岩のような冒険者   作:語り人形

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岩の名は

 陽光届かぬ黒き森の中

 

 湖獣(ヒュドラ)が棲まう湖の湖畔

 

 監視なき閉ざされた塔

 

 その内部、壁面に備え付けられた篝火が灯す螺旋階段の奥底で〝彼〟はじっと、岩のように屹立していた。

 彼が何者なのか、何故そこに幽閉されているのか、最早知る者は久しく、彼に尋ねることも叶わぬ。なにせ当事者である彼自身すら覚えておらず、その理性も遥か昔に忘却の闇へ溶けていたのだから。

 

 外では火は陰り、使命を抱く者達が誘われるようにして神の地に赴いていることも彼には関係無く、隔絶された塔の中が世界の全てだった。

 誰からも知られず、世の終末が訪れるまで、永遠に彼は時が止まった石の牢屋に隔離される──その筈であった。

 

 コッッ、コッッ、コッッ……

 

 本来なら扉で閉ざされ、誰も入れぬ筈の塔の上階から控えめな足音が静寂を破った。やがて階段から姿を現したのは一人の呪われた〝不死人〟

 一般的な放浪者が纏う身軽な軽装姿に、反りのある薄く細長い刃を持つ刀剣(シミター)と小さな円盾(バックラー)を装備した戦士だった。

 

 侵入者の存在に気づいた彼はそれまで微動だにしなかった身体を揺らし、手に持つ大槌(大竜牙)を両手で担ぐ。敵が何者なのかなど考えない。彼はただ〝亡者〟の本能に従い、戦士の持つ(ソウル)を貪欲に求めるのみ動く、自我なき存在故に。

 

 そして、見張り塔の底で二人の戦士の死闘が始まった。

 

 石床を砕く勢いで迫り来る大槌を戦士は身軽な動きで掻い潜り接敵、素早くシミターを振るう。しかし堅牢な岩の鎧にはまるで刃が立たず、表面に浅い傷をつけるのみに留まった。

 一方で彼の身体は古き闘いの記憶に沿って動き、即座に圧倒的重量が秘められた大竜牙の返しを放つ。その一撃は戦士を盾ごと叩き潰し、地に沈め、瀕死に変えた。伏した戦士はなんとか起き上がろうとするも、彼は何の感慨も抱かず戦士の真上に止めの一撃を無慈悲に落とす。

 

 あっさり終わったかに見えた闘いはしかし、それで終わりでなかった。岩の如き彼よりも遥かに軟弱な戦士は、その後何度も挑んだ。彼に何度も大槌に潰されようと、その(ソウル)を無惨に散らされようと、戦士は幾度の死を重ねて彼に挑戦し続けた。最初は無様に沈められるだけだったが、幾つも死を糧にやがて戦士は彼との闘いに順応し、効率的に〝攻略〟し始めたのであった。

 

 二撃必殺の威力を秘めた大竜牙の振り下ろしを見切り、回避(ローリング)、そしてがら空きとなった背後に致命の一撃(バックスタブ)を叩きこむ。亡者になり思考は溶け消え、単純な攻撃(ワンパターン)しか出来なくなった彼には対応出来ず、やがて背後を取られるを繰り返すこと数回、最後は真っ正面に立つ戦士に大竜牙の攻撃を(パリィ)かれ腹に強力な一撃を貰い、ついに限界を迎えたその巨体は地に倒れ伏した。

 

 こうして、かつては英雄と謳われ──しかし亡者となってしまったことで、名も姿も忘れてしまった友の手により見張り塔の底に隔離された彼の最後は、無名の不死人に敗れさったことでその永き生涯に幕を閉じたのであった───。

 

 

 ~~~

 

 

 鬱蒼と聳える樹々が広大に繁茂した大森林。茂る青葉が蒼天からの日差しを遮り、夕暮れ時の薄暗さを保つ何処とも知れぬ地上。その樹海の端、森と平原の境目に位置する場所でザクッ、ザクッと草木を掻き分け、木々の間から姿を現したのは人型の岩塊……のような鎧姿をした〝彼〟だった。

 

『おお……やっと出られたか……』

 

 視界一面に広がる平原を前に、くぐもった声を震わす。広大な森をさ迷い続けてはや数週間、ようやく森以外の光景を見ることを望められたのだ。

 

『〝あの者〟と出逢わなければ、我は未だ森をさ迷っていただろう……』

 

 ちょうど半日前の今頃─〝目覚めて〟以来、初めて遭遇した自分以外の人間を思い出す。

 出口を求めるも右も左も分からず探索してた時のこと、樹齢何百年も経つだろう太い大樹の根元に、ランプの灯りに照らされて浮かび上がる一つの人影を発見した。彼が近づくとその人物も彼の存在に気づき、口を開く。

 

「ほぅ……まさか、私以外にもこんな辺鄙な森をさ迷う物好きがいるとはな……クックックッ」

 

 男性だった。

 腕組みして佇むその背丈は巨体の彼にも届きうるほど背高く、見慣れぬ装束はその手の知識がない彼にも分かる極めて高い縫製技術による逸品なのが見て取れ、胸元に一輪の紅い薔薇を挿していた。

 男は黒のロングハットの下にある満面の異様な微笑みを向け、不気味に笑う。

 

『貴公は?』

 

「ん? 私はただの旅人さ。貴様はさしずめ旅の戦士といったところか。旅するには随分鈍重な格好だが……まぁ、どうでも良いか。オラリオに向かう途中か?」

 

『オラリオ……?』

 

「ククッ、おいおい無知にも程があるぞ。今どき名前すら知らない奴は初めて見た。……よほどの世間知らずか、稀人か……」

 

『生憎、我には()()()()()()()()()()()のだ。可能ならば教えてくれぬか?』

 

『訳ありか? まぁ構わんさ。我々がこの暗い森の中で会ったのも何かの縁かもしれぬからな。クックッ……』

 

 怪しげな様相はともかく、男は快く話してくれた。その内容は全てが彼にとって未知であり、元より何故か大半の記憶を失っているとは言え、ダンジョン、ギルド、冒険者など()()()()()()、後は全くピンとこない言葉の羅列に困惑の呻きを岩兜から洩らしてしまう。

 

「どうせ、貴様は戦うことしか能が無いんだろう。ならば、向かってみたらどうだ? 私には好き好んで穴底に潜る連中の気がしれぬが、かの地はまさしく世界の中心。相手がモンスターか人間のどっちだろうが、全ては実力がモノを言う素晴らしき都市だ……クックックッ……精々、頑張ってみるが良いさ」

 

『貴公は行かぬのか?』

 

「ああ、以前に赴いたことがある。観光する分には悪く無い場所だったさ」

 

 この森を抜けた北の方角に迷宮都市はあると、男は彼に道を示した。男は彼とは反対の方角に向かうと聞き、彼は感謝を述べて男に礼を言い、教えられた道を歩き始めた。

 

So long(じゃあな)

 

 去り行く戦士の背に、見送る男はいつかと同じ別れの台詞を手向けた。

 

 

 ~~~

 

 

『世界の中心……か。成る程、そう謳われるのも納得だ』

 

 喧騒と活気に溢れ、大通りを埋め尽くすヒューマンを始めとした多種族の群衆が集う、圧巻の光景を眺めて呟く。歩みを止めてしまいそうになる程に圧倒される彼ではあるが、全身巌の巨躯をした重戦士の歩みに周囲の者達もまた、圧倒されていることに彼は気付かない。

 

 森を無事抜けた後、北を目指して1ヶ月近く歩き続けると男が言った通り、巨大な外壁に囲まれた都市-オラリオに辿り着くことができた。都市に入る当初は多少ごたついたが最終的にすんなりと入れ、教えてもらったギルドという都市の管理機関で一通りの情報を入手後、彼は都市の中を散策した。

 今のところ順調に事が運んでいるのだったが……

 

『ファミリア……この地で戦いを生業とするならば所属を勧められたが、さて、どうすべきか……』

 

 正確には迷宮(ダンジョン)を探索する冒険者なのだが、どのみち自らの実力を生かしたくば録に知らぬ神々に従属し、恩恵を授からなければならぬことに変わりはない。彼の戦士然とした外見からギルド職員に冒険者業を紹介されたが、それにはまず第一にファミリア探しから始めなくてはならない。

 しかし、彼はどうにも乗り気になれずにいた。

 

『〝神〟と聞いて如何な存在かと思ったが、どうにも人間臭い輩が多くなかろうか?』

 

 散策中、彼は一部群衆に混じって異質な気配を持つ人間達に気付き、彼らが聞くところの〝神〟と名乗る超越存在(デウスデア)なのは直ぐに判明した。

 

 ただ眷族らしき緑衣の女性に酒を強請る赤髪の女神

 

 胡散臭い笑みをした羽根付き帽を被った旅装の男神

 

 柔和だが、どこか腹黒さを感じさせる気品ある男神

 

 俺がガネーシャだ! と半裸で声高に宣言する象マスクの奇神(ヘンジン)

 

 他、様々な神達を見掛けたが、大体が神と言うにはあまりに威厳とは程遠く、下界に住む人間達よりも人間臭さを感じせざる得ないのが占めていた。

 下界生活を満喫している話は既に聞き及んでいるが、中には見てもいられぬ堕落を見せる神もおり、そんな彼らを見る度に何故か彼の中で沸々とした()()()()が込み上がり、肩に担ぐ大竜牙をヘラヘラとした美顔に向けて振り下ろしたくなる衝動を堪える羽目に陥った。

 

 そのような訳で某少年が羨む程に道中、その威風から勧誘の声が何度か掛かるもどうにも胡散臭く、信用しきれないこともあり、彼は悉くこれを拒否した。

 己が何者なのか自分自身すら知らぬが、例え一時期であろうと、我欲に忠実な彼らに仕え、その恩恵を賜ることに彼は激しい拒否感を抱かずにはいられなかったのだ。

 

『果たして、このままこの地にいるべきであるか……』

 

「どうしたのだ。そこの武人よ、何か困り事か?」

 

 歩みを止め、広場の隅で佇んでいた時だった。

 今後の身の振り方を考えていた彼に、優しく、穏やかな声が投げ掛けられた。

 振り返った先には一人の男性。深い藍色の髪に美麗な顔立ち、くたびれた灰色のローブを着込んだ優男だ。

 

『ん? 貴公は─神か。我に何用か?』

 

「なに、ポーションを売り歩いていたらお主を見掛けたのだ。どうにも困り果てているようだったからな。つい、声を掛けてしまった」

 

『如何にも。しかし貴公が気にする必要は無かろう。ましてや我らは互いに無関係であるぞ』

 

「確かにそなたの言う通りだ。しかし見知らぬ(子ども)でも困っているならば、手を差し伸べるのが私の性分だからな。暇を持て余している私で良ければ相談に乗ろう」

 

『……貴公は、他の神共とは違うようだな』

 

 彼がこれまで都市で見てきた、俗世にまみれたどの神とも異なる雰囲気に絆され、彼はこれまでの経緯を男神に語った。

 

「ふむ。どうした訳か以前の記憶がなく、行く当てがないからオラリオに訪れた。そしてファミリアを探していると。成る程、記憶が無いとは不幸な……。何とかしてあげたいが、残念ながら私は記憶を司る神ではないからな。失った記憶を戻す術は持たぬ。すまないがお主の力にはなれそうにない」

 

『これは我自身の問題である。貴公が案ずる必要は無い』

 

「そうか……お主は見た目に違わず強き心を持つのだな。お主ならばファミリアに招き入れたい者は引き手数多だと思うが?」

 

『幾度か招かれたが、その多くは信用に値出来ぬ者、或いは我とは気質が合いそうにない輩であった。娯楽に飢えた神というのはああも堕落するものなのか?』

 

 同じ神に対し、失礼極まりない発言をする彼に男神は咎める真似はせず、苦笑いをするだけであった。

 

「それは申し訳ない。何分、下界に降りたことで羽を伸ばす者が多いのもあるが、不変の神と子どもでモノの捉え方にズレが生じてしまうのだ。私も良く、自分の眷属(子ども)に叱られしまっているくらいだ。同胞達に代わり、私が謝罪しよう」

 

『貴公……』

 

 自らに非が無いにも関わらず頭を下げ、詫びる男神に彼は初めて『神』に好感を覚えた。

 

『貴公、もし良ければ我を、貴公に仕えさせてくれぬだろうか?』

 

「私のファミリアにか? 確かに私も派閥を形成しておるが、団員一人しかおらぬ底辺も底辺であるぞ。そなたならばロキ・ファミリアのような大派閥の方が良いのでは?」

 

『構わぬ。我は貴公の神格に惹かれたのだ』

 

 男神は、彼の言葉に込められた硬い意志を感じ取る。

 二人の間に沈黙が流れること数瞬、男神は微笑みを彼に向ける。

 

「そうか、ならば喜んでそなたを迎え入れよう。貧乏ファミリアのしがない神であるが、よろしく頼む」

 

『自身の素性すら知らぬ身だが、我が精力をもって、貴公に尽くすことを誓おう』

 

 

 

 

 ──この日、医療系貧乏ファミリアに、一人の戦士が所属した。

 

 

 

 

「しかし、名前すら判らぬのも不便だな。まるで思い出せぬのか? 何か手掛かりになりそうなモノとか……」

 

 男神に問われ、彼は深く記憶を探るも頭の中は分厚い白霧で覆われたようにぼやけ、まるで思い出せない。

 黙り込む彼に男神は心配の眼差しを送る。

 

(何か、我を示すモノは……)

 

 彼は自分の身体を見下ろす。

 目に映るのは森を出てからこの都市に至るまで、ずっと体の一部のように着ていた鎧、所持していた大槌と大盾──それと嵌めていた一つの〝指輪〟……。

 

『ッ!』

 

 不意に、太陽のように光輝く槍が白霧に投げ込まれた錯覚を覚えた。光輝の槍は霧の中で閃光炸裂、白霧を祓い除き彼に一つの言葉を閃かせた。

 力強く頷くとこちらを見つめる男神に、岩のような戦士は名乗った。

 

『〝ハベル〟……それが我に残された記憶で最も深く、我が(ソウル)より刻まれし名だ』

 

 

 

 ~~~

 

 

 

『あれから三年半……過ぎ去りし時のこと、風の如く……だったか? 実に的確な例えだ』

 

 あの頃と全く変わらぬ喧騒と活気の中を歩き、しみじみと彼は呟く。右も左も、ろくに一般常識すら無かったあの頃と比べ、気付けば今や自分はすっかり都市の生活に順応し、それなりに名の通る冒険者になっていた。

 

(そういえば、この広場で我らは遭ったのか……)

 

 ちょうど男神と出会った広場を歩いていたハベルは立ち止まり、感慨深く当時に思いを馳せる。すると、聞き覚えのあるやり取りの声が耳に入ってきた。

 

「あの、本当に良いんでしょうか? 貰ってしまって……」

「私が良いと言っているのだ。そなたの美しい肌に傷がつく姿は見たくない」

「か、神様……(ポッ)」

 

 視線を向けた先には甘い詞を女性に囁き、ポーションを渡す男性。傍目には口説いているようにしか見えず事実女性は頬を赤らめて熱を秘めた眼差しで男性を見つめるが、呆れたことに男性は全て素で行っているのだった。

 

『……また、ポーションを無料(タダ)で配りおって、団長殿に見せられんな』

 

 呆れると共に所属するファミリアの団長である犬人(シアンスロープ)の女性の嫉妬姿が克明に浮かび上がる。毎度の如く女性に甘い男神に対する愚痴に付き合わされていたハベルだった。

 

『主、その辺で止めにすることをお薦めする』

 

「お世辞? いや私は嘘が苦手だからな、全て本心からしか言わぬよ。─ん? おお、ハベルでないか。よくぞ帰ってきた!」

 

 流れるように口説き文句擬きを語っていた男神は彼の存在に気づくと、喜びの言葉を口にしハベルを迎え入れる。ハベルは自らの主に帰還を告げた。

 

 

『我が主、()()()殿()。ただいま帰還した』

 

 

 


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