俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十八日目(日) 久し振りの四人だった件

 春休みは宿題も大して出ないため、年に三回ある長期休みの中で一番ゆっくりできる。

 終業式にパッとしない通知表を受け取ってから、あっという間に約一週間が経過。火水木が花粉症で苦しんでいるため、陶芸部で何か企画されることもなかった。

 

「ポーン。多分次辺りの交差点を、左に右折かもしれません」

「曖昧過ぎてナビになってないだろ。クビだクビ」

「お兄ちゃん、かもしれない運転知らないの?」

「いや、かもしれない運転ってそういう意味じゃねーからっ!」

「それ以前に左へ右折だと、ドリフトすることになりそうだね」

 

 カーナビの真似事をする梅に、俺と阿久津から突っ込みが入る。ちなみにチラリと本物を見れば、地図情報が古いため異空間の中へと突っ込んでいた。

 ハンドルを握るのは当然姉貴で、助手席には未だに眠気の取れない俺。後ろでは新旧バスケ部の部長が話に花を咲かせていたが、どうやら話題が尽きたらしい。

 

「む~。じゃあお兄ちゃんカーナビやってよ~」

「ポーン。安全のため今すぐ車を降りて、電車に乗り換えてください」

「ちょっと、ちょっとちょっと! 今日はこれ以上ない安全運転でしょ~? 櫻カーナビは駄目。水無月ちゃんカーナビに機能切り替えっと」

「…………はあ。とりあえず助手席の男を降ろせばいいんじゃないかな」

「どんなナビだよっ?」

 

 辛辣なガイドに梅桃コンビが爆笑する。こうして四人揃うのは相当久し振りだが、今思えば男1女3の状態に慣れている理由はコイツらが原因だったか。

 

「じゃあ次は…………山手線ゲームっ!」

「イェ~イ! どんどんパフパフ~っ!」

「ボクと櫻がやるから、桃ちゃんは運転に集中してくれないかい?」

「え~? それくらい大丈夫なのに~」

「喋ってたら、前みたいにまた道間違えるぞ?」

「順番は梅から時計回りで、お題はオーストの付く国名っ! オーストラリア!」

「オーストリア共和国」

「いや他にもう無いだろそれっ?」

「はいお兄ちゃんの負け~っ!」

 

 ゲーム開始から僅か二秒で終了した。循環するから山手線の名前が付いているのに、これじゃ新幹線ゲームじゃん。

 久々に阿久津と一緒でハイテンションな妹。まあ阿久津も満更でもないらしく、割と楽しんでいるようだし良しとするか。

 

「第二回戦はギニアの付く国名っ! ギニア!」

「パプアニューギニア」

「だから二つしか無いものをお題にすんなっ!」

「はいは~い! ギニアビサウ共和国!」

「「あるのっ?」」

「ギニア…………ふむ。確かにあるみたいだね。他にも赤道ギニア共和国があるよ」

 

 スマホを取り出し音声認識で調べる阿久津。その様子をバックミラー越しに見ていたのか、姉貴が感心した声を上げる。

 

「あらら~? 水無月ちゃん、すっかり乗り物強くなっちゃった?」

「少しは強くなったけれど、下を向いたり画面を見続けていると未だに酔うかな。それに食後とか長時間の運転、後は乱暴な急ブレーキも苦手だよ」

「だとさ」

「肝に銘じておきま~す」

「梅とゲームやってれば酔わないから大丈夫!」

 

 ああ、一応コイツなりに考えてはいたんだな。

 車に乗ってはいるものの、中学生の梅は法律上バイトができない。まあ子役や新聞配達とか例外的に中学生でも可能な仕事も一応あるが、今回は当然違う。

 なら何故付いてきたのかと言えば、単純に目的地へ興味があったため。本日の行き先は見学に買い物、体験と色々できるホビーショーだった。

 

「じゃあ今度は、英語言っちゃ駄目ゲームね!」

「はいアウト」

「キミもだね」

「む~。これからだもん! よ―いスタート!」

 

 だから即自爆してるんだっての。まあこれを指摘したら「今のはノーカン!」とか新たな自爆の連鎖反応が起きそうだし、一回くらいは見逃してやるか。

 

「…………」

「………………」

「……………………」

 

 あ、このゲーム駄目なやつだ。全員が喋らなくなるやつだわ。

 開始と同時に車内が静まる中、少ししてたどたどしく梅が口を開く。

 

「お兄ちゃん……何か……喋ってよ~」

「…………どこぞの声が遅れて聞こえる腹話術師かお前は」

「仕方ないわね~。ゲームに参加してない桃姉さんが協力してあげますか」

 

 とか何とか言って、ただ単に仲間に入りたいだけだろ。

 姉貴は「う~ん」と話題を考えた後で、阿久津に話を振った。

 

「高校一年生も終わりだけど、水無月ちゃんは何が楽しかった?」

「文化祭と体育祭かな。中学とは規模が違うからね」

「屋代なら尚更よね~」

「梅も行ったけど……ミナちゃんの陶器市……凄かったよ!」

 

 体育祭は地獄の公開処刑になりかけたし、文化祭は食販の店番をさせられただけ。他のクラスへ遊びにも行かず、アキトと空き教室で駄弁っていただけだ。

 それでも夏以降は割と充実した高校生活を過ごせたとは思う。仮に思い出を聞かれたら阿久津の膝枕に夢野のハグ、それと大晦日の夜の一件か。

 

「そっかそっか。でも水無月ちゃんが相変わらずで桃姉さん安心しちゃった。その可愛さに文武両道とくれば、男子も放っておかないんじゃない?」

「!」

「あっ! 梅も気になる! ミナちゃんのモテモテ事情!」

 

 姉貴には橘先輩の一件を一切話していないのに、何故こうもピンポイントな質問が出てくるのか。

 赤信号で車が止まった後で、阿久津は隠すことなく正直に答えた。

 

「そんなにモテはしないよ。ただ自慢になるけれど、告白はされたかな」

「OKしたのっ?」

「はい、梅の負け! OKは英語で~す」

「あ……って、それどころじゃないよ桃姉っ! ビッグニュースだよっ?」

「まあまあ、焦らない焦らない。話は最後まで聞いてからよん」

 

 興奮する梅をなだめつつ、姉貴は信号が青になったのを見てアクセルを踏む。

 ゲーム中だった俺達がすっかり忘れていた中での的確な審判。阿久津の発言を聞いて真っ先に俺の反応を確認した辺りも合わせて、色々と抜かりがない。

 

「そいでそいで、どうしたのっ?」

「苦手な相手だったからね。断ったよ」

「あじゃぱ~」

「まあ水無月ちゃんなら、きっとまた告白されるわよ。男子って中学生のうちは奥手だけど、高校生になると不思議と積極的になるのよね~」

「そうなの?」

「梅も可愛いから、高校生になったらモテモテよ~」

「本当っ?」

「本当本当」

 

 確かに中学時代は付き合った奴が囃し立てられたりすることもあり、周囲の視線を気にして告白しにくい空気が自然とできていた。

 だからこそ、阿久津に愛を告げるような輩もいなかった。

 

「隣で寝た振りしてる弟も、何か浮いた話があればいいんだけどね~」

「別にしてないっての」

「夢野君のことは話してないのかい?」

「別に夢野は……そういう関係じゃないだろ」

「バレンタインに、ハート型の手作りチョコを貰ったと聞いたけれどね」

「何それ桃姉さん初耳!」

「こっち見んな。運転に集中しろ」

 

 情報流出の犯人であろう、斜め後ろにいる妹をジロリと見る。しかし当の本人は不思議そうに首を傾げると、数秒遅れて疑惑の視線だと気付き慌てて否定した。

 

「違う違うっ! 梅言ってないってば!」

「ボクが夢野君から直接聞いた話だよ」

「へ~。良かったじゃない。櫻にもようやく春到来? 桜の季節だもんね~」

「だから違うっての」

 

 ハートが割れていたことを指摘されない辺り、どうやら梅は本当に喋っていないらしい。疑った詫びに、後で追加の口止め料として黒い稲妻でも買ってやるか。

 

「あっ! 見えたっ!」

 

 そう言われんばかりのミニスカートを穿いている妹が大きな建物を指さす。阿久津みたいにボーイッシュな服の方が似合いそうだが、ファッションは姉貴譲りだ。

 

「もう駐車は大丈夫なのか?」

「平気平気~」

 

 以前乗った時には「教習所で習ってない」とか言い訳をしながら相当苦戦していたが、今回は比較的スムーズに車を止める。

 今日はここで休憩を含め九時間も拘束される訳だが、一体何をやらされるのか不安でしかない。阿久津と姉貴はそんな様子もなく、全くもっていつも通りだった。

 

「あ! 言い忘れてた! 水無月ちゃん、バレンタインありがとうね~」

「バレンタイン……? ああ、チョコのことかい?」

「そうそう。シリアルがフルーツ入りで美味しかったわ~」

「はえ? フルーツ?」

「入ってたか?」

 

 思わず梅と一緒に尋ねると、姉貴と阿久津から冷ややかな視線が返される…………あれ、また俺なんかやっちゃいました?

 

「梅はまだしも、櫻は気付かなきゃ駄目でしょ~?」

「いやいや、ちょっと待て。俺達と姉貴が貰ったチョコが同じとは限ら――――」

「同じだよ」

「…………」

 

 ねじり鉢巻きにさらし姿のオッサンから「やっちまったなぁ!」と言われそうな失態。ちゃんと味わったつもりだけど、何が入ってるかなんて意識しなくね?

 

「そいじゃ梅は色々探検してくるねっ! 面白そうな所は見つけておくから、ミナちゃんも桃姉も暇になったら連絡宜しくっ! 音速ダァッシュ!」

 

 脱兎の如く逃げる妹……ってか俺は完全に空気扱いかよ。

 二人の後をついていくと、スタッフの人を見つけ挨拶を交わす。少しすると他のバイトと共に全体で説明が行われ、制服を受け取ると更衣室へ移動した。

 

「なあ、女の子のレベル高くね?」

「だよな! それ俺も思った!」

「…………そうか?」

「これあれだろ! ナンパでワンチャンありだろ!」

「おっ? やっちゃいますかっ?」

 

 大学生っぽい三人の男が、着替えながらそんな話をする。ここは更衣室であって好意室じゃないんだが、そういう目的でバイトする人もいるんだな。

 

「で、誰が好みだよ?」

「俺は断然ショートウェーブの子だな! 天然そうな感じがグーだぜ!」

 

 ああ。その人、いきなりコントとかやり出すから止めた方がいいですよ。

 

「いやいや、ここは黒髪ロングの子だろ。あのクールな雰囲気とか最高じゃん!」

 

 ああ。そいつ、ナンパしたらメンタルボロボロにされますよ。

 

「…………ヨンヨンが一番だし」

 

 ですよね。よくわかってらっしゃる。

 集まった男のバイトは年上が多く、仲良くなれそうな相手もいない。俺は一人で淡々と着替えを済ますと、指示された設営の手伝いをしに向かうのだった。


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