俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十日目(金) 普段が優しい人ほど怒ると鬼だった件

「誰か携帯を持ってる人は?」

「ごめん……部屋に置いてきちゃった」

「俺もだ」

 

 阿久津も夢野も俺も、元々は少し夜風に当たる程度の考えだったため不携帯。そんな中で一人だけ、別の理由で動いていた少女が不敵に笑うなり平らな胸をドンと叩いた。

 

「バッチリ持ってます」

「助かったよ星華君」

「夜空コンビかつミナちゃん先輩の右腕として、当然のことをしたまででぃす」

 

 ポケットから取り出されたスマホを見て、俺達三人は安堵の息を吐く。

 これで宿舎にいる三人へ連絡を取れるが、そうなると誰に助けを求めるべきか。

 

「音穏は朝まで熟睡するタイプだから、電話を掛けても起きるか不安だね」

「テツの奴は起きそうだけど、この状況を知るなりギャーギャー騒いで宿舎の人とか先生まで起こすことになりそうな気がするな…………やっぱ火水木か」

「うん。ミズキなら大丈夫だと思う」

「了解でぃす!」

 

 俺達に蛍のことを教えてくれた張本人だし、普段は声がでかくてもTPOは弁えている。何となく夜も強そうなイメージがあるし、全会一致で呼ぶ相手は火水木に決定した。

 スマホを操作した後で電話を掛ける早乙女。何はともあれこれで一段落かと思いきや、少しした後で少女は不思議そうにスピーカー部分から耳を離すと画面を見る。

 

「ち、ちょっと待ってください」

「繋がらなかったのかい?」

「い、いえ……その……電池切れみたいでぃす」

「「「…………」」」

「だ、大丈夫でぃすっ! 電源を入れ直せば復活するかもしれないでぃす!」

 

 電池カバーを外して取り出した電池パックを、無駄にブンブンさせた後で再び装着。しかし電源ボタンを長押ししても、スマホの画面が起動することはなかった。

 

「天海君の携帯に掛けた時、コールは鳴ったかい?」

「い、一応ワンコールだけなら……」

「ミズキ、気付いてくれたかな?」

「起きていたならまだしも、寝ているとなると厳しそうだね」

「も、申し訳ないでぃす」

 

 前に伊東先生が「去年は明け方に散歩へ行くと言って、勝手に鍵を開けて外に出た悪い先輩がいた」なんて話をしていた覚えがあるが、これではその二の舞である。

 中にいる面々と連絡が取れなくなった今、とりあえず他に入れる所がないか周囲を確認。宿舎をぐるりと一回りしてみたが、そんな都合の良い侵入経路は当然なかった。

 

「ふむ。思いついた選択肢は三つかな」

 

・誰かしら中にいる人が気付くのを待つ。

・野宿できる場所を探す。

・コンビニまで行って充電器を買う。

 

 阿久津が提示した三つの方法を聞いて、俺達は頭を悩ませる。

 宿舎の中の人間に気付いて貰えるかは完全に運頼み。物音でも立てれば助けは来るだろうが、出来る限り騒ぎを起こさないで済ませるとなると待つしかない。

 野宿は夏ということもあり気温的には不可能じゃなく、星空の下で眠るというのもロマンチックではあるが、当然寝袋はないし女子三人を危険に晒す可能性がある。

 それならコンビニはどうかと言えば距離が遠いのが難点。昨日地図を見た限りでは、この宿舎から最も近い場所ですら片道で一時間は掛かりそうだった。

 

「うーん、どうしよっか……」

「星華が走ります」

「え?」

「こうなったのも、星華のスマホが電池切れになったのが原因でぃす。走れば三十分ぐらいで何とかなりそうでぃすし、先輩達はここで待っていてください」

「星華君、財布は持っているのかい?」

「あ」

「ちなみに、この中でお金を持っている人は?」

「「…………」」

「コンビニ案は無しかな。残るは待つか、野宿するかだね」

 

 責任を感じているのか、シュンとして肩を落とし落ち込む早乙女。先程の電話に火水木が気付いた様子もなく、今が何時なのかすらわからないまま時間は過ぎていく。

 少女三人が二つの案で悩む中、俺は静かに立ち上がった。

 

「どうしたの米倉君?」

「いや、ちょっと用を足してくる」

「こんな時に呑気でぃすね。変に期待させないでほしいでぃす」

 

 一応バーベキューをした広場に公衆トイレがあるとはいえ、こうした排泄的な点を考えても野宿は望ましくないと考えながら、俺は宿舎の裏側へと回る。

 用を足すとは言ったが、大小便をするつもりはない。

 先程一周した時に気付いたことだが一階と違って二階は窓が開いており、その傍には葉の生い茂った大きな木が生えている……となれば、導き出される答えは一つだ。

 

「よし」

 

 不可能ではないと再確認した後で、太い幹に手を掛けて登り始める。

 仮にこんな考えを提案していたら、間違いなく阿久津や夢野には止められただろう。脚立的な物でもあれば話は別だったが、見つからない以上は仕方ない。

 

「ふう」

 

 何年振りになるかわからない木登りに若干苦戦しながらも、枝分かれしている上部に到達すると窓の方へ伸びている枝の上に足を乗せ慎重に歩を進める。

 徐々に足場は細くなっていき、小さく聞こえるミシっという音に息を呑んだ。

 

「米倉君っ?」

「!」

 

 不意の声に驚き、バランスを崩しかける。

 よそ見をする余裕はないが、どうやら戻ってこない俺を三人が探しに来たらしい。

 

「蕾君と星華君は万が一に備えて、下で受け止められるように待機してくれるかい?」

「う、うん!」

「了解でぃすっ!」

 

 二人へ指示を出した阿久津は木に登り始めたのか、後方に気配を感じる。キャッチできるように下でスタンバイする二人が視界に入ったが、集中を切らさずに前進を続けた。

 

「戻ってくるのが遅いと思ったら、キミは一体何をしているんだい?」

「見りゃわかるだろ? 気分転換の木登り中だ」

「ボクには枝渡りに見えるけれどね。いずれにせよ、その作戦は無茶があるよ」

 

 どうやら俺のやろうとしている事は、全部全てスリッとまるっとお見通しらしい。そうやって反対されると思ったから、一人でやろうとしたんだけどな。

 俺の体重を支えている枝がミシミシという音を立ててしなる。流石にこの辺りが限界のようだが、ここからジャンプして窓枠に手が引っ掛かるかというと微妙なところだ。

 それでも、やるしかない。

 

「合宿が二度とできなくなくなってもいいのかい?」

「!」

「キミがやろうとしていることは不法侵入だからね。仮に木を折れば器物破損も追加かな。宿舎の人が気付けば黙ってはいないだろうし、優しい伊東先生でも罰を下すさ」

「…………」

「それに例え上手くいったとしても、そんな成功をボク達は望んでいないよ。まだ外で夜を明かして、無断外出したことを素直に伊東先生に謝る方がマシだね」

 

 実に阿久津らしい、冷静かつ論理的な説得。

 問題を解決することに固執して、周りが見えていなかった俺は溜息を吐いた。

 

「わかったよ。俺が悪かった」

 

 その場でくるりと方向転換する。

 息を切らしつつ木の上まで登ってきていた少女は、俺と目が合うなり不敵に微笑む。

 正面から向き合って見るのは久し振りな、阿久津の笑顔だった。

 

「わかればいいさ。油断して足を滑らせないように頼むよ」

 

 心配そうに見られる中、細心の注意を払いながら安全圏である太い幹へと戻る。突然ポキッと枝が折れるなんてハプニングもなく、俺達は無事に木から下りた。

 

「もう……米倉君、無茶しないの!」

「根暗先輩の癖に、恰好つけすぎでぃす」

「悪かったな。あれくらいならいけると思ったんだよ」

「じー」

「…………反省してます。すいませんでした」

「うん、分かればよろしい! でも水無ちゃん、木に登るの早かったね」

「前に脱走したアルカスが木に登って下りられなくなったから、少し練習した時期があってね。まあキミがアルカスと違って、言葉の通じる人間で何よりだったかな」

「はいはい、全面的に俺が悪うございましたよっ!」

 

 猫と同レベル扱いされヤケクソ気味に謝ると、夢野がクスリと笑い出す。

 釣られて阿久津の頬が緩み、俺と早乙女も笑みを浮かべた。

 

「でも、どうするんだ?」

「キミがいない間に三人で話し合ったけれど、野宿は危険だから誰かが気付くのを待ちながら一晩語り明かそうということになったよ」

「明日……っていうか今日が辛くなるかもしれないけど、それが一番良いかなって。それに米倉君の中学時代だけじゃなくて、小学生の頃とか水無ちゃんの話も聞きたいな」

「じゃあ眠らないようにあれやりながら話すか? 四人で四角形になって、順番に移動しながら肩を叩いて起こしあうやつ」

「スクエアかい?」

「「絶対駄目」でぃす!」

 

 やや怖がりな二人が全力で首を横に振り拒否する中、俺達は宿舎の入口へと戻る。

 しかしながら、救援は思っていた以上に早くやってきた。

 

「話し声がすると思ったら、皆さん一体何をしているんですか?」

「「「「!」」」」

 

 タイミング良く、鍵の掛かっていた戸が開かれる。

 姿を現したのは寝巻なのか、竜の絵が描かれた白い甚兵衛を着ている伊東先生だった。

 

「助かりました先生! 実は俺達四人、締め出されちゃ……って…………?」

 

 説明の途中で言葉を止める。

 そして救いの手に喜ぶどころか、ごくりと息を呑んだ。

 

「詳しい話は先生の部屋で聞きます。全員、付いてきなさい」

 

 普段なら糸のように細い目が開眼し、ジロリと俺達を睨みつける。

 その日、俺は温厚な陶芸部顧問の新たな一面を目の当たりにして思うのだった。

 

 

 

 …………普段優しい人ほど、怒ると超怖ぇ。


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