俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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九日目(木) 俺がニック先輩だった件

「うん、炭に火が点いたわね」

「メッチ、何か燃やせる物くれー」

「燃やせる物、燃やせる物…………」

「おい。何で今、俺の方を見た?」

「流石に駄目でぃすね。湿気ってそうでぃす」

「いや駄目な理由そこじゃねえよ。選択肢に入れること自体が間違ってるからな?」

 

 貸し出されたバーベキューセットと椅子やテーブル、そして食材を大木前まで運んだ俺達は、それぞれが役割を分担して準備に取り掛かっていた。

 一番大変な火起こし班に立候補したのはテツと火水木。二人とも慣れており手際が良く、うちわを片手に炭へと酸素を送りスムーズに着火へと進んでいる。

 

「一通り終わったな。余った竹串、どうすっか?」

「うーん……えいっ♪」

「あうっ? 何故に俺を刺すっ?」

「えへへ」

「……マシュマロを刺せば、後で焼ける」

「そっか。流石は雪ちゃん!」

 

 好きな物を適当に刺すよう言われた竹串班は、俺と夢野と冬雪の三人。とりあえずピーマンやカボチャ、玉葱といった野菜類に肉を挟み、大体の作業が終了した。

 

「これでバッチリでぃすね」

「何か手伝うことはあるかい?」

「こっちは大丈夫。ありがとうね」

 

 残った阿久津と早乙女はセッティング班。各種食器や割り箸といった食べる準備に加えて、出てきたゴミ類をまとめてくれたりと地味に助かる。

 伊東先生は相変わらずの撮影班……と言いつつも、サボってるだけに見えなくもないな。

 

「火の方もオッケーだし、じゃんじゃん焼いていくからガンガン食べてて頂戴」

「ネック先輩、いつでも焼き土下座いけるッス!」

「しねえよっ!」

 

 トングをカチカチ鳴らした火水木が、串に刺さなかった肉類を網へと乗せていく。

 ジュージューと肉汁が音を立て、煙を上げつつあっという間に焼き上がった肉が皿に乗せられると、テツがウェイターのように振る舞いつつ運んできた。

 

「お待たせ致しました。こちら…………牛肉と、牛肉と、牛肉でございまス」

「どこの部位かわからないんでぃすか?」

「美味しいところと、凄く美味しいところと、物凄く美味しいところでございまス」

「このウェイターはクビにすべきでぃすね」

「それじゃあ申し訳ないけれど、先にいただかせてもらおうかな」

「火水木クンも鉄クンも、何でしたら先生が代わりますよ?」

「いいからいいから。イトセンも食べてて頂戴」

「そうですか。では、お言葉に甘えさせていただきましょうかねえ」

「ミズキ、ありがとうね」

 

「「「「「「いただきまーす」」」」」」

 

「……お肉、美味しい」

「うん、美味いな」

「お客様、そこはもっとねるねる風にやっていただけまスか?」

「ぅんまいっ!」

「…………」

「テーレッテレーの部分、やってくれないのかよっ?」

「テーレッテー♪」

「それは処刑用BGMの方だろっ!」

 

 自然に囲まれて食べるだけで、何かこう新鮮味があって旨味が増すから不思議だ。

 人参、茄子、カボチャ、エリンギ、トウモロコシ、そして肉、肉、肉。空腹という最高のスパイスも合わさり、箸は止まることなく進んでいく。

 

「そろそろ代わろうか。天海君達もゆっくり食べるといいよ」

「お疲れ様でぃす」

「じゃあお願いするわね」

「あざッス!」

 

 額の汗を拭いながら焼いていた火水木&テツと、阿久津&早乙女の夜空コンビが交代。俺もそろそろ名乗り出ようとしていたが、タイミングを失ってしまった。

 

「ホルモンは焼き加減がいまいちわからないね」

「いざとなったら、根暗先輩に渡すから大丈夫でぃす」

「…………」

「この豚肉は、もう大丈夫かな?」

「生焼けでも、根暗先輩なら問題ないでぃす」

「おい、全部聞こえてるからな?」

 

 運ばれてきた肉が本当に食べても大丈夫なのか、一気に不安度が増した気がする。まあ何だかんだ言って阿久津のことだし、ちゃんと確認はしているだろう。

 暫くして腹八分目になったところで、隣に座っていた夢野と目が合った。

 

「そろそろ交代しに行く?」

「ん? ああ、そうだな」

 

 確かに、頃合いとしては丁度良いかもしれない。

 別にペアを決めていた訳ではないため誘われたことに若干驚きつつも、俺は夢野と共に立ち上がると二人の元へ。肉を焼く阿久津の汗を早乙女が丁寧にハンカチで拭っているのを見て、自分もあんな風にしてもらえたりしないかなんて淡い期待が湧く。

 

「水無月さん、早乙女さん。代わろっか?」

「いいのかい?」

「うん。もうお腹いっぱいだから」

「それなら宜しく頼もうかな」

「焦がした肉は、全部根暗先輩が食べるんでぃすよ」

「へいへい」

 

 阿久津はトングを置いて、早乙女と共に席へ戻っていった。

 残る食材を見れば野菜類が若干多めで、肉は串焼きが少々残っているだけ。〆の焼きそばとマシュマロ以外の食材を、程良い配分になるよう焼いていく。

 

「ネックー、お肉まだー?」

「ちょっと待ってろって」

「ネック先輩、肉が食べたいッスー」

「ネックー」

「ニック先輩ー」

「誰だよニック先輩っ?」

「やはり皆さん成長期ですねえ。先生、もう少し買い足しておくべきだったと反省です」

 

 心なしか野菜ばっかり食べている気がする伊東先生がポツリと一言。正直あの二人はノリで言っているだけで、分量としては丁度良かったと思う。

 焼き終えた野菜と串焼きを皿に乗せると、夢野がテーブルへ運んでいった。

 

「大変お待たせ致しました。こちら、本日のオススメでございます」

「ユメノン先輩のウェイトレス、良いッスねー。美味しくなる魔法とか掛けてもらいたいッス」

「……掛けるのはタレ」

「違うッスよユッキー先輩。こう『おいしくなーれ、萌え萌えキュン❤』ってやるんス」

「オムライスならまだしも、串焼きに魔法は聞いたことないわね」

「今の鉄の魔法……いえ、呪いのせいで串焼きが不味くなりました。ここはミナちゃん先輩の魔法で上書きしてもらうしかないでぃす」

「残念だけれど、MPが足りないかな」

 

 確かにMPとかSAN値的なものを使いそうな行為ではあるが、阿久津の場合だと魔法は魔法でも回復魔法というより攻撃魔法になりそうな気がする。ハート型にした手から熱光線みたいなのが出て「燃え燃えドーン」って感じで。

 そんな客から大好評のウェイトレス夢野だが、流石に魔法のリクエストには応えず。何度か注文の品を運んだ後で、肉が無くなったのを見るなり焼きそばの袋を手に取った。

 

「焼きそばは私が作るね」

「サンキュー。美味しくなる魔法も掛けてくれるのか?」

「もー、米倉君までそういうこと言う」

「冗談だよ、冗談」

 

 ぷくーっと頬を膨らませた夢野に、笑いながら言葉を返す。

 しかし小悪魔めいた笑顔を浮かべた少女は、俺の耳元で小さく囁いた。

 

「魔法は、また今度掛けてあげるね」

「お、おう…………?」

 

 言葉の真意は分からなかったが、とりあえず返事だけしておく。耳に当たる吐息にドキっとさせられたが、ひょっとしてこの行為が既に魔法なんじゃないか?

 網から鉄板に変えると、夢野は慣れた手つきで焼きそばを作り始める。鼻歌交じりに調理する少女の後ろ姿は、思わず見惚れてしまう程に魅力的だった。


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