俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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四日目(日) 次は貴様がこうなる番だった件

「えっ? こ、これっ?」

「ですな」

「…………でかくね?」

 

 それが火水木家を見た、最初の感想だった。

 昼過ぎに駅で合流した後、近場のスーパーで材料の調達。そのままマスクマンのアキトに案内された二階建ての家を前に、俺と葵は口を開けて呆然と立ち尽くす。

 別に広大な庭園だとか、プールやら噴水があるような豪邸ではない。ただ我が家が二つは余裕で入るくらい敷地が広く、庭にはバーベキュー用スペースまであった。

 

「そっちじゃなくて、こっちだお」

「「?」」

 

 案内されたのは玄関ではなく何故かその反対側。まさか裏口があるというのか?

 従来における俺の豪華は『トイレが二つある家』という定義だったが、この火水木家は全てを覆す予感がする。そしてその予感は程なくして的中した。

 

「えぇっ?」

「…………マジかよ」

 

 俺の人生において初めて目にした裏口のドア。

 それは普通に一階にあるのではなく、階段を経て二階へ直接繋がっていた。

 

「二人とも、驚きすぎでは?」

「「いやいやいやいや」」

 

 葵と一緒に手をブンブン横に振る。こんなの誰が見ても驚くだろ。

 階段を上がりドアを開けると、L字に折れ曲がった廊下が広がっている。二階の玄関という新たな環境で靴を脱ぐと、左右に一つずつあるドアのうち右側に案内された。

 

「ちなみにそっちは天海氏の部屋ですな。入ったら死ぬと思っていいお」

「ええぇっ?」

「じゃあ部屋の主は死体じゃねーか……あ! これが本当の腐った死体か」

「耐性のない人間が見たら、間違いなくSAN値直葬ですしおすし。あ、ちなみにトイレは裏口から入ってすぐのそこと、階段を下りた先にありますので」

 

 やはりトイレは二つか。家族の人数分あったらどうしようかと思ったぜ。

 火水木の部屋も気になるが、まずはアキトの部屋である。一体どんな混沌が待ち受けているのか心の準備をする間もなく、ガラオタは禁断の扉を開けた。

 

「……………………?」

 

 中に入ると、そこにはヨンヨンの特大ポスターが…………ない。

 透明なガラスケースには大量のフィギュアが…………ない。

 ベッドには痛々しい抱き枕が…………ない。

 

「ここ、誰の部屋だ?」

「いやいや拙者の部屋ですが何か?」

「な、何て言うか……普通だね」

「俺が思い描いていたアキトの部屋と随分違うな」

「オタクに対する偏見乙」

 

 俺の部屋より一回り広いガラオタルーム。まず目に入ったのは机の上に置かれているデスクトップパソコンだが、ノートパソコンもあるのに何に使うんだよ。

 そして肝心のオタクっぽい物は大して見当たらず、本棚に入っているのも俺が知っている漫画やラノベ類。せいぜいヨンヨンの卓上カレンダーがあるくらいだ。

 

「二人が思い描いたような部屋は、店長の家に行けば見れますな。拙者は買わないタイプですし、グッズに掛けるお金があるなら文房具でも買うお」

 

 そりゃまあネットでも売られていないクラリ君のストラップを取り扱っていたり、色々なコスプレ衣装を貸し出したりするノブ……店長ともなればそうだろうな。

 課金もしなければグッズも買わず、出てきた言葉は文房具を買うなんて優等生発言をする友人に拍子抜けしつつも、滅多に見ることのない同級生の部屋を物色する。

 

「あ! アキト君も500円貯金とかしてるの?」

「それはカッターの刃を安全に処理するためのケースだお」

「えええぇっ?」

 

 缶詰型の貯金箱を見つけた葵だが、予想外の返答に驚きの声を上げた。

 確かに一見貯金箱に見えるが、よく見ればケースの下にはカッターナイフのイラストがついている。普通の家にこんな物はないし、何とも紛らわしい。

 

「カッターはまだしも、何で部屋にライターがあるんだよ? 危ないぞ」

「それは鉛筆削りですな」

「…………」

 

 手に取ってみると確かに火は点かず、着火口が鉛筆を刺す穴になっていた。

 他にも生魚っぽいペンケースや注射器型のシャーペン、ベーコンそっくりのノートなど妙な文房具が次々と出てくる。流石は文具屋の息子といったところか。

 

「ひょっとしてお前も人間に見せかけた文房具か?」

「テラヒドスッ!」

「ひ、火水木文具店って、こんな変な物ばっかり売ってるの?」

「いや、それらは拙者が普通に買ってきたジョークグッズでござる」

「趣味かよっ? 文具屋の息子関係なしかっ!」

「店で売ってるのは普通の文具か、せいぜい珍しくてこの程度ですしおすし」

 

 そう言ってアキトが見せてきたのは、カード型の付箋やペンみたいなコンパス。修正テープと消しゴムが一体化した物など、割と実用的な商品だった。

 確かにこの手の道具は珍しくはあるが、学校で使っている奴も普通にいる。現にこの細いコンパス(ペンパスというらしい)は、中学時代に阿久津も使ってたしな。

 

「お?」

 

 匂い付き消しゴムや、パーツごとに外して遊べる消しゴム。バトルできる鉛筆など昔懐かしの文房具を見せてもらう中で、ふとベッド横の小さな日記帳が目に入る。

 

「へー、アキトも日記つけてるのか」

「米倉氏も書いてるので?」

「いや、俺じゃなくて妹がな。小学生の頃からずっと続けてる」

「梅たんハァハァ」

「葵。そこのハサミ取ってくれ」

「お、落ち着いて櫻君」

「それハサミじゃなくてボールペンですしおすし」

「…………ボールペンでもいいか」

「ちょまっ! その日記見せるから勘弁してほしいお!」

 

 他人の日記というのは、どうにも中身が気になってしまう。前に妹の日記をこっそり覗いたことがあるけど、その時はバレて父さんに滅茶苦茶怒られたっけ。

 一体このガラオタには俺達がどう映っていたのか。オタノートの一件もあるし何かしら罠が仕掛けられているかもしれないが、俺は日記帳を手に取ると中を開く。

 

 

 

『六月七日(土) 今日から日記を書く』

 

 

 

『六月八日(日) 二度と日記は書かない』

 

 

 

「一体何があったっ?」

「日記とか真面目に書いたら負けだと思ってる」

「じゃあ何で買ったんだ?」

「さて、ご希望に応えたところでそろそろ下に行くとするお」

「スルーかよっ?」

 

 オタはオタでも文具オタだったアキトの部屋を堪能した後で一階へと降りる。広いリビングには大きな薄型テレビがあり、実質三台目となるパソコンもあった。

 

「あ、やっと来たわね。いらっしゃい」

 

 ヘッドホンを付けて電子ピアノを弾いていた火水木が振り返る。アキトは家に入った時点で外したが、火水木は室内でも相変わらずマスクを付けていた。

 フリルの付いたブラウスに短いスカートとニーハイソックス。何か『童貞を殺す服』とかで見たことのある服装だが、でかい胸とムチっとした太股は中々にエロい。

 

「喉乾いてない? 牛乳と烏龍茶と青汁があるわよ」

「ちょっと待て。明らかに客に出す物じゃないのがあったぞ?」

「何よネック。まさかアンタ牛乳飲めないの?」

「違う。そこじゃない」

 

 確かにクラスで一人はいたけど、俺はそいつから貰う側だったな。

 人に勧めておきながら、青汁ではなく牛乳を飲む火水木。中学生の癖に胸のある我が妹もよく飲んでいるが、今度それとなく阿久津にも勧めてみるか。

 

「それでネックとオイオイと兄貴は、ホワイトデー何作るの?」

「ぼ、僕はクッキーを」

「俺もクッキーだな」

「拙者もクッキー☆だお」

「何か一人だけ変なのが混じってた気がするけど……まあいいわ。エプロンはそこに用意しておいたし、三角巾も好きなの使っていいから」

 

 別に何も言ってないのに、妙なところで準備万端な火水木。っていうかこれ、お前がエプロンなり三角巾を付けた姿を見てみたいだけだろ。

 

「相生氏のエプロン姿とかワクテカ」

「ち、中学校の調理実習以来かな」

 

 俺は陶芸部で付け慣れているが、確かにこの二人のエプロン姿なんて中々見ない。とりあえずアキトはクソ似合わないが、葵は…………うん、何か普通に可愛いな。

 

「アタシは気にせず、いつも通り好きにやっていいわよ」

 

 火水木はフカフカのソファに座ると、スマホを弄りながら俺達を観察する。もしかしてそのマスク、花粉症じゃなくてニヤついた表情を隠すためか?

 

「いつも通りって言ったら、あれしかないだろ」

「あ、あれって……?」

「勿論あれですな……うむ、閃いたでござる」

「第一回!」

「えっ? あっ! チ、チキチキ……?」

「厨二病卵割り大会だお!」

「「「イエーイ!」」」

「…………」

 

 目だけでも火水木がキョトンとしているのがわかる。ちなみに開始の宣言は俺がするものの、具体的に何をやるかはガラオタ次第なんだよなこれ。

 

「エントリーナンバー一番。アキト選手どうぞっ!」

 

『コンコン……カパッ………………グシャッ!』

 

「次は貴様がこうなる番だ」

「おおっと! これは中々の厨二臭! 優勝は決まりでしょうかっ?」

「い、痛くないのアキト君?」

「痛いというより痛々しいですな。エントリーナンバー二番は米倉氏だお」

 

『コンコン……カパッ』

 

「今のお前はこの卵と同じだな……中身がないんだよ」

「これはまたキリッが付きそうな台詞ですな」

「ふ、二人ともよく思いつくね……」

「さあ最後を飾るのはエントリーナンバー三番、葵選手ですっ!」

「えっと……えっと……………………あっ!」

 

『コンコン……カパッ』

 

「き、君だけが欲しい!」

「…………」

「………………」

「き、君と黄身を掛けたんだけど……駄目かな?」

 

『コンコン……カパッ――――――』

『コンコン……カパッ――――――』

 

『『グシャッ!』』

 

「「次は貴様がこうなる番だ」」

「えぇっ?」

「…………アンタ達、いつも何やってんのよ?」

 

 口でこそ呆れる火水木だが、その目はもっとやれと訴えているのだった。


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