広々と、鮮やかな青に染まった空。
遥か天空の先、この世界の超越存在達が住まんと云われる天界に届かんと言わんばかりに、雄大にそびえるのは白亜の巨塔【バベル】
オラリオの
人々の大半が冒険者達で構成され、各々が様々な装備姿をして
……ズシンッ、ズシンッ、ズシンッ、
地響きのように重く、低い、足甲の足音をゆっくりと規則的に響かせて広場を横切るのは一人の存在だった。現在この場にいる冒険者達の中で最も目立つ巨体、その体躯に合った重厚な
(……久方ぶりの地上、実に心地良し)
のんびりとした足取りのまま、顔全体を隠した兜の
燦々と暖かく地を照らす太陽、清々しく吹き抜ける涼風、生気に満ちた人々、およそ殺意と血が薫る地底では決して味わえない地上の空気を彼は堪能し、それまで纏っていた緊張の衣を脱ぎ捨てるのだった。
感慨に浸る一方で、そこに偶々生まれて初めて迷宮都市に来た冒険者志望の青年が横を通り過ぎる。端から見たら何を考えているのかフルフェイスの兜により中の表情が全く伺えず、ただ黙々と地響きを伴いつつ、悠々と緩歩する彼が気になり、青年は丁度通りがかっていた男性の冒険者を呼び止めてハベルについて尋ねた。
「な、なぁちょっと良いか。あのでけぇ全身岩の塊みてぇな奴は一体何なんだ?」
「ん? なんだ初めて
「ハベル、あの〝岩のハベル〟か!?」
ストリートで一際目立つハベルの圧倒的存在感に目を奪われつつも男の説明を聞き、青年は来る途中聞いた話を思い出す。
曰く、2Mを超すその身体を巨岩の外装で包み、ひとたび戦えば大盾でもって凶悪なモンスター達の猛攻を防ぎつつ、敵の頭上に大槌を振り下ろし、重い一撃を返す巨漢の冒険者。
曰く、決して怯まず、後退せず、敵としたものを必ず叩き潰す岩のような戦士。
武装の全てが重量級故に、機動力は一般の冒険者よりもずっと劣るものの、某道化ファミリアの
周囲では男の言った通り、そっとハベルに視線を向け、ひそひそと【
「信じられる? あの見た目で
「Lv1だった時に
「ああ、リヴェラの連中の何人かがその時の様子を見たと証言してるから事実だろう。そいつらが言うには彼奴がゴライアスの猛攻を真っ正面から食らいやがっても、耐えまくってびくともしなかったらしいな」
「へっ、どうせあの無駄にゴツゴツした鎧と、かりんとうみてーな武器の性能のお陰だろーが。デカブツ自体の実力は大したことないんじゃないか」
「さあな。只、そう言って絡んだ奴らが悉く全員返り討ちにあったのは確かだ。その中に第二級冒険者も混ざっているとか」
「そもそもアイツは本当に
「あんな化け物耐久のモンスターが居てたまるもんかよ。小さくなった階層主じゃねーか」
等々、口々に呟く彼らを尻目にハベルは真っ直ぐ歩く。
ハベルが現在渡っているストリートには当然一般市民含め、それなりの数の冒険者達が往来しているが、彼は群衆を避ける真似はせず、ぶつかることを気にする素振りもない。理由は単純明快、彼らの方から勝手にハベルの進路から外れ、道をつくるからだ。
というのもハベルの外見は一言で表せば人の形をした巨岩、
無論ハベルにそのような意図は全く無いが、かといって本人にどうにか出来る魔術や指輪なんて術は持ち合わせていなかった。
……ズシンッ、ズシンッ、ズシンッ
大勢の人々の注目を浴びつつ進む岩山、ハベル。
少しばかりの時が経ち、やがて彼の前に一つの大きな石造りの神殿が現れた。神殿の名は【ギルド】、オラリオ及び都市に住む全ての冒険者達を統括する管理機関の総本部を視界におさめ、向かおうとした矢先だった。
「エイナさん、大好きー!!」
声高々に叫んでは駆け出す少年の姿を目に入った。つい最近、迷宮内で聞いた覚えのある似た声と背格好、エイナという知人の名にハベルは反応する。
『あの時の血濡れた者……エイナ殿の知り合いか?』
元気良く群衆の中を走り去っていく白兎を眺め、ハベルはそう独り言つ。ギルドの方に視線を向けると入り口付近にその彼女の姿を見つけ、進む。
ハベルが近づくと、その重々しい足音と目立つ外見にエイナは直ぐに気がついた。
「あっ、ハベルさん。いつからこちらに!」
『つい先刻。貴公にダンジョンの帰還報告を告げに立ち寄ったところだ』
「そ、そうですか。ご足労ありがとうございます。…………それで、今回は何処まで探索を?」
『24階層』
至極平然と攻略階層を答えるハベルに、エイナは頭痛を覚える。24階層といえば下層手前、中層最後の階層だ。第三級冒険者のハベルは1ヶ月間程、18階層にあるリヴェラの街を拠点に中層を(独りで)探索してきたと説明する。
「…………中層は上層と比べてモンスターの質も数も段違いです。問題なかったのですか?」
『特段支障は無い。確かに彼奴らは頻繁に出現する上に、特殊な能力を持つ個体も存在する。囲まれると面倒ではあるが、我が歩みを止めるには至らず』
具体的には
堅実的な戦いはエイナとしても望ましいのだが、そんなアホな事、誰もが出来る訳ではない。普通なら烈火の如く説教するところだが、既にこの重戦士は
なお、何故そのような暴挙に出たのか理由を問いつめたところ──上層では物足りなく、強敵を求めて深く潜っていた──とのこと。
「私はもうハベルさんのアドバイザーではありませんが、本当に気をつけて下さい。本来、あそこは第三級冒険者一人で探索するには危険すぎるのですよ」
『心配の念、感謝致す。されど危惧は不要、我が未熟であった以前と比べれば、遥かに敵は柔く、鈍い、遅れは取らぬ。──してエイナ殿。話は変わるが先程、貴公の名を叫んでいた少年は知り合いか?』
「ちょっ、聞いてたんですか! うぅ~っ、恥ずかしいので忘れて下さい!」
少年の告白を知人に聞かれていた事実にエイナは顔を真っ赤にさせ、羞恥に身悶えた。
…………
冷静になったところで改めて聞くと、かの少年の名はベル・クラネル、約半月前に冒険者になった者だという。所属ファミリアの主神はヘスティア、
『ふむ、なるほどミノタウロスに襲われていたと。牛頭よりは劣るとはいえ、羊頭程度の強さは持っておるからな、慣れぬうちはきつかろう』
「何の話かは解りませんが、そもそもLv1で交戦できる相手ではありませんからね。貴方はもっと自分が周りと際立ってズレていることを自覚して下さい……」
ハベルが初見で遭遇した際は大竜牙一振りでミノタウロスを頭から叩き潰したが、そのような行為が行えるのはLv3以上の者のみ、レベル差とは一体……とエイナは激しく疑問を感じせざるえない。
そうして、あわやミノタウロスに殺されるところを運良く他の冒険者に救助、しかし恥ずかしさでその恩人から逃走を行ってしまった。その後、地上目指して帰還途中だった自分と遭遇したのだろうとハベルは推測した。
「ベルくっ……こほんっ、……クラネル氏から貴方についての情報を聞かれたので、勝手ながら簡単にプロフィールを紹介しましたが、よろしかったでしょうか? それとクラネル氏はあなたに逃げたことを謝罪したいとのことですが……」
『構わん。ヘスティア殿の眷属なら人間性に問題無かろう。我が主との縁も深い。いずれかの者とまた巡り会う機会は訪れようぞ』
ズシンッ、ズシンッ、ズシンッ、
エイナとの会話を終えたハベルはその後、ギルド内で戦利品の魔石を換金し終え、ずっしりとした重みのある金袋を大盾に隠された鞄に仕舞い込むとギルドを発った。
彼が通る先では人海が割れ、つくられた道をハベルは渡る。
畏怖と尊敬の視線が一心に集う様はまるで、凱旋かのようであった。