劣等生と落伍者   作:hai-nas

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 突然で申し訳ありませんが、私事により現在私が執筆しているこの小説の更新をしばらくお休みさせていただきます。
 なお、お休みさせていただく期間は長くて一ヶ月半程度になると思います。
 『劣等生と落伍者』を楽しみになさっている読者の皆様、急な報告で本当に申し訳ありません。


第十七話 氷華の思い

 駅までの帰り道は、微妙な空気だった。

 メンバーは達也、龍、美月、エリカ、レオのE組の五人と氷華、そして深雪、ほのか、同じくA組の北山(きたやま)(しずく)。彼女はほのかの親友らしい。

 達也の隣には深雪、その反対側にはなぜかほのかが陣取っている。

 

「‥‥‥‥それにしても氷華さんのCADって、変わった形をしてますよね」

 

 ひとしきり自己紹介をした後、とりとめのない会話の話題は先ほど氷華が使用したCADになっていた。

 昨日の入学式の後も話題になっていたが、初めて見たほのかと雫にとっても興味を惹かれるようだ。

 

「それ、昨日も美月から言われたのだけど、そんなに珍しいかしら?」

 

 氷華はそう言いながら自分のCADを取り出し、改めてまじまじと見つめる。

 外見は、特化型CADに多い拳銃型に近い。銀色のそれは銃身がやや長めではあるが、制服のポケットに納まる大きさだ。

 通常の特化型と異なるのは、持ち手部の直上、拳銃でいうところの撃鉄(ハンマー)照門(リアサイト)にあたる部分。

 円形になっているそこには中心に二十四花(雪の結晶の一種)がかたどられており、それぞれの『枝』の先端からCAD全体にかけてラインが曲線を描いている。それらの模様は淡青色に輝き、全て浮き出し加工がなされていた。

 このCADは、氷華の十六歳の誕生日に龍から送られたものだ。初めて手にした時の衝撃は、よく覚えている。

 今でも時々見とれてしまうほど、美しい。

 

「お~い、氷華~」

 

 気が付けば、龍が至近距離で手を振っている。

 どうやら、また見とれていたらしい。氷華は急いで意識を引き戻した。

 

「‥‥‥‥」

 

「綺麗‥‥‥‥」

 

 ほのかと雫、美月はCADを見つめたまま固まっている。深雪も、見慣れているであろうエリカでさえ、固まってこそいないが視線は氷華の手元から外せていない。

 

「もういいかしら?」

 

 女性陣の中で一番早く復帰していた氷華は、素早くCADをしまい込んだ。それにより、他の四人も我に返る。

 

「ご、ごめんなさい。なぜだか引き込まれてしまって‥‥‥‥」

 

「私も。こんな綺麗なCADは初めて見た」

 

 ほのかが再び頭を下げ、恥ずかしそうにしている。

 彼女に同意した雫はというと、対称的に淡々としていた。とはいえ視線がポケットから離れていないので、感情が表に出にくいタイプなのだろう。

 

「氷華のCADって、見てると魂が吸い込まれそうな感じがするよね」

 

「分かる気がします」

 

「さりげなく失礼な事言わないでくれる?」

 

 エリカの発言に賛同する美月、抗議する氷華。

 氷華の目があまり鋭くなっていないのは、自分も引きつけられていたという自覚があるためか。

 一人深雪だけが愛想笑いを浮かべて黙っていたが、そのことを指摘する者はこの場にはいなかった。

 

 

 

 

 一方、こちらは男性陣。

 女性陣とは違い氷華のCADに引き込まれこそしなかったが、達也もレオも龍が氷華に声を掛けなければその場に立ち止まったままだっただろう。

 

「やれやれ、どうしてあのCADは人を引きつけるんだか‥‥‥‥」

 

 一人愚痴る龍の表情は冴えない。

 それを見たレオが、励ますつもりでこう言った。

 

「もしかしたら、そういう不思議な魔力を持っているのかもしれないぜ?」

 

 しかし、言った後で彼は非常に後悔することになった。

 達也と龍の二人から、同時に白い目で見られたのである。

 

「‥‥‥‥レオ、それはただの皮肉にしか聞こえないぞ」

 

 魔法が魔力を使用すると考えられていたのは、少なくとも一世紀以上前の話だ。

 今でも『魔力』という概念自体は残っているが、それは魔法について誤解していたり、変な偏見を持っている一般市民に限られている。

 言い換えれば、正しい知識を持っているはずの魔法師が『魔力』などという単語を使うと、達也の言う通り皮肉としか受け取られないのである。

 

「大丈夫だ。レオの言いたいことは分かるから」

 

 逆に龍から自身を言い聞かせているような励ましをされ、レオはますます居心地が悪くなってしまったのだった。

 

 

 

 

 夕刻、東京近郊の住宅街にて。

 二~三階建ての建物が軒を連ねるなか、二十五階建ての高いマンションが春の夕日を浴びて輝いていた。

 最下層でも一千万円は下らないいわゆる高級マンションであるこの建物は、一階層を一世帯が丸ごと使用する構造になっている。

 そんなマンションの最上階、つまり二十五階のリビングは西側に面しており、富士山と夕日の共演を望むことができる大開口部が設けられていた。

 そんな絵画のような景色をソファからぼんやりと見つめる、一人の少女。

 甕覗(かめのぞき)色のワンピースを着た彼女は、均衡のとれた身体と端正な顔立ちをしている。

 周囲から絶世の美少女と言われてきた彼女の美しさは、夕日によってさらに磨きがかかっていた。

 もしこの光景を世の男性たちが目の当たりにしたら、まず間違いなく自我を亡失するであろう。ある者は口を半開きにして立ち尽くし、またある者は我が物にしようと発情した獣のように襲い掛かっていくに違いない(もちろん返り討ちになるのは目に見えている)。

 しかし、それほどの美しさを持っていながら、彼女の顔は憂いに満ちていた。

 そこに、背後から声が掛かる。

 

「氷華お嬢様、ご入浴の準備が整いましたが、いかがいたしますか?」

 

 声を掛けてきたのは、執事服を着た若い女性。よく引き締まった身体つきをしている彼女もまた、美形の持ち主である。ただ、氷華と並ぶと見劣りしてしまうのは仕方ない。

 それでも、二十代前半の彼女は世間一般には十分美女で通じるのだった。

 

「ありがとう、雲居(くもい)さん。でも、まだいいわ」

 

「かしこまりました」

 

 雲居と呼ばれた女性は、一礼すると部屋を出ていく。

 残された少女――南海氷華は部屋に誰もいなくなったのを確認し、深く、深く、ため息を吐いた。

 現在、氷華の父親は南海家の当主であり、国内有数の巨大複合企業であるマーシャル・トランジット・カンパニー、通称MTCの代表取締役兼創業家代表を務めている。もちろん収入は一般家庭のそれを大幅に上回っており、氷華の住むこの高級マンションの家賃や養子として引き取った龍の扶養代が家計を圧迫することはない。

 だというのに、自分の義兄は負担を掛ける訳にはいかないと仕事を始めてしまった。不定期に夕方から夜間まで、時には帰りが深夜になる仕事。帰宅時間が午前二時頃になることだってある。今は一介の高校生でしかない彼がまともに就けるはずがなかった。年齢を詐称しているのか、そもそも雇っている企業がまともではないのか。

 氷華は龍が仕事に行くたびに、そういう懸念に襲われるのだった。

 今日も今しがた、仕事に行くと言って家を出ていったばかりである。

 それに、と彼女は思考を続ける。

 

(今は、他の心配事もできてしまった)

 

 頭に浮かんだのは、学校で出会った一人の少女。まるで人形のように細く美しく、もしかしたら自分よりも美しいかもしれないと思わせる、可憐な美少女(司波深雪)

 彼女に抱くこのもやもやとした感情は、きっと嫉妬なのだろう。

 ‥‥‥‥駄目だ。考えれば考えるほど、自分の中にどす黒いものが渦巻いていく。まるで自分が自分でなくなるような、そんな恐怖に包まれる。

 氷華はそれから逃れるように立ち上がると、入浴するために脱衣所へと向かった。




甕覗色‥‥‥‥白に近いごく薄い藍色【Wikipediaより抜粋】

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