岩のような冒険者   作:語り人形

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……沈む、沈んでいく……


 ……暗い、真っ暗だ……


 ……全て、嘘だったのか……


 ……導きを、俺を照らしてくれ……


 ……──、俺の──よぅ……




ある日森の中、岩と恐竜と…

 日中だというのに薄暗く人気の無い、都市の喧騒から忘れられたような裏通りに立つ寂れた【青の薬舗】。

『臨時休業』の文字が刻まれた木板が扉に掛かった店内では、主神と二人だけの団員が一つの部屋に集い、腰掛けていた。

 

「それじゃ……今からファミリア会議を始めます」

 

 普段見せる眠気な表情を消し、重々しい顔でナァーザは宣言する。団長である彼女の言葉にハベルも岩兜を揺らし、頷き返した。

 

「会議の内容は先に言ったように、今後のファミリアの経営について。特に深刻な客不足の問題について、解決法を話し合いたいと思う」

 

 今回の議題はズバリ、『どうやったら赤字続きの【青の薬舗】に大勢の客を呼び寄せられるか』

 

「わざわざうちのポーションを買いに店まで来てくれる常連客(物好き)は極々僅か。外回りでの販売もほとんどが無償(ただ)でばらまかれる始末。今まではダンジョンの収入があるお陰で、辛うじてやってこれた」

 

 ギルドの登録上、ミアハ・ファミリアは製薬を得意とする商業系に分類されている。しかし日々の収入の大部分がポーションの販売ではなく、ハベルによる探索の稼ぎが本来の商売を遥かに上回り、ファミリアの運営を支え続けてきたのであった。

 薬神(ミアハ)が監督していることだけあり、薬の品質が他所に劣ることはないとナァーザは品質に自信を持っている。しかし【青の薬舗】は大通りから離れているために店の存在自体がマイナーであり、知る者は少なかった。

 

「ミアハ様の無償配布云々はもう仕方ないから諦めるとして、やっぱり直接この店に客を呼び寄せない限り、この現状を脱せないと私は思う」

 

 う、すまないナァーザ……と、申し訳なさげに体を縮ませる主神を尻目にハベルは意見を口にした。

 

『されどナァーザ殿、ポーションを必要とする冒険者は多くあれど、購入するのみならば他の店で済む話だ。よほどの低価格か、ポーションに“特別性”を持たせぬ限り彼らの足が赴くことはあるまい』

 

「確かに、ハベルの言うとおりだ。バベル前の冒険者通りは特にその手の、冒険者向けの店が多い。……ここの立地は少々、バベルから離れておるからな。皆は近場の店で済ましてしまう」

 

 仮に存在を知っていたとしても、そもそもポーション類はその需要の高さ故に、販売する店は最大手であるディアンケヒト・ファミリアを始めとして、都市中のあちらこちらに規模を問わず無数に存在する。その為に別の薬舗でも事足りてしまう。

 わざわざ辺鄙な立地にある【青の薬舗】に通う常連客(物好き)と言ったら、神友同士の付き合いがある竈の女神や武神の眷属達ぐらいであった。

 

 後輩と主神の至極全うな意見に、ナァーザも同意する。

 

「そう。ミアハ様とハベルの言う通り、うちの店は他所と比べて変わり映えする商品は無い。だから客足を増やすには、うちだけの……“ミアハ・ファミリアだけにしかないポーション”が要る……と私は思うの」

『我らの店のみに存在する、ポーション……?』

 

「うん、さっきハベルが言った“特別なポーション”が正にそれよ。従来のポーションとは違う、全く新しいポーションをうちの目玉にすれば、客足が一気に増えるはず」

「つまり新薬の開発ということであるな、ナァーザ。だが新薬の開発となると、都合良く出来上がらせることは難しい。何か開発の見込みがあるのかい?」

 

「はい、一応ですが。でも、今うちにある材料だけでは足りません。なので先ずは材料の調達から始めなくてはいけません」

『迷宮の素材であれば今すぐにでも取って参ろう。元より我は薬作りの才は不得手にして浅学の身。ならば我の力でもって、喜んで力を奮おうぞ』

 

 間髪入れずに頼もしい、岩のような戦士の力強い宣言に、ナァーザは目元を緩ませる。腰から生えた尻尾が、ふわりと揺れた。

 

 ─余談だが、以前ハベルも興味本位でナァーザの指導のもと、ポーションを作成したことがある。慣れていない作業に苦心しつつも辛うじて最低品質のポーションの作成に成功したが、結局素材のそれぞれの効果や調合の配合などの知識、普段の豪快な戦闘とは真逆に繊細な作業が身に合わず、一度きりに終わった。

 それ以降、薬の作成は高い技術を保持するミアハとナァーザに一任し、ハベル本人は迷宮探索を通して調合に必要な素材の採取を担当する方が効率的と判断されたのだった。

 

「ありがとう、ハベル。もちろんハベルの力にも頼りにさせてもらうけど、この新薬の完成はハベルだけじゃない。私やミアハ様、全員が力を合わせる必要がある。……だから皆で、頑張ろう」

 

 団長の言葉に、主神と団員の双方が大きく頷く。

 ミアハ・ファミリア─三人の一致団結が、ここに決まった。

 

「じゃあ……まず最初に、開発に必要な素材について説明するね。素材があるのは──」

 

 

 

 ~ファミリア会議を行った、その翌日~

 

 

 

『ナァーザ殿、此処が目的地である“セオロの密林”とやらか?』

 

 眼前に広がるのは、鬱蒼と茂りに繁った大森林。その圧巻な光景を、岩のような戦士は重兜の中より覗き見る。オラリオから馬車で東に半日ほど進んだ地に存在する『セオロの密林』。その密林の入り口にミアハ・ファミリア一同は佇んでいた。

 確認するハベルに、ナァーザは首肯する。

 

「うん、間違いない。この密林を進んだ先に“奴らの巣”があるはず」

「往復の時間も考えればあまり長居は出来ない。二人とも準備は良いな?」

 

 ミアハが馬車から降りて二人に近づく。荷物を背負ったその格好は普段のローブ姿ではなく岩の重装を纏ったハベルとは真逆な、ナァーザと似たような身軽な軽装を着込んだ姿だった。

 問題無し、と応える眷属達。それに主神は満足気に頷くと、一行は密林へと足を踏み入れた。

 

 

 ……

 

 

 ハベルを先頭に隊列を組み、一行は森の奥を目指して進む。太い幹とハベルを軽く上回るほどの樹高を持つ樹林の中を歩くこと暫くして、やがて一行は広々と開けた窪地へと抜け出た。

 目的地に着いたナァーザは木陰に身を潜めながらハベルに指示を飛ばす。

 

「じゃあ、ハベルは打ち合わせ通りに“これ”持って奴らを全て引きつけてきて。何匹か集まってくると思うけど、大丈夫?」

『心配無用。かの迷宮より遥かに力が劣った輩が何匹集ろうと、奴らの牙が我が鎧と盾を打ち砕くことは叶わん。我の援護は気にせず、ナァーザ殿はミアハ殿の護衛を頼む』

 

 厳重に密閉されたバックパックを預かると、ハベルはブォンと携えた大竜牙を肩に担ぎ重々しく頷く。そして二人から離れ、窪地へと近づいた。

 ある程度近寄ると一気にバックパックの口を開放する。すると刺激ある異臭がたちまち辺り一面に立ち込めていく。それ以上ハベルは何もせず、後はただ岩山のように屹立し、待ち構えるのみ。しかしそれも僅かな間であった。

 

『─現れたか』

 

 ズシンッズシンッと響く、自分ではない重い振動音に反応してハベルが背後を振り返ると、そこには紅色の恐竜が立っていた。

『ブラッドサウルス』─古代より迷宮から地上へと進出したモンスター達の末裔。ハベルよりも一回り上回るサイズに巨大な顎を持つ大型級モンスターの後ろで、更に森から二体のブラッドサウルスが血肉の臭いに誘われて姿を現す。

 

「オオオオオオオオオォォォッ!!」

 

 真っ先に牙を剥いたのは一番最初に出現した方だった。森全体に轟くかのような咆哮を上げたブラッドサウルスは巨大な顎を開き、目の前に屹立する岩のような戦士を噛み砕かんと突進する。

 恐竜の突撃に対して、咆哮を直に浴びてもハベルは何ら動揺も焦りも示さない。その場から一方も動かず、ドスンッと背負っていた大盾を正面に置き構えた。

 

 数瞬後、ブラッドサウルスは大盾に激しく食らいつく。そのまま自慢の顎で大盾を砕き、その後ろにいる戦士ごと食らいつかんと顎に力を込めるも、だが大盾は砕けない。

 岩盤のような大盾はブラッドサウルスの予想を超えて遥かに硬く頑丈で、自身の突進にも巨岩が如く、微くとも揺るがない。

 

『フゥンッ!!』

 

 纏わりつく恐竜に、おもむろにハベルは勢い良く大盾を押し出す。突然迫り出した岩壁にブラッドサウルスは為す術なく大口諸共に叩きつけられる。その強烈な衝撃力に仰け反るどころか、ブラッドサウルスの巨体が嘘のようにぶっ飛ばされた。

 “思ったよりも軽いものだな”─と手応えの軽さをハベルが吐露する一方で、当の恐竜は地面に崩れ落ちダウン状態。開ききった口元からは涎ではなく泡が溢れ、死んではいないがピクピクとその巨体を痙攣させていた。

 

『さぁ、次はどいつだ? 何匹でもかかってくるが良い』

オオオオオオオオオォォォッ!! 

 

 大竜牙を突きつけ、宣告。岩鎧の戦士の挑発に残りのブラッドサウルス達の怒りの咆哮が大森林に木霊した。

 

 

 

「さあ、ハベルが惹き付けている間に私達も」

「うむ、そうだな」

 

 ハベルがブラッドサウルスと戦闘─というよりかは一方的な蹂躙劇を繰り広げているのを覗いていたミアハとナァーザは、潜んでいた木陰から素早く抜け出す。

 万が一にも見つからぬよう、身を低くして向かった先は窪地の中心。そこに存在する、ブラッドサウルス達の巣の至るところにある“卵”をせっせと乱獲していく。

 

 この“卵”の入手こそがオラリオから遥々遠地に赴いた今回の目的。新薬の開発に必要な素材であった。母胎たるダンジョンから離れたモンスター達が地上で繁殖する為に、自らの魔石()を削って産んだ『卵』。ナァーザはそれをポーションの素材に利用出来ないかと着眼した。

 二人がバックパックに詰められるだけの卵を詰めていく間、ブラッドサウルスは一匹たりとも近づいて来ない──否、近寄れなかった。

 

『ウオオオオォォォ!!』

 

 二人のもとに近づけさせまいと、岩鎧の戦士が振るう巨大な大槌が唸りを上げる度に、恐竜達の絶叫と大地が砕ける衝撃音がナァーザの犬耳を打つ。

 ちらっと視線を回せば、いつの間にかブラッドサウルスは五匹にも増えていたが、そのうちの三匹が地面に撃沈しており再起する様子はない。

 

(援護は─全然必要無さそうね。寧ろ私達が卵を集めるよりも先に、ハベルが全部倒しそう)

 

 万一の為に対策していた、背に備えている愛用の長弓(ロングボウ)を用いた援護射撃だが、自分の出る幕は確実に無いであろうとナァーザは確実視する。

 

 なにしろハベル本人の宣言通り、巨大な恐竜達相手に一人無双状態。古代においてはオリジナルこそ迷宮深層域に出現する凶悪なモンスターではあったが、永い年月を経て個体から群体へと魔石(ちから)が分割された地上の子孫(モンスター)達は迷宮のそれと比べ、遥かに弱体化している。

 そんな劣化種が複数相手であろうとLv2のハベルからすれば、ボロ切れを纏っただけの亡者も同然である。懸念する理由が無かった。

 

 間もなく卵を詰める作業が終わりを迎える。このまま何事もなく済むとナァーザが思っていた矢先、それを打ち壊すように不穏な振動音が、獣人の優れた聴覚を刺激した。

 

「!」

 

 バッとナァーザが顔を上げると、ちょうどハベルが戦闘している地点とは真逆の位置、窪地の縁で大きな影が視界に入った。

 

オオオオオオオオオォォォッ!! 

「ブラッドサウルス! まずいナァーザ、こっちに来るぞ!!」

 

 やや遅れてミアハも気づく。恐らく仲間達に遅れて今頃巣に帰ってきたのであろうブラッドサウルスは、自分達の巣に踏み入れた挙げ句、片っ端から大切な卵を奪っていくという許されざる所業を犯す不届き者に、憤怒の大咆哮を伴って突撃する。

 

「ミアハ様! 私の後ろに!!」

 

 ナァーザは主神に指示を叫ぶと同時に、瞬時に立ち上がり長弓(ロングボウ)を取り出す。慣れた仕草で矢をつがえ、猛烈な勢いで迫るブラッドサウルスの頭部に狙いを定める。

 後は只、矢じりを掴んでいる左手を離すだけの行為。冒険者(げんえき)時代から何千と繰り返してきた動作──その筈が、矢が放たれることはなかった。

 

(動け動け動け動け、動いて私の体!!)

 

 ブラッドサウルスの殺意と憎悪に満ちた紅い眼光を目の当たりにした瞬間、ナァーザの全身を震えが襲い、立ち尽くす。瞳孔は見開き、動悸は激しく鼓動を刻み、視界の色が滲みだす。

 焼け焦げた全身、千切れ貪られる手足──脳裏に鮮明に焼き付き決して衰えぬ、忌まわしき恐怖の記憶がフラッシュバックする。

 

 かつて自らの身に降りかかった迷宮の事故に由来する、心傷(トラウマ)の呪縛がナァーザの行動を苛み、阻害した。

 

 必死に自らの体に暗示するように指示を下すも、それを嘲笑うかの如くナァーザの意志とは裏腹に肉体はパニックに陥り、芯から震えだして制御が効かない。

 それでもあらんかぎりの意志を込め、やっとのことで手を動かす。放たれた矢は猛烈な勢いで飛んでいくも、しかし震えから照準はブレれてしまい大きく狙いが外れた。

 

 恐竜ではなく在らぬ方向に射ってしまったナァーザは咄嗟に第二矢を射ようとする。だがつがえる間にも、恐竜は既にすぐ側まで急迫していた。

 

「ナァーザ!」

 

 敬愛する主神の悲痛な叫びが背後から聞こえる。だが眷属は恐怖で身体が凍り付き、回避が不能。群れを相手取っていた戦士が危機に気付き、駆け付けるも間に合わない。

 棒立ちのナァーザを、ブラッドサウルスは全身を食らわんとその巨大な顎を開き、鋭利な牙を剥き出す。

 呆気なく、その細身の身体が恐竜の大口に呑み込まれる──

 

 

 

 ──その直前、“雷鳴”が奔った。

 

「───ッッ?!」

 

 何の前触れもなく、突然の出来事であった。ナァーザの聴覚を、鋭く宙を走る雷鳴の轟きのような音が刺激する。

 周辺に響くのと同時に目の前のブラッドサウルスの後頭部で、雷光が炸裂したように激しく眩いた。恐竜は一瞬の硬直を経て、その巨体がゆっくりと横に傾き、ナァーザの一歩手前に倒れる。

 

「そこの女性よ! 怪我はないか?」

「─ッ?!」

 

 地を揺るがす地響きが発生する中、呆然と立ち尽くすナァーザを呼び掛ける声があった。ミアハでもハベルでもない男の声に反応してナァーザが顔を上げると、そこには窪地の縁に佇む、奇妙なシンボルを鎧に刻んだ一人の“戦士”がいた。

 

 

 

 ~~~

 

 

 

「いやーすまないな。見ず知らずの俺を馬車に乗せてくれるとは実にありがたい。オラリオを目指していたのでとても助かる」

 

 ガタゴトと、揺れる馬車の中で戦士が申し訳なさ気に感謝を述べると、ミアハは頭を左右に振って戦士に返した。

 

「そなたが畏まる必要はない。寧ろ我々の方こそ、そなたへの感謝が尽きないのだ。改めて礼を述べさせてくれ。密林では私の大切な眷属、ナァーザの命を救って頂き誠に感謝する」

「私からも、危ないところを助けてくれてありがとう」

「ウワッハッハハ。そう気にしないでくれ、こうして俺は馬車に乗せてもらっているんだ。助け合いだと思ってくれて構わない」

 

 主従揃って深々と頭を下げる二人に、戦士は陽気に笑う。

 現在、卵の採集を終えたミアハ達は謎の戦士と共に密林を抜け、一緒に馬車に乗りオラリオへの帰路についていた。

 

 ミアハが話を聞くと戦士はオラリオへの旅をしていたようで、その道中で広大な密林を探索していたと言う。探索の最中、ブラッドサウルスの咆哮を聞きつけて何事かと駆け付けると、ちょうどミアハ達に恐竜が襲いかかる場面に出くわしたとのこと。

 眷属を助けてもらったミアハは、せめてものお礼にと戦士にオラリオへの同行を申し、戦士は快く了承した。

 

「さて、改めて名乗ろう。俺の名はソラール。アストラのソラールだ。偉大なる太陽と戦を司どる神の信徒にして、太陽の戦士だ」

「ソラールか、実に良き名だ。太陽と戦……。そなたが所属しているファミリアの主神の名を聞いてもよいか?」

 

「すまない、それは俺もわからん。かの神の姿と名は伝えられていないのでな。俺達、太陽の戦士も同じ誓約こそ受けてはいるが、普段は各々が個人で動くか時々、共闘をして助け合う程度でな」

 

「ふむ、姿すら知らない……? 。すまない、失礼だがお主に一つ問いたい。お主は神の“恩恵”を刻んでいるのか?」

 

「噂に聞く、神の“恩恵”とやらか? 詳しいことは俺も知らんが、俺の信仰する神は俺達、太陽の戦士に等しく祝福を与えて下さってくれている」

 

 信じて疑わぬ、純朴に答えるソラールから、ミアハは“嘘”を読み取れない。……この時、ミアハは内心少し疑問が生じていた。ソラールの“恩恵”を知らない、主神に直接会ったことがない、という発言に偽りはない。

 神々が多数存在するオラリオでは常識的に戦闘を行う者は皆、どこかしらのファミリアに所属して主神の恩恵を背に刻んではいるが、時々地上では神の恩恵に頼らずに闘う部族や戦士がいるという。

 

 ソラールが信仰する無名の神とは、古代の小人族が信仰していたという、架空の女神(フィアナ)と同じ類いかとミアハは考えたが、それだと“辻褄”が合わないのだ。

 

(あの時に見た“雷の槍”……あれは、一体何だったのだ?)

 

 ブラッドサウルスがナァーザに襲いかかる瞬間、確かにミアハは見た。恐竜を一撃で絶命してみせた、細長く、鋭い、槍のような形状をした“雷”を。

 魔剣か、ソラールの持つ魔法によるものか。前者はともかく、後者は難しい。魔法種族(マジックユーザー)と謳われるエルフは恩恵がなくとも魔法の行使を可能とするが、それ以外の種族は精霊を除き、魔法の適性がない。鉄製のバケツのような兜を被っているため彼の顔は見れないが、これまでの会話からして恐らくはヒューマンだろう。

 

「ソラールさんは、どうしてオラリオに。冒険者を目指してですか?」

「笑えるかもしれないが……俺は、俺自身の太陽をずっと探し求めて旅を続けてきたんだ。……前にいた土地では、残念ながら見つけられなかったからな。だが世界の中心と謳われるオラリオの話を聞いて、俺は今度こそ見つけだそうと誓ったんだ」

 

 考えるほど、ソラールに関して色々と疑問が生じてきたが、ミアハはそれら全てを脇に押しやった。ソラールが何者であれ、自身の大切な愛する眷属(子ども)を救ってくれた恩人なのだ。身なりこそ少し変わってはいるが、眷属と会話するソラールは、ミアハの眼には彼が心優しく、何者よりも熱い意志を秘めていることが確かに見てとれた。

 

「立派な事だ。そなたの夢は、決して笑い話などではない。そなたの旅の目的が見事、完結出来ることを願おう」

「おおう……すまないミアハ殿。俺の話を笑わなかったのは貴公達を除けば、今まで一人しかいなかった。……ウォッホン。しかし、良いのか? 後ろの『彼』を乗せないで。ずっと徒歩だが疲れないのか?」

 

 照れくさ気に、息を溢したソラールは馬車の後ろを振り返る。少し離れた後方では、岩鎧の戦士がズシンッズシンッとやや小走り気味に、一定のペースで黙々と馬車を追従していた。ソラールが見た限り、密林を出発してからのハベルの歩みは些かのペースも衰えず、本人が疲れている様子は微塵も感じられない状態だ。

 

「大丈夫、ハベルの体力(スタミナ)は底なし、どうってこともない。どのみち重量オーバーで馬車に乗せられないから」

「遠出なのだから、もっと身軽な装備に変えた方が良いのでは申したのだが、本人が頑なに鎧を脱ぐのを拒んでしまってな。結局、我々だけ馬車に乗って、ハベルのみ自力で付いてゆく事になってしまった」

 

 苦笑して説明する二人。全身の重装備に加え、重量級の武器防具を携えたハベルの重さは、到底馬車が許容出来る重量制限を遥かにオーバーしていた。行き帰りが己の足のみだが、幸い無尽活精(スキル)の効果でハベルが疲労して動けなくなる事態の心配は生じない。

 

 順調に進む一台の馬車と、その後ろを歩く一人の戦士は、やがてオラリオにたどり着いた。出入り口の門で検問を経て、都市に入場する。

 

「ここがオラリオか!! なるほど、噂に違わぬ活気の熱が実に伝わってくるぞ。……この地でならば、為せなかった宿願を果たせるやもしれん」

 

『このオラリオに滞在しているならば、いずれまた、貴公と再びまみえる時が訪れよう。その時我の力が必要であれば、いくらでも申してくれ』

 

「ああ、わかった。貴公とはまた何処か会いたいものだ。では、それまで暫しの別れだ」

 

 ミアハ達に別れを告げ、意気揚々とソラールは立ち去る。群衆の中に消えていく太陽の戦士を見送ると、ナァーザはパァンと両手を打ち合わせ、口を開いた。

 

「さぁ、私達もまだ新薬の開発が残っている。ホームに帰ったら早速、作業に取り掛からないと」

 

 ──後日、ミアハ・ファミリアが開発した新薬、『二属性回復薬(デュアルポーション)』が後日開催される祭りで大変な話題と人気を集め、とある医神が盛大に歯軋りを鳴らしたという。

 

 


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