岩のような冒険者   作:語り人形

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今更に遅くなりましたが、短期間に沢山の好評価とお気に入りありがとうございます。
やっぱりダークソウル─というよりハベル戦士の凄さを改めて再認識しました(マル)


兎追いしかの岩

 光源の乏しい洞窟を複数の小柄な白い影が駆ける。

 

 彼らが疾駆する先で待ち構えるは自分達よりも遥かな巨躯で屹立する“岩鎧の戦士”。紅い眼に忌まわしき侵入者への殺意を宿し、各々の天然武器(ネイチャーウェポン)を手に躊躇なく接敵する小さな襲撃者─アルミラージの群れを前に対峙する戦士─ハベルは自前の巨大な大槌を地に突き立て防御(我慢)の構えを取る。

 

 数瞬後─無骨な石斧の連撃(ラッシュ)が絶え間なく襲うも、ハベルはじっと耐えた。

 

 個体での力は劣っていようと高い俊敏性と武器の扱いに長け、また集団での連携を主とするアルミラージらは上級冒険者であろうと油断出来ぬ脅威を秘めたモンスターである。彼らはたとえ倒すには至らずとも僅かでも岩鎧を削り砕かんと怒涛に石斧を叩き込む。

 

 しかし思惑に反しその岩肌には一片の削痕すら付けられず、強靭な堅牢性を発揮させた岩鎧は無駄だと言わんばかりに彼らの攻撃を悉く弾くほか、逆に石斧が砕け散ることとなった。予想以上に堅すぎる手応えにアルミラージ側の流れに淀みが生じたのを察したハベルは即座に身体を動かし反撃へと打って出る。

 

『─ヌウゥンッ!』

 

 地面に突き立てた大槌─大竜牙を両手に携え周囲に(たか)る小兎達に対し、薙ぎ払う(フルスイング)。風圧を生みだす勢いで放たれた大竜牙が哀れな獲物を纏めて弾き飛ばす。

 

 自分達の微々たる攻撃を優に凌ぐ圧倒的威力に全身の骨と内臓が潰され、血反吐を吐く暇すら与えられずに壁に激突された雑兎達。ドサッと地に沈んだ時には既にもう、生命活動を終えた無惨な死体へと早変わりしていた。

 

 全滅。

 

 たった一撃、されど強大な力を誇った古竜の大牙を削って出来たとされる大竜牙の猛威は一角兎達を一蹴するには充分すぎるものであった。

 

 

『──ォォオオオオオオッ!』

 

『ムッ!』

 

 息つく間もなく、新たなモンスターの咆哮と土砂を削る不穏な轟音が洞窟内に木霊する。ハベルが顔を上げると同時に通路の奥より闖入者が転がり込んだ。

 

 土砂を撒き散らしながら凄まじい勢いで突き進むのは巨大な岩石を彷彿させる球体─ハード・アーマード。鉄壁と謳われる頑丈な甲羅を丸めることで高速回転で轢き潰さんと猛進する鎧鼠に、ハベルは大竜牙を片手持ちにすると背から鎧と同様に分厚い岩盤めいた大盾をドスンッと力強く地面に下ろし、構えた。突進を真っ向から受け止めることを選択したのだ。

 

 岩の大盾にモンスターが真っ正面から激突。

 

 衝突して尚、勢いを緩めぬ鎧鼠の高速回転は止まることを知らず大盾と甲羅の隙間から激しい擦過音が発生する。

 

 強い衝撃が大盾より伝わってくる筈もハベル本人はそれらしい様子をおくびにも出さず、高いスタミナでもって突進を受け止め続ける。完璧な防御が難しい鎧鼠の猛攻に対し僅かにも押されず、退かない。不屈にして不動の様を此処に体現してみせた。

 

 負けじと対抗する鎧鼠とそれを真っ向から受け止めるハベル。両者の拮抗した攻防は数秒に満たず、唐突に終わった。

 

 ─バァン! 

 

 突進に耐え続けたハベルが大盾を勢い良く突き当てる。

 それまで全く微動だにしなかった岩壁が突如迫り出して鎧鼠を襲い、硬い衝撃が炸裂。強引に繰り出されたシールドバッシュが高速回転を中断させることに成功した。

 

 怯み、思わず球体を解いてしまったハード・アーマード。その無防備にさらけ出された頭上にハベルは背後で溜めた大竜牙を振りかぶり──次の瞬間には勢い良く下す。ブォンと風切り音が唸り、重厚な鉄塊に等しい大槌が鎧鼠の頭部を一切の抵抗無く潰した。

 

 再び大槌を上げたその痕に残っていたのは卵みたくグショグショに砕かれた頭部であった残骸と、内部より飛び散ったであろう鮮血の溜まりが地面の一部を色濃く染め上げていた。

 

 

 

 …………

 

 

 

「あの、すみません!」

 

 暫く中層をさ迷った後、適当に切り上げたハベルが地上に戻ろうと上層を渡っていた時であった。通路を歩く彼を何者かが呼び掛ける。誰ぞと振り返ればそこには映えた白髪が特徴的な、見覚えある顔立ちをした少年が立っていた。

 

『ん? ……貴公は、昨日の血に染まった者か』

「はい、そうです! あの時は僕が勝手にぶつかった挙げ句、急に逃げてしまって、も、申し訳ありませんでした!」

 

 少年はビュンッと霞む勢いで頭を下げ、ハベルに謝罪した。

 昨日の失態を謝罪したいと思っていた彼は探索中、上層を歩いていたハベルを偶然見掛けて咄嗟に声を掛けたとのことだ。自分よりもずっと屈強な冒険者を前に緊張で声が震えつつも精一杯の謝意を込めて謝罪する少年に、ハベルは気にしていないと告げた。

 

「ありがとうございます。あの、挨拶が遅れました。僕はベル・クラネルと言います。えーと、ハベルさんって言うんですよね。今地上に戻るところなんですか?」

 

『ウム。此度は気晴らしに過ぎぬからな。して貴公、お主は炉の女神が眷属であったな?』

「ヘスティア様ですか? はい、僕はヘスティア・ファミリアの冒険者です。といっても僕しか団員が居ませんけど……。それがどうかしましたか?」

 

『なに、我が仕えし主神がミアハ殿といってな。以前より貴公の主神と親交の縁があるのだ。知っておるか?』

「はい! ミアハ様のポーションにはいつもお世話になっています」

 

 ハベルがミアハ・ファミリア所属だと知り、ベルは嬉し気に顔を綻ばせる。聞けば、少年が【青の薬舖】の数少ない常連客であったり、ミアハより無料でポーションを貰ったことが数度あったなどハベルが長期探索に赴いていた間、短いながらも着々と自派閥との繋がりが構築されているのが判明した。

 

「あっ! ごめんなさい、話が長くなってしまって。これ以上ハベルさんを引き止める訳にはいきませんね。昨日の件は本当に申し訳ありませんでした。何かお詫びが出来たら良いんですけど……」

『別に我は気に留めておらぬ。故に貴公が殊更に気に病む必要は無い、その誠意のみで充分だ』

 

 以後気をつけるよう、と諭すように告げるハベルにベルも納得し頷いた。

 話はこれで終わりかとハベルが思いきや、不意に思い出したようにベルは一つの提案を彼に申し出た。

 

「あの……突然ですみませんが、もし今夜予定が空いてたらお店で一緒に食事しませんか? 実は朝、お店の人に誘われたんです。ただ、僕の稼ぎでは奢ることは出来ませんけど、ハベルさんが宜しければ是非……」

 

 恐る恐ると語る。オラリオでの生活や冒険者の経験にしても浅く、まだまだ知らないことだらけな自分よりもずっと先輩であるハベルともう少しだけ話をしてみたい。そんな本音を密かに抱きながらベルは早朝の出来事を持ち出し、駄目元で誘ってみる。

 思考に耽るハベルを尻目に、戦闘でも無いのに緊張からか手汗が滲み自分の鼓動が増してゆき煩くなるのを感じながらベルが返答を待っていると、ガシャリと鎧が擦れる音が鳴った。

 

 ハベルは岩兜の中より少年を覗き、一言だけ告げる。

 

『良かろう』

「─ッ! ありがとうございます。場所は『豊穣の女主人』というお店ですので、そこでお待ちしています!!」

 

 パァッと不安気な表情が笑顔へと一変、元気良く店の名を告げると少年は奥へと走り去る。その兎を彷彿させる後ろ姿を見届けると、ハベルも地上への歩みを再開するのだった。

 

 

 

 ~~~

 

 

 

 世界でも有数の繁華と活気が広がるオラリオでは冒険者、労働者と言った者達が日々の疲れを労っては陽気に騒げられる大衆向けの酒場が都市中に数多く存在し、毎夜そこかしこで賑わいを為していた。

 その数ある酒場の中でも酒や飯の旨さ、見目麗しい容姿をした給仕達の存在から都市中の神や冒険者達からの評判がとりわけ高いのが『豊穣の女主人』という大衆酒場であった。

 

「いらっしゃいませニャー!」

 

 来店したハベルを店員の一声が迎える。

 広々と洒落た店内を見渡してみるも客達の中に特徴的な白髪が見当たらないので、どうやらまだ少年が来ていないと判断したハベルは一先ず待ち合わせの旨を猫人(キャットピープル)の給仕に伝えると、そのまま案内されたカウンター席の隅へと移動して座る。

 

 そして適当に注文した酒と肴が来た頃、待ち人たる白兎が入店してきた。

 

「すみません、お待たせして! ちょっと此処を探すのに時間がかかっちゃいました」

『さほど待っておらん。貴公も座るが良い』

 

 迷宮にいた時と同じくペコリと頭を下げる少年に、席に着くよう促す。畏まった様子で少年はハベルの隣、ちょうど壁とハベルに挟まれる形で座った。

 

『貴公のファミリアの団員はお主一人だけであろう。主神はどうした?』

「えーとっ……それが神様も誘ったんですけど、何かバイト仲間との打ち上げがあるって行っちゃいました」

 

 突然言い出すと同時に飛び出して行ったと困惑気味にベルは語る。自分の分も頼もうとメニュー表を見て何やら顔を二転三転するが無事、一番安価なパスタを注文したところで二人は雑談を開始した。

 

「僕はこういう所に来るのは初めてなんですけど、ハベルさんは何度か来たことがあるんですか?」

『時々寄る程度であるな。普段は迷宮にある迷宮街(リヴェラ)を拠点にしておるから、地上より迷宮の酒場を利用するのが多いかもしれん』

「えっ、迷宮に街なんて在るんですか!?」

 

 凶暴凶悪極まるモンスター達が無限に跋扈する迷宮に街の存在を聞き、分かりやすく仰天(オーバーリアクション)するベル。それをきっかけにハベル自身も意外に感じるほど話が弾み、ベルもまた目を輝やかせながらも真剣に耳を傾けた。

 

「ハベルさんってLv1の時に階層主と戦って倒したと聞いたんですけど、それって本当何ですか?」

巨人(ゴライアス)か? 交戦したのは事実ではあるが残念ながら途中で他の冒険者達が介入してきたが故、討伐には至っておらん』

 

 当時の心情を思い出したのか無念そうにハベルは語る。

 冒険者デビューとなった初探索時、想定した以上に攻略が捗り気づけば上層を過ぎ中層17階層にまで到達した。そこで丁度ハベルの前に誕生したのが階層主ゴライアスであった。

 これまでの道中で遭遇してきたモンスター達よりも明らかに抜き出た強敵。しかし狼狽するよりも先に戦意が奮い立ち、撤退ではなく交戦を選んだ。

 

 繰り広げられる激闘。

 

 ゴライアスの拳はその巨体に相応しく強烈な威力を秘め、ハベルの鎧を破壊するには至らずともその上から容赦なく衝撃を与え続けた。だがハベルも全力で挑み、着実にゴライアスに損傷(ダメージ)を蓄積させる。

 本来ならばLv1の冒険者如きがたとえ束になって襲い掛かろうと容易く蹴散らされる筈が、ハベル単独で立ち向かえるのは(ひとえ)に大森林より目覚めた時から備わっていた装備とその特性を生かしたスキルがあったが故だ。

 

 致死の一撃も大盾を用いることで防御し、巨人の足元に近付いては大竜牙をぶつけ集中的に狙う。

 

 派手な攻撃(まほう)も無く、硬い皮膚を裂く(ぶき)も持たず。

 

 自らに在るのは(ハベル)の戦士たる装備(あかし)のみ。

 

 されどそれで十分。鈍足であろうと元より敏捷(はやさ)など不要。

 ただひたすらに攻撃を耐えては避け、隙が生じれば一撃を叩き込む。それらの愚直な繰り返し。だがそれが脳筋(ハベル)の戦いだった。

 

 長期戦になるかと思われた戦いはしかしその後、戦闘開始から暫く経つと轟音に気づいた迷宮街(リヴェラ)の冒険者達が戦いに介入し出し、流石のゴライアスもLv2以上の冒険者達の集団を前に討伐されたのだった。

 ハベルとしては存分に力を振るえた戦いに水を差されて当然不満が生じぬ訳では無いが、結果的にこの出来事が迷宮街(リヴェラ)の冒険者達に一目置かれる事となった。その威圧的外見の効果も相まってハベルを無下に扱う者はほぼおらず、Lv2となった今ではすっかり迷宮街(リヴェラ)の常連として認識された。

 

『ゴライアスの他に記憶に残るモンスターとなると木竜(グリーンドラゴン)だな。……あれは実に強く、魂を揺さぶる戦いであった。果てなく()り甲斐があったというものだ』

 

 しみじみと当時を振り返るハベルに、ベルが質問する。

 

「凄いんですね……僕なんてゴブリン一匹倒しただけで舞い上がっちゃいましたから。ミノタウロスに遭った時だって……いえ、何でもありません。

 あの気になっていたんですが、ハベルさんって冒険者になる前は何やってたんですか? 話を聞いていると冒険者になる前から、何て言うか……戦い慣れているように思うんですけど」

 

『─』

 

 無言。それまで機嫌良さげな雰囲気に見えた岩のような戦士は手甲を前に翳し、沈黙する。顔全体が岩兜に覆われてその表情は伺えないが、まるで手甲(ガントレット)に隠された自身の指を見つめているようにベルは思えた。

 

「あの、言いたくなければ『解らぬ』─へっ?」

『己が何者か……名も出身も、それすら我自身が解らぬのだ』

 

 忘れた、というよりまるで白くぶ厚い霧に閉ざされた感じだとハベルは静かに語る。

 

『時折僅かに脳裏に顕れるのは何処とも知れぬ地の戦─その残滓のみ。迷宮の怪物共とは異なる異形の生き物や竜、或いは人間を相手に戦ってきた記憶だ。

 ……この『ハベル』という名も、浮かんだ言葉をおこがましくも名乗っているに過ぎぬ』

 

 手に取っていた酒杯を置き、じっと中身を覗く。小さく揺れる波面に岩兜が淡く映った。

 

『この迷宮都市(オラリオ)に足を運んだのも他に行くあてが無かったが故だ。迷宮に手掛かりがないかと冒険者になってみたが、未だに思い出せん。

 ……すまん、この話は酒の席に合わぬな』

「い、いえ。大丈夫です」

 

 周囲の陽気な賑わいとは裏腹に、しんみりとした空気が両者の間に流れる。これを不味いと思ったのか、話題を変えようと今度はハベルが少年に質問した。

 

『貴公は何故にこの都市に来たのだ。見たところ、名誉や金が目的には思えぬが?』

「僕ですか? ……えーと実は─「ご予約の団体様ニャー!」」

 

 ベルが話し出した途端、不意に店員の掛け声が酒場に響くのと同時に、十数人規模の団体が入店してきた。

 

『ん? ああ、ロキ・ファミリアか』

 

 ハベルと同じく客達も彼らの正体に気付き、途端に店内はざわめきに包まれた。

 ロキ・ファミリア。この都市に住まう者─いや世界中で知らぬ者は居ないと云われるオラリオ二大派閥の一角。店内は忽ち彼らの話題で持ちきりとなる。

 

『ちょうど昨日より、深層から帰還してきたと街で話題になっていたな。相も変わらず、相当な手練れ達だ──貴公、一体どうしたのだ?』

 

 他の客達とは違って特に反応しないハベルは食事に戻ろうとする。だがやけに静かな隣を見れば、ベルの顔は火で炙られたかのように紅潮し常時よりも熱の籠った深紅(ルベライト)の瞳が一心不乱に集団を覗き見ていた。

 ハベルが再度呼び掛けると、やっと我に返る。

 

『やけにあの者達を見ていたが、彼らがどうかしたのか?』

「はっ、はい……。実はハベルさんに出逢う前、僕はあの人達─というよりアイズ・ヴァレンシュタインさんにミノタウロスから助けて頂いたんです」

『ああ、上層のイレギュラーか……』

 

 

 少年の指差す先には可憐で麗しく、それでいて神秘的な雰囲気を漂わす金髪の少女が仲間に囲まれて座っていた。

 アイズ・ヴァレンシュタイン─『剣姫』の二つ名を持つLv5の冒険者。彼女もまたこの都市で知らぬ者はいない超の付く有名人であり、その彼女に絶対絶命の状況から間一髪救われたとハベルに教える。

 

 ハベルの岩鎧に全身を隠し、赤い顔でこっそりとロキ・ファミリアの宴会─いや、剣姫を盗み見るベルとそれを呆れた様子で眺めるハベル。

 一方で周囲の様子に意を介さず大量の食事にありつき、宴に耽けるロキ・ファミリアの面々。

 

 

 平穏に進むかと思われた食事(ランチタイム)は、唐突に言葉を発した獣人の青年により破られた。

 

 

 

「アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

 ドンッと酒杯を置くと周囲に聞かせるように大声で喋り立てる。

 その内容は遠征での帰路の途中、遭遇(エンカウント)したミノタウロスの群れが大量に逃げ出してしまった話。

 上層に逃走したミノタウロスを青年とアイズが追いかける中、最後の一匹をアイズが討伐した──その近くにいたひょろくさい冒険者、“トマト野郎”の話題。

 

 自身の鎧の陰に身を潜めていたベルが身を震わしたのを、ハベルは気づいた。

 

『……貴公?』

 

 怪訝に思ったハベルが声を掛けるも本人の耳にはまるで届かない。見れば少年の小柄な身体は凍りついたかのように硬直し、ひきつった顔は青ざめていた。

 

 その間にも青年は愉しげに件の冒険者が如何に醜態を晒し出していたかを語り、それに釣られたロキ・ファミリアのメンバー達や聞き耳を立てていた部外者の冒険者も失笑を堪えては洩らし出す。

 

 ここに来て、漸くハベルは件の冒険者が隣にいるベル・クラネル自身であることを察した。だが、気づいた時には既に遅かった。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 青年が言い放つのと同時に突如少年は立ち上がり、飛び出した。

 

『ッ貴公!』

 

 咄嗟に手を伸ばすハベル。しかし少年は瞬く間に店内を駆け抜けて外へと飛び出し、岩の手甲は虚を掴むに終わった。

 刹那の出来事に客も店員も困惑でどよめ立つ店内。食い逃げかと周囲からの声が沸き立つ中、動揺を一瞬に終えたハベルは迅速に動く。

 

『店主、酒代だ。今飛び出した連れの分も合わせて足りるであろう』

 

 持ち合わせの、そこそこの重さがある金貨袋をカウンターに置き言い放つや否や、女将の返事は聞かず重い巨体を揺らして自身も酒場の外に出る。

 

 途中、後ろから声が掛けられた気がするも無視して少年を追走。巨影が夜の都市へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

 

 この時、ハベルは失念していた。

 

 あの純粋純白な少年ベル・クラネルを追いかけんとするのは良い。短い間ながらも彼との交流は己に懐かしき過去の情景を想起させ、また彼の人柄の良さが十二分に伝わってきた。

 

 あの酒場でベル・クラネルが何を想い立って飛び出したのか正確には測れずとも、このまま見過ごす真似はハベルの“人”としての性分が許さなかった。たとえ互いの主神同士に関わりが無かろうとも、関係の無い話であろう。

 

 追いかけ、走ることに問題は無い。だが一つだけ、ハベルが考慮していなかったものがあった。

 

『ウーム…………ベル・クラネル、一体何処に……』

 

 絶望的なまでの敏捷(あし)の遅さ。

 

 普段から、それこそ迷宮から地上共に身体の一部同然に装備している岩鎧一式(ハベルシリーズ)はその外見に相応しく高い防御力を誇るほか、着用者に“超重量”の重荷をもたらす。

 大の大人であろうとも一歩歩くのがやっとの重さ、それがハベルの走りを阻害していた。

 

 とはいえ恩恵、それもLv2に昇華した力の補正は非常に大きく、岩鎧を身に付けていようとも全身重装備(フルプレート)の恩恵無し戦士と比較すれば、見た目にそぐわない素早い身動きを可能とさせ、ついでに外食に出る際に同じく超重量の大竜牙と大盾をホームに置いて来た為、Lv1の平均的な速さは出せる身軽な状態であった。

 

 ──が、恩恵による強化補正は他の冒険者、この場合はベル・クラネルも同様の事である。

 駆け出しの為そこまで敏捷パラメータが高くはないのだが、出遅れてしまい距離を取られた他、人混みで見失ってしまったのが痛かった。

 

 少年の行方が分からなくなったハベルは一旦立ち止まる。スタミナに任せて都市中を走り回るよりも一度周囲に見掛けていないか尋ねてみることにした。

 早速付近を見回してみると、ちょうど通りを歩く人影を発見したので近づく。

 

『失礼! 突然済まぬが貴公、白髪の少年を見掛けなかったか?』

 

「ん? 何だい、人探しかい?」

 

 ハベルが話し掛けたのは男性と思しき人物であった。

 上質そうな青い上衣(サーコート)の上に肩や脛といった要所を守る金属防具。頭部には騎士が身に付けるような金属製の尖ったバイザー付きヘルメットを被り、腰には直剣を帯び背には標準的なサイズの盾を装備している。

 

 第一印象としては騎士装備を旅など身動きのしやすさを優先に軽装化した流浪の騎士といったところか。

 

「君の探し人かどうかは知らないが、白い髪をした男の子ならこの通りを真っ直ぐ─バベルと云ったかな? あの大きな塔を目指して走っていったよ」

 

『バベル? ……そうか、ダンジョンか! 済まない、貴公。恩に着るぞ』

 

 情報を提供してくれた騎士に礼を述べると、岩鎧の戦士は地響きを伴い足早にバベルへと向かう。

 その後ろ姿を騎士は見送ると、不意に悔やむような言葉を洩らした。

 

「しまった。どうせだったら、オラリオのオススメ安宿でも教えてもらえば良かったかな? いや、あの人は忙しそうだったからどのみち無理だったか」

 

 くいっと騎士が上空を仰ぐと、夜空はいつの間にか黒々とした雲に覆われていた。

 

「雲行きも悪くなっているな。晩飯よりも先に今夜の宿を探した方が良いかもしれん」

 

 そう一人独つと流浪の騎士は歩みを再開し、夜の繁華街に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 




ハベルとロキ・ファミリアの酒場の絡みは考えましたが、特に良い案が浮かばなかったのと長くなるので無しということにしました。
また別の騒動で絡ませる予定です。

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