俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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九日目(木) 変わる呼び方と昔話だった件

「な、何でお前がここにいるんだよ?」

「そっちこそ、どうしてミナちゃん先輩がここにいると知ってたんでぃすかっ?」

「しーっ! 声を抑えろ!」

「何で静かにする必要があるんでぃすか」

「見れば分かるだろっ? あれだよあれっ!」

 

 俺は小さな橋の上で話している阿久津と夢野を指で示した。

 それを見た早乙女は、隠れもせずに堂々と二人の元へ向かおうとする。

 

「おい待て」

「だから何で待つ必要があるんでぃすか」

 

 え、何コイツ。質問には質問で返してくるし、日本語通じないの?

 いや落ち着いて考えろ俺。この空気の読めないアホに状況を伝える方法はある筈だ。

 

「アノフタリ、ジャマスル、ヨクナイ」

「ぶっ飛ばしますよ?」

「ボウリョク、ヨクナイ」

「付き合ってられないでぃす」

「ちょっ! だから待てって! 見るからに深刻そうな話してんだろっ!」

「深刻な話があるなら、ミナちゃん先輩は星華に相談する筈でぃす」

「いや、それはなへぶっ!」

 

 遠慮のないボディーブローが入った。マジでコイツ容赦ねえなおい。

 

「ぶっ飛ばしますよ?」

「いやもうぶっ飛ばした後だろ!」

「そこまでして止めるなら星華の質問に答えてください。そもそも何で根暗先輩がここにいるんでぃすか。夢遊病でぃすか? 死に場所を探してたんでぃすか?」

「どんな発想だっ? 俺は単にテツのいびきが五月蝿くて眠れないから、火水木から聞いてた蛍を見に来ただけだっての。そしたらあの二人が先にいたんだよ」

「怪しいでぃすね」

「そう思うなら後で俺の部屋に行ってみろ。地獄すら生温いレベルだぞ?」

「そこじゃないでぃす。蛍なんてどこにもいないじゃないでぃすか」

「いやメッチャいるだろ。向こうで光ってるの、見えないのか?」

 

 早乙女が目を凝らしてジーっと二人のいる方を見る。そんなに凝視しなくても朧気とはいえ遠目で見て分かるくらいには光ってるんだが、コイツ目が悪いのか?

 

「…………確かに、よく見たらいるみたいでぃすね。てっきりミナちゃん先輩が光り輝いているのかと思ってました」

「馬鹿だろおまへぶっ!」

「マジでぶっ飛ばしますよ?」

「だから殴ってから言うなってのっ!」

 

 前言撤回。悪かったのは目じゃなくて頭だ……間違いない。

 

「仮にそうだったとしても、どうして盗み聞きしてるんでぃすか?」

「単に二人の話の邪魔をしたくないから隠れてるだけで、別に盗み聞きはしてねえよ。そもそも何を話してるのかなんて、この距離じゃ聞こえないだろ?」

「星華の地獄耳なら、ミナちゃん先輩の声は断片的に聞こえます」

「阿久津限定かよ」

「…………櫻…………」

「ふむ」

「…………根暗…………」

「ん?」

「…………海に沈める…………」

「絶対嘘だろっ?」

「今のは冗談でぃす」

「じゃあ本当は何て言ってるんだ?」

「…………山に埋める…………」

「大して変わってねえっ! つーか今アイツ喋ってなかっただろっ!」

「こんな距離で聞き取れる訳ないじゃないでぃすか」

「まさかの逆切れっ?」

「そもそもミナちゃん先輩は、邪魔されて困るような話を星華以外にしないでぃす」

「ちょっ? だから待てって!」

「何勝手に触ってるんでぃすかっ? バカアホドジマヌケゴミクズゲス童貞中二病変態底辺無能キモオタチキンミジンコ税金泥棒の根暗先輩、セクハラで訴えますよ?」

「よくもまあこの一瞬でそこまでの罵倒が出てくるなおいっ? つーか手首掴んだだけで訴えんなっ! お前が行こうとするからだろうがっ!」

「だから何で隠れる必要があるのかと聞いてるじゃないでぃすか。万が一ミナちゃん先輩が悩んでたとしても、蕾先輩と一緒に相談に乗ってあげれば良いだけでぃす!」

「あっ! おいっ?」

 

 俺の制止を振り切り、早乙女が二人の元へ向かう。こうなった以上は仕方なく、一人で隠れている訳にもいかないため俺も少女の後を追った。

 近づいてくる俺達に気付くなり、阿久津と夢野は驚いた表情を浮かべる。

「米倉君っ? それに早乙女さんも……?」

「これはまた、随分と珍しい組み合わせだね。二人も蛍を見に来たのかい?」

「目が覚めたらミナちゃん先輩が見当たらなかったので宿舎内を探してたんでぃすが、外へ行く怪しい根暗先輩を見つけたので尾行してきました」

「それはすまないことをしたね。少し寝付けなくて夜風に当たっていたら、偶然夢……いや、蕾君と出くわして、蛍を見に行かないかと誘われたんだよ」

 

 いつも通りの呼び方ではなく、何故か名前で呼び直す阿久津。それを聞いた夢野は嬉しそうな表情を浮かべた後で、早乙女の後ろにいる俺の方を見てきた。

 

「米倉君も水無ちゃん探し?」

「え? あ、いや、俺はテツのせいで眠れなかったから、蛍を見にきただけで……ほら、夢野と同じで火水木からこの場所のことは聞いてたんだよ」

「そっか。でもクロガネ君のせいで眠れないって、どうかしたの?」

 

 後輩の殺人的ないびきと歯ぎしりについて話すと、夢野は笑い阿久津は呆れた様子。ありのままを伝えたにも拘わらず、大袈裟だと言われ信じてもらえないのは少し悲しい。

 それにしても花火の時点では水無月さん呼びだった筈の夢野までもが、どういう訳か今では水無ちゃん呼び。早乙女は気にも留めていないが、一体何があったというのか。

 

「ミナちゃん先輩も人が悪いでぃす。蛍が見れるなら、蕾先輩に誘われた時に星華も起こしてほしかったでぃす」

「確実に見られる保証は無かったから、無駄足にさせるのも悪いと思ってね」

「その時はその時で、ミナちゃん先輩との夜散歩を楽しむだけでぃす」

「慕ってくれる後輩がいて、水無ちゃんは幸せ者だね。そういえば前から気になってたんだけど、二人はいつからの付き合いなの?」

「星華とミナちゃん先輩の出会いは、聞くも涙、語るも涙でぃすね」

「初めて顔を合わせたのは恐らく部活動見学だっただろうから、どちらかというと流していたのは涙じゃなくて汗だったと思うけれどね」

「部活動見学って、バスケ部?」

「そうでぃす。中学生になった星華は、とあるアニメの影響でバスケ部に入りました。しかし小学生の頃に運動なんてしなかった星華にとって、運動部の練習は辛かったでぃす」

「あ、もしかしてそのアニメって白バス?」

「蕾先輩も見てたんでぃすかっ?」

「ううん。私は見てないけど、妹がバスケ部に入ったきっかけもそれだったから」

 

 そういや年末に会った時も、白バスのグッズに反応してたっけ。

 梅の奴も友人から勧められて漫画を読んでいたが、アイツは広く浅いタイプなので面白がってたもののハマりはしなかった様子。そういう所は多趣味な姉貴に似てるかもな。

 

「華やかな白バスとは裏腹に、現実は外周を走った後で腕立て腹筋背筋の筋トレ。やっとボールに触れたと思ったら、延々とチェストパスをさせられるだけの毎日でぃす」

「同じようなことを妹も言ってたけど、やっぱりどこの学校も同じなんだね」

「休日の練習で先輩と混じればキツいフットワークに付き合わされ強いパスを投げつけられ、ツーメンやスリーメンも足を引っ張ってばっかりの自分が嫌になりました」

「一年のうちは誰でもそうさ」

「そして辞めようかと思っていたある日、不幸にも星華は飲み物を忘れてしまったのでぃす! そんな危機に手を差し伸べてくれたのがミナちゃんなのでぃす!」

「正直、ボクはその時のことを全然覚えていないけれどね」

「例えミナちゃん先輩が覚えていなくとも、星華はあの時のスポーツドリンクの味を今でも忘れません! あれがあったからこそ星華のやる気は燃え上がったのでぃす!」

 

 美談として語る早乙女だが、喉が渇いてたなら蛇口を捻って水を飲めば良いと思う。勿論そんなことを声に出したら、絶対にタダじゃ済まないだろうけどな。

 

「そして三年生の引退後にミナちゃん先輩が部長になったのを見て、一年後にミナちゃん先輩から部長を引き継ぐのは星華しかいないと心に誓ったのでぃす!」

「へー。てっきり小学校の頃からなのかと思ったけど、二人は中学からだったんだね」

「時間は関係ありません! 大切なのは密度でぃす!」

「そっか…………うん、そうだよね」

「現に星華は根暗先輩よりも、ミナちゃん先輩のことを知り尽くしてます!」

 

 ふふんと得意気に無い胸を張る早乙女だが、別に悔しくはない。仮に阿久津の理解度を競う阿久津選手権があったとしたら、梅どころか姉貴にすら負ける自信がある。

 

「ねえ早乙女さん。もう一つ気になってたことがあるんだけど、聞いてもいい?」

「何でぃすか?」

「その呼び方なんだけど、どうして米倉君が根暗先輩なの?」

「!」

 

 ボーっと蛍を眺めながら話を聞いていたところで、不意に夢野がそんな質問をした。

 それを聞いた早乙女は、さも当然のように答える。

 

「蕾先輩は知らないんでぃすか? この男は――――」

「星華君」

 

 そう、夢野は何も知らない。

 だからこそ早乙女の言葉を遮るように、阿久津が口を開いた。

 

「その話は、ボクがしよう」

「止めるなよ」

「櫻……?」

「言いたいことがあるなら、好きなだけ言わせろって」

 

 草の上に止まった蛍を見ながら、俺は苦笑を浮かべつつ言葉を続けた。

 

「俺や阿久津が話すよりも、早乙女が話した方が一番遠慮なく言ってくれそうだしな」


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