俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十二月(上) 仰げば尊い

「範囲票を見せてもらってもいいかい?」

「了解でぃす!」

「数学は……三角比がメインみたいだね。二年生になったら三角関数へと繋がる大事な単元だけれど、星華君は理数と人文どっちに進むんだい?」

「人文でぃすね」

「それなら今回は時間もないし、最低限点数を取るために確実に出るであろう問題から対策をしていこうか。とりあえずは公式を覚えているか確認だね」

「お願いします」

 

 できることならミナちゃん先輩と同じ理数系に行きたいところでぃすが、高校数学がこんなにも難しかったとは……早乙女星華(さおとめせいか)、一生の不覚でぃす。

 今は期末テスト前で部活動休止期間中。今日も陶芸室には音穏先輩や天海先輩、それと根暗先輩とか鉄の阿呆が自習に来てましたが、有象無象が帰った今はミナちゃん先輩と星華の二人だけ。苦手な数学を付きっきりで手取り足取り教わってます。

 

「三角形の面積公式は言えるかい?」

「へ……? 底辺×高さ÷2でぃすよね?」

「それは今までの話だね。その様子だと正弦定理や余弦定理も厳しそうかな?」

「わ、わからないでぃす……」

 

 ああ、何たる失態! 恥! 屈辱! まさかこんな醜態を星華が晒すことになるなんて……こんな……こんな筈じゃなかったのに!

 違うんでぃす、違うんでぃすよミナちゃん先輩。それもこれも全部あのエリマキトカゲみたいなクソ教師が日本語を話さないのが悪いんでぃす! 憎い! 憎ぃいい!

 

「それならsin、cos、tanの関係式は言えるかい?」

「関係式……えっと、三つあるやつでぃすか?」

「そうだね」

「それなら大丈夫でぃす! 一つ目が――――」

 

 ミナちゃん先輩は「数学を教えるならボクより櫻の方がわかりやすいよ」なんて謙遜してましたが、例え少しまともになったからと言っても根暗先輩から勉強を教えてもらうなんて反吐が出ますし、何より星華のプライドが許しません!

 それに何でも聞いた話じゃ夏休みの間、ミナちゃん先輩があの梅っ子に勉強を教えた結果みるみる成績が上がったとか何とか。本当に流石としか言いようがないでぃすね。

 あのアホの子の代名詞が急成長したなら、星華だって負けるわけにはいきません。ミナちゃん先輩に仕える者として相応しくなれるよう、何としても頑張らなければ!

 

「ふむ。ちゃんと覚えていたみたいだね」

「と、当然でぃす」

「三角比の単元で特に重要なのは、その三つの公式と正弦定理、余弦定理、面積公式……後は内接円の半径の求め方くらいだよ。他にも角度を変換する公式だとかヘロンの公式なんてものもあるけれど、まずは基本的な問題を解けるようにしていこうか」

「了解でぃす!」

 

 何とか汚名返上できましたが、正直危ないところでぃした。サインだかコサインだか知りませんが、こんな何の役にも立たなそうなことを勉強するとか意味不明でぃす。

 問題集を開くなり、テストで出やすい問題に印を付けてくれるミナちゃん先輩。星華、ミナちゃん先輩が先生だったら100点どころか120点を取れる気がします。

 

「正弦定理や余弦定理を使うタイプの問題は、最初に図形を描いておくといいよ」

「わかりました!」

 

 その後は淡々と問題を解いていきましたが、出てくる問題は三角にサンカクにさんかくに△……三角形ばっかり描いてたら、この間のハロウィンパーティーでミナちゃん先輩がかぶっていた三角帽子を思い出してきました。

 可愛い魔法少女に変身したミナちゃん先輩の姿を思い出せば、こんな問題なんてマジカルパワーでチョチョイのチョイっと解き終える筈でぃす!

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「ま、まだ入ったら駄目なんでぃすか?」

「天海君が一人ずつ呼んでいくから、もう少し待つ必要があるね」

「うう……こんな姿を根暗先輩と鉄に見せるだけでも末代までの恥なのに、もしも通りすがりの人に見られたら……はあ、どうして星華がこんなことを……」

「……わかる」

「でも雪ちゃんのメイド姿、物凄く可愛いよ?」

 

 陶芸室のドアの前で待機している星華達。前にテスト勝負で負けた際に天海先輩の命令でアイドル衣装を着せられた星華にとってはコスプレなんてトラウマものでぃすが、ミナちゃん先輩も参加すると聞いて渋々やることにしました。

 引き当てた服が巫女服と聞かされて安心したのも束の間、渡されたのはミニの巫女服。キョンシー姿の蕾先輩曰くこれでもマシな方とのことでぃすが、仮にこれが当たりの衣装だとすれば外れは一体どれだけ酷い衣装なんでぃすか。

 

「ハラハラウキウキが足りてない皆さん! おー待ーたーせーしーまーしーたーっ!」

「いよっ! 待ってたッス!」

 

 一足先に中へ入っていった天海先輩も際どいミニスカナースの筈なのに、どうしてあんなに堂々としていられるのか星華には全く理解できません。

 唯一の癒しは三角帽子をかぶって、露出の多い服とミニスカ魔法少女になったミナちゃん先輩だけ。ああ、本当に目の保養……いえ、心が洗い流される凄まじい可愛さでぃすが、こんな素晴らしい御姿を飢えた狼共に見せて大丈夫なんでぃしょうか?

 何でも去年はドラキュラの衣装を着たらしいでぃすが、寧ろそっちの方が見たかったでぃす。あわよくば星華の首筋に牙を突き立てて、血を吸ってもらいたかったでぃすね。

 

「男性陣も中々の……うん、本当に中々の揃い踏みですが、やはりコスプレの華と言えば女の子っ! それでは一人ずつ入場して貰いましょう! まずは今年のニューカマーことホッシー、どうぞ!」

「は、入っていいんでぃすか?」

「……(コクリ)」

 

 はあ、これでようやく誰かに見られるかもしれない不安からバイバイできます。

 星華が中に入ってみれば、そこには去年のミナちゃん先輩とは対極的なこと間違いなしの冴えないドラキュラな根暗先輩と、それに…………それに……………………っ!?

 

「よっ! メッチっ!」

 

 …………化け物でぃす。

 そこには、紛れもない化け物がいました。

 コウモリみたいな羽。

 ニョキっと生えた二本の角。

 矢印みたいな尻尾。

 そんなパーツを付け、キャミソールを着て、ニーハイを履いた、筋骨隆々の男でぃす。

 その姿はデビルマンでも何でもない、単なる露出狂でぃした。

 はっきり言って尋常じゃない鉄のキモさに、思わず吐きそうに――――。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「――――星華君、星華君」

「はっ!」

「ペンを持ったまま固まって、どうしたんだい?」

「い、いえ……何でもないでぃす」

「解き方のわからない問題があったら、遠慮なくボクに聞いてくれて構わないよ」

「了解でぃす!」

 

 ミナちゃん先輩の魔法少女姿でやる気を出す筈が、危うく記憶から消し去りたい最悪なものを思い出すところでぃした。本当、何なんでぃすかあの変態は……。

 気を取り直して三角比の問題を解いていきますが、今度は単位円を描く問題ばかり。何度も描いているうちに円が歪んできて、体育祭の陸上競技場を思い出してきました。

 あの時のミナちゃん先輩の声援を思い出せば。こんな問題なんて瞬殺できる筈でぃす!

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 星華は足がそこそこ速いので、出場した種目は4×100mリレー。本当は去年のミナちゃん先輩と同じ、HR対抗リレーに出場したかったでぃす。

 予選を勝ち抜いての決勝戦。アンカーだった星華はスタンド前を走ります。

 

「星華! 頑張ろうね!」

「当然でぃす!」

 

 こうして走る姿を見せる以上、ミナちゃん先輩に恥ずかしい姿を見せるわけにはいきません。特に星華が抜かれるなんてことは言語道断でぃす。

 

『パァン!』

 

 スタートの銃声が鳴り第一走者、第二走者、第三走者とバトンが繋がります。

 星華達のクラスは二位……一位と、かなり順調のままバトンが回ってきました。

 

「星華!」

 

 練習の甲斐もあってバトンパスは問題なし。他のクラスとの差は僅差でぃす。

 

「メエェーッチ! メエェェェェェッチ!」

 

 何やらスタンドの方で変な羊が鳴いています。そんな力が抜けそうな変な応援のせいで、僅かに開いていた差が縮まり並ばれてしまいました。

 

「頑張れーっ! 早乙女ーっ!」

 

 本当に、余計なお世話でぃす。

 どこからともなく聞こえてきたムカつく応援のせいで、抜かれることこそないものの隣を走っている生徒を抜くこともできないままデットヒートが続きます。

 

「ホッシー、ファイトーっ!」

 

 天海先輩は声がでかすぎでぃす。

 そんなに叫ばれると、星華が求めてるミナちゃん先輩の声が聞こえません。

 

「――――星華君――――」

「!」

 

 それでも星華の耳には、はっきりと聞こえたのでぃす。

 星華を応援する、ミナちゃん先輩の声。

 その麗しい声が聞こえた以上、絶対に負けるわけにはいきません。

 激しい死闘の末に勝敗は決し、走り終えた星華はトイレの前で偶然にも根暗先輩と音穏先輩に出くわしました。

 

「……トメ、お疲れ」

「…………」

「惜しかったな。あと一歩の差だったぞ」

 

 本当、根暗先輩に同情されるとか思い出しても反吐が出ます。

 星華は黒谷南中の夜空コンビとして、華々しい勝利を飾る筈でぃした。

 あと一歩どころか、ほんの数ミリの差だったのが悔やまれます。

 

「おい、どこ行くんだよ? この後のハウス対抗リレーは陶芸部で集まって伊東先生の応援するから、Fハウスの席に集合って火水木から聞いてるだろ?」

「…………星華はいいでぃす」

「はあ? 全く……体育祭くらいで気にし過ぎだっての。もしかしなくてもお前のことだから、リレーで負けたから阿久津に顔向けできないとか考えてるんだろ?」

「……トメは頑張ったから、落ち込む必要はない」

「…………」

「いいから来てみろって。お前が負けたことなんて皆の記憶から吹き飛ぶくらいに、強烈なインパクトある走りを伊東先生が見せてくれるからよ」

「…………?」

 

 

 

『土木作業員キターッ!』

『何でも聞いた話によると陶芸部の顧問らしいぞ!』

『相変わらず凄ぇ走り方だ……あれが汎用人型決戦兵器、トウゲリオンか!』

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「――――星華君、星華君」

「はっ!」

「随分と念入りに見直しをしているようだけれど、何か不安があるのかい?」

「い、いえ……何でもないでぃす。これで大丈夫でぃすか?」

「ふむ。確認をしてみようか」

 

 ミナちゃん先輩の声援で元気を出す筈が、無駄に伊東先生のとんでもない走り方を思い出してしまいました。本当、何なんでぃすかあの走法は……。

 再び気を取り直して、赤ペンを手に取り星華の解答に○を付けていくミナちゃん先輩を眺めます。赤ペン先生になったミナちゃん先輩も素敵でぃすね。

 勉強ができて、運動もできて、陶芸もできる。

 そんな何でもできるミナちゃん先輩だからこそ、付き纏う悪い虫はファンクラブ会員一号の星華が追い払う……いえ、焼き払わなければ駄目なのでぃす。

 最近だと根暗先輩と妙に親しげに話してるのが星華は気になります。まあ幼馴染ということでぃすし、昔より少しはマシになったようなので免じてあげてますが…………少しでも粗相をしようものならブチコロ確定でぃすね。

 

「全問正解だよ。流石星華君だね」

「えへへ……」

 

 ミナちゃん先輩に褒められるとか、星華にとってはこの上ない感激でぃす。

 後は期末テストをしっかりこなして、星華の勉強の成果を見せれば完璧でぃすね。

 

「そういえば星華君、大晦日は空いているかい?」

「勿論でぃす! 今年の初詣は梅っ子の合格祈願でぃすね」

「流石だね。話が早くて助かるよ」

 

 言葉を交わさずとも想いが伝わるツーカーの仲。それが黒谷南中の夜空コンビなのでぃす!

 

 ◆




ここまで読んでくださりありがとうございます。
引き続き『俺の彼女が120円だった件』の10章を楽しんでいただければ幸いです!

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