黛色の灰   作:布団さん

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黛色の灰

とうに太陽の存在を忘れ去ったカーテン、無粋で無機質な音を立てるポット、歪に積み重なっているカップ麺の山。

濁った藍色の瞳、ヨレヨレのシャツと白く細い腕、くすんだ色をしたスリッパ。

 

たった八畳の空間が彼の世界であった。

薄暗いアパートの一室が彼の現実であった。

 

狭いと感じた事はない、彼にとってそれ以上必要なものはないのだ。

寂しいと感じた事はない、彼にとって独りとは幸せな事なのだ。

 

「はぁ…………」

 

ぽつりとため息を吐く。

別段悲しいからという訳ではなく、何の気なしにため息を吐くのが彼の癖だった。

 

彼は今日もまたパソコンの前に座り、人生の浪費を謳歌する。

パソコンから漏れた光がこの薄暗い部屋を照らす唯一の暇潰しだ。

今までと何も変わらない。

これからもどうせ変わらない。

 

「俺は一体何がしたいんだろうな……」

 

その疑問に対して答えが来る時は決して訪れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は「黒代」という通り名のハッカーであった。

二人組の情報屋「無彩色」の片われであり、情報の開示を専門とするハッカーとして活動していた。

 

「無彩色」は公的な機密案件から闇社会の案件まで取り扱う情報屋であった。

依頼されたサイトにハッキングし情報をコピーして依頼主に届ける形で取引を行っていた。 

「無彩色」の最大の特徴として、情報のコピーを取るのみで中身を一切閲覧しないのだ。取引先に情報を渡す、それ以上の関与は全て絶ち切っていた。

 

先程二人組と称した通り、黒代には相棒の「灰白」という人物がいた。

灰白は赤色の髪に朱色のジャージ、髪の右側に緑色のメッシュをした格好をしている男性だ。

灰白は依頼者との商談等の経理事務を務め、黒代は依頼されたサイトをハッキングするといった形で経営していたのだった。

 

 

 

 

そんなある日、情報屋「無彩色」は突然跡形もなく消滅した。

理由は至極単純、情報屋を営む必要性がなくなったからだ。

 

「俺らのコンビも解散かぁ、いやぁ~中々長かったなぁ~」

 

灰白がケラケラと乾いた笑いをする。

 

「俺達が集まる事が出来てしまうと、またハッカーに逆戻りするかもしれないからな」

 

ハッカーを辞める時に二人が交わした約束が一つある、二度と会わない事だ。

互いの連絡手段の一切を消去し、今後の行き先を伝えずに立ち去るのだ。

 

「てな訳でぇ、お疲れ様!」

 

灰白が右手で敬礼のポーズをとる。

   

「あぁ、お疲れ様。元気でな」

 

そう言い残し、黒代は灰白とは別の道を歩き出す。

 

「クロシロこそ元気でなぁ!」

 

灰白は敬礼を止めて大きく右手を振る。

既に背中を向けて遠ざかっている黒代には見えていないが、それでも構わず手を振り続ける。

 

これが黒代と灰白との最後であった。

そして彼の一年前の姿であった。

 

 

 

 

現在の彼の名は黛灰。

元々名乗っていた黒と代を一文字に変形し名字を黛、相方であった灰白の名から一文字借りて名前を灰とした。

 

元より彼はお世辞にも社交的とは言えず、不必要ならば決して他人と関わる様な事はしない性格である。

ハッカーとして稼いだ莫大な金銭を持っており、贅沢な暮らしへの願望が微塵もない故に、一生涯働かずに引き籠っても充分に生活が可能であった。

 

「はぁ…………」

 

自然と口からため息が漏れる。

 

実際今の生活に文句はない。

剰りにも暇な時間を暇だと思いながら怠惰に過ごす、こんな幸せな生活は他にはないだろう。

 

だが、何かが足りない気がする。

只の気のせいに過ぎないのだろうが、何となくそんな気がするのだ。

 

「……ん?」

 

偶然にもとあるページに目がとまった。

『にじさんじ新規ライバー募集』と書かれたページだ。

 

いつもなら鼻で笑って直ぐにでもページを閉じていただろう。

 

だが、何かが、足りない何かが、埋まる気がした。

 

応募と表示されたボタンをただ見つめていた。


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