俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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六日目(日) 愉快な仲間達の私服が個性豊かだった件

 どうしてこうなった。

 今の状況を一言で例えるなら、それが一番的確だろう。

 

「アスレチック行く人、この指止ーまれ♪」

 

 透き通った声と共に上がる綺麗な人差し指。

 ブランコで遊んでいた子供達が、我先にと少女の指先へ集まる。別に心は歪んでいない(と思う)が、その光景は何となく餌に集るピラニアを彷彿とさせた。

 

「おねーちゃん、はやくはやく!」

 

 幼女に服の裾を引っ張られているのは、阿久津でも冬雪でも梅でもない。まあ冬雪がこんな風にキャラ崩壊したら、それはそれでどうしてこうなったって思うけど。

 改めて確認をしておこう。

 何を隠そう俺が筍幼稚園のボランティアを引き受けた理由は、夢野蕾に繋がる記憶の手掛かりを探すために他ならない。

 

「はいはーい。慌てない、慌てない。~♪」

 

 しかし今、その張本人は俺の目と鼻の先にいた。それも昨日のワンピース姿とは対称的な、長袖シャツに七分丈のズボンと随分ラフな格好で。

 十数人の子供を連れて、鼻歌交じりにアスレチックへ移動していく少女。その姿はさながらハーメルンの笛吹きで、危うく俺まで後に続いてしまうところだ。

 とりあえず話を遡れば、事件が起きたのは一時間程前になる。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「はよざ~っすミナちゃん!」

「おはよう梅君。連行、御苦労だったね」

「俺は囚人かよ」

 

 天気は快晴。雲一つない空で太陽が光るが、いよいよ秋らしく程良い気温だ。

 この時期の朝は特に布団が気持ちいい。しかし俺は理不尽にも母という強大な力によって、目覚ましが鳴る一時間も前に叩き起こされた。

 のんびりと準備してから筋肉痛でボロボロな身体を引きずり、待ち合わせ場所である新黒谷駅の東口に着いたのは何と集合予定時刻の十五分前である。

 

「いくら何でも早すぎだろ。お前の基準は何分前行動だ?」

「ケースバイケースかな。まあ今回は計算が少しばかりズレてね」

「計算? ふああ……いずれにせよ900秒の安眠が恋しいな」

「参加者の中にはボクの知らない、キミのクラスメイトもいるんだろう? いくら音穏も来るとはいえ、家が近いキミが早く来るべきじゃないかい?」

「世の中には家が近い奴ほど遅く来て、遠い奴ほど早く来る法則があるんだよ。俺はその考えを相対性理論ならぬ、早遠性理論と名付けてるけどな」

「とりあえずアインシュタインに謝っておくことを奨めるね」

 

 相変わらずファッション雑誌のボーイッシュ特集に載っていそうな少女は、棒付き飴を咥えつつ腕を組んだまま溜息を吐いた。

 そんな阿久津の裏に回った梅は、脚線美を眺めるように座り込んでいる。妙に静かだと思っていたら、何を思ったのか指でふくらはぎを突っついた。

 

「とにかくキミひゃあぅっ?」

「え?」

 

 普段の阿久津からは絶対に発せられない、実に女の子らしい声が出る。

 ピクピクと震えながら後輩を睨む先々代部長だが、当の本人は物凄いドヤ顔。そりゃもう悪戯が大好きな小悪魔みたいに、してやったりという顔をしていた。

 

「うっしっし~。さてはミナちゃんも筋肉痛ですな~?」

「せ、先輩をおちょくるとは良い度胸じゃないか…………っ!」

 

 計算がズレたって、筋肉痛が原因だった訳か。

 伸びてきた阿久津の腕をひらりと華麗に避けた梅は、身軽に数歩ステップを踏んだ後で痛みを堪えぎこちない動きの幼馴染に対し勝ち誇る。

 しかし妹よ、お前は一つ勘違いをしているぞ。

 

「ふふんっ! 捕まえられるなら――――」

「部長になって初の練習試合が、随分と不安だったらしいじゃないか」

「はぇっ? そ、そんなことないもん」

 

 運動力なんて、阿久津水無月という大魔王にとってはメラみたいなもの。これから始まるのが真の攻撃……もとい精神的口撃である。

 

「何でも前日には櫻の部屋に行ったとか」

「ぐうっ!」

「え? 何でもうダメージ受けてるのお前?」

「自ら落ち込んでいることを話して、励まして貰ったと聞いたけれどね」

「ぎゃ~っ! …………がはっ!」

「ちょっと待てぃっ! そこまで大ダメージなのかよっ?」

「当然だろう? 駄目な兄に頼った過去なんて、最大の汚点に違いない」

 

 できればもう少しオブラートに包んでほしい。

 どうやら全体攻撃だったらしく俺まで思わぬ被害を受ける中で、丁度駅の階段を下りてくる知り合い達の姿が目に入った。

 

「……おは」

「おう。一緒だったんだな」

「……さっきホームで会った」

 

 ショートパンツとニーハイソックスの間に輝く肌色が眩しい冬雪。絶対領域の破壊力に胸を撃ち抜かれつつ、視線をそのまま左へとスライドさせる。

 そこには薄地のパーカーを着た葵の姿。悪いがどう見ても女友達にしか見えない。

 

「お、おはよう櫻君」

「おっす。わざわざサンキューな葵」

「ううん、僕も楽しみだったから」

「楽しみなのは相生氏だけじゃない件。おっすおっす米倉氏」

「え? すいません、どちら様ですか?」

「ちょまっ!」

 

 そして薄々わかってはいたが、お約束を守るこのガラオタは流石である。

 一応アキトなりに手を尽くしたのか、隣を歩けるレベルになっただけマシだろう。前に買い物へ付き合わされた時は酷過ぎて、少し距離を置いて歩いたからな。

 

「とりあえず自己紹介は全員揃った後、幼稚園に向かいながらにしようかと思ったんだが……葵、お前の友達ってのは一緒じゃないのか?」

「あ、うん。地元だから直接来るって言ってたけど…………あ!」

 

 キョロキョロした後で、見つけた葵が手を振る。

 その視線の先にいたのは俺も知っている、昨日出会ったばかりの相手だった。

 思わず自分の目を疑う。

 

「おはようございます」

「おはよう夢野さん」

 

 次に自分の耳を疑った。

 ショートポニーに髪を結んだ少女は、葵と挨拶を交わした後で俺と目を合わせる。そして昨日とは違い、彼女は驚いた様子も見せずニッコリ微笑みかけてきた。

 だからこそ、最後は仲間を疑う。

 

(おい相生葵……おいあいおいあおい。これは一体どういうことだ?)

(えっ? ぼ、僕言ってなかった?)

(知らんがなっ!)

(ご、ごめん。夢野さんには昨晩、明日は櫻君もいるって伝えてたんだけど……)

 

 両手を前に重ね詫びる葵へ、少し考えてから気にするなと軽く応える。

 実際のところ、そんなに大問題かと聞かれればそんなことはない。ただ俺が彼女の意図とキャラを未だに掴めず、どう接すればいいのかわからないだけだ。

 無意識に溜息を吐きつつ、集合時刻五分前の時計を見た後で全員に声を掛けた。

 

「じゃあとりあえず行くから、ついてきてくれ」

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 ナナ……それは一桁における最大の素数。

 世の中にはラッキーセブンなんて言葉もあるが、実際のところこの7という数は実に扱いにくい。2でも3でも割れない上に、倍数の見切りさえ判断がつきにくい始末だ。

 何が言いたいのかといえば、今の俺達は合計7人。それが列をなして歩く場合、均等に分けようとすると確実に溢れる人間が出てくる。

 さてここで、各々のコミュ力チェックといこう。

 

 米倉櫻……◎ ただし全員が顔見知りのため。

 米倉梅……◎ 誰彼構わず話しかけ、兄の調査と秘密を暴露する妹。

 相生葵……○ 一般人。至って普通の一般人。

 阿久津水無月……○ 遠慮なく物言うため△寄りかもしれない。

 冬雪音穏……△ ご存じ無口キャラ。子供は好きらしいが大丈夫なのか?

 火水木明釷……△ 初見組は多分ドン引きコース。冬雪はいけそう。

 夢野蕾……? 全てが未知数。とりあえず葵へパスすべきか。

 

 問題。ここから導き出される最良の組み合わせを答えよ(5点)

 梅が行くと口にした時点から予想できたこの難問。ちなみに梅抜きの場合なら俺&アキト、冬雪&阿久津、葵&音楽部友人というペアを想定していた。

 どのペアにも梅は入りにくそうだが、どうやら案ずるより産むが易かったらしい。

 

「……何クラスある?」

「俺達の頃は、年中と年長がそれぞれ二クラスずつだったかな」

「……じゃあ私の幼稚園と同じ」

 

 道案内を兼ねて先頭を歩くのは、俺&冬雪のチーム・ヨネオン。

 何故この組み合わせかといえば、単純に歩行速度が一番の要因だったりする。ひょっとすると彼女は楽しみが故に、自然と早足になっているのかもしれない。

 

「イエスロリータ、ノータッチ…………イエスロリータ、ノータッチ…………」

「今のうちに通報しておくか?」

「ちょま! 米倉氏、さっきから扱いが酷いお!」

「だ、大丈夫かな…………あ、歩きスマホは駄目だよ?」

 

 後に続くはアキト&葵のチーム・昼飯の集い。

 まあ正確には時々俺も介入するため、前四人はC―3の面々が固まった形だ。

 

「はいは~い! 妹さんがバスケ部ってことは、蕾さんもバスケ部だったの?」

「ううん、私は中学も高校も音楽部」

「音楽部と言えば、顧問はボクのクラスのタカミーかい?」

「はい。高宮先生ですけど、それじゃあ水無月さんはF―4なんですか?」

「そうだけれど、夢野君は何ハウスなんだい?」

「私もFハウスです! F―2です」

「驚いたね。ボクのクラスの向かいかい?」

「も~ミナちゃん、屋代トークは梅がついていけないよ~」

「悔しかったら来年、梅君も屋代を受験すればいい。それで夢野君――――」

「あ~っ! 絶対さっきの突っつき恨んでる~っ!」

 

 一番後ろを飾るのは梅&阿久津&夢野蕾のチーム・女子会カッコカリ。

 上手い具合に共通点のあった三人が、初対面と思えない程に会話を楽しんでいる。正確には昨日の時点で阿久津は彼女を見ているし、彼女も梅を見ていた訳だが。

 

「あ、梅ちゃん。忘れないうちに言っておくけど、スカートは気を付けてね」

「はえ? スカート?」

「うん。たまに悪戯っ子が、捲ってきたりするから」

「だとよアキト。聞こえたか?」

「ブッフォッ! 何故拙者に振ったしっ?」

「その一、耳を傾けて興味津々に聞いてる時点で心配。その二、目線くださいとか言って撮影に走らないか心配。その三、大きな悪戯っ子にならないか心配」

「テラヒドスッ!」

「お、落ち着いてよアキト君。本当にそう思ってるなら呼んだりしないよ」

 

 悪いな葵、俺は八割方疑ってるぞ。

 

「蕾さん、色々と詳しい~」

「うん、こういうボランティアは、色々な所に何回か行ってるから。筍幼稚園の休日ふれあいの会も前に行ったけど、久し振りだから楽しみで」

 

 流石は保育士志望、経験者がいると色々心強いな。

 こんな感じで2―2―3、時折4―3に分かれ話していると筍幼稚園に到着した。

 

「うわ~、懐かし~。こんなんだったっけ?」

「ここへ来るのも、大体十年振りかな」

「あ、新しい木が植えられてる」

 

 元筍幼稚園生である三人が思い出に耽る。一応俺もその一人なんだが、自分が本当にここで過ごしたのかと疑うほど記憶がない。

 

『…………?』

 

 既に登園済みらしき何人かの子供達が、不思議そうな眼で俺達を見ていた。

 そんな少年少女を見た梅が、キラキラ目を輝かせる。

 

「見て見てお兄ちゃん! 可愛い~」

「はしゃぎ過ぎだ。少しは落ち着け」

「子供いいな~。お兄ちゃん、子供欲しいっ!」

「近親相姦キタコレ」

「黙れガラオタ。それと梅、そういう表現は誤解を招くから今日は絶対に言うな」

「そ、それで櫻君、どうするの?」

「いや、俺に言われてもな…………どうすりゃいいんだ?」

「とりあえず挨拶だろう。あの人じゃないかい?」

 

 園庭にいた一人の男性教諭が、こちらに気付くと駆け寄ってくる。

 

「「「「おはようございます」」」」

 

 すかさず挨拶をしたのは常識人四名。誰かは言わずとも察して貰いつつ、俺を含めた残り三人もワンテンポ遅れてから頭を下げた。

 いかにも体育会系な、ガタイが良く背の高い男性教諭は笑顔で挨拶を返す。

 

「やあ、おはよう。君達が伊東の紹介してくれた愉快な仲間達かな?」

「はい。本日は宜しくお願い致します」

 

 筍幼稚園と伊東先生の両方を把握している阿久津が礼儀正しく答えた。やはり優等生だけあって、こういう時は本当に頼りになる。

 …………ってか愉快な仲間達って、一体どういう紹介したんだよあの人。

 

「じゃあ簡単に今日の説明を…………あれ?」

 

 ポケットから取り出した紙を見るなり、男性教諭は不思議そうな表情を浮かべる。そして何度か俺達と視線を往復させた後で、困ったように首を傾げた。

 

「どうかしたんですか?」

「いや……男子三人に女子四人って聞いたけど、メンバーが変わったのかな?」

 

 わかりますよ先生、初対面なら九割がそう答えます。

 事情を察した俺とアキトが、黙って葵の肩へそっと手を置いた。

 

「あ、あの…………僕、男です」

「えぇっ? 相生さんって男だったのっ?」

 

 お前も気付いてなかったんかい!


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