紗夜のBはBitchのB!   作:本醸醤油味の黒豆

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向き合うD/好きになる理由

 水族館の奥へと花音さんに手を引かれてやってきた先は、ガラスケースの向こうで光を浴びながら泳いでるってよりは浮いてる印象のある軟体動物(クラゲ)の前だった。もっと二人でしゃべれるところかと思いきやクラゲという事実に俺の中に疑問が嵩んでいく。

 

「……なんでクラゲ?」

「私が好きだから」

 

 うっとりした表情でクラゲに魅入られるヒト、俺初めて見ました。こころなしかそこはかとないエロスを感じる。

 ──と、そんな感想はさておき、花音さんは目線はクラゲに固定したまま、あのね、と声だけを俺に向けてきた。

 

「好きって、なんだと思う?」

「はい?」

 

 唐突にわけのわからない質問をされてしまった。

 好きってなにと言われても、俺にその答えは見つからない。すると花音さんは私は今日は二回、好きだからって言ったよと補足される。

 

「水族館とクラゲ、ですか?」

「うん。水族館が好き、じゃあ、なんで好きなんだと思う?」

「……ええ」

 

 知らないよ、そんなの。別に花音さんが何を思って水族館が好きなのかと言われても、俺にわかるわけないし。

 でも、クラゲが好きってのとつながってるから、クラゲが見られるから水族館が好き、とか? 

 そう言うと、花音さんはふふ、と微笑みを零した。

 

「正解」

「なんなんですか」

「大事なことなんだよ? だからちゃんと聞いて、ちゃんと答えて」

 

 その声は真剣そのものだった。というかまだ質問は続くってことだよね。

 俺の予想通りに、じゃあ、と花音さんは再び声を俺の方に向けてくる。これであなたのことを知ってほしかった、なんて言ったら流石に帰りますからね。

 

「なんでクラゲが好きでしょうか?」

「……それは、難しいね」

「ふふ、そうだね」

 

 なんでクラゲが好きか、なんてそれこそ本人じゃなきゃわからないような質問だ。でもちゃんと答えて、ってことはちゃんと考えてってことだろうから、一応思考を巡らせる。うねうねがエロかった、とか言ったら犯されそう。でも、そんな突っ込んだ理由じゃなくても、当たらずとも遠からずってところじゃない? 

 

「見た目、ですか?」

「うん、そうだね。水族館で初めてクラゲを見た時に、かわいいなあってなって」

「かわいい、ですか」

 

 ううん、女の子のかわいいの基準はよくわかんないけど、どうやら正解はできたらしい。けど、それが今、俺がしたい話となにか関係があるんだろうかと待っていると、それじゃあ、とまた質問をされた。

 

「別れたカレシが好きだった理由は?」

「いやそれこそ知りませんよ」

 

 それはクラゲやら水族館やらの好きとはまた別種の好きでは? 

 甘い食べ物が好きだとか、ポテトが好きだとか、ホットミルクが好きだとか。人間関係の好きとそれは全くの別物だと思うんですけど。

 しかし、花音さんはそれを違うよう、と否定した。変わらないと言った。

 

「じゃあなんで好きだったんですか?」

「顔が好みで童貞だったから♡」

 

 うんこのヒトダメだ紗夜さんに連絡しよう。

 そう思ってスマホを取り出したら微笑みながら襲うよ? って言われた。理由がクソな上に脅し方もクソとかもうこのヒト信用する要素がどこにもないんだよなぁ。

 

「でも、顔の好みとか童貞ってさ、言うなら味の好みと同じなんだよね」

「同じなんですか……」

「だって、嫌いなものを食べろって言われても、おいしいとは思えないでしょ?」

 

 性癖と食べ物の好みを一緒にされても、と思ったけど、肉食系草食系とか、意外と性的な表現を食事として表現する言葉って多いよね。紗夜さんが前に性欲と食欲は近いところにあるって言ってたし、本能的にそういうことなのかも。うわ納得しちゃった最悪。

 

「だからね、あんまり好きに理由を求めすぎるのはよくないよ」

 

 変なものを好きだったとして、そこを理由に心を閉ざしちゃうの? と問われて俺は少しだけバツの悪い顔して花音さんから視線を逸らした。

 俺も、好きに理由を求められたら困る側だから。あの子を好きになった理由も、あんまりにもふわっとした理由だし、ベースも、ただ幼馴染がやってるのを見てカッコいいと思ったからだ。

 

「好き、なんてふわっとしたものだよ? あやふやで曖昧で、それなのに理由を問い詰めて……それってすごく、鬱陶しいよ」

 

 暗い表情で、怒ったように、そんな冷や水を浴びせてくる。恋愛初心者、未経験者が陥りやすいんだけど、と前置きして花音さんは俺の間違いを指摘してくる。

 

「好きに執拗に理由を求めちゃダメだよ。なんで、どうして? そんな言葉、好きなヒトから問い詰められたら、やだよ」

「それが……俺だと」

「だってそうでしょ? 紗夜ちゃんが好きって言ってくる理由が知りたくて、私を頼ってきたんだから」

 

 理由がちゃんと言えるなら恋人、ちゃんと言えなかったらセフレ、みたいな線引きをすること自体が間違い、と花音さんは言った。

 だからあの時に花音さんはその辺を童貞くんにわかってもらおうと思ってないからいいやって言ったのか。

 

「言葉にはできない。でも確実に存在するの……セフレとカレシの線引きって。私はあんまり特別にカレシ作っちゃうと途中で飽きちゃうんだけど」

 

 つまり、花音さんが飽きる理由は、束縛が嫌いでセックスがワンパターンになるのが嫌ってだけ? そう問いかけるとあっけらかんとそうだよ? と首をかしげてきた。

 確かにセフレにはない悩みだよね、一緒じゃないわけだ。

 

「わかってもらえた?」

「……納得はしたくないけど、理解はできました」

「うん、ならオッケーだね」

 

 ふふ、と花音さんは母性ある微笑みで俺の腕に自分の腕を組んできた。デートなんだから、と言われて、力も強いし俺はしぶしぶ抵抗をやめる。やっぱり燐子さんほど肉厚じゃないけど紗夜さんよりは確実にあるな。

 ところで、俺はひとつ気づいたんだけど。

 

「花音さんも……なんだ」

「なにが?」

「セフレじゃなくて、カレシ候補なんだなって思って」

「……うふふ、いい、いいねえ。わかってきたよ」

 

 正直、このヒトにも俺は童貞を奪われてもおかしくないタイミングがいくらでもあったし、なのにこうして優しく接してくれる。さっきの花音さんの行動原理からすると、別にセフレに困ってるわけじゃないけど、花音さんはこうして一緒に水族館に行って、カフェで一緒にお茶して、ホテルに行くような相手が欲しがってるってことでしょう? 

 

「なんでそこまで?」

「オナニーじゃ気持ちよくないもん」

「あのねぇ……」

「それに……実は、私、方向音痴だから」

「え?」

 

 水族館に一人じゃいけないんだ、という言葉に俺は物凄く同情した。時折学校に行く際も迷子になるらしく、クラゲを見ようにもまず電車を乗るために駅に行くことすら一苦労、あまりにも残念すぎる。

 

「だからカレシ? セフレは?」

「セフレだとすぐセックスセックスってそればっかり、暗がりに来ただけで発情するんだもん」

「……ものすごい悩みですね」

 

 花音さん的には水族館では純粋に海の世界を楽しみたいらしい。燐子さんだったらおそらくウェルカムでしょうと思ったけど、本当に純粋に水族館に行く理由が違うのか。

 花音さんは一度襲われて以来、絶対にやめようと心に誓ったらしく、だから童貞くんのほうがいいんだよねえと笑った。

 

「あんまりヤりすぎちゃうとダメだけど……ほら、こんなに密着しても、セックスするならホテル行くでしょ?」

「まぁ、こんな人のいるところでシたくはないですね」

「ほら、じゃあホテル行こっか」

「セックスは計画に入れないでねって釘を刺したはずですが?」

 

 さすがに冗談だったようで花音さんはそれからセックスしたいと一言も発することなく、水族館を楽しみ、そして家まで送った。本当に方向音痴でびっくりした。駅から家までの道把握してないとかマジでありえないと思ってたのに。

 でも楽しかったななんて思ってしまった自分を律するように歩いていると、目の前にアイスブルーの仁王と漆黒の夜叉が現れた。

 

「……ずいぶんと、お楽しみのようでしたね……カンベさん?」

「さ、紗夜さんに……燐子さん」

「私の連絡も無視して、よくもまぁ腕を組んでいちゃいちゃと……」

 

 なんで知ってるのかな? まさか後をつけてきたんじゃないですか? 

 ものすごい怒りのオーラ、これが嫉妬ってやつですね。まさか俺がこんな迫力に晒されるなんて思ってもなかった。

 

「さて、これからカンベさんのお宅にお邪魔させていただきます……じっくりと成果報告をしていただきましょうか」

「……じっくり、しっぽり……ですね」

 

 二人のビッチに引きずられて、俺は自宅に強制お邪魔されてしまうことになった。仁王と夜叉のダブル訪問は、もしかしなくても俺の貞操にとって過去最大のピンチでは? 頼むから今日は誰か家にいてくれ。夕方だけど母さんくらいいてほしいな、と淡い望みを抱きながら、俺は帰路へ着き始めた。

 

 

 

 


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