劣等生と落伍者   作:hai-nas

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皆様こんにちは、hai-nasです。
次回か次々回にオリジナル要素が入る予定です。つまり、今回も原作と同じ流れになっています。
つまらないと思いますが、どうかよろしくお願いします。


第二十七話 深雪の思い

「お疲れ様、終わったよ」

 

 達也の合図を受けて、深雪が寝台から起き上がる。

 これほど精密な測定を行う調整はどこでも行われているものではなく、珍しい部類に属する。例えば学校の調整施設では、ヘッドセットと両掌(りょうてのひら)を置くパネルで測定している。

 達也からガウンを受け取った深雪はそれを羽織ると、()ねた顔で達也の背中を見た。

 兄は背もたれのない椅子に座り、何事もなかったように端末に向かっている。

 というより何事もなかったのは事実だし、そもそもこれは毎週やっていることだ。いちいち意識していたらきりがない。

 兄が平静でいてくれるのは、()()()()()深雪にとってもありがたいことだ。

 

「お兄様、ずるいです‥‥‥‥」

 

 深雪の艶っぽいささやきに、達也の肩がピクリと跳ねた。

 滅多にお目にかからない、兄の動揺し、狼狽した姿。

 達也の背中におぶさるようにしなだれかかった深雪は、柔らかな二つのふくらみを背中に押し付けながら、実の兄の耳元でなおもささやく。

 

「深雪はこんなに恥ずかしい思いをしておりますのに、お兄様はいつも平気なお顔‥‥‥‥」

 

「い、いや、深雪?」

 

「それとも私では、異性のうちに入りませんか?」

 

「入ったらまずいだろう!」

 

 正論だ。が、その正論が言葉として具現化した瞬間、意識してはならないことへと無理矢理意識を引きずっていく鎖となる。

 

「深雪ではお気に召しませんか?本日は、先輩方と随分(ずいぶん)親しくお話されていたご様子‥‥‥‥」

 

「聞いていたのか?」

 

 そんなはずはない。

 深雪はずっと、生徒会室であずさから情報システムの操作を習っていたのだ。

 第一、盗み聞きなどされていたら、達也が気づかないはずがない。

 しかし、そんな反論を系統立てて組み立てる余裕は、今の彼にはなかった。

 

「美人の先輩に囲まれて鼻の下を伸ばされていたお兄様は」

 

 いつの間にか深雪の左手には、彼女のCADが握られている。

 

「お仕置きです!」

 

「ぐわっ!」

 

 完全に不意をつかれ、深雪の放った振動波に、達也はなす(すべ)もなく椅子から転がり落ちた。

 

 

 

 

 

【自己修復術式、オートスタート】

 

【コア・エイドスデータ、バックアップよりリード】

 

【魔法式ロード――完了。自己修復――完了】

 

 気を失っていたのは一秒にも満たない刹那の時間。

 それ以上倒れていることを、彼自身に許さない。

 それは呪いにも似た、()()()()魔法。

 自然に開いた(まぶた)の先には、上からのぞき込む花の(かんばせ)

 

「‥‥‥‥俺、何かお前を怒らせるようなことをしたか?」

 

「申し訳ありません、悪ふざけが過ぎました」

 

 口では謝りながらも、深雪は笑っている。

 外では大人びた態度を(くず)すことの少ない妹の、年相応な可愛い笑顔。

 この笑顔を前にすると、どうでもいいか、という思いしか()いてこない。

 

「勘弁してくれ‥‥‥‥」

 

 差し出された手を取り、ぼやいている達也の顔も、笑っていた。

 

 

 

 

 目を覚ましたのは、いつもの時間。

 だが今朝はいつもより、寝起きが悪い気がした。

 頭が少し、ぼんやりしている。

 家の中に、兄の気配はない。

 朝の修行に、行ったのだろう。

 これも、いつものことだ。

 兄は毎晩自分より遅くまで起きていて、毎朝自分より早く目を覚ます。

 おとといのように自分が先に起きるのは、本当に(まれ)なことだ。

 以前は身体を壊さないかと、心配したことがある。

 今では、それが杞憂だと分かっている。

 あの人は、特別なのだ。

 世間の人たちは、自分のことを天才だという。

 自分たちとは違う、特別な人間だと称賛する。

 

――なにも、分かっていない。

 

 本当に凄い特別な天才は、兄だ。

 あの人は、次元が違う。

 彼らは、知らない。

 妬みを隠して自分に媚びへつらう彼女たちには、分からないだろう。

 真に隔絶した才能は、嫉妬を超えて恐怖をもたらすものなのだと。

 畏怖ではなく、恐怖。

 兄妹の父親である()()()がその恐怖のあまりに、実の息子であるあの人にどんな仕打ちをしてきているのか知っている。

 兄は、自分がそれを知らないと思っている。

 だから、知らないふりをしている。

 あの男が兄の才を(おとし)め、(はる)か天上の彼方へと()け上がる翼を折ってしまおうと今も画策していることも知っていた。

 滑稽(こっけい)だった。

 (おり)に閉じ込めて鎖に繋いだつもりが、結局息子の才能が自分を(はる)かにしのぐものだと思い知る羽目になった。

 唯一有していた財力という拘束の力を、みすみす手放す羽目になった。

 あの男にできたのは、偽りの名前を押し付けて世間の喝采(かっさい)を奪い取ることだけだった。

 あの人はそんなものに興味などないと、知っているだろうに。

 ‥‥‥‥思考がコントロールできない。

 自分のことが、自分ではない他人のことのように思えてしまう。

 意識が、完全に覚醒していない気がする。

 理由は、分かっている。

 昨晩の、あの出来事のせいだ。

 あの時は、平気でいられた。

 (あや)しげな満足を覚えていて、気持ちで(まさ)っていたから。

 でも兄と別れてベッドに横になった途端、平気ではなくなった。

 胸が高鳴って、眠れなかった。

 愛しかった。

 でも、恋愛感情ではない。

 恋である、はずがない。

 あの人は、実の兄だ。

 三年前のあの日から、自分にそう言い聞かせてきた。

 あの人に救われて真価を知ったあの時から、私はあの人の妹に相応しい者になろうとこれまで頑張ってきた。

 かつて私があの人に助けられたように、いつかはあの人の助けになりたいと願ってきた。

 それは、今も同じだ。

 私はあの人に、何も求めない。

 私は既になくしていたはずのこの命を、あの人に救ってもらったのだから。

 今は、あの人を縛る(かせ)でしかないけれど。

 いつかは、あの人を解き放つ鍵になりたい。

 あの人の、役に立ちたい。

 

――さしあたっては、朝食の準備。

 

 あそこでもご飯は食べさせてもらえるのに、律義(りちぎ)にお腹を空かせて帰ってくるはずだ。

 おいしい朝ご飯を、食べてもらおう。

 それが今、私にできることだから。

 

 深雪は勢いをつけて立ち上がり、一つ、大きく、伸びをした。


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