エルフと私、時々抹茶パフェ   作:裃 左右

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第31話 エルフ少年とタピオカる

ファルグリンは愉快そうに笑った。

店員から受け取ったばかりのタピオカドリンクを片手に、高らかに。

 

「それで僕のところに来たわけか」

 

私だって、生前は、野郎のエルフに悩み相談したりすることになるとは思わなかったよ。

それもタピオカドリンクとやらが流行るとも思わなかった。

 

 人生とはわからぬものである。

ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。

 

それはさておき私の知る限り、エルフはみな美しいわけで。

それは当然、同席するこの男にも言えることだった。

 

相変わらず、周囲の女性たちの視線を独り占めである。たまに男性ですら、エルフの美貌はその視線を奪い去る。

タピオカドリンクは、最近、流行している飲み物であるようで、若い女性たちが行列をなしているのだ。

 

そんな中、不本意なことに注目を浴びているのが、私たちである。

主に、ファルグリンのせいだ。

 

「な、なんだ。 この感触は? と言うか、なぜ飲み物にこんな異物を?」

 

 ファルグリンは、タピオカドリンクを口に含んだ途端、そう言った。

 

「なんだか、僕が思った以上に弾力を感じるぞ」

「おや、ファルグリン。 いったい、どんな感じだと思ったんだい?」

「もっとゼリーのようなものかと思った。 ゼリードリンクなら、飲んだことがあるからな。 あれはスライムに似ていて、食感もいい」

「ああ、それも珍しくないよね」

 

 と言うか、スライムって食べれるんだな。

 にしても、エルフ的にタピオカドリンクはありなのだろうか。

 少し興味がわいて連れてきたが、ファルグリンとしては口に残るタピオカに違和感を抱いたようだった。

 

「これはなんだ?」

「キャッサバと言う、芋で作った……なんだろう。 団子のようなものかな?」

「なにかこう、生物の卵ではないのだな」

「気持ちはわからないでもないが、違うよ」

 

 カエルの卵に見えなくもないが、全然違うのである。

 違うったら、違うのである。

 海外に生息するという、タピオカガエルなどとは一切関係がないのである。

 

「陽介、おかしくないか? ……団子をストローで飲むのか?」

「まあ、そういうものみたいだよ」

「このミルクティーそのものは、僕もなかなか美味だと思うが……」

「ミルクティーとか、ミルクセーキとか好きだもんね」

「……ミルクティーとミルクセーキは違うぞ」

 

 なお、乳製品を本来エルフはあまり食べないらしい。

 原始的な生活を営むエルフは、畜産を行わないからだ。家畜から肉をとることも、乳をとることもしない。狩猟だけで生きるのが、エルフである。

 

 ファルグリン自身は、先進的な生活をする帝国エルフらしいので、その例には当てはまらない。むしろ、乳製品たっぷりの飲み物が好きなようだ。

 本来食べないからといって、嫌いなわけではないらしい。

 

「ううむ…… ぷにゅぷにゅしている……」

 

 ファルグリンは神妙な表情で、咀嚼している。

 

「あれ? 団子は嫌いじゃないよね?」

「ああ、白玉は好きだ。 もちもち食感は嫌いじゃない、むしろ好きだ」

「タピオカはダメそう?」

「いや、そんなことはない。 だが、なんというか……」

「うん」

「これは普通に、スイーツとしてパフェとかに入れたらダメなのか? なぜ、ミルクティーに入れたんだ?」

 

 つまり、ファルグリンは、飲み物になぜタピオカを入れて、ストローで飲むのか。

そんな、その根本的なところをこだわっているようだった。

 

「これ自体は良い食感だと思うが、ストローで吸い込んだら危ないじゃないか。 そのまま、スルッと入ってしまいそうじゃないか?」

「あー。 まあね」

 

 それは一理ある。

 気管に入る危険性は、確かにある。

 

「僕は、スイーツとかにトッピングとして入れた方がよいと思うぞ」

「……トッピングと言う言葉も使いこなすようになったね」

「ふふん。 その程度、僕にとって造作もないことだ」

 

 何を威張っているんだ、このエルフは。

 私はあきれながらも、スマートフォンを片手に情報を調べる。

 

「ああ。 タピオカ自体、けっこうスイーツには使われてるみたいだよ、もちもちしたドーナツとかそういうスイーツ作るのに使われてるみたい」

「もちもちドーナツ?」

「うん、有名なチェーン店のドーナツ屋で売ってる……」

「ああ、なんとなくわかったぞ。 確かに、モソモソしてないドーナツはあるな」

「あと、プリンの材料にしたりとかもしてるみたいだね」

「む、この食感のプリンなら美味しいんじゃないか? いいな、それは!」

「ココナッツミルクに入れたり、ぜんざいの様にして食べることもあるらしいね」

「それでいいじゃないか! なぜ、そうしない!」

 

 このエルフ、変なところが保守派である。

 ストローで団子を食べるのは変だ、そんなイメージが強いらしい。

シェイクや、生クリームは何度も啜ったことがあるくせに。

 

「と言うか、あれ? ストローを知ったのは、こっちに来てからかい?」

「馬鹿にするな、ストローくらいある」

「え、そうなんだ」

「ああ、太古の昔からあるぞ。 こういう形状の植物があるからな、それでドリンクを飲む。 ……詳しくは知らないが、もともと酒を飲むのに使っていたらしい」

「へえ、お酒を飲むのにどう使うの?」

「知らん。 まあ、僕には関係ないからな」

「そりゃ未成年だしね」

 

 エルフは、何歳から飲酒可能なんだろうか。

 思い返せば、私自身、禁酒してから人生が長いので、少々恋しくなる。

 今回の人生では、未だに酒を飲んだことがない。あたりまえだけど。

 

「お酒か……。 早く、大人になりたいような。 なりたくないような?」

「なんだ、飲みたいのか」

「まあ、飲めないよりは、飲めた方がいいさ」

「ふうん。 人間やドワーフは酒が好きだからな。 エルフも酒を嗜むけど、あまり酒に酔うと言うことがないな」

「酒に酔わない?」

「その気になれば、酒の毒を無害に出来るらしい。 酔おうと思えば酔えるけど、いつでも無害に出来る。 だから、水やジュースと変わらない」

「羨ましいような、それはなんだかつまらないような」

「何を言う。 アルコールの無毒化くらい、魔術師にはそう難しくないだろうに」

「それは習得したくないな」

 

 意図的に酔おうとしない限り、いつまでも酔えないのも不便そうだ。

 酒で気晴らしすると言うのも、意図せず酔えるからこそ、酒に甘えられる気がするんだけど。でも、依存症とか酒におぼれることもないだろうから、その点では良いのだろうな。

 

 私がそんなことを考えている間ですら、ファルグリンは、未だに険しい顔をしてドリンクを飲んでいる。

 

「ううむ。 ぷにゅぷにゅだな……」

「結構気に入ってるじゃん」

「タピオカはいいんだ、タピオカは……」

「……なんというか、ずいぶん難儀な感性をしているね、君は」

 

 私は、美味しければそれでいいじゃないか、と言う感性の持ち主である。

 どちらかと言うと、ミルクティー自体がそこまで好きじゃないので、スイーツにトッピングしてくれた方が嬉しいと言う意見には一理あると思っている。

 

 コーヒーは好きなんだけど、コーヒーに入れられるのはさすがにどうかと思うし。

それよりも甘い味で食べたいところだしなあ。

 

「って、ファルグリン。 ちゃんと、私の悩みを聞いてくれ」

「聞いている、聞いている」

「適当だな!」

「他人の悩みにこちらまで深刻になっていたら、身が持たない。 適度に距離をとるようにして、話を聞いたほうが、余裕がある助言が出来るものだ」

「……そういうものかねえ」

「少なくとも、僕は父上にそう教わったよ」

 

 それは随分と、性格のよろしいお父様である。

聞いている限り、ファルグリンの父親とは、上手くやれる気がしない。

 だが、少なくとも、ファルグリンにとってはよい親であるようだった。

 

 いくら転生した私でも、子の父になった経験はまだない。

 子供は嫌いではないが、未だに理解できないままだ。

 そもそも前世の私は、子供のころから浮いていた。同年代と話をしても、いまいち話が通じにくかった。

そのせいか、大人たちと会話する方が楽しかったのだ。

 

「私の悩みはさっき話した通りだよ」

「アンジェリカ嬢に、他の人と違った接し方をしてしまうのだっけ?」

「それは……そうだけど。 そこまで悩んでるわけじゃない」

 

 どうも彼女と話していると、忘れていた何かがあるような気がして仕方なくなる。

 本当ならしないような、自分らしくない言動までしそうになる。

 それがなぜだかわからない。

 ただ、どうにもアンジェリカのことを、昔から知っていたような……そんな錯覚を覚えるのだ。でも、そんなことはありえない。

 

 ふうん、とファルグリンはタピオカドリンクを飲んだ。

 もぐもぐ、と口を動かす。

 呑気にそれを飲み下すまで、口を開こうとしなかった。

 

「なら、秘匿魔術の情報が漏れていることか?」

「そう、それが問題だ。 第二秘匿指定魔術(ハーメルン)のね」

「僕は吹聴なんかしてないぞ、わかってるとは思うが」

「そうだね、君はそういうやつじゃない」

「そうさ、エルフは口が堅いんだ。 痛みにも強いから、拷問されても口を割らないね」

 

 自信満々にファルグリンは、口の端をゆがめた。

 

「それに、その魔術のことは、僕もよく知らないしな。 強いて言うなら、名前くらいだ」

「……もう少し知っているだろう?」

「ああ、そうだな。 テイラーを起点としていること。 大量のネズミを使うこと。 でも、それがなんだっていうんだ? それで、なにが出来るかも知らないんだ」

「そう、君でもそこまでしか知らない。 だけど、漏れてる情報はもっと具体的だ」

「へえ」

「最近起きたテロ事件に、私の第二秘匿魔術(ハーメルン)が使われていると言うんだ」

「……テロ事件、郊外のあちこちで起きた爆発やらのアレか」

 

 最近、マスコミにも報道され、この街でももちきりの話だ。

一般に流れている情報としては、学園からも人員を出している警邏騎士団が、各地でテロリスト鎮圧を行ったらしい。

 

その犯人は誰なのか、それも噂の的だった。

 

報道によれば、カルト的宗教団体。

それらに操られた、一般市民が正体だと言う。

自爆テロを敢行し、警邏騎士団にも相応の被害が出た。無関係な人々にも、少なからず被害が出ており、そのカルト的宗教団体と警邏騎士団双方に非難が集中している。

 

「その宗教団体が、『世界変革の時(チェンジ・ザ・ワールド)』。 どういう目的かは知らないが、アンジェリカの言うことが本当なら……」

「お前の第二秘匿魔術(ハーメルン)が使われてるって?」

「……ああ、そうなる」

「不可解だね。 それに、だ。 僕が思うに、魔術師である警邏騎士団を手こずらせるテロ集団なんて、ありえないと思うが」

「魔術師はスーパーマンじゃないよ、ファルグリン」

「民間人の被害はいいさ。 それは仕方ない。 でも、人員不足で生徒を引き抜いているとはいえ、警邏騎士団は素人じゃないんだ。 ただの爆発物で怪我をするほどマヌケでもないし、銃火器程度で傷つくほどでもないだろうさ」

戦闘魔術師(ウォーデン)と言うのは、そんなにも優れているの?」

「まさに人間戦車だよ、陽介。 こっちの世界では、魔術師に対抗するために戦車が運用されているんだ。 そういう規模の戦いなのさ」

 

 深くは聞いたことがなかった。

 そうだ、異世界(ニーダ)でも戦争はあるはずだ。

 それがどんなものか、想像したことがなかったけど。

 

「魔術師を倒すために、戦車が?」

「ああ、魔術師は高速で飛び回る人間戦車みたいなものなのなんだ。 だから、どんどんそれを制するための戦車も重量化してる。 爆裂魔術を防ぐために、ね」

「戦闘機は?」

「空はモンスターの領域だから、安全じゃなくてね。 高高度を飛ぶ飛行機械は、あまり使われない。 大気圏を支配する帝空竜(タイクーン)たちに吹き飛ばされるからな」

「……じゃ、旅客機とかは飛ばせないのかい?」

「技術的には可能だが、安全は保障できない。 少なくとも、高度百キロあたりまではなにか化け物がいるらしい。 ドラゴンだけじゃなく、ね」

「信じられないな」

 

 そこで、私は思い出した。

 アンジェリカの話した内容を。

 

「大地や空を支配する主と言うやつか。 たくさんの怪物に命令し、生み出すと言う……」

「……なんだ、知ってたのか」

「つい最近、聞いたばかりでね」

「そういう存在(バケモノ)があちこちにいるのさ。 エルフと言えど、太刀打ちできない奴がね」

 

 アンジェリカが話していたことは、本当らしかった。

 人類の存続は危うく、人類を生かすために死を覚悟する必要すらある。

 この地球では、人類は王だ。

だが、異世界においては、それは勘違いに過ぎない。と言う。

 

「それでも、人類存続のために犠牲になるなんて間違ってる」

「そんな深刻になるな、どうせ別の世界の話だ。 お前には関係ない」

「……そんな割り切れないよ」

「こっちでも、人間同士でも殺し合ってる。 ただでさえ、少ない生存圏を得るためにな。 資源を安定して入手できる土地が少ないんだ。 そこまで考えたら、キリがない」

「……それは、確かに考えるだけキリがないかもだけど」

 

 人間同士の殺し合いもあるのか。

 それも、国が富みを得るためでもなく、純粋に生きるか死ぬかの生存競争のために。

 

「こっちでもそうそう変わらないだろ」

「どうなんだろう……」

「戦争でも、空を飛ぶのは鬼門だ。 デカい的だと対空魔術で吹き飛ばされる。 街を守るために、対空魔術で固めてるんだ。 魔術で飛翔するにも相応の装備があったほうがいい」

「……人間が空を飛んで戦うのか?」

「空戦魔術師は、どこの国だっているさ。 飛ぶ場所を間違えたら、すぐ落とされるけどな」

 

 異世界(ニーダ)には、行きたいとは思わないな。

 

 でも、こういう話を聞いたことがある。

 

 異世界(ニーダ)の空気は、地球人にとって中毒性があると。

 多くの場合、異世界に長くいすぎると、地球に帰りたくなくなるらしい。家族すら置いて、戻りたくなくなるそうだ。

 都市伝説に過ぎないが、今では異世界に人員を送るのは、かなり慎重にされている。

 適性者しか、地球に戻る意思を無くさずにいるのは、難しいそうだ。

 

「いずれにせよ、そんな過酷な状況で戦い抜いてきた戦士もいるわけだよ。 いくら不意打ちを受けたからって、そんなに大きな被害が出るか、僕は疑問だね」

「なるほど……君が言うからにはそうなんだろうね」

 

だとすると、今回のテロ事件には裏がある。

 その裏がある事件に、『ハーメルン』が関わっているとしたら、不味い状況だ。

 私としても、情報が欲しいのが正直なところだ。

 

「陽介。 お前の情報網には、『世界変革の時(チェンジ・ザ・ワールド)』とか言う、カルト集団の情報は入ってないのか?」

「妙な連中が動いていることは、テイラーから報告があるよ。 でも、『世界変革の時(チェンジ・ザ・ワールド)』なんてカルト集団が本当に存在するのか、掴んだことはない」

 

 いるとしたら、なにを信仰しているんだ?

 まったくもって、私にはわからない。

 わかるのは、妙な連中がいると言う事実だけである。

 

「だとするなら。 僕が思うに、アンジェリカとやらの提案に乗るのはありかもしれないな」

「やはり、ファルグリンもそう思う?」

「ああ。 確かに、自分の秘密をばらしてまで、協力する判断をとるかは難しいところだ。

 でも、事実なら『正体不明の集団』に、自分の秘密がもれていることになる」

「そちらの方がまずい、か」

「そうさ。 今のところ、どこから情報が不明だし、その事実関係も突き止めなきゃ、ね」

 

 私は、ミルクティーを飲み干した。

 結局のところ、私の選択肢はそれほど多くないのだ。

 

 それは理解している。

 

 だが、私は流されて何かを選択したとは思いたくない。

 選択肢が少ないながらも、自分の意志で選び取る。

 それが、どんなに悪い選択だったとしても。

 

 何者かが決めた運命に縛られるなんて、ごめんだ。

そんな無力感を味わうつもりはない。

私は、私の生きる道を切り開くつもりだ。

 

「まあ、なにかあれば……出来る範囲で、助けてやるくらいはするから心配するな」

「ありがとう、ファルグリン」

 

 少なくとも、今の私は一人ではないのだから。

 これから待ち受ける困難にも、耐えられると思う。

 ただ、苦しみを耐えるだけの日々は、もう嫌だから。

 


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