俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

208 / 264
二十日目(日) 夢野と一緒の海底散歩だった件

「この中央にあるのは売ってないのかしら?」

「申し訳ございません。そちらは展示品となっております」

「あらそう。もう少し大きいお皿があると嬉しいんだけど」

「大きめのお皿は大変人気がありまして、大半は一日目に売れてしまった形ですね。本日新たに出した物もあるのですが、そちらも既に売り切れとなってしまいまして……」

「そうだったの。残念ね」

「もし宜しければお手数ではございますが、こちらのノートに書いていただけますと来年には今年以上の数をご用意させていただきます」

「そうしようかしら。来年はもっと早く来るから、良い作品を宜しくね」

「はい! ありがとうございます! また来年もお待ちしております!」

 

 文化祭二日目は開会式がないため、一般公開の時間は一日目よりも二時間早い九時からのスタート。今日の店番は二人組ということで、今は阿久津&早乙女の夜空コンビからバトンを受け継いだ俺と夢野が担当している。

 一日目に比べると客入りも好調。相変わらず素晴らしい接客力を見せつける少女を横目に仕事をこなしていると、交代時間の五分前になり阿久津と冬雪がやってきた。

 

「……お疲れ」

「おう」

 

 一足先に陶器市を出るが、芸術棟の階段前で壁に寄りかかり待機。少しして夢野も部屋から出てくると、周囲をキョロキョロと見渡した後で俺を見つけるなり駆け寄ってきた。

 

「お待たせ」

「今来たところだから大丈夫だ」

「うん。知ってる」

「だよな」

 

 二人してクスッと笑った後で、夢野が文化祭のパンフレットを取り出す。その中は各ハウスでページ毎に分かれており、それぞれのクラスの出し物の名前が書かれていた。

 

「夢野の行きたい場所ってのは、お昼過ぎからなんだっけ?」

「うん。まだ二時間くらいあるから、それまでは色々と回ってみない?」

「ああ。どこかお勧めの場所とかってあったりするのか?」

「あるにはあるけど、米倉君は行きたい場所とかないの?」

「俺の? んー、ちょっと見せてもらってもいいか?」

 

 夢野のパンフレットを捲りつつ眺める。文化祭の出し物なんて今までは一切興味なかったため、どこで何が行われているかもさっぱりわからなかった。

 改めて見ると初めて知るイベントもかなり多い。例えば中庭では昨日行われていた男装女装コンテスト以外にもカラオケ大会といった催し物や、空手部に応援部にダンス部といった各種部活のパフォーマンスが行われているようだ。

 他にも体育館では吹奏楽部や邦楽部や軽音楽部、その他にも教員や学生によって結成されたバンドのライブといった定番のイベントあるが、特に行きたいと思うものはない。

 

「んー、これといっては――――」

「「美術部でーす。ブラックライトアートやってまーす」」

「!」

 

 道行く人々の話し声や遠くから聞こえてくる音楽に紛れて、薄暗い廊下の方から耳に入ってきた呼び込みの声にパンフレットから顔を上げて振り向く。

 萌えキャラの看板を表に置き、シューティングゲームの動画を垂れ流しているパソコン部の奥。そこには光が入らないように窓一面が覆われている部屋があった。

 

「夢野、ちょっと付き合ってもらってもいいか?」

「うん。どこか行きたい場所、見つかった?」

「ああ。まあ、すぐそこなんだけどさ」

 

 発泡スチロール製と思わしき岩によって作られた、水族館みたいな雰囲気を醸し出している入口の傍には、海底イルミネーションという看板が置かれている。

 陶器市以上に目立たない位置にあるため、見に来ている一般客や生徒はほとんどいない様子。貸し切り状態に近い部屋の中に入ると、俺と夢野は揃って感嘆の声を挙げた。

 

「…………凄いな」

「綺麗……」

 

 美しい光景に思わず目を奪われる。

 薄暗い部屋の中に広がっていたのは、思わず口から洩れた『凄く綺麗』という言葉でしか言いようがない、どう表現すればいいのか困ってしまうような芸術だった。

 海底の世界。

 仮に説明するとしたら、まさにそれに限る。

 

「米倉君って、絵とかにも興味あったりするの?」

「いや、クラスに美術部の子がいてさ。どんなことやってるのか気になっただけだったんだけど……正直ここまで凄いことをやってるとは思わなかったからビックリしてる」

「そうなんだ。そういうことなら、来て良かったね」

「ああ」

 

 こんなに凄いのに人が少ないと何だか勿体ない気がするが、そのお陰で夢野とちょっとしたデート気分を楽しめていたりもする。これは思わぬ当たりを引いたな。

 神殿のような建物の周囲を泳いでいるのは、深海に住んでいると思わしき見たこともない生物達。蛍光塗料で描かれた幻想的な壁画は、ブラックライトによって淡く光り輝いており今にも飛び出してきそうだ。

 

「何だかこうして見てたら、海底の筈なのに小さい頃に行ったプラネタリウム思い出しちゃった」

「まあ深海に行くのは宇宙に行くより難しいって言うし、案外共通点はあるかもな。プラネタリウムって行ったことないんだけど、こんな感じなのか?」

「うーん。どんな感じって聞かれると、ちょっと言葉では説明しにくいかも。興味あるなら、今度一緒に行ってみる?」

「えっ? あ、ああ。夢野が良いなら……」

「ふふ。私は別に良いよ」

 

 俺の返事を聞くなり、少女は嬉しそうに微笑みつつ答えた。

 てっきり『陶芸部の皆で』とかいうオチが付くのかと思いきや、そんなこともない様子……え? これって二人きりのデートとか、そういうお誘いだったりするのか?

 プラネタリウムの入場料ってどれくらいなんだろうと、割と本気で考えながら海底の世界を堪能していると、説明役として待機している美術部員の中に見知った姿を発見した。

 

「悪い夢野、ちょっと待っててくれるか?」

「うん。大丈夫だよ」

 

 一枚の大きな絵の前に夢野を残し、俺と同じクラスTシャツを着ている目隠れ少女の元へ向かう。当の本人はこちらに気付いていないらしく、他の客に対しても同じようにしていたのか話しかけられないようにくるりと背を向けた。

 

「あー。えっと、如月さん? 俺だよ俺」

「っ?」

「冬雪からブラックライトアートやってるって聞いてさ。どんなのか興味あって来てみたんだけど、滅茶苦茶凄くて驚いたよ。これ全部美術部の部員が描いたんだろ?」

「(コクコク)」

「やっぱり画材とかブラックライトとか、そういう準備とかも全部やったのか?」

「(コクコク)」

「だよな。いや本当、良いもの見せてもらったよ」

「ぅ」

「ん?」

「ぁ…………とぅ」

「ああ、どう致しまして……って、礼を言いたいのはこっちだって。ありがとな」

「(フルフル)」

 

 相変わらず声は小さく、極力喋ろうとしない如月はそんなことないとばかりに首を横に振る。もしかしたら陶器市同様に、生徒が来ることは珍しいのかもしれない。

 今思えば去年の文化祭でウチのクラスには黒板アートが描かれていたが、あれもきっと如月が描いたのだろう。そんな美術部の凄さを改めて感じつつ、俺は少女に別れを告げる。

 

「そんじゃまた…………ああ、そうだ。もう冬雪から聞いたか?」

「?」

「あれ? まだ聞いてないのか。あのことなら誰にも言ってないから心配すんなって」

「!」

「ただ余計な御世話かもしれないけど、そんなに恥ずかしがる必要もないと思うぞ? 少なくとも俺は好きだし、黙ってるよりは良いと思うからさ。そんじゃ、また後でな」

 

 方言は育った地域の証なんだから、大切にすべきだと何かの漫画にも書いてあったことを思い出しつつ、俺はその場を後にすると夢野の元へ戻る。

 そして先へ進んだ俺達は海底の世界から浮上。教室の外が随分と眩しく感じた。

 

「さて、どうすっか?」

「うーん……米倉君って、まだ他のハウスを見て回ったりとかしてない?」

「ああ。Cハしか見てないな」

「それじゃあ時間もあるし、全ハウス回ってみよっか」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。