SCARLET PRINCESS 体に爆弾を埋められた無職がなんだかんだで世界を救うまで 作:ひん(再就職)
目覚めると顔から爪先まで包帯のような布でグルグル巻きにして椅子に座らされていた。
「!」
胸がヒリヒリするのは痺れさせられた後遺症か。
なんてこった、拉致されたようだ。
なぜか舌も痺れていて声も出せやしない。
「!?!?」
不運もここまで来たら尋常じゃない。
元来感情の起伏が少なくて、しかも誘拐より不思議な体験をしたきたばかりの光でなければ、パニックを起こしていただろう。
プシュッと空気が抜ける音がして誰かが入ってきたらしい。
足音はしなかったが尋常でないほど気配が濃い。
その誰かは向かいにあるのだろう椅子へ雑に座った。
僕とその人物の間で何かを置く硬質な音がした。
机でもあるのだろう。
いよいよ取調室じみてきた。
頭に見取り図を思い描いていると、硬い棒のようなもので額を小突かれた。
「死にたくないならギャーギャー騒ぐな」
ドスの効いた、若い女の声だった。
とりあえず言われた通りに頷く。
「今から口の拘束を外す。下手な真似をした瞬間てめえの首を飛ばして焼却する。訊かれたことだけに答えろ」
連れてこられた経緯といい、なにもかもが非現実的で物騒だ。
さらに壊滅的にガラが悪い。
さぞかし性根が曲がったような顔をしていることだろう。
首まで背もたれに固定され、文字通り手も足も出ないのでまた小さく頷くしかない。
彼女がフィンガースナップを鳴らすと顎を覆っていた部分の布がジョキリと勝手に切れて外れた。
「で、所属団体は? 人間爆弾と来たら神無月インダストリーか富士機関か? どうせ狙いは結界とかだろ。時間がねえからさっさと吐けやオラ」
「は? 人間爆弾?」
なんだそりゃ。
状況が飲み込めない。
というか、いきなり拉致されて第一声がこれで飲み込めてたまるかい。
激動過ぎる。
脚本家がいたら導入が雑だと怒鳴りたい。
「よく聞け。どこで拾ったのか知らねえけどな、その右腕はこの世に出しちゃおけねえもんだ」
「いや、あの、何かの間違いじゃないですか……」
「すっとぼけんなテロ野郎。そんなもんブラブラさせて東京に来るやつがただの民間人のはずねえだろうが!」
恫喝されると口をパクパクさせてビビる僕は小市民だ。
ヤンキー超怖い。
「
プロフィールを読み上げられる。
スパイ映画みたいな単語がチラホラ。
「どこかのテロリストと勘違いしてないですか。僕は一般人なんですって。大体ここはどこであなたは誰だ?」
「ホームラン級のバカかてめえは。黙ってろ」
また硬い棒で額を殴られた。
酷い。
吐けと言われたり黙れと言われたり、事情を聞こうという姿勢がまるで無い。
人権無視も甚だしいぞ。
「次元転移……領域持ち……現実改変か下手したら隠れた神格の線まであるか」
ヤバイ、もしかしてイッちゃってる系のカルトな人たちに誘拐されたのか。
そんな集まりが銃を持ち歩いているなんて日本は大丈夫じゃなさそうだ。
光は世相に想いを馳せて現実から目を逸らした。
上の方でスピーカーがブーと鳴る。
『交代だ』
「はァ? 今私が尋問してんのが見えねえのか?」
ボイスチェンジャーを通した合成音声にご機嫌斜めな目の前の女が食って掛かった。
内輪揉めか。
変な団体に捕まって、簀巻きにされて、お次はなんだ。
もうどうにでもな~れ。
『口論は無益だよ』
「……クソが」
力関係ははっきりしてるのか意外にもガラの悪い方が簡単に退き下がった。
「チッ!」
盛大な舌打ちをして部屋を出ていく。
出る間際に壁かゴミ箱か何かを蹴っ飛ばしたような破壊音を残していった。
ヒェッ。
「やあ、選手交代だ」
うって変わって今度はやたらとフレンドリーな印象の女が話しかけてきた。
「荒っぽくしてごめんね。さっきの彼女、虫の居どころがすごく悪いんだよ」
声がこもっていて今一掴めないが、会話の間の取り方からしてスピーカーで喋っていた人物のような気もする。
「ふう、息苦しいなあこれ。いくら戦闘用だっていっても改良しなきゃ駄目だね」
カチャカチャプシュプシュやって何かを取り外し、声が明瞭になった。
即座にスピーカーから大音量で誰かが怒鳴る。
『汚染防護規定に違反しています! ただちにマスクを装着してください!』
「いいからいいから。こんなの着けてたら調査にならないでしょ。異変を感じたら適切な処置をとってくれればいいさ」
『……テスト後に診断を受けてください。いいですね?』
「オーケイ」
現場に出たがるタイプの権力者なのかスピーカー側をあっさり言い負かして了解を取り付けた。
「さて、本題だ。君は虐殺もせずに電車に乗って、その後は住宅街を歩いていたことから進んで誰かを殺そうとしたり何かを壊そうとする素振りはなかった。もっと言えば、その気であれば私がこの部屋に入った瞬間に殺せたかも知れないが、やらなかった。だから普通に話が出来ると仮定してインタビューしたい。正直に話してくれると嬉しい」
良い刑事と悪い刑事の飴と鞭で白状させる手法が頭をよぎる。
殺すだの虐殺だのという危険な単語の羅列は置いておくとして、話が分かりそうな人物と接触したチャンスは生かしたい。
平静を装い光は回答する。
「……最初からそうして欲しかったんですが。いきなり撃つのは法治国家としてどうなんです?」
「すまないがそれは出来ない決まりなんだ。世の中には交渉出来ない相手が多すぎる。君がお喋りに応じてくれただけで嬉しいよ。手違いがないか確認するけど、君は最上光で間違いないかな?」
「はい」
「私は
粗暴な本性を隠してるようなこともなさそうで、前任者より話しやすいのは大いにありがたい。
誤解が解けるなら何でも訊いて欲しい。
僕はやましいことは何もしていないんだ。
「次に、現在所属している特別な団体、企業、宗教とかはあるかな?」
「うっ…………」
想定外な角度の初擊で結構胸を抉られた。
無職になんと無慈悲な質問を。
僕は今年で二十五にもなるのに仕事をしていない。
不採用通知は三桁の大台を余裕で突破し、やっと面接まで持ち込んだら人相の悪さが邪魔をして不採用。
再就職の希望は潰えた。
特に邪気があるとまで言いやがったあの人事、顔を見ただけで僕の何がわかるというのやら。
もうどうでもよくなって、通販と宅配に頼り貯金を食い潰す引きこもりになっていた。
求職中とでも言おうか。
見栄を張った嘘を練っていると東博士の手前で何かがガシャガシャ動いた。
「は、働いてません……」
ビビって光は本当の事を言った。
しかし東博士は職歴には興味がないようで、ここ最近の変化の方にそそられている。
「ふむふむ。ではその右手に関することを教えて欲しい。いつどこで手に入れたのか。心当たりがなければ些細なことでも構わないよ」
気になっているのは右手だ。
特に厳重に固められて指の関節のひとつどころか、麻酔をかけられたみたいに感覚が無くなって動かせないそれ。
「……信じるかは自由ですが、奥多摩で貰いました」
「貰ったと。誰からかね?」
「奥多摩の屋敷に住んでいた鬼にです」
問題はこれだ。
ちょっとどころじゃない神秘的な暮らしをここ一ヶ月ほどしたが、まさかこんなに大問題にされるとは考えもしなかった。