俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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末日(水) 答えは日記の中だった件

『ペットは家族なのか』

 

 この問いに対する答えは大きく割れるだろう。

 ましてや今の時代では育成ゲームのような電子ペットや、動物型ロボットのような玩具もあるし、ロボット掃除機をペットと見なし名前を付ける人だっているくらいだ。

 例え機械だろうと、愛着が湧けばペットにも家族にもなりえる。逆に言えば家族にも拘わらず、子供に首輪をつけて問題沙汰となったケースだってある。

 血縁関係は『家族』という言葉の定義に過ぎず、やはり何よりも大切なのは愛の有無なんだろう。

 

『梅が知らないなら、桃姉さんにはちょっとわからないぴょん☆』

 

 そう考えれば姉妹愛が強かった我が家において『わんこっち』が家族の一員になれず、行方不明になってしまったのも仕方ない話……だと思いたい。

 謎の語尾と☆マークが地味にウザい姉貴のメールに『了解』と短い返信を送った俺は、しとしと雨が降っている曇り空を見上げてから傘を差す。

 本日9月8日は夢野の誕生日だ。

 しかしながら月曜に文化祭の片付けを終えた俺達屋代の生徒は、昨日と今日が土日の振替休日となり学校は休みだったりする。

 恐らくは火水木のことだから冬雪の誕生日を祝った時のように、夢野の誕生日も明日陶芸部で祝うことになるだろう。渡すのはその時でも問題ないかと思ったが、誕生日がいつも休みで祝ってもらえない姉妹を見ている身としては当日の方が良さそうな気がした。

 

「いらっしゃいませ」

 

 夢野が今日バイトでコンビニにいることは、勤務の時間帯まで含めて把握済みだ。

 どことなくストーカーの発言に聞こえなくもないが、その情報源は妹である望ちゃんに聞いたものであり一応の許可は得ていたりする。

 

「よう。お疲れさん」

「米倉君は栄養補給?」

「まあそれもあるかな」

「?」

 

 結局あの後、夢野とは元通りの関係に戻っていた。

 険悪になることもなければ進展するようなこともなく、普段と変わらないままだ。

 俺は購入する桜桃ジュースと共に、手作りキーホルダーを包んだ袋を少女に差し出す。

 

「誕生日おめでとう。これ、良かったら」

「えっ? ありがとう! ちゃんと覚えててくれたんだ。それにプレゼントまで……」

「大した物じゃないから、あんまり期待しないでな」

「もしかして、このために来てくれたの?」

「まあな…………と、それじゃあまた明日!」

「うん! 本当にありがとうね!」

 

 新しい客が来てしまったため、邪魔しても悪いと思い早々に話を切り上げる。

 のんびり歩いて帰宅した俺は自分の部屋へ戻り、課題テストに備えて勉強しようとしたところで筆箱の中の消しゴムがないことに気付く。

 そういや梅の奴に貸したままで、返してもらってなかったな。

 

『コンコン』

 

 妹は学校に行っているため当然反応はなし。それでもちゃんとノックはしたので、遠慮なく部屋の中へと侵入する。元はと言えば借りパクしたアイツが悪い。

 机の上をざっと探してみるが、やはり学校に持って行ってしまったのか見当たらず。しかし阿久津がいた時はしっかり片付けてたのに、今のゴチャゴチャ具合は俺の部屋といい勝負な辺りが血の繋がりを感じずにはいられないな。

 

「…………?」

 

 捜索を諦めようとした時、ふと机の下に転がっていた数冊の日記帳を見つける。恐らくはこの前に俺が頼み、引っ張り出してきてもらったせいだろう。

 一体いつから書いているのかと一番古い物を確認すれば、どうやら始めたのは小学四年生からの模様。きっかけは親から日記帳をプレゼントされたことらしい。

 開きっぱなしのまま転がっていたページを覗けば、ふと目に入ったのは『お兄ちゃんが怒られてた』だの『お兄ちゃんなんて大嫌い』の文字。前に一度梅の日記を覗き見して親に叱られたし、同じ失敗を繰り返して更に怒られないためにもこの辺にしておこう。

 

『――――にゃんこっち――――』

 

「?」

 

 そう考え視線を外そうとした直前、ふと興味のある単語が目に入った。

 …………わんこっちならまだしも、にゃんこっち?

 疑問に感じた俺は再び日記帳を覗き込む。

 そこには俺が親に怒られ、梅に嫌われていた理由が汚い字で詳しく書いてあった。

 

 

 

『今日はクリスマスなのに、お兄ちゃんがものすっごくおこられてました。せっかくサンタさんがわんこっちとにゃんこっちをプレゼントしてくれたのに、梅はにゃんこっちをもらえませんでした。お兄ちゃんなんて大っきらい! 大大大大大きらい!!!』

 

 

 

「――――――」

 

 それを見た俺は、間抜けにも口を開いたまま硬直していた。

 思い出す。

 この日に、一体何があったのか。

 それだけではない。

 頭の奥深くに眠っていた記憶が呼び起こされる。

 断片的だった遠い昔の思い出と、数多くの疑問が繋がっていく。

 バラバラだったパズルのピースは、やがて一つの結論を導き出した。

 

「そうか……そうだったんだ……」

 

 放心したまま、無意識に呟く。

 ようやく全てを理解した。

 俺の彼女が120円で、300円で、そして2079円だった、その理由を…………。




ここまで読んでくださりありがとうございます。
引き続き『俺の彼女が120円だった件』の9.5章を楽しんでいただければ幸いです!

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