俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十日目(金) シュシュが和解の印だった件

「こういう問題を起こされると、来年は合宿なんてできなくなります。先生が皆さんを信頼しているように、皆さんも先生の信頼を裏切らないでくれると嬉しいです」

 

 合宿三日目。

 最終日の今日は予定が少し変更され、晴天にも拘らずラジオ体操をやらなかった。

 というのも伊東先生が深夜に俺達四人へ説教した後、今朝になり改めて部員全員を招集。昨晩あったことを説明し、注意を促す時間になったからである。

 

「イトセンも怒ることがあるなんて、ちょっと意外だったわね」

「昨日……ってか今日の夜の時は、あんなもんじゃなかったけどな」

「嘘? どんな感じだったの?」

「別に物を叩いたり怒鳴ったりとかされた訳じゃないんだけど、あの眼光と声色……それと沈黙がマジでヤバかった。何ていうか、心の底から申し訳なくなったわ」

 

 そして何より言葉の一つ一つには重みがあり、全てが正論だった。

 いつも優しい伊東先生の静かな怒りだからこそ、逆に俺達の心へと響く……いや、思い返してみれば怒られたというのは少し違うかもしれない。

 感情をそのままぶつけたのではなく、俺達に圧を掛けるような叱り方でもない。例えるならこれこそが『指導』とでも言うべきだろうか。

 

「ちゃんとアタシが気付けば良かったんだけど、本当ゴメンね?」

「別に火水木は悪くないっての。寧ろこっちこそ連帯責任で迷惑掛けて悪かったな」

 

 自分に非があると認識したからこそ、先生の悪口を言うようなこともない。寧ろもしも教師を目指すとしたら、こういう指導ができるようになりたいと思ったくらいだ。

 重苦しい空気を残すこともなく、それでは最終日も頑張りましょうと最後は普段通りの笑顔で締めた伊東先生と共に、俺達は朝食を取ってからバスで工房へと移動した。

 

「ねえねえ雪ちゃん。外側を削る時に、手がブレにくくなる方法とかってある?」

「……ユメ、カンナ持って構えてみて」

「うん。いつもはこんな感じで削ってるんだけど」

「……こう、カンナを持ってる方の手は上に持ち上げる感じにして、それを左手で抑えつけるように押し下げて削ると上下のバランスが安定してふらつかなくなる」

「へー。流石雪ちゃん! ありがとうね」

 

 一日が過ぎて粘土は程良く乾いており、削りなら成形と違って汚れる心配も少ないため、今日の夢野は着替えることなくエプロンを付けただけの姿となっていた。

 そんな少女にテニスのコーチでもするかの如く、背後から両腕を伸ばした冬雪が手首を持って操る。ベッタリとくっつく二人を眺めながら、羨ましそうにテツが呟いた。

 

「いいなー。オレもユッキー先輩から、あんな風に指導してもらいたいッス」

 

 コイツは知らないが俺は菊練りの際に同じようなことをされているため、陶芸の指導だったら冬雪は喜んでやってくれると思う……まあ、絶対に教えないけどな。

 

「オレ思うんスけど、ユッキー先輩って陶芸大好きじゃないですか」

「そうだな」

「もしもオレが陶芸になったら、好きになってもらえますかね?」

「本人に聞いてきたらどうだ?」

 

 すたすた。

 

「ユッキー先輩! オレ、陶芸になります!」

「……頑張って」

 

 とぼとぼ。

 

「駄目でした」

「知ってた。馬鹿だろお前」

「ネック先輩がいけるって言ったからじゃないッスか!」

「言ってねえよっ!」

 

 寧ろ今の会話の流れで、何がどうなったら成功するのか俺が知りたいくらいだ。そもそも粘土になるとか陶器になるとかならまだしも、陶芸になるってなんだよ。

 

「でもブラ見えたんで満足ッス」

「…………色は?」

「White!」

「オーイエー」

 

 相変わらずアホみたいなことしか考えない後輩に若干毒されていると、今日もツナギに着替えてきた阿久津と早乙女が帰還。それを見るなり、テツは二人の元へと向かった。

 アイツも昨日は結構な量を成形したんだし、のんびりしてると削りが終わらなくなるんじゃないかと思いつつ、俺は視線を下ろすと自分の作業に集中する。

 

「――――あれ? ツッキー先輩、シュシュなんて珍しいッスね」

「っ?」

 

 そんな会話が聞こえ、慌てて顔を上げた。

 ポニーテール姿の幼馴染を見る。

 流水のような長髪は、俺が誕生日にプレゼントした白いシュシュで留められていた。

 

「似合わないかい?」

「メッチャいいッス! 超可愛いじゃないッスか!」

「……ミナ、似合ってる」

「ありがとう。そう言ってもらえると何よりだよ」

「ミナちゃん先輩が可愛いのは当然でぃす。星華の言った通り、付けて正解でぃしたね」

 

 どうやら付けるか付けないか悩んでいた阿久津を早乙女が後押しした様子。もしもあれが俺からのプレゼントだって知ったら、全力で否定するんだろうなアイツ。

 そのままこちらへ来ることはないまま、阿久津は準備を始める。俺は心を躍らせながら作業を再開すると、調子も良くミスもないまま気付けば昼休憩を迎えていた。

 

「シュシュ、良かったね」

 

 阿久津と早乙女が美術館へお土産を買いに向かい、冬雪とテツは粘土を買う伊東先生の手伝い。火水木がお手洗いで席を外すと、不意に夢野からそんな話を振られる。

 

「ああ。好評だったし、夢野のお陰だな」

「私は何もしてないよ? 選んだのは米倉君でしょ?」

「そうだけど、昨日の夜に阿久津と二人で蛍見ながら何か話してただろ? ひょっとしたらそれが理由なんじゃないかと思ってさ」

「うーん、関係ないんじゃないかな。だって私が何か言ったところで、もしも水無ちゃんに付ける気がなかったら合宿に持ってきてない筈でしょ?」

「…………確かに……じゃあ昨日は何の話をしてたんだ?」

「それ聞いちゃうの? 勿論、秘密♪」

「だよな」

 

 他の面々は水無ちゃん呼びへ変わったことに違和感ない様子。俺にとっては幼稚園時代を彷彿とさせる呼称なだけに、ほんの少し懐かしい感じだった。

 昼休憩後も好調は続き、他の面々が作品を残している中でいち早く削りが終了。やることがなくなりどうしたものかと思っていると、冬雪が俺の元へやってくる。

 

「……ヨネ、お願いしたいことがある」

「ん? 何だ?」

「……多過ぎて終わりそうにないから、もし良かったら私のも削ってほしい」

「別にいいけど、俺がやって大丈夫なのか?」

「……ヨネなら問題ない。できたのはヨネのにしていいから」

「マジですか?」

「……マジ」

 

 部長からまさかのお墨付きをもらい、板に乗った作品を何個か受け取る。改めて見ると成形の時点で無駄がない冬雪の作品は削る量も少なそうだが、こういう技術を俺も真似できるようになりたいもんだ。

 

「ツッキー、良いもの食べてるわね。アタシにも一個頂戴!」

「構わないよ。熱中症の対策にと思ってね」

「あ、オレもいいッスか?」

「星華も欲しいでぃす!」

 

 黙々と湯呑を削っていると、終わりが見えてきたところでそんな会話が耳に入ってくる。何かと思い顔を上げれば、阿久津が塩キャラメルを配っていた。

 

「キミもどうだい?」

「え? あ、ああ。サンキュー」

「一つ千円だよ」

「高っ! 定価超えてるじゃねえか」

 

 冗談交じりに渡されたキャラメルで塩分を補給して、ラストスパートを掛ける。

 これといったハプニングもないまま、予定時刻である四時前には全員が無事に作業終了。後片付けと帰り仕度を終えた俺達は、二日間お世話になった工房を後にした。


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