俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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二十日目(日) 友達の親は大抵優しそうだった件

 とりあえず校内を順番に回ることになった俺達はAハウスへ。辿り着くなり真っ先に目に入ったのは、吹き抜けになっているホールの中央で噴水のように水を噴き出している巨大なクジラだった。

 各ハウスにはテーマが決められており、Aハウスのテーマは海賊。部屋の端には大きな海賊船もあり、これらのモニュメントは一般来場者や教師陣の投票によってどのハウスが一番良かったか閉会式に表彰される。

 

「あの噴水って、どういう仕組みなんだろうね」

「んー、全くもってわからんが、水があるだけで涼しく感じるな」

「うん」

 

 これといって回りたいクラスは無かったため、手摺りに寄りかかりつつ二階からモニュメントと各種装飾を堪能してAハウスは終了。人の行き交うモールを歩いてBハウスへ向かうと、こちらはサーカスらしく入口が紅白のテント風になっていた。

 トレードマークとも言えるピエロは勿論のこと、曲芸をする動物達や散りばめられた風船。そして一体どうやって装飾したのか、高い天井を見上げれば空中ブランコまで作られている徹底っぷりである。

 

「BハはB―7のお化け屋敷が凄いって評判だったよ」

「もしかしなくても、あの物凄く混んでるやつっぽいな」

 

 教室を見下ろすと、夢野の言うお化け屋敷は長い行列ができている様子。案内をしている生徒のTシャツを見てテツのクラスだと気付くが、出し物のクオリティまで高いとは中々やるな。

 

「結構時間掛かりそうだし、先に他の所に行ってみよっか」

「そうだな」

 

 Bハウスを後にして、顔見知りに遭遇しないことを祈りつつ我らがCハウスへ。テーマはフランスということで入口は凱旋門。そしてメインのモニュメントはエッフェル塔だ。

 至るところにあるワイングラスのオブジェや、教科書で見覚えのあるナポレオン像などは制作過程から見ているが、先程見た噴水や空中ブランコも含めてこういう完成度の高いものを作れる文化祭実行委員や生徒会は一体何者なんだろう。

 そしてその一角には怪しげなクラスが……やはりこの世界観にオカマ喫茶は若干浮くな。

 

「米倉君のお勧めは?」

「ない。よし、次はDハだな」

「うーん、私にはあそこに面白そうな喫茶店があるように見えるんだけどなー」

「それだけはマジで勘弁してくれ」

「ふふ。冗談冗談」

『トントン』

「ん?」

 

 夢野と談笑していると、不意に背中を叩かれ慌てて振り返る。

 まさかクラスメイトに見つかったのかと思いきや、そこにいたのはもっと意外な相手。笑顔で手を振る母親と「よっ」というポーズを取る父親を見て驚き声を上げた。

 

「来てたのっ?」

「だって来年には梅も入るかもしれないし、せっかくだから一回くらいは来てもいいじゃない。そうそう、櫻のクラスの……オカマ喫茶? 行ってきたけど、凄いわねーあれ」

「行ったのっ?」

「お店の前までね。流石のお母さんも、あの中に入るのはちょっと抵抗があって無理でした。一人だけ物凄く可愛い店員の子がいたけど、あれも男の子なの?」

「店の中にいる奴だったら全員男だから、多分それが葵だよ」

「葵君って言うと、オタクの子?」

「それはアキト。ほら、女装コンテストで優勝したっていう……」

「へー。あの子が葵君なのねー」

 

 中学時代の全体集会で『保護者の皆様はお子さんの元へどうぞ』とアナウンスされた時、他の親が出方を窺う中で一人真っ先に俺の元へ来た母上でも流石にあの魔境は厳しいようだ。昨日聞いた話じゃ、入ってくる客の九割は生徒らしいしな。

 母親が友人の女装姿に感心する中、様子を窺っていた夢野が俺に尋ねてくる。

 

「もしかして、米倉君のお父さんとお母さん?」

「ああ」

「どうも初めまして。米倉君と同じ陶芸部の夢野蕾です」

「夢野さんって、ひょっとして噂の夢野さん?」

「噂のって……ああ、その夢野だよ」

「あらそう! どうも櫻の母です。何でも櫻だけじゃなくて梅まで御世話になってるみたいで、本当に色々とありがとうね」

「いえ、とんでもないです。米倉君には私の方が御世話になってますし、妹も梅ちゃんのお陰で初詣とか映画とか楽しんでましたから。こちらこそありがとうございます」

「兄妹揃って迷惑かもしれないけど、これからも仲良くしてあげてもらえる?」

「はい。よろしくお願いします」

 

 自分の親と友人の会話に居合わせるのは何とも気恥ずかしい。母上と夢野が挨拶を交わす中、背後で黙っていた父上と目が合ったので居場所のない者同士として歩み寄る。

 

「可愛い子だな。コレか?」

「違うっての」

 

 小指を立てつつ囁かれるが、どうして親というのはすぐそういう思考にいくのだろう。

 魅力的なダンディなんてことは一切ない、普段通りの恰好をしている冴えない父親を見て、改めて血の繋がりを感じた俺は溜息を吐きつつ答えた。

 

「そうそう櫻。陶器市ってどっちに行ったらあるの? この地図、どうも見にくくて」

「向こうにあるBハの角を曲がって、真っ直ぐ進んで行ったら左側にあるよ。入試相談コーナーの隣。見に行くのは良いけど、別に買ったりしなくていいから」

「どうして?」

「いやわざわざお金出して買わなくても、俺が作って持って帰ってるじゃん」

「だって櫻が作ってくるお皿って、バランスが悪かったり小さかったりするじゃない。梅から聞いたけど、水無月ちゃんの作った上手な陶器が沢山あるんでしょ?」

「それなら今度からはちゃんとしたの持ち帰るからっ! とにかく勿体ないから買うなよっ?」

「はいはい。わかりました」

 

 売られている陶器を買うくらいなら、財政難の原因になっている俺の携帯料金を払ってほしい。友人達は親に出してもらっているというのに、何故我が家は自腹なのか。

 呑気な両親は夢野とも別れを告げ陶器市へと向かう。今の店番は阿久津と冬雪の二人であり、我が母上は間違いなく阿久津に声を掛けるだろうから、冬雪にも両親を目撃される羽目になりそうだ。

 何だかドッと疲れてしまったが、このCハウスに留まるのは危険すぎる。更なる災難から逃れるためにも、俺は夢野と共にDハウスへと移動を開始した。

 

「優しそうなお父さんとお母さんだったね」

「友達の親って大体そういう風に見えないか? 隣の芝生は青いってやつでさ」

「そうかな? 二人とも米倉君と同じで、明るくて楽しそうな人に見えたけど?」

「やっぱり今日こそ目薬を持ってきておくべきだったか」

「もう。米倉君はそう言うけど、私は梅ちゃんだって可愛いと思うよ?」

「優しそうなのも可愛く見えるのも外面だけだからな。そんなこと言うなら俺は梅なんかより望ちゃんの方が可愛いって思うけど、夢野は否定したりするんだろ?」

「ううん。別に否定しないよ? 私も望は可愛いと思うから」

「マジでか」

 

 やはり兄妹と姉妹じゃ色々と違うらしい。仮に梅の奴が妹じゃなくて弟だったとしたら、俺も一緒にゲームで遊んだりして仲良し兄弟になれ……る気がしないな。

 兄弟だろうが姉妹だろうが年子は高確率で犬猿の仲になっているイメージだが、年が二つ離れているとそうでもないのかもしれない。まあ妹が望ちゃんなら納得もできる話だ。


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