俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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五日目(月) 橘先輩と大乱闘だった件

「アタシ前から気になってたんですけど、テーブルゲームとか漫画はともかく何でテレビゲームのソフトまで入ってるんですか?」

 

 合宿話に華を咲かせた後で、火水木が橘先輩に尋ねる。

 確かにそれは俺も気になってはいた。携帯ゲーム機のソフトならまだしも、引き出しの中に入っていたのは随分と古い据え置き機のソフトやディスクだ。

 

「何であるかっつったら、そりゃ遊ぶために決まってんだろ」

「遊ぶって、ここで……?」

「ぁん? 知らねぇのか?」

 

 一応この陶芸室は授業で使われることもあるため、アンテナの繋がっていないテレビとDVDプレイヤーが置いてあったりする。しかしゲーム本体は当然ない。

 橘先輩はチラリと伊東先生を見ると、糸目の顧問は困ったように溜息を吐いた。

 

「仕方ありませんねえ。お別れ会ということで、今日だけは特別に構いませんよ」

「流石センセイ。話がわかるぜ」

 

 一体何を始めるつもりなのか、伊東先生が廊下側のカーテンを閉める。

 橘先輩は引き出しの奥底に眠る、教科書サイズの塊を取り出した。前々から気になってはいたが、一体何に使うのか見当もつかなかった一品だ。

 

「?」

 

 火水木が不思議そうに眺める中で、橘先輩は一度陶芸室を出ると窯場へ向かう。

 少しして戻って来た彼の腕には三色のコードやACアダプター、そして四本のコントローラーが抱えられていた。

 

「ちょっ? まさかそれ――っ?」

「そのまさかだ」

 

 テレビの前に持っていった正体不明の塊に、コード類が繋げられていく。そしてソフトを挿した後にスイッチを入れると、ゲームのデモ画面が表示された。

 

『――――大乱闘っ! スマーーーーーーーーーーーッシ――ピロッ! ピッピッ! ピッピッピッピッ! バーモーオエン!』

 

「ほら、やろうぜ。ストック3でいぃか?」

「…………ちょっと待って下さい。今考えてるんで……」

「ん? 何だよ? タイム制の方がいぃのか?」

「そうじゃなくてっ! 確かにアタシの中学にも学校にゲーム機を持って来る奴とかいましたけど、それ何なんですかっ?」

「そのまま置いてったらバレっから、外側のカバー外してカモフラージュしてんだよ。まぁセンセイが緩い人だったから、ぶっちゃけ必要なかったけどな」

 

 平然と答える橘先輩だが、火水木が驚き呆然とするのも無理はない。この人ならモップとビー玉でビリヤードもやったってのも納得だな。

 

「最後くらい、先生も参加しましょうかねえ」

「おっ? センセイ参戦! ってか? なら後二人は新入部員だな」

 

 このゲームは四人まで対戦可能であり、火水木が加わると空いているコントローラーが残り一つ。指名に応えて立ち上がろうとしたら、冬雪に肩を抑えられた。

 

「……ヨネは削りが終わるまで駄目」

 

 まさかのお預け。まあさっきから全然作業が進んでないから仕方ないか。

 冬雪は阿久津の方を見ると、少し考えた後で口を開く。

 

「……私がやる」

「ほぉ。チビ助が名乗り出るなんて、道理で今日の天気が大荒れな訳だぜ」

 

『バーモーオチームバーモーオエチーバーチーバーチーバーチー――――』

 

 サバイバルモードとチームモードの選択を連打しながら、橘先輩が冬雪を茶化す。

 選んだキャラクターは伊東先生がパワードスーツの賞金稼ぎで、火水木がパイロットの狐。冬雪が配管工の兄貴の方で、橘先輩が超能力少年か。

 

『スリーッ!』

 

「……ミナ」

 

『ツーッ!』

 

「どうしたんだい音穏?」

 

『ワンッ!』

 

「……動かし方教えて」

 

『ゴーッ!』

 

 …………何かそんな気はしてた。冬雪、ゲームとかやらなそうだもんな。

 阿久津が操作説明をする一方で、三人は容赦なく大乱闘を始める。動きを見る限り中々に上手く、火水木はともかく伊東先生もやり慣れているのは……意外でもないか。

 

「吹き飛ばされた時は、上とBを押すと復帰できるよ」

「……こう?」

 

『プィーン』(崖際にいた配管工が身を投げ出す)

 

「……落ちた」

「落ちたね。今じゃなくて、危なくなった時に使うんだ」

「……わかった」

 

 落ち着いて説明する阿久津だが、その声は若干震えている。他三人は気付いていないようだが、俺は決定的瞬間を目撃してしまっただけに危うく噴きかけた。

 

『ピーン』(配管工の元にカプセルが落下)

 

「アイテムはAで拾えるよ。それは取ってから、Aで投げられるね」

「……わかった」

 

『ポコッ!』(Aを押した結果、距離が少し遠いためキックになる)

 

『ボガァン!』(配管工が蹴ったカプセルが、突然爆発して火ダルマになる)

 

「……取れなかった」

「げほっ! えほっ! す、すまない」

 

 流石の阿久津も、今の流れは笑いを堪え切れなかったらしい。外れのカプセルを引き当てた冬雪は難しそうな顔を浮かべるが、見ているこちらは爆笑だ。

 傍らでそんなショートコントをしている間も、三人は死闘を繰り広げる。冬雪の方に飛んできた超能力少年が、憂さ晴らしに配管工を投げ飛ばして去っていった。他二人はスルーしてくれるのに、この先輩は容赦がないというか大人げないな。

 

「貰ったぁっ!」

 

 三人の中ではキャラ性能も操作も橘先輩が一枚上手か。下蹴りで地面にいた敵を跳ね飛ばしてから、空中でヘッドバッドを当てるコンボが次々と決まる。

 火水木のスマッシュ攻撃でストックを一つ落としたものの、敵を千切っては投げの繰り返し。伊東先生のチャージショットに至っては吸収される始末だ。

 

『ゲェームセットッ!』

 

 画面の中でバットを振り、勝利のポーズを決める超能力少年。次いで火水木、そして伊東先生といった感じで、最下位は言うまでもなく冬雪だった。

 

「替わって貰うんだな。チビ助には陶芸がお似合いだぜ」

「音穏。ボクが替わろう」

「……ミナ、いいの?」

「構わないよ」

「おぅ? いぃぜ、水無月には負けねぇからな」

 

 という訳で第二回戦。選んだキャラは橘先輩が変わらず、伊東先生が姫と名前を間違えられやすい剣士、火水木が裸ネクタイのゴリラ、阿久津がドゥッペレペだ。

 

『スリーッ! ツーッ! ワンッ! ゴーッ!』

 

 試合開始と同時に、超能力少年がドゥッペレペを狙う。

 阿久津の腕前なら橘先輩の強さに匹敵する筈……というのも俺達は小学生の頃、二人で友達の家に行ってはこのゲームを遊び続けていたからだ。

 初心者だった冬雪が抜けた分だけ、先程に比べると乱闘具合が増す。まあそれでも無敵になる星を取った先生が何故か落下死とか、妙なハプニングはいくつかあった。

 

「こうなったら最後の手段しかないわね」

「うぉっ? テメッ、それは止めろって!」

 

 裸ネクタイのゴリラが超能力少年を担ぐと、そのまま下へ落ちていく。いつ見ても回避は難しい、最強の自爆技だよなあれ。

 先生も投げ飛ばされストックが無くなると、残りは阿久津と橘先輩の一対一になる。

 

「後は任せたわよツッキー」

「……バナ先輩やっつけて」

 

 別にチーム戦じゃないのに、何故か生まれている女子同士の輪。そんな少女達に天も味方したのか、阿久津の元へ空からハンマーが落ちてきた。

 すかさずドゥッペレペがそれを取ると、一心不乱にハンマーを振る。当たりさえすれば相手を倒せることは確実……だが、橘先輩レベルを相手にこれは失策だ。

 

「甘ぇな」

 

 超能力少年が雷を飛ばし自らの身体に当てると、激しい体当たりがドゥッペレペに衝突。ハンマーのせいで復帰もできずに、そのまま奈落へ落ちていった。

 

「ハンマーってのは弱者が取る物なんだよ」

 

 勝利の笑みを浮かべて橘先輩が煽ると、女子三人がムッとした表情を浮かべる。

 

「櫻」

「ん?」

「キミの出番だよ」

「え? でも俺、削らなきゃ駄目って言われたし」

「……削るのは後でいい」

「はい?」

「あ、ツッキーはそのまま座ってて。アタシが替わるから」

「お、おい――――」

 

 火水木が席を立つなり、俺の元へやってくると手首を引っ張る。

 

「いいから、一回やってきなさいって」

 

 ――――それであのムカつく先輩をボコボコに叩きのめしなさい。

 決して声には出していないが、火水木の目がそう訴えている気がした。

 

「真打ち登場と言わんばかりじゃねぇか。強ぇのか? 新入部員よぉ?」

「いや、別にそんなことは――――」

「強いですよ」

「!」

 

 否定する俺をよそに、阿久津が答える。

 その表情はどこか誇らしげで、少女はそのまま自慢するように話を続けた。

 

「友人の家で遊び続けた結果、自分の家にソフトがないにも拘わらず友人より上手くなるくらいです。不機嫌になった相手は、コントローラーを投げましたから」

「……物に当たるのは良くない」

「中学の時もクラスで一番強いと自慢していた相手にハンデ付きで圧倒して、コントローラーどころか本体まで投げさせたっていう噂を聞いたことがあるね」

「アンタ一体何したのよ?」

「信じるなよっ! どう考えても盛られた嘘だろっ!」

 

 俺の知らないところで、そんな根も葉もない噂が流れていたとは驚きだ。

 しかし阿久津が俺のことをこんな風に語るのは、それ以上に衝撃だったりする。これがゲームの腕前じゃなければ、もっと恰好いいんだけどな。

 

「ほぉ。そいつは楽しみだな」

「……ヨネ、ガンバ」

 

 超能力少年を選ぶ橘先輩に対して、俺はピンクの悪魔を選択する。期待されていると思うと、自然とテンションが上がってきた。

 勝てば恰好良いが、負ければこれ以上ない恥だろう。ややプレッシャーを感じる中でステージが決定すると、運命を握る戦いの火蓋は切って落とされた。


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