俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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二十二日目(月) 相生の相合傘だった件

「何か雨降ってきそうだし、悪いけどアタシ達先に帰るわね」

「お疲れッス」

「おう」

 

 冬雪は部長会で夢野は音楽部。阿久津は珍しく部活を休んだため早乙女も早々に帰り、オセロで戯れていた火水木とテツも雨が降る前にと帰っていった。

 窓の外を確認した俺は成形を再開し、残っている粘土で湯呑を作り始める。陶芸は準備と片付けが割と面倒なので、できることなら中断はしたくない。

 

「おや、米倉クンだけとは珍しいですねえ」

 

 入れ違いになる形でやってきた伊東先生が、欠伸をしながら黒板前の椅子に座る。

 こうして先生と二人になるのは、体育祭の前日以来かもしれない。あの時は確か謎のラブレターの差し出し人が誰なのかワクワクしてたんだっけな。

 

「最近頑張っていますねえ」

「まあ、陶芸の面白さが少し分かってきた感じです」

「と言いますと?」

「家に持ち帰った陶器を家族が使ってくれるんですよ。まあ重いって言われたり、高台が小さいせいで盛り付けるとすぐ倒れかけたりするんですけど」

「成程。それは嬉しいですねえ」

 

 今もこうして湯呑を成形しているのは、俺が自分の湯呑で茶を飲んでいたら「梅も世界に一つだけのマイ湯呑が欲しい」とリクエストを受けたからに他ならない。

 屋代に入学すれば作れるぞと返したら、本人も満更でもない様子。夢野の妹は頭が良いらしいが、ウチの妹は自分のアホさ加減すらわかっていないアホである。

 

「米倉君の家族が羨ましい限りです。先生なんてゴールデンウィークに実家へ帰ったら、結婚しろと言われてばかりでして」

「大変そうですね」

「兄妹も従兄弟も全員結婚しているせいで、先生に矛先が向くんですよねえ。まあそういう時は先生、姪っ子の遊び相手を受け持ちつつ逃げちゃいます」

「姪っ子って何歳くらいなんですか?」

「5歳ですねえ。この前はお医者さんごっこをして遊んであげました」

「何か犯罪臭がするんですけど……」

「姪っ子が執刀医で、先生がメスを渡す人です」

「手術だったっ!」

「ちなみに患者さんはア○パンマンでしたねえ。中にあんこを入れてあげました」

「製造工程っ?」

 

 恐らくはぬいぐるみ相手だろうが、言葉だけで想像したら物凄い光景である。もし姉貴が結婚して子供を産んだら、叔父になった俺も同じようなことをするんだろうか。

 そういえば阿久津が今年の正月、従兄弟の子供を面倒見てたっけな……うん、仮にあの少年がお医者さんごっこをやりたいって言ったら、間違いなく阿久津が医者役をやりそうだ。

 

「そういえば、冬雪クンが心配していましたよ」

「冬雪が? いきなり俺が真面目に陶芸をやり始めたからですか?」

「いえ、阿久津クンとの仲の方ですねえ」

「ああ、そっちですか」

 

 大型作品を制作しながらも、何だかんだ気にかけていてくれたらしい。そうした心配が積もりに積もった結果、この前みたいな行動に至ったのだろう。

 相変わらず阿久津とは大して言葉を交わしていない。ただ以前のように挨拶だけということはなく、少しずつではあるが関係は改善されつつある……と思う。

 

「テスト期間に陶芸室へ来なかったのは火水木クンも気に掛けていましたねえ。先生は準備室で作業していましたが、米倉クンの噂話には聞き耳を立てておきましたよ」

「いやいや、聞き耳立てたって準備室にいたら聞こえませんよね?」

「そうですねえ。火水木クンの声以外は正直あんまり聞こえませんでした」

「あー」

 

 思わず納得してしまった。アイツの声はデカイし良く通るからな。

 

「何でもお姉さんが美人だそうで」

「奇人の聞き間違いだと思います」

「おや? そうでしたか。残念ですねえ」

「そうなんです。中身がちょっと残念で……ってか聞き耳立てたのそこだけですか?」

「いえいえ、ちゃんと米倉クンの話も聞いていましたよ。何でも数学の解説が相当わかりやすかったようで、後輩達に絶賛していましたねえ」

 

 そういや前回テスト勉強をしていた時に、火水木が悩んでいた問題を教えたことがある。あれは単に火水木の理解度が高かっただけだと思うんだけどな。

 

「その話をしていた時は先生、お手洗いの帰りだったので廊下で聞いていました。米倉クンの説明が分かりやすいことに関しては、阿久津クンも肯定していましたよ」

「阿久津が?」

「はい。それこそ教員なんて向いているんじゃないかと言ってましたねえ」

 

 前に○と△の同時書きを説明した時には分かりにくいと一蹴された覚えがあるが、まああれは勉強と違って感覚的なものだし説明のしようがないから仕方ないか。

 仮に就くことができれば、安定と言われている公務員。過去にも何度か考えたことのある職業だが、伊東先生を見ていると割とありな気がしないでもない。

 

「米倉クンが教師になったら、先生と一緒に仕事をするかもしれませんねえ」

「それ、確率的には相当低いですよね?」

「世の中何があるかわかりませんし、学生である米倉クン達には無限の可能性があります。先生は授業をする時、この中から将来有名人が生まれるかもと思っていますよ」

「まあ、確かに可能性は0じゃないですけど……」

「だから仮に米倉クンが偉い人になってインタビューされた時には『今の自分がいるのは伊東先生のお陰です』と言ってください」

 

 …………伊東先生から教わったことって何かあったっけな。

 有名人になることはないだろうが、教員という仕事には興味がある。仮に教えるなら遠慮のない子供より、多少なり気遣ってくれる中学生か高校生の方が良さそうだ。

 

「おや、降ってきちゃいましたねえ」

 

 伊東先生がそう呟いたのを耳にして窓の外を眺めると、静かに雨が降り出している。まあ折りたたみ傘を持ってきているし、とりあえずは問題ない。

 成形も一段落ついたので、教師についての話を聞きつつ片付けを始める。別れ際に伊東先生から貰った大きなポリ袋で鞄を包み陶芸室を出ると、降っていた雨は少し強くなってきていた。

 駐輪場へ向かった後で、先日親に買って貰った傘スタンドに折り畳み傘を固定。これさえあれば合羽要らずという割には、予想以上に防御力低くて役に立っていなかったりする。

 

「…………ん?」

 

 自転車に跨りいつも通り校門を抜けようとしたところで、見知った顔を見かけた気がしてブレーキ。ビニール傘を差した男をまじまじと眺めて確認しつつ声を掛けた。

 

「…………アキト?」

「ふぉ? ちょまっ! しー、しー」

 

 俺を見るなり慌てて静かにするようジェスチャーするアキト。一体どうしたのかと不思議に思いつつ、手招きするガラオタに従い自転車から降りる。

 

「何してるんだ?」

「現在尾行中でござる」

「尾行? 誰を?」

 

 俺の質問へ答えるように、ガラオタはちょいちょいと道の先を指さす。

 示されたのは一本の桃色をした傘。本来傘というものは一人分しかカバーできない面積の筈だが、その下には二人の男女がいるようだった。

 

「あー、あれか。傘が一人用の道具だって知らないんだろうな」

「その発想はなかった」

「もしくはあれだろ? 同じような傘を持ってきた二人のうち一本がパクられて、残った一本が自分のか相手のか所有権を争いながら駅まで向かってる的な?」

「どう見ても相合傘です。本当にありがとうございました」

「はいはいそーですねっと。で、その相合傘を何でお前が尾行してるんだよ?」

「あれが相生氏だからですな」

「はい?」

 

 改めて桃色の傘を凝視すると、横顔が一瞬見える。

 驚いたことに相合傘をしているのは、他でもない葵と夢野だった。

 

「…………アイアイ♪」

「アイアイ♪」

「アイオイ♪」

「アイオイ♪」

「あおーいさーんだよー♪」

「ですな」

「…………」

「………………」

「アイアイ♪」

「まだ続けるので?」

「アイアイが相生傘だとっ?」

「おkわかった。とりあえずもちつけ」

「ウス!」

「うむ。流石は米倉氏だお」

「臼! 臼はどこだっ!」

「餅つく気満々っ?」

「はぁーどっこいしょーどっこいしょーっ!」

 

 臼の代わりに差し出されたアキトの手をペッタンペッタンついてみる。いやいやこんなことやってる場合じゃないだろと、最後に一発バチンと思いっきり叩いておいた。

 

「…………いや、驚いたな」

「ぶっちゃけ米倉氏が拙者と餅つき始めたことの方が驚きな希ガス」

「黙れガラオタ。状況は?」

「拙者にも何が何だか。それにしてもこの相生氏、策士である」

「じゃあ何で尾行してるんだ?」

「オマエモナー」

「俺はお前に付き添ってるだけだっての」

「拙者は帰り道ですが、米倉氏は逆方向な上に自転車通学ですしおすし」

「都合いいこと言いやがって」

「フヒヒ、サーセン」

 

 雨であるため顔は傘で即座に隠せるし、多少喋ってもこの距離なら声は聞かれていない。逆に言えば二人が何を話しているのかも、俺達には全く聞き取れなかった。

 ただ話している表情を見る限り、普通に良い雰囲気だと思う。

 

「む」

 

 やがて二人は、駅まで後少しのところで立ち止まった。

 それを見るなりアキトは脇道へと進路変更し、俺も黙って後に続く。

 

「止まったな」

「修羅場な希ガス」

 

 少しして回れ右をすると、二人に気付かれないよう建物の陰から様子を窺う。ちょっとしたスパイ気分でワクワクしていたが、それとは別のドキドキもあった。

 話しこんでいた二人が動きを見せたのは、数分後のこと。

 

「――――――」

 

 何を言っているかまでは耳を澄ましても聞こえない。

 ただ真剣な眼差しを向けた青年は、握手するよう手を差し伸べつつ頭を下げたのだった。


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