁぁぁぁァァァアッッ!!!!!』
傷付いても良い。死んでも良い。大いに上等。
この試練の根っこは何も英雄になり得る物じゃない。
この試練の根っこはヘラの試練を乗り越える漢の話ではない。
……私が罪を償う物でもない。
今は宙より遠き家族に、この私を!この
「■■■かッ…」
「……にゃー」
「ま■■かッ…!」
私は
私は
私は
そう、私はーーーーー
「負けるかァァァア…!!!」
「………前言撤回。期待してやる」
一匹の猫の面前には、光と闇が混じり輝かしくも神々しいまでの1人の父の姿があった。それはその漢の有り様、その漢の本懐の様で有った。
「
オリ主タグは必要?
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オリ主、誰それ?いりませんねぇ〜
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は?いるだろバーロー
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どっちでも良いのでオリ主だせ