魔法科高校の劣等生--女神の歌は止まらない   作:くるりくる

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Lesson7

 

 入学式から二日経った今日、美雲を含めた三人の兄妹は駅を利用し第一高校へと通学する。入学式ちょうどに満開の桜が咲き誇っていた並木道。今では所々花が散りアスファルトの道路上に桜の花びらが散らばっていた。

 

 登校途中の三人は顔見知りであるエリカ、美月、レオと合流し一緒に登校することにしたが、エリカたち三人は美雲の扱いを決めかねているようで戸惑いの視線が美雲に向けられていることに達也と深雪は気づく。しかし見知らぬ生徒らの姿がある場所ですべき話ではないと二人は判断し、他の人間がいない所で話すことに決めた。

 

「姉さん、本当に負担はないのか?」

「大丈夫よ」

「そうか」

 

 美雲が装着しているサングラスのフレームに刻印された魔法式は達也の目から見ても非常に文句のつけようがないほど洗練されている。しかし家から駅、コミュータ内、登校の道と装着時間はバカにならないのだ。達也同様に深雪も心配そうな視線を美雲へと向けるが返ってきたのは心配ないという言葉とミステリアスな微笑みだった。

 

「達也くん、えっと……お姉さん体調が悪いの?」

「いや、そういうわけじゃないよ千葉さん。姉さんは二重生活だから」

「あっそっか! じゃあ今新曲作ってたりするのかな~?」

 

 美雲の体とサングラスについて言うべきではないと判断した達也は別の言葉を使って誤魔化したが、納得してもらったのかレオも美月も頷くことで返事とする。しかしエリカは興味津々といった感じで美雲の歌手活動について突っ込んできた。その事について達也も深雪も全くの門外漢であり、エリカの質問には答えられない。レオと美月も突っ込みはしないがその目に宿った興味関心が隠し切れていない。果たしてどのような答えが最も穏便に済むか、達也は考えたがそれは徒労に終わった。

 

「大体決まってるわ。だけど、スタジオの確保にメンバーが集まらないと収録できないの」

「じゃあ、歌詞はもう決まってるんだ?」

「ええ。メロディも大まかには」

 

 美雲にとって隠すべき事ではなかったのだろう。あっけらかんと話すがそれでいいのかと達也は思った。だが、気ままな美雲が言った所で聞き入れてくれるかとなると今までの経験からして無駄であり、ならば少しでも穏便な方向に落ち着けたいと思う達也はまごう事なき苦労人であった。その上苦労を掛けている美雲が自重しないのだから始末に負えない。そして苦労は向こうからやってきた。

 

「おはようございます皆さん。仲が良いようで何よりですね」

「おはようございます七草生徒会長」

「えぇ、おはようございます司波さん」

 

 にこやかな微笑みを浮かべながら達也たちに声を掛けてきたのは第一高校の生徒会長である七草真由美である。同じ道をゆく他の生徒たちも真由美の姿に視線が集まると同時に、真由美が声を掛けたたちにも自然と人の目が集まった。

 

「どう? 学校には慣れました?」

「いえ、まだまだ分からない事ばかりですので……」

「聞きたいことがあるのでしたら何でも聞いてくださいね。あなた達の話も是非聞きたいわ」

 

 あなた達、そう言った真由美の視線はエリカやレオ、美月や達也たちに確かに見ていたが、その微笑みの中で達也を見る瞬間に純粋な好意とは違う思惑を感じた達也は十師族であると事も踏まえて警戒を抱くが顔に出すことはしない。エリカ達二科生は生徒会長の手前遠慮しているのか、それとも純粋に話すことがないのか一言二言話しをして終わる。それから真由美の視線が深雪と美雲に向けられる。

 

「そうだ! あなた達三人をランチに招待しようかと思うのだけれどどうかしら?」

「お兄様、お姉様……如何致しましょう?」

「深雪の好きにすればいいよ。姉さんはどうする?」

 

 達也にとって優先すべきは深雪と美雲である。深雪にとっても優先すべきは達也と美雲である。なので二人の答えは図らずとも美雲に託されていた。

 

「いいわよ。確かめておきたい事もあるから」

「確かめておきたい事、ですか? それは一体なんでしょうかお姉様」

 

 生徒会長からのランチの誘いは偶然だとしても、美雲の言動からはいずれ生徒会室に行かなければならないと言う意思を感じた深雪は問いを投げかけたがそれは返答を期待してのものではない。達也なら深雪の疑問に、彼女を不安にさせないようにしながら答えてくれるが美雲はその本心を滅多な事では明かさない事を深雪はよく知っている。だから、これは深雪にとって姉に構ってもらいたいという健気な思いだったのだ。

 

「今まで何もせず黙って見ていたのは誰? 深雪、貴女は新入生総代なのだからよく考えて自分なりの答えを今日中に出しておきなさい」

 

 だから答えが返ってきたのは深雪にとって予想外であり、彼らにとって美雲の答えが予想外だった。美雲の答えを聞いて驚きで目を見開いた真由美の様子に達也は気づいたが背を向けている美雲がその驚きに気付いているのか判別はつかない。しかし確かに達也が言えることは、美雲には他の誰とも違う全く別の物が見えていると言うことだけだった。

 

 

 

「あ……! お、おはよう司波さん」

 

 達也達や真由美と別れ1-Aの教室に入った美雲と深雪の二人。そんな二人にいの一番に反応したのは先ほどまで光井ほのかと談笑していた北山雫である。

 

「おはよう。北山雫」

「う、うん!」

 

 美雲の素っ気ない挨拶にも、雫ははにかみながら返事をした。席の関係上、雫の後ろの席は美雲であるため美雲が雫の後ろに座るのはおかしなことではない。しかし、雫は美雲が後ろである事にまだ慣れないのか見るからに緊張した顔つきでしきりに後ろの席を気にしていた。

 

 深雪は教室に入ってすぐに自分の席に荷物を置くと美雲の元へ向かう。新入生総代である深雪に視線が集まるが、彼女はその視線を機にする事なく美雲の側に近寄るとニコニコと笑みを浮かべた。美雲の側に居れる、その事が全てにおいて勝る喜びだというかのようで、その満面の笑みにクラスの者たちは男女問わず心奪われた。

 

「お姉様。歌手として精力的に活動なされるのはよろしいのですが、どうかご自愛下さい。お姉様がまた倒れるような事があれば私もお兄様も……悲しいのです」

 

 諌めるような深雪の言葉は次第に尻すぼみになり、震える声となって終息した。体の前で重ねられた手で浅く頭を下げた深雪の姿は嘆願というに相応しい。誰であっても思わず聞き入れてしまうほどの破壊力が込められた深雪の行動だが、美雲はどう思っているのか顔を向けることはない。

 

「お姉様……」

 

 代わりに、美雲は深雪の重なった手にそっと手を重ねる。しかし言葉は無い。大丈夫とも、ごめんなさいとも言わず美雲は黙ったままであった。そしてチャイムが鳴り授業が始まる。深雪は口惜しい思いをしながらも自分の席に戻るしかなかった。

 

 

 

 

 美雲はサングラスを外して授業を受けていた。その結果、彼女がスター歌手『MIKUMO』であることは瞬く間に広がる事になった。事故とはいえ、前日の時点で既に自分からサングラスを外し正体をバラしているのだから美雲としては今更である。朝の授業に始まり昼休みの時点で既に廊下から美雲の姿を一目でも見ようと多くの学生が詰め掛ける事になった。多くの好奇の視線を浴びせられても美雲の態度に変化はない。それを傍目から見ていた深雪は、美雲が誇らしくもあり悲しくもあった。

 

 昼休み、生徒会長からランチに誘われた美雲と深雪は達也が迎えに来ると多くの視線に晒されながらも生徒会室に向かう。その際、二科生である達也にぶしつけな視線が向けられ深雪の機嫌が悪くなったが生徒会室前に辿り着いた時には表面上なりを潜める。美雲の手には購買で買ったであろうサンドイッチや飲み物が入ったナイロン袋が握られており達也は姉の用意周到さに頭が上がらない思いであった。気を紛らわすように視線を前に向けた達也の目に映ったのは、最先端設備が揃った魔法科高校に似つかわしくない温かみのある木製の扉が生徒会室の入り口だ。それを不思議に思った達也と深雪であったが気を取り直し、扉の脇に埋め込まれたタッチパネルを押した。

 

「1-A司波深雪、同じく司波美雲。1-E司波達也です」

『はいどうぞ……開錠済みですのでどうぞお入り下さい』

 

 深雪がインターホン越しに来客を告げると、返答は生徒会長直々である。ピーという、単調な電子音と共に開錠された扉。木造という一見古めかしい外観だが中身は電子制御された扉であった。達也が取っ手に手を掛け開けると既に役員は揃っており、席に座って待っている。一番奥、扉をあけて入口から入ってきた達也らと相対するように席に座っていた真由美が柔和な笑みを浮かべて入室を促す。

 

「遠慮しないで入って頂戴」

 

 真由美の愛らしい外見と年上としての余裕からなる微笑みは不思議と警戒心を煽る事なく緊張感をほぐす笑みだが、達也にとってその程度の笑みで崩れる警戒心は持ち合わせていない。もし、達也の極まった警戒心を笑みだけで解きほぐせる者がいるならば、それは深雪と美雲だけだ。

 

「失礼します」

 

 達也は深雪や美雲よりも先に入室し安全を確認しようとした。それは達也の体に染み付いた習慣のようなもので無意識の行動だ。しかしそれを制して生徒会室に入室したのは達也でも深雪ではない。微笑みを浮かべた美雲である。その軽挙に達也は思わず言葉が出かけたがそれを今まで培った自制心によって抑え込む。美雲は達也を守ろうとしている、その愛情がわからないほど達也の心は白紙化していない。

 

「こんにちは、美雲さん。いえ『MIKUMO』さん……どちらで呼べばいいかしら?」

「どちらでも構いません。私は私、その事実は変わりません」

「じゃあ、お近づきの印に美雲さんでいいかしら? 私も真由美でいいわ」

「では――真由美さん。そう呼ばせてもらいます」

「深雪さんも達也くんも席に座って。自動配膳機(ダイニングサーバー)があるから食事にしましょう。話はその後にしましょう」

 

 席を勧められて達也らは空いた席に座る事にした。上座に最も近いのは美雲、その次に深雪、続いて達也。年長者である美雲が上座に座るのは当然かもしれないが、深雪と達也は美雲が上座に座ったのかその本心を理解する。

 

「お手数をかけて申し訳ありませんお姉様……」

「気にしなくていいわ。真由美さん、私や深雪、達也の分は用意してありますのでお気遣いなく」

「あら、そう? じゃあ私は今日、何にしようかしら〜?」

 

 若干砕けたような口調となった真由美だがこちらが素なのか、それとも意図した口調か。しかし真由美の砕けた口調が生徒会室に漂う雰囲気を和やかなものにした事は確かである。生徒会室の壁に埋め込まれている自動配膳機を小柄な生徒が操作して出てきた物をぴょこぴょこと配膳していく。達也や深雪も美雲が買ってきた食事を受け取り、全員に食事が行き届いた所でランチが始まった。

 

「ねぇ、美雲さん。貴女、ダイエットなんかしてるの?」

「いえ、していません。ただ比較的体は動かしている方です」

「そうなの。参考までに何をしているのか聞いてもいい?」

「……会長。一応言っておきますが姉さんの運動量を参考にしないほうがいいですよ」

 

 身内である事をぬきにしても、達也や深雪から見ても美雲の容姿は美しいと感じていた。それは彼らが普段見慣れているから美しい程度で済んでいるのだが、傍目から見て美雲がどう映っているのかそれは真由美の食い気味な姿勢から察することができる。

 

「ほほう? それではどれくらい体を動かしているのか参考までに教えて欲しいな」

 

 この場にいる風紀委員長・渡辺摩利と役員らしい小柄な女子生徒も興味を持って美雲へと視線を向ける。ただ一人、大人びた雰囲気の少女は視線を伏せ気味にして興味なさげにしていたが、真由美らの中で一番の興味関心を美雲へと向けている事に達也と深雪は気づく。その少女に何かあるのかと達也は勘繰ったが美雲はさらっと答えを口にした。

 

「朝のランニングで30分。発声練習とダンスで三時間。寝る前にストレッチ30分ほど。毎日です」

「……確かに参考にならないわね」

「芸能人の体型維持はそれほどまでにシビアなのか……」

 

 真由美と摩利の唖然とした呟き。それについては深雪も達也も一も二もなく同意であった。ただ一つ付け加えるとするならば、美雲の運動量は芸能活動と共に増えたのではなく大体中学生の頃から同等の量をこなしている。もうちょっと自分に気を使っても良いのではないかと、達也は自分のことを置いてそう考えながらもサンドイッチを食べ終え一呼吸おいた。

 

「生徒会長、二つほどよろしいでしょうか?」

「はい。何かしら達也くん。お姉さんの事を知りたいの? 二つだけでいいのかしら?」

「深雪と姉さんを生徒会室に招いたのは生徒会に加入させたい、そう考えていいですか?」

「もう、冗談が通じない子ね。コホンっ——達也くんの質問にはイエスと答えましょう。生徒会は代々新入生総代の子を次期生徒会長として教育すべく加入させてきました。深雪さんを誘ったのはそれが理由です。美雲さんの場合、もちろん彼女も非常に優秀な成績ということも理由の一つですが最たる理由として事態の迅速な収束のためです」

 

 既に用意してあったかのような真由美の解答。彼個人としては深雪や美雲が難関と謳われる第一高校の生徒会役員に任命されるのは非常に喜ばしいことだ。しかし、二人を守護する者として言わねばならない、確かめなければならないことが達也にはある。

 

「二つ目——七草は美雲の固有魔法『女神の歌声(ワルキューレ )』を利用するつもりですか?」

 


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