劣等生と落伍者   作:hai-nas

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皆さんこんにちは、hai-nasです。
連続投稿になります。
お楽しみいただけたら幸いです。


第二十九話 昼休みの生徒会室(2)

ここで、達也はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

 

「中条先輩が巡回ですか?」

 

 達也の言わんとしていることが分かったのだろう。真由美は笑いながら頭を振った。

 

「気の弱いところは玉に(きず)だけど、こういう時にはあーちゃんの魔法は頼りになるわよ」

 

「そうだな。大勢が騒ぎ出して収拾がつかないような状況における有効性ならば、彼女の魔法『梓弓(あずさゆみ)』の右に出るものはないだろう」

 

 摩利も似たような苦笑いを浮かべている。

 

「‥‥‥‥?正式な固有名称ではないですよね?系統外魔法ですか?」

 

 現代魔法の多くは定式化された上でデータベースに登録され、数多(あまた)の魔法師に共有されている。

 しかし達也の知る限り、その中に『梓弓』という名前はない。非公開の魔法は系統外のものが多く、それ(ゆえ)に系統外魔法か?、と聞いたのだが、

 

「‥‥‥‥君はもしかして、全ての魔法の固有名称を網羅(もうら)しているのか?」

 

「‥‥‥‥達也君、実は衛星回線か何かで巨大データベースとリンクしているんじゃない?」

 

 彼の質問に答えはなく、代わりに二人から呆れ声の反問が返ってきた。

 超能力研究から端を発する現代魔法は、魔法という現象を「火が燃える」などといった見かけ上の性質ではなく、作用面から分析・分類されている。すなわち、加速・加重、移動・振動、収束・発散、吸収・放出。以上、四系統八種類である。

 無論、分類には必ず例外があるように、現代魔法においても大きく分けて三つの例外がある。

 一つは、五感外知覚(ESP)と呼ばれていた知覚系魔法。

 もう一つは、想子(サイオン)そのものを操作する魔法で、これを無系統魔法と呼ぶ。しかし想子(サイオン)操作の形態にも四系統八種類の分類が適用されることもあり、四系統魔法と無系統魔法の区別はそれほど厳格なものではない。

 そして残る一つが、精神的な現象を操作する魔法で、これを総称して系統外魔法という。系統外魔法はその名の通り系統に分類できない魔法で、霊的存在を使役する神霊魔法・精霊魔法から読心、幽体分離、意識操作まで多種にわたる。

 

「達也君のお察しの通り、『梓弓』は情動干渉系の魔法よ。一定のエリア内にいる人間をある種のトランス状態に誘導する効果があるの」

 

 一通り驚いて落ち着いたのか、ようやく真由美から回答がもたらされた。ちなみに情動干渉系魔法は精神干渉魔法の一分類で、衝動・感情に働きかける魔法である。

 

「『梓弓』は意識や意思を奪うわけではないから、相手を無力化することはできない。だが、精神干渉系魔法では珍しく同時に多人数を相手に仕掛けることができる。興奮状態にある集団を落ち着かせるにはもってこいの魔法だよ」

 

 摩利の補足説明を聞いて、達也は眉をひそめた。

 

「それは第一級制限が課せられる魔法なのでは‥‥‥‥?」

 

 系統外魔法はその特殊性から、四系統魔法以上に厳しく使用が制限されている。中でも精神干渉魔法は洗脳の道具になるため、特に使用条件が厳しい。

 トランス状態になった人間は被暗示性も高まるため、『梓弓』も例外ではない。

 この魔法の存在を知れば、これを利用しようとする(やから)が後を絶たないだろう。

 達也がそう指摘すると、真由美は笑って答えた。

 

「大丈夫よ。あーちゃんが独裁者の片棒を担ぐとこなんて、想像できる?」

 

「それはそうですが」

 

 しかし、もっと原則的な問題がある。

 

「精神干渉系の魔法に対する法令上の制限は、中条先輩のご性格に関わりなく適用されると思うのですが‥‥‥‥」

 

 それを深雪に指摘されて、真由美は言葉を詰まらせた。

 

「‥‥‥‥えっと、大丈夫よ、深雪さん。学校外では使わせないから」

 

 苦し紛れに返ってきた答えは、頓珍漢(とんちんかん)なものだった。

 

「真由美‥‥‥‥その言い方は、(いちじる)しい誤解を招くと思うぞ」

 

 彼女は追い込まれると弱いタイプにも見えないが、今回は摩利のアシストがなかったらドツボにはまっていたかもしれない。

 

「中条の系統外魔法使用については、学校内に限り特例として許可を取っている。研究機関における使用制限緩和の抜け道をついた、いわば裏技だがね」

 

「なるほど。そのような手段があるのですね」

 

「ええ、そうなのよ‥‥‥‥」

 

 摩利のフォローに、司波兄妹は納得顔で(うなず)き、真由美は誤魔化し笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 午後の授業が終わり、気が進まないながらも風紀委員会本部へ向かおうとした達也を、キーの高い声が呼び止めた。

 

「エリカ‥‥‥‥珍しいな、一人か?」

 

「そうかな?自分で思うに、あんまり待ち合わせとかして動くタイプじゃないと思うんだけど」

 

 言われてみれば、思い当たる節もある、と達也は思った。

 

「そんなことより達也君、部活はどうするの?美月もレオももう決めてるんだって」

 

「エリカはどうするんだ?」

 

「あたしはまだ決めてない。だから今から面白そうなトコがないか、ブラブラ回ってみるつもり」

 

 そう言う彼女の表情は、少しつまらなそうに見えた。

 ちなみに二人の呼びかけが下の名前になっているのは、入学二日目にほのかに名前で呼ばせたことが原因だ。今では美月や氷華とも同じように呼び合っている。

 

「もし達也君もクラブ決めてないんだったらさ、一緒に回らない?」

 

「実は、さっそく風紀委員会でこき使われることになってな。結果的には同じなんだろうが、見回りで巡回しなければいけない。それでも良ければ、一緒に回るが?」

 

「うーん‥‥‥‥ま、いっか。じゃあ、教室の前で待ち合わせね」

 

 エリカは達也の誘いにもったいぶったしぐさで考え込んで答えた。

 ただ、その笑みが自らの演技を裏切っていた。


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