俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十二日目(金) 僕が幸せだった話と俺が不幸だった件

 ◆

 

「葵君、ダーツやってみない?」

「う、うん!」

 

 ダーツなんて投げるだけと思ってたけど、的の付いた機械を操作すると英語だらけ何が何やら。とりあえず何種類か遊び方があるみたいだ。

 傍らに置かれていたプレイブックと夢野さんと一緒に睨めっこしつつ、当てた点数が加算されていくだけの一番シンプルそうなゲームを選択する。

 

「えいっ!」

 

 バッティングの時も良かったけど、矢を投げる夢野さんも可愛い。

 お互いに三本ずつ投げて、刺さった矢を抜いたらボタンを押して交代。二人とも素人だから四方八方に飛んでいくし、枠外に当たることも多かった。

 

「あ、あの外側の細い所は二倍で、内側は三倍の点数みたいだね」

「真ん中って何点なのかな? 葵君、当てて当てて」

「えぇっ?」

 

 そう言われても、簡単には当たらない。

 得点もどんぐりの背比べで、割と白熱した勝負になってきた。

 

「あー、葵君ずるーい」

「い、今のはセーフだから」

 

 投げた矢が外れたものの、何故か失敗にはカウントされず。冗談半分で茶化す夢野さんに、照れ笑いしつつ応える。

 アキト君に無理言って参加させてもらったけど、来て本当に良かった。

 

「あー、またー?」

「セ、セーフセーフ」

 

 機械が古いのか何度かズルい判定があったけど、逆に一回投げただけで二度判定されるなんてハプニングもあったからおあいこだよね。

 点数的には僕が負けてるけど、何とかいいところを見せたいなと思った時だった。

 

『ズキューン!』

 

「やたっ!」

「わっ! 凄い!」

 

 三本目に投げた矢が、見事真ん中に命中する。

 思わず両手を上げると、一緒に喜んでくれていた夢野さんとそのままハイタッチ。一瞬……ほんの一瞬ではあるけど、僕の手が柔らかい掌と重なった。

 

「こ、これで逆転だね」

「うん、負けないよ」

 

 てっきり100点かと思ったけど、入った得点は50点。そうなると一番得点が高いのは真ん中じゃなくて、20点が三倍になる内側の細い所なのかな?

 その後も抜いて抜かれてを繰り返してると、ラウンドを告げる音が少し変わった。

 

「さ、最後のラウンドみたいだね」

「よーし」

 

 気合を入れる夢野さんだけど、力み過ぎたのか第一投は枠外に当たって弾かれる。ただ先程の僕同様に、失敗のコールは鳴らなかった。

 

「セーフなんだよね?」

「うん!」

 

 子供みたいに無邪気な笑みを浮かべる夢野さんに釣られて笑う。

 改めて投げると、最初の二回は7点に5点といまいちな点数。ただ最後の一投は、一番点数が高いとされていた60点に見事命中して差を広げられた。

 

「やった!」

「ま、まだわからないよ!」

 

 得点差は81点。追いつくのは少し難しいけど充分届く点数だ。

 

『ヒュン』

 

 取ったのは9点の二倍ゾーン。これで残りは63点差。

 

『ヒュン』

 

 今度は普通の14点。これで点差は49点になったから、真ん中を取るか17点以上の三倍ゾーンに当たったら僕の逆転勝ちだ。

 

「葵君、頑張って!」

 

 大きく息を吐いて集中する。

 慎重に投げた最後の一投。ゆるやかな弧を描いて飛んだ矢は、中心付近に突き刺さった……が、あくまで付近であり刺さった場所は1点。僕の負けだった。

 

「く、悔しいなあ」

「ふふ。私の勝ちだね」

 

 勝てなかったのは残念だけど、夢野さんが嬉しそうだし負けて良かったかな。

 何だかハシャギ過ぎたせいか、少し喉が渇いてきた。辺りを見回してみるけど、自販機は上の階にしかないのか見当たらない。

 

「どうしたの葵君?」

「ぼ、僕も何か飲み物を買ってこようかなって」

「私のお茶で良かったら飲む?」

「えっ? い、いいの?」

「はい、どうぞ」

 

 夢野さんからお茶のペットボトルを手渡されるけど、その口は既に開いてる。

 …………ひょっとしなくてもこれって、間接キスだよね?

 少しドキドキしながら、僕は貰ったお茶に口を付けた。

 

 ◆

 

 

 

 

 

「…………なあテツ」

「何スか?」

「どうすりゃお前らみたいに滑れるんだ?」

 

 ビリヤードを終えた後は四階に移動。受付をしていた時から気になっていたが、この階にはスケートリンクのような楕円形の広い空間があった。

 一体何をする場所なのかテツに聞いた結果、俺は今その身をもって体験している。両肘と膝にサポーター、頭にヘルメット、そして足にはローラースケートを付けて。

 

「ネック先輩はこういう諺があるのを知ってるッスか?」

「ん?」

「スケートはパンツのもと」

「お前の脳内辞書はどうなってるんだよ?」

「団地妻とか、こけしとか、マジックミラーとか、尺八とか、カルピスとか、菊とか、マグナムとか、エロくないけどエロそうな言葉が詰まってるッス」

 

 まあ失敗は成功のもととかいう根性論を言われても困る訳だが、だからと言ってスケートをスカートに変えても通じそうな諺にはもっと意味がない。

 確かにスケートつったら、男が滑れない女子のエスコートをするのが定番。うっかり転んでパンツが見えそうな恰好をしているのは火水木だが、これがまた上手いのなんの。

 

「誰だって昔は下手な筈だろ? 上手くなったコツとかないのか?」

「そうッスね……小学生の頃、担任の先生に『人の嫌がる事を率先してできるような人間になりなさい』って言われたんスよ」

「ふむ」

「だから休み時間に率先して女の子のスカートを捲ったら上手くなったッス」

「オーケーわかった。スカート・イズ・ノット・スケート。アンダスタン?」

「パーツン?」

「パードゥンまでパンツになりかけてるじゃねーかっ! パンツじゃなくてコツだっての!」

「いやコツって言われても、慣れとしか言えないッスよ」

 

 ヘルメットもサポーターも付けていない後輩は、軽く答えながら軽快に滑り去っていく。先程から火水木と二人で、楕円を描きつつ気持ち良さそうに風となっていた。

 その一方でローラースケート初挑戦の俺は三輪車並みのスピード。火水木のアドバイスに従い前傾姿勢になっているものの、一向に加速する気配はない。

 

「腰の曲がり具合が『人類の進化』って感じに見えるわね」

「誰がアウストラロピテクスだ」

「どっちかって言うと、バイオハザードのゾンビっぽくないッスか?」

「くそっ! うおっとっと?」

 

 見よう見まねで足を動かすと、すぐ転びそうになる。何とか転倒することは避けつつ端へ移動すると、境界の枠を手摺り代わりにして態勢を立て直した。

 

『クイッ、クイッ』

 

「ん?」

 

 何かと思えば、服の裾をチョイと摘んだ冬雪が上目遣いでこちらを見ている。本来なら可愛いであろうその仕草も、俺同様にフルアーマー装備中だと魅力は半減だ。

 

「……仲間」

 

 ビリヤードでは大活躍を見せた冬雪だが、ローラースケートでは通常運転。俺と一緒で蝶になれず青虫状態だが、その優しさが地味に嬉しい。

 差し出された手をがっちりと握手。そのまま「ナカーマ」と応えるつもりだった。

 

『ツルッ』

 

「……っ」

「ふぉあっ?」

 

 握手だけでバランスを崩した少女が、足を滑らせ後方へ倒れる。

 為すがまま引っ張られた俺は、冬雪へ覆いかぶさるような形になってしまった。

 

「だ、大丈夫か?」

「……大丈夫」

「あーっ! ネック先輩、何どさくさに紛れてユッキー先輩を押し倒してるんスかっ?」

 

 ヘルメット様々であると一安心していたら、脳内ピンクな後輩がアホな発言をかます。確かに構図的にはそう見えなくもないが、こんなフルアーマーカップルがいてたまるか。

 ただ少女の小さな身体は柔らかく、触れ合っていて悪い気はしない。

 

 

 

『…………まずは離してくれないかい?』

 

 

 

 数ヶ月前の苦い思い出が蘇る。

 あの時の阿久津は、きっとこんな視点だったんだろうな。

 

「壁ドンならぬ床ドンね」

「ったく、好き放題いいやがって」

 

 足にローラーが付いているだけで、起き上がるのも一苦労。うっかり冬雪に真空飛び膝蹴りを喰らわせないよう、慎重に身体を起こしていく。

 そしてようやく立ち上がり、一息吐いた俺は顔を上げてから硬直した。

 

「…………」

 

 明らかに敵意を示す冷酷な視線。

 吹き抜けになっている上の階から、阿久津と早乙女がこちらを見ていた。

 

「星華、ドン引きでぃす」

 

 そんな声が聞こえたが、勘違いしているであろう早乙女はどうでもいい。

 阿久津は事情を察しているとは思うが、特に何も言わず去っていく。何だかまた少し距離が開いた気がした俺は、深々と溜息を吐くのだった。


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