俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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八日目(水) おむすびが手作りだった件

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

「ご丁寧にありがとうございました。さてと、一旦お昼にしましょうかねえ」

 

 ショッピングモールのように広い建物内で用意されている施設の数々や、この地域が誇る焼き物の伝統についてVTRで見ると、時間は丁度正午になっていた。

 説明された施設の中には眺めの良いレストランも紹介されていたが、そこのメニューは事前に火水木が調査済み。最低価格が1300円というのは、高校生には少し厳しい値段である。

 ということでお昼は全員持参。美術館の外には陶器市やお祭りが行われる大きな森林公園があり、今日は暑さも控え目なため自然に囲まれた芝上の木陰で昼食となった。

 

「ネック先輩、今日はお昼用意したんスか?」

「まあ流石にな……って、そのおにぎり何個出てくるんだよっ?」

無限(アンリミテッド)握飯(おにぎりワークス)

「固有結界っ? ってかお前、あのゲームやってたのか?」

「好きなアイドルとコラボしてたんで、最近始めてみたんスよ! 確か『――――体は骨で出来ている』ってやつッスよね?」

「物凄く普通っ!」

 

 某ガラオタが中間テスト後くらいからハマりだし、やれあの子が可愛いだのこの子が萌えるだの言ってくるが、会話のオチはいつも決まって『ガラケー乙』である。

 四次元ポケットから道具を次々と取り出すド○えもんのように、どれから食べようかとコンビニ袋の中からおにぎりを出し続けるテツ。その数はなんと八個……買い過ぎだろ。

 

「ユメノンってば、今日も作ってきたの? さっすがーっ!」

「……ユメ、いつも手作り?」

「そうそう。普段はお弁当なんだけど、これがまた凄いのなんの! タコさんウィンナーとかウサギちゃんのリンゴとか入ってるし、味も美味しいんだから!」

「冷凍食品とか詰めてるだけだってば」

「夢野君のお弁当なのに、天海君が味の感想を言っているところが気になるね」

「さてはつまみ食いでぃすね」

「ち、違うわよ! ちょっとおかず交換してるだけ!」

「聞きましたネック先輩?」

「何がだよ?」

「オカズ交換ってエr」

「わかったから黙って食え」

 

 そういうウチの妹の専売特許みたいな発言は勘弁してほしい。ちなみにおにぎりとおむすびの違いは形状で、おむすびは三角形限定。おにぎりはどんな形でも良いという定義だったりする……本日のお兄ちゃんトリビアだな。

 他の面々も市販のパンやおにぎりの中、一人だけアルミホイルに包まれた手作りおむすび持参の夢野。流石に飲み物はバイト先で買ってきたのか、俺と同じ桜桃ジュースだ。

 

「ユメノン先輩、家庭的ッスね」

「ああ、そうだな」

「家庭的な女の子って男の憧れッスよね」

「そうかもな」

「やっぱ裸エプロンが最高にエロいッスね」

「ルールブレイカー!」

「あーっ? 何するんスかっ?」

 

 白昼堂々とアホなことを抜かす後輩の鮭おにぎりをペチャンコにしてやった。幸い小声だったので女子勢には聞かれなかったようだが、火水木が不思議そうに首を傾げる。

 

「アンタ達、さっきから二人で何やってんのよ?」

「気にするな。コイツがまた変なこと言ってきただけだ」

「変なことって、ユメノン先輩が家庭的って話してただけじゃないッスかー」

「別に家庭的とかじゃなくて、単に節約してるだけだよ」

「理由はどうあれ、自分でお昼を用意するなんて中々真似できることじゃないよ。断食して空腹を訴えてばかりいる、どこかの誰かさんも見習ったらどうだい?」

「同じ節約でも質が違いすぎでぃす」

 

 テツのせいで流れ弾が飛んで来た。流石におにぎりくらいは作れるが、そのために早起きするのは言うまでもなく面倒だし断食する方が楽なんだよな。

 安い割に本数の多いチョコチップスティックパンに桜桃ジュースという、合計金額300円以内に収めた節約昼飯をよく噛んで食べる。合宿費は出してくれたのに、何で昼飯代は自腹なんだよマイマザー。

 

「ごちそうさまーっと。ねえねえイトセン、公園あるしちょっと遊んできていい?」

「はい。一時までは自由時間で構いませんよ。先生もお手洗いに行ってきますので、皆さん時間になったらこの場所に戻って来てください」

「オッケー。ユッキーも行かない?」

「……行く」

 

 いち早く食べ終えた火水木と冬雪が遊具のある広場へと向かう。

 少しすると阿久津と早乙女も食べ終わり、食後のおやつとばかりに定価30円の棒付き飴を取り出した少女は、ゆっくり立ち上がった後で周囲を見渡した。

 

「星華君、散歩でもどうだい?」

「喜んで御供しまぁす!」

「もっ! オモもいっほひいいッフは?」

「食うの早っ!」

「構わないけれど、まずは口の中の物を呑みこんだらどうだい?」

「ほむっ! みょうはひッフ!」

 

 あっという間に八個をペロリと平らげたテツも、ペットボトルのお茶を一気に飲み干して後に続く。心なしか早乙女が殺意を込めて睨んでいたように見えたが、ちゃんと無事に帰ってくるんだろうか。

 気がつけば残されたのは少ない昼飯にありがたみを噛みしめて食べていた俺と、普通に食べるのが遅い夢野の二人だけになっていた。

 

「皆、行っちゃったね」

「まあ食後の運動は大切だしな」

「きっと合宿が楽しくて、自然と身体が動いちゃうんだよ」

「そういや、音楽部の合宿もこんな感じなのか?」

「ううん。二泊三日なのは同じだけど、こんな風にのんびりはできなかったかな」

「あー、やっぱ大変なんだな」

「先輩に褒められたりして成長するのは嬉しいけど、練習ばっかりで疲れちゃって。それに比べたら、陶芸部の合宿ってピクニックみたいだね」

「冬雪が聞いたら怒りそうだけどな」

「ふふ。そうかもね」

 

 確かに今日くらいの暑さなら、夢野の言う通りピクニック気分でいられそうだ。

 ちみちみ食べていたチョコチップスティックパンも底をつき、桜桃ジュースで喉を潤す。あれだけ顎を動かしても満腹中枢は誤魔化せないようで、未だ腹六分目といった感じだ。

 

「米倉君、もし良かったら食べる?」

「ん? いいのか?」

「うん。沢山作り過ぎちゃって、お腹いっぱいになっちゃった」

「そんじゃお言葉に甘えて。サンキューな」

 

 巻かれたアルミホイルを剥がすと、海苔の巻かれたおむすびをパクリ。中から出てきた具は明太子と無難で、程良い塩加減と共に口の中で混じり合う。

 

「美味い」

「本当? 良かった。米倉君、いつもお昼食べてないの?」

「いや、食べないのは午前授業の時だけだ。携帯料金のせいで基本的に金欠でさ」

「そうなんだ。あ! コンビニのアルバイトなら募集中だよ?」

「春休みにやった着ぐるみのバイトだけでもう懲り懲りだし、俺に接客は無理だな」

「そんなことないと思うけど? でも着ぐるみは大変だよね」

「夢野は着たことあるのか?」

「ううん。でも前に一回、コン太君が来たことがあったから」

「あー、あのコンビニのマスコットか」

「中に入ってたのが女の人だったんだけど、物凄く汗だくだったのが印象的でね」

 

 今の時期の着ぐるみなんて、考えただけで地獄でしかないな。

 その後も雑談に耽る中、貰った明太子おむすびをありがたく完食。腹八分目になった満腹感に満足していると、何やらジーっと夢野が俺を見てくる。

 

「ひょっとして顔に米でも付いてるか?」

「ううん。そうじゃなくて、米倉君のお昼も私が作ってあげようかなーって思って」

「えっ?」

「でもそんなことしたら「甘やかすべきじゃないよ」って水無月さんに怒られちゃいそうだよね」

「そ、そうだな」

 

 思わぬ提案に驚きかけたが、間違いなくそんな感じのことを言われそうである。

 というか改めて考えてみれば、さっき貰ったおむすびは夢野の手作り。全国の思春期男子が憧れる手作り弁当に限りなく近い訳だが……これは含まれるんだろうか。

 

「さてと、私も雪ちゃん達の所に行こっかな。米倉君も一緒にどう?」

「んー、俺はここでのんびりしてるよ」

「そっか。それじゃあ、荷物見て貰ってもいい?」

「おう」

 

 俺が食べ終わるまで待ってくれていた夢野は、片付けを終えた後で冬雪と火水木のいる広場へと向かう。

 その後ろ姿を眺めた後で、横になった俺はのんびりと入道雲を見上げるのだった。


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