俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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五日目(月) 物凄くいい気分だった件

『――――黄色い線の内側までお下がりください――――』

 

 駅に着くと、丁度いいタイミングでアナウンスが響く。

 しかし電車がやってきたのは反対ホーム。俺達の中で乗るのは火水木だけだ。

 

「んじゃ、お疲れ!」

 

 マスク少女に別れを告げた後で、残された俺達三人は人の少ないホームの隅へ移動すると大人しく電車を待つ。特に遅れてもないし、大体五分ってところか。

 

 

 

 ――――ビュォオオオッ――――

 

 

 

 そんな時、唐突に神は舞い降りる。

 風でスカートが捲れるなんて都市伝説。何故なら下から上に風が吹くなんて都合のいい場所は早々ない…………普段が自転車通学の俺は、そう思っていた。

 

「っ?」

 

 駅のホーム。

 それは風が吹き上げるには絶好のスポットだった。

 二人の少女の短いスカートが勢いよく捲れる。

 太股が露わになり、肌色の素肌が目に入った。

 

「「――――っ!」」

 

 黒いブルマ……そして白と水色の水玉模様。

 禁断の領域が見えたのは一瞬だけ。少女達は慌てて上からスカートを抑えつけると、一人は顔を真っ赤にして俯き、もう一人はジロリと俺を睨む。

 

「…………キミは何も見なかった。いいね?」

「ア、ハイ」

 

 淡々と告げた阿久津は、俺を避けるように冬雪を連れて距離を取る。若干照れているように見えなくもなかったけど……いや、気のせいか。

 別に何も悪くない筈なのに二人から距離を置かれたのは悲しいが、未だにスカートを抑えている姿を見て俺のつくしが芽吹きそうだったため助かった。

 

「音穏。夏はともかく、冬や春は穿くべきだよ」

「……でもゴムの部分が制服と合わさるの嫌い」

 

 小声の会話が聞こえる。冬雪が下に穿いてないのはそういう理由だったのか。

 ラッキースケベは最高にありがたいが、やはりその後の空気は気まずい。完全に孤立しつつも電車に乗ると、新黒谷駅で頬が赤い冬雪を残し幼馴染と共に降りる。

 

「…………」

「………………」

 

 せっかく一緒に下校しているのに、会話らしい会話もなし。そもそも二人きりなのに歩いているのは隣じゃなく、風を警戒しているのか阿久津は俺の半歩後ろだ。

 こちらから振る話題も特に浮かばず、結局何もないまま家の前へと到着。そのまま帰るかと思いきや、不意に幼馴染が口を開いた。

 

「そう言えば、夢野君にはちゃんと渡したのかい?」

「ん?」

「ホワイトデーだよ」

「ああ。昨日ちゃんと渡した」

「それを聞いて安心したかな」

 

 阿久津はそう言うと、鞄をゴソゴソと探る。

 一体何かと思いきや、取り出したのは小さな紙袋だった。

 

「誕生日には少し早いけれど、帰ってきているみたいだから渡しておくよ」

「ああ、梅と桃姉にか」

 

 姉貴の誕生日は四月一日。誰に教えても嘘吐き呼ばわりされる印象的な誕生日だ。

 陶芸部で出された時には期待したが、逆に今は諦めがついている。ぬか喜びすることも落ち込むこともないまま、俺は幼馴染から紙袋を受け取った。

 

「それだけじゃないけれどね」

「?」

 

 紙袋の中を覗いた俺に向けて、阿久津がさらりと応える。

 そこにはカップチョコの入った袋が一つ、二つ…………三つ入っていた。

 

「今のキミになら渡しても大丈夫そうだからね」

「…………え? これって…………俺の分か?」

「キミの両親にボクがホワイトデーを作ると思うかい?」

 

 慌てて首を横に振る。

 しかしあまりにも突然であり、いまいち実感が湧いてこない。

 

「いや……でも俺、お前にバレンタイン渡してないし……」

「仮に渡されたら不気味でしかないね」

 

 言われてみればその通り。一体何を言ってるんだ俺は。

 頭の中がぐるぐると混乱する中で、強く風が吹くと阿久津はスカートを抑えた。

 

「それじゃあ失礼するよ」

「ち、ちょっと待っててくれっ!」

 

 慌てて鍵を開けるなり家の中へ駆け込むと、全力で階段を駆け上がる。自分の部屋のドアを勢いよく開けると、机の上に置いたままだった包みを手に取った。

 俺がホワイトデーを返す予定だった相手は五人。

 そして六個入れるつもりだったクッキーを、袋の都合から五個ずつにした。

 要するに丁度一人分、五個のクッキーが余る。

 別に阿久津用として包んだつもりはない。

 そもそも、渡せるなんて思ってもいなかった。

 

「痛っ! つおぉ…………っ!」

 

 慌て過ぎてドアの角に小指をぶつけるが、痛みを堪えて階段を駆け下りる。

 再び外へ戻ると、風雨の中で待っていた幼馴染は不思議そうに尋ねた。

 

「いきなりどうしたんだい?」

「こ……これ……お返しに……」

 

 呼吸を整えながら、ラッピングしたクッキーの袋を差し出す。

 阿久津はきょとんとした後で、呆れるように溜息を吐いた。

 

「クッキー一つ持って来るのに、そこまで慌てなくてもいいじゃないか」

「いや……待たせるのも……悪いだろ……」

「そういう心掛けは、普段待ち合わせをする時に持ってほしいね」

 

 やれやれと少女は呆れる。

 呆れながらも、その表情は笑っていた。

 

「お返しということなら、ありがたく受け取っておくよ」

「お、おう」

 

 去っていく幼馴染を見届けた後で、俺も我が家へと戻る。

 ドアを閉めた後になってから、一気に喜びが沸き上がってきた。

 

「しゃっ! っしゃっ! いよっしゃっ!」

「…………何してるのお兄ちゃん?」

 

 幾度となくガッツポーズしているところを梅に見られる。

 その後ろには姉貴もいたが、俺は二人の姿を見て思わず聞き返した。

 

「いや、こっちの台詞なんだが…………そっちこそ何してんだ……?」

 

 梅の左手にはお鍋の蓋、そして右手にはフライ返しを構えている。その背後にいる姉貴は頭に鍋をかぶり、両手に十本近いフォークを握り締めていた。

 

「もしかして、さっきドッタンバッタン大騒ぎしてたのって櫻?」

「え? ああ、俺だけど……」

「「はぁ~」」

 

 一気に脱力する二人。どうやら不審者でも入り込んだのかと勘違いしたらしい。

 

「悪い悪い。ってか武装するなら、もっと色々とあるだろ?」

「だって桃姉が包丁は危ないって言うんだもん」

 

 確かにお鍋の蓋はドラ○エだけど、包丁はF○だもんな。混ぜるな危険。

 

「正体不明の這い寄る混沌を倒すには、フォークが一番だって読んだから」

「どこのニャ○子さんだよ!」

 

 安堵した二人とリビングへ戻ると、梅は装備を片付けた後でソファに座る。どうやら録画していたバラエティを見ている最中だったらしい。

 

「阿久津からホワイトデー預かってるぞ。姉貴にも誕生日プレゼントだって」

「ミナちゃんがっ?」

 

 座った直後で立ち上がり、室内で猛ダッシュする妹。そんな食いしんぼうに手渡した後で姉貴にも渡そうとするが、その視線は紙袋の中へ向けられていた。

 

「あらら~? ひょっとして、櫻も貰えたの?」

「ん、まあな」

「へ~。良かったじゃない」

 

 妙にニヤニヤしている顔が何かムカつく。このフォーク投げてもいいかな?

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん! 今の気分は?」

「は?」

「ちょっといい気分~♪」

「「ハイッ!」」

「やかましいわっ!」

 

 ちょっとどころか、物凄くいい気分だっての。

 ありのままを存分に解放すべく自分の部屋に戻ろうとすると、姉貴が思い出したように口を開いた。

 

「そうそう。言い忘れてたけど、今度のバイト水無月ちゃんも一緒だから」

「………………へ?」


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