深い海に棲む艦~Prequel to Kantai Collection~   作:ダブル・コンコルド

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23.誰為砲鳴

「救出作戦ですか?」

「左様です」

 

 オーストラリア艦隊司令部に呼び出された「いなづま」艦長榊原秀平以下、各部署の長らは各々が疑問の表情を浮かべた。

 

 オーストラリア側曰く、危険な場所に取り残されたオーストラリア国民を救出し、同時にオーストラリア緊急避難して行き場を失っている、日本国籍の大型商船舶26隻を日本本土に送り出すことができるのだとか。

 この大型船舶らはタンカーや貨物船など多種多様な船種で構成されており、いずれも日本にとって不可欠なものだ。海が閉ざされつつある現在の状況下において、外国からの輸入が届かないことは死活問題となる。

 これを拒絶する理由は、榊原にはなかった。

 

「本国からの許可も出ており、そして何より商船を安全に本国に送り届ける好機。我々にノーという答えはありません」

 

 正面をはっきりと見据えた榊原の発言に、オーストラリア艦隊司令官のルイス・ブロドリック少将は力強く頷いた。よく見ると彼の背後に控えている武官ら数人が、小さくではあるがガッツポーズをしているのが目に入った。

 

 軍艦1隻の力が大いに高まった現代戦において、援軍はたとえ1隻であっても頼もしいものなのだろう。

 第一段階は終わった、そう判断した榊原は、オーストラリア側の空気が落ち着くのを待ってから口を開いた。

 

「して、我々が協力する貴軍の作戦。アウトラインは聞き及んでいますが、より詳しくお教え願いたく存じます」

 

 国民を救出する作戦ということだけは聞かされているが、具体的にどこで何をするのかは聞かされていない。この内容が非常に危険なものであった場合、共闘の拒否という可能性すら出てくる。

 榊原は慎重にブロドリックの言葉を待った。

 

「ソロモン諸島はご存じですな」

「無論です」

「結構。単刀直入に申しますと、同国に取り残された国民を救出したいのです。同国はいくつもの島嶼からなる列島国家ですが、海が封鎖されつつある現状、国民を残しておくにはあまりに危険な場所ですから」

 

 危険な理由はいくつもあると、ブロドリックは身振り手振りを交えて言葉を紡いでゆく。

 

 まずは伝染病。太古の原生林が多く残るソロモン諸島は、同時に危険な伝染病の宝庫でもある。旅行客はワクチン接種が義務付けられているが、その効力は無限に継続するわけではない。

 さらに同国は後進国であり、治安経済ともに低いレベルにある。ただでさえ世界が混乱状況にある中、金品を身につけている外国人が留まるにはあまりにリスクが高い。

 

「そして最大の理由は、貴国が最も分かっているはず」

 

 投げかけられた問い。榊原には概ねその理由がわかった。

 だがそれが事実であるならば、とても悲しく、そして恐ろしい。

 

「ソロモン諸島が、かつての激戦地であるためですか」

「左様です」

 

 ブロドリックは大きく息を吐いた。

 

「ソロモンは先の大戦において、我が国やアメリカと貴国が激しく戦った場所です。つまり同地に沈んでいる艦船、航空機は半端な数では済まされません。これらすべてが復活すれば、ソロモンからの自国民救出は永久に不可能になってしまいます」

 

 榊原は思わず天井を見上げた。空気の重さに押しつぶされてしまいそうだった。

 大切なものを守るために、多くの人々が名も知らぬ南国で散っていった各国の若人たち。

 彼らによって守られた平和が、彼らの遺物によって脅かされるなど、何という皮肉だろう。

 

 だが、ソロモンが危険なのは疑いようのない事実だ。

 もしソロモンの激闘で失われた艦船、航空機、戦車のすべてが復活しようものなら、ソロモン諸島などあっという間に滅亡に追い込まれてしまうだろう。同国に残された人々がどうなるかなど明らかだ。

 

「ミスターサカキバラ、我々は自国民だけ救う、などという騎士道精神にそぐわぬ行動をとるつもりはありません。ソロモンに取り残された日本人136名、オーストラリア国民ともども救出する計画を立案しております」

 

 もっとも、救出した日本人は旅客機で日本に戻ってもらうことになりますが、と彼は付け加えた。

 これは大きな譲歩だ。

 日本単独では、ソロモンに残された国民など到底救えない。隣国中国に残された在中邦人すらまともに捌ききれない有様なのだ。

 

 これを逃せば、おそらく次はない。

 

「了承しました、貴軍に助力いたしましょう」

「ありがたい」

 

 ブロドリックは喜びが口から吹きこぼれたような声を出した。表情にも安堵が浮かんでいる。オーストラリア側にとっても緊迫する交渉だったに違いない。

 ブロドリックがいくつか目配せすると、部屋の灯りが暗くなりプロジェクターが起動した。

 

「オーストラリア海軍艦隊司令部、参謀付武官のダグラス・ケアード少佐であります。今回の作戦について説明させていただきます」

 

 ケアードと名乗る武官が指示棒を持って画面の隣に立つ。彼は一礼すると、話し始めた。

 

「オーストラリア人並びに日本人が取り残されているのは、ガダルカナル島、ツラギ島、サボ島の3島です。我々は敵の目を避け、同地から全ての国民を収容せねばなりません」

 

 3つの島々をめぐるように指示棒が動く。

 

「そして同時に、オーストラリアに緊急入港している日本の大型商船舶を太平洋に送り出す。これらを同時に成し遂げる必要があります」

 

 ガダルカナル島の周りをぐるぐると回っていた棒がつつっとスライドし、大型商船舶が停泊しているダーウィン、そしてブリズベンを指した。

 

「よろしいでしょうか」

 

 日本側、自衛官の1人が挙手で発言許可を求めた。榊原とブロドリックが了承するように頷き、目配せをする。

 

「ソロモンからの救出には航空機を用いてはいかがでしょうか。ジェット機であれば敵のレシプロ機は追随できません、リスクは低いと考えるのですが」

 

 話を聞いたケアードはかぶりを振った。こういった問いが出ることを想定していたようだった。

 

「救出にはキャンベラを使います。航空機は使えませんので」

 

 榊原は頭の中で名の出た艦のスペックを思い浮かべた。

 キャンベラ、正式にはキャンベラ級強襲揚陸艦のネームップ。元は空母として建造され排水量は2万5千トンを超える。かつてオーストラリア海軍の総旗艦を務めたこともある同国最大の軍艦だ。

 それほどの艦隊を出さねばならないほど、事態はひっ迫しているということだろうか。

 

「航空機が使えないとは……?」

「ソロモン唯一の空港、ホニアラ国際空港が空襲で壊滅してしまったのですよ。貴国には旧ヘンダーソン飛行場と呼んだ方が馴染み深いでしょうか」

 

 質問者でないにもかかわらず榊原は絶句した。そんな馬鹿な、と言いたいが言葉が出てこない。まるで舌だけがピンポイントで雷に打たれてしまったようだった。

 

「空襲は、何処の……」

「詳細は不明です。が、襲ってきたレシプロ機にミートボールマーク、日の丸が確認されたとの情報があります。おそらくご想像の通りかと」

「急がねばならない」

 

 それまで黙っていたブロドリックが腕を組んだまま言った。

 

「航空機だけで済むはずがない。軍艦が復活すれば救出は非常に困難になる」

「説明を続けさせていただきます」

 

 よろしいですね?というケアードの視線に、榊原は頷いた。

 

「キャンベラのほか我が軍の駆逐艦1隻、そしていなづま、及びフリゲート3隻で艦隊を構成。ガダルカナル島北部海域にてキャンベラから上陸用舟艇4隻を発進、両国民を各島より回収、その後キャンベラと駆逐艦、フリゲート2隻は来た道を戻る形でオーストラリア本土へ。残るフリゲート1隻でいなづまを太平洋まで護衛いたします」

「少々お待ちいただきたい。我が国の大型商船舶はどうなるのですか」

 

 説明が一区切りついたところで榊原は疑問を呈した。

 今説明がなされたのは、ソロモン諸島から国民を救出するプランのみ。26隻にも及ぶ日本国籍の大型船がどのようにして太平洋に出るのか明らかにされていない。

 ケアードはこともなげに答えた。

 

「貴国の大型商船舶はいずれも10万トンを超えるほどに大きく、救出作戦に追随させるのは不適当です。故にまず珊瑚海を通り、ソロモン諸島最南端のマキラ島を迂回、太平洋に出ていただきます。その後同じように太平洋に出た「いなづま」と合流し、日本本土に戻られるとよろしいでしょう」

「それはあまりに危険です。26隻もの大型船が隊列を組んで航行するなどできるはずがない」

「護衛及び指揮艦として、我がオーストラリア海軍よりフリゲート2隻を付けます。両艦の艦長はたとえ命に代えても商船を守ると明言しております。必ずや任務を果たすでしょう」

「では我が『いなづま』を商船護衛に回していただきたい。護衛は多い方が」

「それは――」

「ミスターサカキバラ、貴公はこの作戦の意味を理解しているのですか?」

 

 ケアードと榊原の言葉をブロドリックが遮った。

 

「意味ですか?」

「左様。今回の作戦は単なる救出作戦ではない。オーストラリア海軍と海上自衛隊の共闘であるからこそ、我々は日本の商船を守り、ソロモンに残された日本人を助けるのです。貴国が商船につきっきりとなり、ソロモンを放棄するというのなら、我々に日本人を救出する理由はない」

 

 その眼差しには酷く冷たいものが感じられた。それは敵愾心というよりも、失望という言葉がよくあてはまるかもしれない。空気がずしりと重くなり、冷や汗が染み出てくる感覚があった。

 

「そもそも、危険度が高いのはマキラ島沖合ではなくソロモン諸島です。危険な場所に突入するからこそ、我々は貴艦の援護を求めるのです。そして何より、大勢の軍艦で敵を北に引き寄せる、いわば貴国の商船のための囮になることにもなるのですよ?」

 

 その声色は、榊原自身もぞっとするほど異様な雰囲気に満ちている。

 

 いなづまがソロモン諸島に行けば、商船は一応オーストラリア海軍によって守られる。

 一方いなづまが商船を守りに行けば、ソロモン諸島の日本人は救出されない。恐らくその先に待っているのは死だ。

 いなづましかオーストラリアにいない以上、選べる答えなど1つしかない。

 

「……お約束いただきたい。必ず商船は守り抜くと」

「軍の誇りにかけて、最善を尽くします」

 

 ブロドリックは力強く言った。ブルーの瞳で真っ直ぐ榊原を見つめている。この感情に嘘はないように思えた。

 

 数秒後、視線は穏やかなものになり、一瞬にして空気の重さが霧散した。

 

「まずは全艦艇、全船舶に燃料を補給せねばなりません。作戦発動は早くとも3日後になります。それまでゆるりとダーウィンで休まれるといいでしょう」


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