俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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四日目(金) 米倉桃がマンモスだった件

「コンシール・~を隠す。コンシール・~を隠す。コンシール――――」

 

 現在時刻は午後九時。現在位置は自分の部屋。別に怪しげな儀式を始めた訳ではなく、前に阿久津が言っていた音読による記憶中だった。

 騙されたと思ってやってみたが、これが意外に頭へ入ること入ること。単語一つにつき大体十回。音読する時は恥ずかしがらず、はっきり声に出して読むのがコツだ。

 

「テンプト・~を誘惑する。テンプト・~を誘惑する。テンプト――――」

 

 ちなみに今日もコンビニに立ち寄ってはみたものの、珍しく夢野蕾はいなかった。まあ月曜から毎日いた訳だし、彼女もテスト勉強する時間は必要だろう。

 

「お~邪魔~虫~」

「~を誘惑する」

「はえ? う、うふ~ん?」

 

 風呂上がりのパジャマ姿で現れた梅が、胸元のボタンを開けると腰をくねくね動かす。とりあえず面白いから許すが、前後の文脈を考えると俺がお邪魔虫ってことになるな。

 

「ノックもせずに人の部屋へ入ってくんなよ」

「ま~ま~、固いこと言わずに~」

 

 何か用でもあるのかと思いきや、梅はプールの飛び込みの如くベッドへダイブした。

 そして中途半端なクロールとバタ足をした後で動作停止。そのまま人の枕に顔を埋め溺れた妹を放置して、俺は単語の記憶から長文との睨めっこに切り替える。

 

「………………しりとり」

「あ?」

「しりとりだよお兄ちゃん。しりとりしよ」

「リボン」

「ンドゥール」

「続ける気満々かよ……ルパン」

「ンジャメナ」

「ナン」

「ん……ん…………ん~、何でンばっかり押し付けるの?」

「甘いな梅。ンを言っても終わらないなら、ンが言えなくなるまで続けるまべっ」

 

 語っている途中で枕を投げつけられた。単語が言えなくなったら負けという正式なしりとりのルールに則っている筈だが、一体この妹は何が不満だと言うのか。

 

「そういうこと言うから、お兄ちゃんは女心がわかってないって言われるんだよ」

「ちょっと待て、今のしりとりにそんな要素ないだろ? そもそもそんな乙女チックな台詞、言われたことないぞ? 言ってくれる相手すらいないぞ?」

「夜中に兄の部屋へやって来た、純真無垢な妹の心境くらい察してよ」

「どこが純真無垢だ。それとそういう表現は誤解を招くから止めなさい」

「………………」

「何お前。ひょっとして、明日の練習試合が不安とか?」

「…………うん」

 

 まさかの一発正解。ノーベルお兄ちゃん賞取れるんじゃねこれ?

 

「何でだよ? 大会じゃあるまいし、数ある練習試合の一つに過ぎないんだろ?」

「でも梅達の初陣だし……」

「始まる前から責任感じすぎだっての。お前も小心者だな」

「自分に声を掛けてきた相手が誰か、直接聞けないお兄ちゃんに言われたくないし」

 

 あれ、何で励ましたのに蔑まれてるんだろう。

 俺にはいまいちわからないが、部長とはそういうものなんだろうか。こういう時こそ先々代部長の阿久津に相談すればいいだろと思いつつ、ガラケーを手に取る。

 

「じゃあ松竹梅から選べ」

「しょ~ちくばい?」

「知らないのかよ……松と竹と梅、どのコースを希望だ?」

「松」

 

 絶対そうくると思っていたので、既にとある宛先へメールを一通送っておいた。

 流石と言うべきか、はたまた暇なのか。一分も経たずに着信が入る。

 

「お兄ちゃん、携帯鳴ってるよ?」

「タイミングいいな」

 

 松だけに待つと思ったが、ベッドで寝ている妹へ枕共々ガラケーを放り投げる。

 耳元へ着地して鳴り続ける携帯に、不機嫌そうに顔を上げる梅。しかし画面に表示されている名前を見るなり目を丸くすると、慌てて通話ボタンを押し耳に当てた。

 

「もしもし桃姉っ? 梅だよっ! あのねあのね――――」

 

 話し始めただけでこの変わり様。普通の兄妹よりは仲が良い俺と梅だが、姉妹の繋がりとなれば当然それ以上だ。

 ちなみに俺が送ったメールはこんな感じ。

 

『梅部長が明日の練習試合を前にナイーブなう。暇なら偶然を装って俺の携帯に電話しつつ、それとなく妹を励まして頂けると助かりマンモス』

 

 最後の方が予測変換で変なことになったが、意味は通じるのでそのまま送っておいた。

 梅が阿久津や姉貴に連絡しない理由は、迷惑をかけたくないという思いによるもの。その辺りの女心もしっかり察した、これ以上ない松コースである。

 

「うん! うんそうなの! でもフランが厳しくてさ――――」

 

 フランというのはバスケ部顧問であり、別名はザビ。頭のてっぺんが薄い歴史上人物が由来で、495年も生きたロリ吸血鬼みたいな教師ではないのであしからず。

 

「うん! うん! あっ、今お兄ちゃんにも代わるね~」

「いや、俺は別にいいから」

「いいからいいから~。でも話終わったら梅に返してね」

 

 これ、俺の携帯だからな?

 すっかり元気になった妹から、ガラケーを渋々受け取り耳に当てる。

 

「もしもし?」

『マンモスマンモス~♪』

「………………ああ、こっちは問題ないから。じゃあ梅に返すわ」

「はえ? もういいの?」

「おう」

「わかった~。もしもし桃姉? え? もっかい? お兄ちゃん、テイク2だって」

「…………もしもし?」

『マンモ~マンモ~♪ ウゥ~ッ、マンモ~♪』

「NGで」

「はえ? もういいの?」

「ああ。終わったら切っておいてくれ」

 

 大学生って馬鹿なんじゃないか?

 アキト以上に性質の悪い姉に溜息が洩れる。とりあえず風呂でも入ってくるか。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「――――あ、お兄ちゃん戻ってきたから代わりま~す。梅梅~」

 

 あれから結構経ったが、風呂から戻ると梅はまだ話していた。

 最初の不安はどこへやら、すっかりニコニコな妹から携帯を受け取り耳に当てる。

 

「もしもし姉貴?」

「ボクはキミの姉になった覚えはないね」

「あくっ――!? げほっ、えほっ…………」

 

 返ってきたのは聞き慣れた幼馴染の声。

 予想外の相手に咳き込みつつジロリと梅を睨みつけると、どうやらわざとではなかったらしく『あっ』と何かに気付いた様子の妹は舌をペロっと出した。

 

「も、もしもし……?」

「姉の次は悪魔呼ばわりかい? それとも不要な上澄み液の方だったかな?」

「わ、悪い」

 

 何で謝ってるんだろう俺……別に悪くもなんともないのに。

 学校の先生に『お母さん』と呼んだ時みたいな恥ずかしさを想起しつつ、椅子に座った俺は自分のペースを取り戻すべく大きく息を吐き出す。

 

「で、どうしたんだよ阿久津?」

「どうしたもこうしたもない。明日の練習試合が何時からか聞いておくよう前もって頼んでいたと思うけれど、未だに連絡がないから電話したまでさ」

「あっ! えっとだな……」

「もう梅君から聞いたよ。幼稚園の方の連絡は滞りないよう願いたいね」

 

 社会に出たら、こういう上司とか絶対いるんだろうな。

 まあ実際悪いのは俺の方だが、できることならもう少しオブラートに包んで欲しい。

 

「何なら明日の朝は、ボクがキミを叩き殺しに行くべきかい?」

「ちょっと待て! 今叩き殺しにって言ったよなっ?」

「何を聞き間違えているのやら。叩き起こすと言ったんだよ。まあキミが望むなら、ボクとしてはどちらでも構わな……あ、こらアルカスっ!」

「凄いこと言いかけたぞお前っ?」

 

 流石は男女間の友情は存在する会の会長。幼馴染が起こしに来てくれるなんてトキメキシチュエーションも、残虐なワンシーンへと大変身か。

 猫より構うべきところがあるだろと思いつつ、未だに電話越しでニャーニャー鳴いている声をバックミュージックに話を続けた。

 

「とりあえず明日は現地集合でいいだろ?」

「別に構わないけれど、寝坊して梅君を失望させでもしたら相応の処置を取るよ」

「何するつもりだよ?」

「キミが卒業アルバムに書いていた作文を、音穏に見せようと思う」

「ぐはっ……何て恐ろしい罰ゲームを考えやがる……」

「恐ろしいも何も、作文という形式を無視して短歌風にした挙句、それを掲載させるという常人では考えられない愚行を犯したのは過去のキミ自身じゃないか」

 

 当時の担任の先生。どうしてあんな作文にGOサインを出したんですか。

 そして当時の俺よ。もし賞があったならお前の作文は金賞……いや禁賞だぞ。

 

「まあボクとしても現地集合の方が助かるね。用件はそれだけだから、失礼するよ」

「おう、また明日」

 

 通話が切れると、肩から一気に力が抜ける。

 風呂場で落としてきた筈の疲労がカムバックする中、元凶である妹に目を向けた。

 

「テヘペロ☆」

「うーめー?」

「ゴメンゴメン。桃姉の電話を切った直後に掛かってきたから、つい取っちゃった」

「いくら見知った先輩からの着信でも、人の携帯で勝手に電話を取るな!」

「は~い……あっ! それよりお兄ちゃん! 明後日、筍幼稚園に行くって本当っ?」

「まあ、ボランティアでな」

 

 上手い具合に誤魔化された気がするが、明日の大会に免じて許してやろう。

 素直に答えると妹は目をキラキラさせ、人の枕を羽交い絞めにしながら何も言わずジーッと見つめてきた。もしコイツが犬とかなら、尻尾とか物凄い振ってたと思う。

 

「…………行きたいのか?」

「うん!」

「三回回ってワンと鳴け」

「ウゥ~~~ワンッ!」

 

 ベッドという名のステージ上で、スケーターみたいなターンを決めた犬が鳴いた。次は何をさせようかとも思ったが、下手に怪我でもされたら困るのでやめておく。

 

「はあ……わかったよ」

「やたっ! お兄ちゃん、大好き……じゃないけどグッジョブ!」

 

 一言余計だ。普通に大好きと言ってくれた方が、お兄ちゃんは嬉しいぞ。

 姉貴との電話に加え阿久津と話したことにより、すっかり不安がなくなった様子の妹は枕を放り投げると元気いっぱいに立ち上がった。

 

「そいじゃ明日ね! お休み~お兄ちゃん…………あ、梅梅~」

「ああ、お休み」

 

 …………寝坊しないように、いっそ今から徹夜で体育館に並んでおこうかな。


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