俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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二十日目(土) 超えてはいけないラインだった件

「そういやあれ、また新作が出たんだな」

 

 夢野と談笑していた俺が指さしたのは向かいにある電気店。その店頭で目玉商品として売りに出されているのは、掌に収まるサイズの小型育成ゲームだった。

 

「うん。あのシリーズも長いよね」

 

 初代の『わんこっち』と『にゃんこっち』は俺達が小学生の頃に一大ブームを起こし、あまりの人気っぷりから恐竜を育てる『ジュラっち』のようなパクリ商品も大量に生まれたくらいだった。

 中学の頃には『帰ってきたわんにゃんプラス』なんて形で復活を遂げたが、流石に人気は下降気味。今回の新作もスマホでの育成ゲームが主流となった今では微妙そうだ。

 

「うちは梅の奴がハマってたっけ」

「犬種は何に育ったの?」

「え? あ、ああ。初めてやった時はゴールデン・レトリバーだったけど……」

 

 ゲーム内での設定は賢さと忠誠心を兼ね揃えた、主人公格的な犬種だったりする。兄妹三人で手厚く面倒を見たこともあって、結構長生きしたんだよな。

 

「どうかしたの?」

「いや、よく持ってたのがわんこっちの方だってわかったなって」

「米倉君の考えてることなら、何だってわかるよ」

「っ」

 

 どうして女子は、こうも簡単にドキっとさせることを言うんだろう。

 夢野の言葉に何と答えて良いか困っていると、少女は笑顔を見せつつ言葉を足した。

 

「なんてね。だって米倉君は犬の方が好きなんでしょ?」

「ま、まあどちらかと言えば、だけどな」

「それで梅ちゃんは猫好きと……桃さんは?」

「んー、姉貴も梅と同じで猫好きだった気がするな」

「ふーん。そうなんだー」

 

 何故か嬉しそうな様子で応える夢野。個人的には犬猫には大して興味もなく、犬種とは言うが猫種とは言わない理由が気になる程度でしかなかったりする。

 プレゼントにどうかとも考えたが、値段を見て即断念。そもそもアイツには既にアルカスというペットがいる訳だし、こんな玩具は不要だろう。

 

「さて、そろそろ行くか?」

「うん」

 

 飲み終えた缶をゴミ箱へ捨てつつ尋ねると、少女は立ち上がり胸をアピールするように大きく背筋を伸ばす。本当、わざとやってたりしないよな?

 再び並んでショッピングモールを歩くこと数分、ふと天啓が舞い降りた。

 

「…………シュシュ……」

「シュシュがどうかしたの?」

「いや、プレゼントにどうかなって。ほら、アイツって運動する時に髪縛るだろ?」

「そういえば……見に行ってみよっか」

 

 普段髪を縛っている少女からの贈り物としては、中々のベストチョイスだろう。

 思い立ったが吉日と、早速洋服屋へ向かう夢野。さっき寄った100均でも売られていたが、女性物の髪飾りである以上余計な口出しはせず黙って後へ続いた。

 

「米倉君はどれが良いと思う?」

「いや、そう言われてもな……」

 

 壁に掛けられた多種多様なシュシュを前にそんなことを聞かれるが、髪を縛る機会なんて一切ない俺にはシュシュの善し悪しなんてわからず迷ってしまう。

 

「夢野ならどれを貰ったら喜ぶんだ?」

「え? 私? うーん、私は別に何でも嬉しいよ?」

「阿久津も同じで、夢野が似合うって思った物なら何でも良いと思うぞ」

「うん。私もそう思う。だから米倉君に選んで貰ってるの」

「ん? どういうことだ?」

「だってこれは私からじゃなくて、米倉君が水無月さんに贈るプレゼントだもん」

「…………はい?」

 

 思わず驚き聞き返す。

 すると夢野は呆然とする俺の唇に、人差し指をそっとあてがった。

 

「今日買いにきたのは、米倉君と水無月さんが仲直りするためのプレゼント。こうでもしなかったら米倉君、水無月さんの誕生日に何もしなかったでしょ?」

 

 そんなこと言われてもアイツだって、俺の誕生日には一言祝っただけである。まあその一カ月後のホワイトデーに、思わぬプレゼントは貰ったけどさ。

 俺の目を見てYESと判断したらしい少女は、ゆっくりと唇から指を離した。

 

「誕生日なんて年に一度しかないんだから、ちゃんとお祝いしてあげなくちゃ駄目だよ? 水無月さんも米倉君のプレゼントを待ってると思うし、それに……」

「それに?」

「…………私、水無月さんとは対等でいたいから」

「?」

「ううん、何でもない。それで、どれにするの?」

「改めてそう言われると、シュシュでいいのか悩むな」

「私は良いと思うよ? それともさっきの『私が主役です』のタスキにする?」

「すいませんでしたっ!」

 

 冗談半分で提案してくる夢野。自分が言い出した物ではあるが、仮にアレを渡したら仲直りどころか皮肉の一つでも言われること間違いなしだろう。

 少し考えた後で、シンプルなデザインの白いシュシュを手に取る。普段触れることのない肌触りを感じた後で、確認を取るべく夢野に差し出した。

 

「これとかは?」

「うん、良いかも!」

「本当に大丈夫か? センスがないとか馬鹿にされそうで怖いんだが……」

「そんなことないよ。考えて用意してくれたプレゼントなら、何でも喜んで受け取ってくれるんでしょ? 仮に言われたとしたら、それは照れ隠し」

「照れ隠し? あの阿久津が?」

「米倉君って、水無月さんのこと知ってるようで知らないんだね」

 

 知ってるなんて言った覚えは一切ないんだけどな。

 だからこそ今回の買い物も俺を呼ぶ意味はあるのか疑問だったが、夢野の目的が俺のプレゼント探しに手伝ってくれるということだったなら納得だ。

 選んだシュシュを店員さんに包んでもらい、店を出た後で少女に尋ねる。

 

「じゃあ次こそ夢野のプレゼント探しか?」

「ううん。私はちゃんと用意してるから大丈夫」

「何を用意したんだ?」

「見たい?」

 

 物凄くウキウキしながら俺を見る夢野。それこそ仮に彼女が犬だったら、耳なり尻尾を激しく振っていたこと間違いなしのレベルである。

 梅が相手なら「別に」の一言で済ますところだが、これだけ見てほしいオーラを出されたらNOとは言えない。眺めていて微笑ましくなる少女へ、俺は素直に答えた。

 

「ああ、見たいな」

「ちょっと待ってね…………じゃーん♪ 手作りアルカスー」

「おおっ!」

 

 手作りアルカスと聞いて錬金術的な想像をしてしまったが、πスラッシュの原因となっている肩掛けカバンから取り出されたのは可愛い白猫のぬいぐるみだった。

 

「凄いな! このぬいぐるみ、作ったのか?」

「ぬいぐるみじゃなくて編みぐるみだけどね。私はアルカス君を見たことなかったから、梅ちゃんに貰った写真を参考に作ってみたんだけど、上手にできてるかな?」

「ああ。上手い上手い」

 

 心なしか可愛さが5割増しになっている気もするが、梅や阿久津から見たらきっとこんな感じなんだろう。顔なんて、もっとふてぶてしくても良いと思うけどな。

 俺の携帯についているアイロンビーズの手作りストラップもそうだが、夢野のプレゼントは本当に心が籠っているのが伝わってくる。

 

「こういうのって作るの大変だろ?」

「ううん。私が好きでやってることだから。それに陶芸よりは簡単かな」

「いやいや、陶芸も慣れれば簡単だぞ?」

「先輩! 慣れるまでが難しいです!」

 

 こんな調子でくだらない雑談をしながら、目的の買い物が終わった後も俺達は店内を適当にぶらついた。この前のカラオケの話や陶芸部での出来事、お互いの妹についてなど色々話したと思う。

 正直、楽しかった。

 いや、それだけじゃない。

 …………この感じは、何と言うべきだろう。

 上手く表現することはできないが、夢野といると凄く落ち着ける気がした。

 

「そういえば米倉君、私へのお願い事は?」

「ん? あー、そういや忘れてたな」

 

 帰りの電車から降りた後、別れ際になってふと尋ねられた質問。若干お腹が空いていたこともあってか、パッと脳内に思い浮かんだワードを口にしかける。

 

「じゃあ手作りの…………」

「手作りの?」

「…………いや、やっぱ何でもない。今度までに考えとくわ」

「うん。それじゃまたね」

「ああ。じゃあな」

 

 …………手作り弁当が食べたいってのは、流石に超えちゃいけないラインだよな。


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