俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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二十日目(日) 俺と阿久津が店番だった件

「いやマジでさっきの客の量は昨日以上にヤバかったッス! ユッキー先輩の手が阿修羅みたく六本に見えたし、二秒間で千発のパンチを打てるレベルだったんスよ?」

「……そんなことない」

「いやいや、あの梱包速度は人類を超越してましたって! ぶっちゃけ隣で見てて超恰好良かったんで、やり方とか教えてほしいッス!」

「……(コクリ)」

 

 火水木のバンド演奏を堪能した後、音楽部の仕事があるということで夢野とは解散。相変わらず行く場所のない俺は、交代まで三十分ほど早かったが陶器市へと向かった。

 今の時間の当番は冬雪とテツ。TPOを弁えない後輩が陶芸一途な純情少女にセクハラをしていないか不安だったが、どうやら忙しさのピークでそれどころではなかったらしい。

 

「ってか思ったんスけど、オレばっかり忙しい時間帯の店番に当たりすぎじゃないッスかね? ひょっとしてオレ、客を呼び寄せる幸運の招き猫だったりして?」

「…………」

「ネック先輩ー。さっきからオレの話、聞いてますー?」

「んー? ああ、悪い。ちょっと考え事しててな。お前がウンコなんだって?」

「何でそうなるんスかっ?」

「漢字で書いたら運子だし、大体合ってるだろ。そんでもって今の下ネタを含めて、今までお前がしてきたセクハラ発言の全てを梅の奴に報告しておけばいいんだよな?」

「サーセンっした! 肩でも胸でも揉むんで、それだけはご勘弁をっ!」

 

 冬雪式高速梱包の実践中だったからか、早速うっかり口を滑らせるテツ。反射的に出てくる言葉がこれだと、こんなんで将来は大丈夫なのかと気を揉むな。

 客足はすっかり落ち着いており、たまにやってくる客に対して二人が対応する様子を後ろでボーっと眺めながら、先程夢野に言われた言葉を思い出す。

 

『ふー。ちょっと米倉君のイメージ、変わったかも。ビックリしちゃった』

 

 火水木のバンドで有耶無耶になっていたものの、思い返す度に大きく溜息を吐いた。

 どうしてあんなことをしてしまったのか。

 いつまでも後悔が頭から離れない中、交代の時間が近づくと阿久津がやってくる。

 

「どんな感じだい?」

「……二日目も昼過ぎだけは三人いた方が良さそう」

「ふむ。とりあえずピークは過ぎたけれど、大変だったみたいだね」

「いやマジでヤバかったッス! 聞いてくださいよツッキー先輩ー」

 

 俺にもしていたと思われる苦労譚が、ドタドタだのシュバババだのと擬音マシマシで語られる。とりあえず大変だったことと、冬雪が凄いことだけは充分に伝わった。

 阿久津に話を聞いてもらって満足したテツは、クラスの当番があるということで足早に立ち去る。冬雪も商品の位置を整えたり売り上げのチェックをしたりと、全体の細かい確認をしてから出て行き、部屋の中には俺と阿久津の二人が残された。

 

「いつ頃からいたんだい?」

「半くらいだったかな」

「それはまた随分と早いね。音穏と鉄君を手伝ってくれていたのかい?」

「いや、俺が来た時には落ち着き始めてたよ」

「それでも二人を心配して早目に来てくれたのは助かるよ。ピークの時間帯は年によって多少のバラつきがあるし、今年は一段と大変だったみたいだからね」

「単にやることもなくて、暇だっただけだっての」

「クラスの当番とかは入っていないのかい?」

「去年はほぼずっと入ってたけど、今年はオカマ喫茶だから逃げてきた」

「成程ね。そういう事情なら納得だよ」

 

 俺のクラスのモンスターハウスっぷりを知ってか知らずか、阿久津は苦笑いを浮かべる。

 仮に某風来ゲームで例えるなら、昨日はパワーハウスで今日はゴーストハウス。どちらにせよ一歩足を踏み入れた途端『テケテケテン♪』というBGMと共にレベルの高い変態共が襲いかかってくる恐ろしい状態だ。

 

「…………」

「………………」

 

 既に商品は八割近く売れているため平穏な時間が続く。

 午前に夢野と店番をしていた時にはそこそこ客も来ており、束の間の休憩で雑談をするという程良い感じだったが、こうも時間に余裕があり過ぎると話すこともなくなる。

 昨日の当番は三人態勢だったが今日は二人である上に、相手がお喋りな火水木やテツではなく阿久津ということも相俟っての静寂のため、別に居辛い訳じゃない。

 ただ考える余裕もないほどに忙しかったなら少しは気も紛れただろうが、気付けば無意識のうちに頭の中で先程の一件のことを思い起こしていた俺は再び自己嫌悪に陥っていた。

 

「…………随分と浮かない顔をしているように見えるね」

「ん……そうか? まあ、ちょっと考え事をしててな」

「蕾君とのデートのことかい?」

「デっ? 何で知ってるんだよっ?」

「陶器市に来たキミのご両親が、懇切丁寧に教えてくれたからね」

 

 …………どうして親というのはそういう余計な情報まで伝えてしまうのか。

 バレないよう隠していた訳じゃないが、いざ知られると反応に困るのも事実。相手が阿久津ということもあって、俺は若干動揺しながらも素直に答える。

 

「べ、別にデートって訳じゃなくて、ただ夢野と一緒に文化祭を回ってただけで……」

「世間一般じゃ、それをデートと言うんじゃないのかい?」

「それは……そうかもしれないけど…………」

 

 …………いや、違う。

 心のどこかでそう思い込み浮かれていたからこそ、あんな失態を晒したんだ。

 いつものように論破されそうになったところで、俺は阿久津に言葉を返す。

 

「仮にデートと呼ぶなら、この前してもらった膝枕はデート以上だぞ?」

「あれは単にキミの頼みを聞いてあげただけじゃないか」

「それなら今回も似たようなもんだっての。夢野は行きたい場所があったんだけど一人じゃ心細いから、一緒に見に行く相手として俺を誘っただけだよ」

「キミの方から誘ったんじゃないのかい?」

「ああ。色々なところを回ってたのだって、単なる時間潰しだしな」

「ふむ。その行きたい場所というのはどこだったんだい?」

「第三体育館でやってた、火水木のバンド演奏だよ」

「バンド? 天海君が?」

「他に四人のメンバーがいたんだけど、華道部と茶道部、それと書道部に演劇部だったかな。全員がその部活っぽい感じのコスプレして、火水木は作務衣姿だった」

「それはまた見事なまでにバラバラだね」

「でも演奏は本当に凄かったんだよ。アイツ、こっそり練習してたみたいでさ――――」

 

 俺は体育館で見た夢幻泡影の演奏、そして火水木のドラム捌きについて語る。

 もっともブラックライトアート同様に、芸術というのは言葉では表現しにくいもの。あの衝撃と感動を自分なりに説明し、阿久津も関心を持って聞いてくれたものの、やはり直接見聞きした時に比べれば半分程度しか伝えられなかった気がした。

 

「まさかバンドを組んでいたとは驚きだね。でも、それを聞いて安心もしたよ」

「安心?」

「夏休みの間、天海君が陶芸部に顔を出していなかったのを音穏が気に掛けていたからね。まあ展示用の大皿を作ると言い出してからは、不安も解消されていたようだけれど」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

「しかしそれだけ凄い演奏だったなら、ボクも一緒に見に行きたかったかな」

「また来年もやるんじゃないか?」

「どうだろうね。来年の今頃は受験勉強で忙しくなっているだろうし、やりたいことが自由にできたり、呑気に楽しめたりするのは今年までかもしれないよ」

「今年まで……か」

 

 そう言われると、退屈だと思っていた今までの時間が急に勿体なく感じてくる。

 一年目は人混みを嫌って店番ばかりしていた学園祭も、夢野と一緒に回っていた時は一切気にならなかった。寧ろ昨日の夜までは混雑を理由に手を繋いだりなんてできないかと妄想していたくらいだが、ピークの時間帯でも逸れるほどに混むことはないらしい。

 結局のところ祭りというものは一人じゃなく、仲間と楽しんでこその行事なんだろう。

 考えてみれば幼い頃は人混みなんて気にすることなく毎年行っていたのに、今ではめっきり行かなくなってしまった理由も単に一緒に行く相手がいなくなっただけか。

 

「阿久津はどうだったんだ?」

「何がだい?」

「学園祭、充分に楽しんだのかって思ってさ」

「面白そうな場所や気になったクラスの出し物なら、音穏やクラスメイトと大体は回ってきたかな…………と、いらっしゃいませ」

 

 例え俺がいなくなっても、阿久津には祭りを一緒に楽しめる仲間がいる。きっと中学の頃も、初詣みたいに早乙女なり部活の仲間達と一緒に行っていたんだろう。

 目ぼしい陶器がなかったのか、やってきた客は何も買わずに去っていく。残りは二十個程度しかないため仕方のない話だが、それでも阿久津は礼儀として「ありがとうございました」と丁寧に挨拶をした。

 

「楽しんだというよりは、楽しんでいるだね」

「ん?」

「キミはまるでもう学園祭が終わったかのような言い草だけれど、まだ一般公開の時間は残っているよ。それに加えてボク達には後夜祭だってあるじゃないか」

「あー、そういえばそんなのもあったな。ぶっちゃけ存在自体を忘れてたけど、そもそも後夜祭って何するんだ?」

「ボクも行ったことはないけれど、確かダンス部とか応援部とか吹奏楽部辺りのパフォーマンスだね。後は昼にやったカラオケ大会の優勝者なり、男装女装コンテストの優勝者が何かしらして、最後に打ち上げ花火じゃなかったかな」

「そりゃまた随分と豪華なラインナップだな」

 

 コンクールで毎年金賞を取っているような屋代の吹奏楽部の演奏は、普通なら聴くだけでも金が掛かるレベルらしいが、その学校に通っている身だといまいち実感が沸かない。

 まあ踊りながら演奏するマーチングバンドとかは普通に凄かったし、閉会式ですらテンションがヤバいことになる学園祭の最後を飾るとなれば盛り上がりも半端じゃないだろう。

 

「そういえば今年の女装コンテストも相生君が優勝したらしいね」

「ああ、よく知ってるな」

「二連覇ともなれば耳にも入るさ。後夜祭でのパフォーマンスは何をするんだい?」

「さあ? 去年は歌だったらしいけど」

「相生君の歌となると尚更人気が上がりそうだね」

「そうだな」

 

 阿久津も、火水木も、葵も……そして夢野だってそうだが、俺の仲間達は周囲の人間からも尊敬されるような人柄なり特技を持っている奴ばかりで本当に凄いと思う。

 それに対して、俺自身には何もない。

 

「蕾君には誘われていないのかい?」

「だとしたら存在を忘れてたりなんてしないっての」

「意外だね。てっきり後夜祭も一緒に行くのかと思っていたよ」

「夢野は夢野で、クラスの友達なり音楽部の仲間と一緒に行ったりするんじゃないか?」

「確かにそうかもしれないけれど、キミの方から誘ったりはしないのかい?」

「俺から?」

「ボクのイメージとしては、そういう誘いは男からするものだと思っていたよ」

 

 確かに阿久津の言う通り、誘うとしたら男からの方が恰好は付くだろう。

 しかし今の俺には誘う資格なんてない。

 もっとちゃんと夢野と一緒に後夜祭を見に行っても恥ずかしくないような、そんな中身を伴った人間になること……それが俺のすべき最優先事項だ。

 

「もしかしたら蕾君も、キミの誘いを待っているかもしれないじゃないか」

「それはないな……と、いらっしゃいませー」

 

 中身を伴った人間とは言ったものの、具体的には何をするべきか考えてみる。

 とりあえず学力の目標は成績優秀者。評定平均4.3以上を目指して、ただひたすらに勉強しまくるしかない。

 この前のお姫様抱っこのこともあるし、それに加えて身体も鍛えておいた方が良いか。

 部活の方も火水木みたいに、展示用の大きな陶器を作らないとな。

 

「そうそう。鉄君のクラスのお化け屋敷が大評判らしいね」

「ん? ああ、悪い。テツが何だって?」

「B―7のお化け屋敷さ。かなり完成度が高いそうだけれど、もう行ったかい?」

「いや、行ってないな」

「何でも噂だと、準備の段階で既に他クラスの先生や警備員の人を恐怖のドン底に陥れていたそうだよ。ボクも興味があったけれど、並んでいたからまだ行っていなくてね」

「へー」

 

 阿久津の話に空返事をしながら、橘先輩が語っていた内容を思い出す。

 俺も髪型とかを少し弄ったりして、お洒落にも気を遣ってみるべきだろうか。

 後は夢野みたいにバイトをして、社会経験だって身に付けておくべきかもしれない。

 

「…………」

「………………」

 

 そして何よりも、もっと自制できるような真人間になろう。

 次から次へと浮かんできたやるべきことに決意を固めていると、あっという間に交代の時間を迎える。賑やかだった文化祭も終了まで残り三十分となり、最後の店番を務める冬雪と早乙女が戻ってきた。

 

「……ただいま」

「ミナちゃん先輩! お疲れ様でぃす!」

「それじゃあ二人とも、後は宜しく頼むよ」

 

 二人とバトンタッチした俺達は、揃って陶器市を後にする。

 互いに自分のハウスへと戻るため同じ道を歩いていたが、少しして数歩先にいた阿久津が足を止めるなり、深々と息を吐き出してから身体を大きく伸ばした。

 座りっぱなしで疲れていたらしい少女の隣を、何から始めるか考えていた俺は黙って通過する。

 

「櫻」

「ん?」

 

 背後から声を掛けられ、何かと思い振り返った。

 人の顔を見るなり呆れた様子で溜息を吐くという、割と失礼なことを平然でやってのけた幼馴染は、俺の元に歩み寄りながら以前どこかで聞いたことのある言葉を口にする。

 

「キミは暇だろう?」

 

 まあこれといった用事はないが、やるべきことだらけな俺に暇なんてない。今だって残り三十分の文化祭を勉強と筋トレ、どちらで過ごすべきか悩んでいたところだ。

 しかしながら阿久津はそんなこちらの事情など一切考えず、唐突に思わぬことを言い出す。

 

「少し散歩に付き合ってくれないかい?」


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