其は黒円卓の死神なり   作:ここまで来たら最後までやってやる!

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死神、ベルリンを出る

戦場と化したベルリンは赤く燃えていた。

ここら一帯を更地にせんとするかのように、降り注ぐ爆撃の雨は一向に止む気配がない。いたるところから銃撃戦の音が響き、戦車が駆動している音が聞こえる。

誰かに助けを求めても、もはや誰も救ってはくれないのだと理解することは容易だった。誰もが助かりたいと願いながら、助からないと確信していた。

栄光を得ることはできず、地獄を叩きつけられ、希望の光は消え去った。もはや誰にもベルリンに、第三帝国に襲いかかる崩壊の波を止めることはできない。誰もこの地獄を塗り替える英雄にはなれない。

すべて、すべて、ここで消え去れと言わんばかりに。人々の記憶から、この世界から、消え去れと言わんばかりに。第三帝国の崩壊は今、目の前にあったのだ。

 

 

 

ヴィッテンブルグの声が響いたと思ったらハイドリヒ卿の演説が始まった。ベルリンの住民たちは何かに取り憑かれたかのように空を見上げている。一人の例外もなく、だ。

ハイドリヒ卿の演説は滞りなく進む。それを聞きながら改めて一つの事実を突きつけられる。

悪魔の誘惑に勝てる者はいない。ましてや最強の詐欺師がついている悪魔に騙されないものがどこにいるのか。

勝利を望む。それだけならばどこにだってある願いだ。決して間違っていない人として当然の願いの一つだ。

私にはよくわからないが、黒円卓にも勝った負けたにこだわるものがいるからきっとそうなのだろう。私には、そこまでこだわれるものがないから羨ましくもある。

 

演説を聞く者たちから距離を取りながら黒円卓の面々と合流する。

ハイドリヒ卿たちの計画を成功させるためには、ベルリンの市民をすべて殺さなければならない。しかし、そこに私はいてはならない。何せそばにいるだけで命を奪い、自分のものにしてしまうのだ。計画に使うための魂を奪い取ることになってしまう。

だから、私は少し離れたところから見ていることしかできない。

まともな人ならば、きっとここで傍観に徹さずに彼らを止めようとするのだろう。実際ここで彼らを止めなければ大勢の人々が死ぬ。将来的には世界中の人間が地獄に叩き落されるだろう。

 

わかっている。知っている。

それが果たされないことを。私が何をしても無駄であるということを。

ここで彼らを止めようとすれば、間違いなく何人かは殺せるだろう。止められるだろう。

しかし、それで終わりだ。全員を止めることはできない。そして私は殺される。あの鋼鉄の拳だけは私もただでは済まない。

そして彼らはまた円卓を埋めて、計画は止まらない。ここで何をしようと無意味なのだ。

ここで起こる大量虐殺を防げても、その先の大量虐殺は防げない。そして、防げなくて困るのは間違いなく後者のほうだ。

だから何もしない。何も、指一つだって動かさない。私に許されているのは、ただ見ることだけ。すべてを見て、すべてを覚えておくことだけ。それだけが黒円卓において私に課せられた『仕事』だった。

 

 

 

全てが終わって、ハイドリヒ卿はヴィッテンブルグ、ベルリッヒンゲン、シュライバーを伴って異次元へと消えた。メルクリウスはどこかへと消えた。自分がかかわるとろくなことにならない、と今更なことを言い残して。

本当に今更だと思う。初めからそうしてくれていたら、どれだけの人々が人のまま死ねただろうか。

私だって、こんなことになると知っていたらついて行ったりしなかった。

本当に詐欺だ。彼一人だけが得をするペテンに私たちは自分の意思で参加させられていると勘違いさせられている。そしてそれに気がついても声高く非難できないような状況を作り出している。

本当に性が悪い。

 

「アズライール、あなたはこれからどうしますか?」

 

「そういうあなたはどうするつもりなんだ?シュピーネ。」

 

「さぁ、今はわかりませんね。なるようになるでしょう。」

 

「ならば私だってわからないよ。わかっていることはあの人が示した時を待つだけだ。」

 

「ところで、あなたは黄金錬成のことについて知っていますか?」

 

「・・・死者をよみがえらせ、永遠の命の与える秘儀だろう。それくらいは知っている。」

 

「いえ、あなたがいったいどういった認識でいるのかを確認したかっただけです。それでは、私はこれで。」

 

シュピーネはそう言って赤く染まったベルリンの中に消えていった。

結局彼は何が言いたかったのか。何となくわかる気もするが、だからといって自分から言いに行くことでもない。

シュピーネ、逆に聞くが君は黄金錬成をどういう風に認識しているんだ?本当にあれがそんなに都合のいいものだと思っているのか?

心の中でつぶやいた疑問は誰にも答えをもらえず沈んでいった。

周りを見てみると、残っているのは私とトリファだけのようだ。そのトリファは何をするでもなくじっと私を見ている。

何か用があるようだが、私は彼のように心を読めるわけではない。なのであと少し待って何も話さないのなら私もここから離れよう。

 

「約束の時、シャンバラで会いましょう。アズライール。」

 

意味深に笑いながら彼が発した言葉はそれだけだった。紅く染まるベルリンを背景に、その聖職者として完璧な笑みはひどくなじんでいた。決してかみ合わないものがかみ合ってしまっていることがこれほどに美しいとは知らなかったが、彼はきっとそれを否定するだろう。

だから何も言わなかった。何も言わず、トリファに背を向けて私はベルリンを出るべく歩き出す。

炎が舞って熱せられているはずなのに、手に持った鎌はひどく冷たかった。

 

 

 

 

シャンバラが完成するまでしばらくかかると聞いた。さらにメルクリウスが用意したツァラトゥストラが成長する期間を考えると、黄金錬成が始めるにはそれなりに時間がかかるようだ。

黒円卓に所属してから少しだけ抑え方が分かったこの体質だが、それでもなるべく人の多いところにはいかない方がいいだろう。

いっそのこと世界中を歩き回ってみるのもいいかもしれない。世界中余すことなく歩き回ればそれなりに時間はつぶせるだろう。

 

その間にこれ以上戦争が起きなければいいなと思う。戦争は彼らの暇をつぶす絶好の機会になるだろうし、魂を集めるにもちょうどいい。

平和になっているともいいと思う。ツァラトゥストラが戦争を知らない人だったら、私を含めて黒円卓を正面から否定してくれるかもしれない。

何より、これ以上くだらないことで失われる命が少しでも減ればいいと思う。

訳の分からないうちに圧倒的な理不尽に踏みつぶされる人がいなくなればいいと思う。

圧倒的な理不尽にそれでもすがろうとせず、真っ向から否定できるようになればいいと思う。

そうすれば、きっと私の願いもかなうだろうから。

 

 

 

あれから50年はたっただろうか。時間の感覚がよくわからなくなってきている。定期的に連絡は入れていたが、最近はそれすらまともにしていない。ベイあたりが怒っていそうだが、案外何とも思われていないかもしれない。

それでもいい加減連絡はするべきか。どこかで電話を借りれるといいのだが。

 

「もしもし」

 

「私だ。」

 

ガチャリ、ときられた。いや、まて。今の声は誰のものだ。

シュベーゲリンが姿を好きに変えられることは知っているが、声を変えられるとは聞いていない。もしも変えられたとしてもいきなり切りはしないだろう。

つまり全く知らない子どもが受話器の向こう側にいた。番号を打ち間違えたか?

しっかりと確認しながら番号を打ち、再度かけてみる。

一度、二度、三度、コール音が続いてカチャリとつながった。

 

「もしもし」

 

また子どもの声だ。いぶかしく思いながらもさっきのような間違いだけは侵さないように思考を打ち切った。

 

「もしもし、そちらにヴァレリア・トリファはいるだろうか。もしいるのならアズライールから連絡が来たと伝えてほしい。」

 

「神父様のお友達?」

 

「友達ではないが、古い知り合いではある。」

 

「・・・ちょっとまってて」

 

ガタリ、と音がしてトテトテと子どもが走る音が聞こえる。その音も消えて少し経った頃、今度はドタバタと騒がしい音がしてガタリと受話器を持ち上げる音がした。

 

「あなた、本当にアズライールですか?!」

 

「あ、ああ。そうだが、トリファ、だよな?」

 

「ええ、ええ。そうですとも、あなたの友人ヴァレリア・トリファですとも!今までどこで何をしていたんです?!」

 

やけにテンションが高いな。まるで本当に音信不通だった友人が突然連絡をよこしたかのような反応だ。

トリファの声に交じってブレンナーの声も聞こえた。子どもを部屋に連れて行こうとしているようだ。聞かれたくないことでもあるかのように。

ああ、なるほど。子どもに勘づかれないためにこの異様なテンションなのか。素の彼を知っているだけにどんな顔をしているのかいまいち想像できない。

 

「テレジア、すぐに戻りますからね!・・・さて、お久しぶりですねアズライール。今まで何をしていたんですか?」

 

「徒歩で世界一周していた。時々寄り道しながらだが。」

 

「そうですか。かれこれ二十年以上連絡がこないものですから、黒円卓のことなど忘れてしまったのかとばかり。」

 

「そんなことがあるわけないだろう。それより、あの子どもはなんだ。失った子どもたちの代わりでもさせているのか?」

 

「そんなものではありません。あなたが先ほど会話した子どもこそが黄金錬成においてもっとも重要な役目を持つ黒円卓の一員ですよ。」

 

「・・・ゾ―ネンキント。」

 

「ええ、そうです。彼女が初潮を迎え、ツァラトゥストラが現れれば黄金錬成はついに始まるのです。彼女が初潮を迎えるまであと少し。あなたもそろそろこちらに来てはどうです?」

 

来てはどうです、と言われても私が人の多いところに行けばどうなるかわかっているだろうに。

今度はいったい何を考えているのか。しかし、抑えることもうまくいくようになってきたし一度シャンバラがどういう場所なのか見てみるのもいいかもしれない。

何となく嫌な予感がしないでもないが、なるようになるだろう。おそらく。

 

「わかった。近日中にそちらに向かう。」

 

「迎えに行きましょうか?」

 

「必要ない。」

 

ガチャリ、と電話をきって早速歩き始める。

まずは自分がどこにいるのかを確かめて、そこから日本までの方角を確認しなければ。地図が手に入ればいいが、そもそも人との接触に制限があるこの身では不可能に近いだろう。

シュピーネがこの近くにいれば楽なんだけどなぁ。




誰これ感が半端ないですが、許してください。

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