今話でこの小説は二十話目になります。その割には物語も全然進んでいませんが。
いつの間にやらお気に入り件数も五十を超え、大変嬉しく思うと同時に、この小説をよりよいものにしなければならないというプレッシャーも(勝手に)感じております。
‥‥‥自分の感情を文章にするのは下手なものですから、そろそろ本文に入りたいと思います。
真由美は顔を赤くしたまま、消え入りそうな声でポツリと呟いた。
「今更だけど、そう呼ばれると結構恥ずかしいわね‥‥‥‥」
「ええ、今更です。ですが、最初にそう呼べとおっしゃったのは真由美姉さまの方ですよ。お忘れでしたか?」
その質問に対する答えは、首を横に振ることで示される。
「そうですか、お忘れでなかったようで何よりです。このような呼び方を自分の方から始めたと思われては、たまったものではありませんから」
「ちょっと、それ、どういうこと?」
「おっと失礼、つい本音が。それはさておき、先ほどの『幼馴染』発言についてですが、訂正していただけませんか?」
「えっ‥‥‥‥!?」
龍のかなり毒と嫌味を含んだ物言いに、生徒会長は絶句した。が、心の奥底は冷静だった。
自分には、幼馴染であることを否定されても仕方がないほどの負い目があると分かっていた。
「貴女は七草のご令嬢です。仮にも一介の男子高校生である自分と親しくしていると、他の生徒たちからあらぬ疑いを掛けられる恐れがあります」
それは本心なのか、思わずそう尋ねたくなったが、ただでさえ壊れかかっている何かが決定的に壊れてしまいそうな気がしてやめた。
それでも、龍の発言にツッコまずにはいられなかったのだが。
「‥‥‥‥『一介』どころか『かなり特殊』だと私は思うのだけど」
「それは、俺が百家出身だからですか。それとも、“百済の人間”だからですか」
地雷を踏んでしまった。
真由美は瞬時にそう理解した。
龍の表情も声色も普段のものと大差ないが、雰囲気が全く違うものに様変わりしている。
摩利や鈴音もそれに気づいたようだ。
しかし、動けない。動かないのではなく、動けないのだ。
あずさなど、隣にいる鈴音にくっつくようにして完全に縮こまっている。風紀委員長でさえ動けなくなっているのだから、仕方ないといえば仕方ないのだが。
それほどまでの、常人離れした重圧と気迫。
しかも彼は、魔法を一切使用していない。
彼を幼馴染と呼べる程度には親しくしていた真由美には、これが何を意味しているのかすぐに分かった。
だから、気づかなかった。
先輩たちの意識は全て、龍に向けられていたから、誰も気づくはずがなかった。
龍に向けられた達也の視線が、鋭くとがっていたことに。
まだあどけなさを残す深雪が、外面も内面も平常心を保っていたことに。
百済家は、現代日本の魔法師社会において、極めて異質な存在であった。
通常、代々魔法師を輩出する家は十師族の作り上げた社会体系、つまり十師族を頂点に、それらを補佐する師補十八家、次いで百家、その他の家系という縦社会の中にある。
ところが百済家は、百家でありながら独自の社会網を作り上げ、十師族や師補十八家と対等、またはそれに近い関係を築いていた。
当然、同じ立場であるはずの他の百家にいい目で見られるはずがない。ゴマすりの百済、裏の百済と影口を叩かれるのは常であった。
そんな折、百済家は突然
十師族の怒りを買っただの、裏社会で失敗しただのと当時は随分と騒がれたが、真相はいまだ謎に包まれたままだ。
この程度の話は、魔法師社会にかかわりのある者なら誰でも知っている。
しかし、事の真相を知っている人間は、それこそ極少数である。
そんな環境にもし、当事者が丸腰で放り出されたりしたら‥‥‥‥
龍は、そんな目をしていた。
同世代とは思えないほど、暗く、濁り、地獄を目の当たりにしてきたような眼をしていた。
生徒会室に、機械音が鳴り響く。
誰かの携帯端末が、着信を伝えている。
動いたのは、龍だった。
彼の眼は、すでに普段と同じものになっていた。
端末を確認するなり、その顔が青ざめていく。
「すみません皆さん、妹がそろそろ爆発しそうなのでこれで失礼します」
そういうなり、返事も待たずにそそくさと生徒会室を出ていった。
残されたのは、沈黙。
扉が閉まり、たっぷり一分以上たってから、ようやく真由美が口を開いた。
「‥‥‥‥とりあえず、これで龍はダメね」
直後、それぞれがそれぞれの思惑を秘めたため息を吐いた。それとともに、張り詰めていた空気が弛緩していった。
一拍置いて、摩利が真由美にむかって質問した。
「なぜ、あんな奴を風紀委員にしようと思ったんだ?」
あのような生徒が風紀委員に相応しい訳がない。言外にそう思っていることがよく分かる口調だった。
しかし、真由美から答えが返ってくることはなかった。少しうつむき、深刻そうな表情をしたまま動かない。
代わりに、鈴音が口を開いた。
「彼は、自分を“百済の人間”だと、そう呼んでいました。つまり、『そういうこと』なのではないでしょうか?」
あくまで推測ではありますが、と彼女は続ける。
その言葉に、摩利が噛みついた。
「まさか、入学試験で手を抜いたというんじゃないだろうな?」
対する鈴音は、やれやれといった感じで首を振る。
「そうではありません。百済家が瓦解してから、今年で四年になります。その間、彼の周囲で何が起こっていたのか‥‥‥‥想像に難くないと思いますが」
「じゃあ、あいつは自分の『本来の魔法』を使えなくなったと?」
息をのむ気配がした。それはあずさだったのか、深雪だったのか、はたまた達也であったのか。
いずれにせよ、摩利の言っていることが何を意味しているのか、わからない者はこの場にいなかった。
「その通りです。魔法は使用者の精神状態にかなりの影響を受けます。これは、一年生の終わりごろに学ぶ内容ですね」
達也と深雪のほうに顔を向け、鈴音は付け加えた。気遣い、のつもりなのだろうが、あいにく二人ともその程度のことは知っていた。
「もし、彼の精神がとても不安定になっているのだとしたら」
「重要な実技試験で『本来の魔法』を使うこともできず、二科生に成り下がる、か‥‥‥‥」
鈴音のセリフを奪う形で、摩利が引き継いだ。
若干不満そうな鈴音を差し置いて、一人で気難しそうな表情をしていたのだった。
次回からようやく話が進みます。