俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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一日目(水) 修学旅行の始まりだった件

 新年を迎えてから一週間が経つと、残っていた冬休みもあっという間に終了。三学期が始まると共に三年生がセンター試験を目前に控える中、俺達二年生の間では空前絶後のカップルブームが怒って……いや、起こっていた。

 その理由は高校生活三年間に置いて一度しかない文化祭以上の一大イベント、修学旅行が迫っていたため。大切な思い出を恋人と過ごしたいという気持ちは男女共に同じらしい。

 現に俺達C―3のクラス内でも、そこはかとなく幸せオーラを出している疑わしい人物が複数名おり、バレンタインでもないのにソワソワしながら過ごす奴も多かった。

 

「そんじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃ~い! お兄ちゃん、パイナップルチョコちんすこうだからね? 普通のちんすこうじゃないからね? 絶対に買ってきてね?」

「へいへい。何回目だよそれ? ちゃんと買ってくるっての」

「イエ~イ! ちんすこちんすこちんすこすこ♪」

「そういう誤解を招く発言をするな」

「はえ?」

 

 そして二週間が過ぎ去るとセンター試験も終わり、三年生が残り数日で家庭研修期間に入ろうという時期の中で俺達は修学旅行当日を迎える。

 CハウスとFハウスの二泊三日の旅の行き先は沖縄であり、空港に集まった生徒達は飛行機に搭乗。俺にとっては初めての飛行機体験であり、今か今かと中々離陸しない飛行機が動き出し浮かび上がった瞬間は感動ものだった。

 

「スゥー、ハァー。スゥー、ハァー」

「おいアキト、大丈夫か?」

「ツヅキヲ……クイズノツヅキヲ……」

 

 そんな感動とは裏腹に、大空へ飛び立った巨大な鉄の塊の中で余裕のない男が一人。

 普段のオタク口調を喋る余裕すらなく、俺の隣で呼吸を荒くしながらロボットみたいにカタコトの返事をしているのは親友の火水木明釷(ひみずきあきと)。驚いたことにこのガラオタ、実は高所恐怖症だったらしい。

 その衝撃的事実を聞かされたのは、ほんの数十分前のこと。大丈夫なのか尋ねたところ「寝れば問題ないと思われ」なんて言っていた癖に、いざ離陸した結果がこのざまである。

 

「あ、ああ。えっと……辛に線を一本足すと幸になるけど、幸に線を二本足してできる漢字って何だ?」

「ミナミ」

「くそっ、正解だ。後は……そうだ! あれがあった! スイカ、バナナ、りんご、ももを積んだトラックが走っている。このトラックが急カーブで落としたものは何だっ?」

「ソクド」

「うぐ……あ! とっておきのを思い出したぞ! 生年月日が同じで両親も同じなのに、その子供達は双子じゃない。それは何故だっ?」

「ミツゴダッタカラ」

「即答かよっ!」

「ツヅキヲ……クイズノツヅキヲ……スゥー、ハァー。スゥー、ハァー」

 

 クイズ番組や学校行事の催し物で出されていたなぞなぞを思い出して片っ端から出してみるものの、無駄に頭の回転が早いアキトには全てが秒殺されていく。

 最早このクイズゾンビを止める方法は……いや待て。考えてみれば別にクイズじゃなくても、コイツの気が紛れさえすれば何でも良いんだ。

 

「食パンの袋を留めてるアレの名前は?」

「バッグクロージャー」

「くっ……視力検査のCのやつの名前は?」

「ランドルトカン」

 

 …………こういう奴が高校生クイズとかに出場するんだろうな。

 なぞなぞが駄目なら雑学方向へとシフトしてみたものの、その情報源はネットで見たものばかり。ガラオタであるコイツも俺と同じ記事を見ていたに違いない。

 

「段差に落とすと面白い、虹色のバネの奴の名前はっ?」

「………………」

「おっ?」

「シラナイ……コタエハ?」

「ふっ……俺が知ってると思うか?」

 

 後になってから調べてみたところ、正式名称はスリンキーとのこと。由来は『しなやかで優美』という英単語らしいが、言われてみれば玩具が主役だったネズミーの映画において身体がバネになってる犬の名前もそんな感じだったっけな。

 最終的には出題者である俺が、物の名前を尋ねるだけの質問大会と化す。床屋の前にある三色のぐるぐる回る看板がサインポール(または有平棒)なんて正式名称だとか、知ったところで今後の人生において役に立つ機会は滅多にないだろうし、仮にあったところでその頃には忘れていること間違いなしだろう。

 

「…………ヨネクラシ」

「何だ?」

「ボクノクビヲシメオトシテクダサイ」

「無茶言うなよっ! 目を瞑って素数でも数えてろ!」

「ソスウ……ニ、サン、ゴ、ナナ、ジュウイチ、ジュウサン、ジュウナナ――――」

 

 前日を徹夜で過ごして寝る準備は万全とのことだったが、結局不安なのか眠れない様子。気を紛らわせるためのクイズもネタ切れになったため、羊を数える要領で素数をカウントさせてみる。

 

「なあ渡辺(わたなべ)。何かクイズとか知らないか?」

「ふー。ふー」

「渡辺?」

「悪い。酔った……」

「………………御客様。御客様の中で、渡辺の背中を擦りたい方はいらっしゃいますか?」

「――――ロクジュウナナ、ナナジュウイチ、ナナジュウサン、ナナジュウキュウ、ハチジュウ……サン、ハチジュウ……キュウ、キュウジュウ…………ナナ、ヒャク………………イチ――――」

 

 他のクラスメイト達はワイワイ楽しんだり、呑気な男子連中なんて機内で見つけたゆるふわ系スッチーをナンパしに行ったというのに、どうして俺だけこんな目に遭っているのだろうか。

 三桁間近になってようやく暗唱速度が下がってきた素数マシーンのアキトと、イケメンなのにエチケット袋を握り締め呼吸を荒くしている渡辺に挟まれながら空の旅は続く。

 まあそれでも窓の外に広がる空みたいに綺麗な海や、丸く見える地球。時折機長が案内する島の数々は、それなりに見ることができたから良しとしておこう。

 

『皆様。只今沖縄、那覇空港に着陸致しました。これより、駐機場まで移動して参ります。シートベルト着用のサインが消えるまでお席でお待ちください――――』

 

 着陸直前や着陸の瞬間は結構揺れもしたが、約二時間半に渡る高度一万メートルの旅は無事に終了。現在の外の気温等についてアナウンスが聞こえてくる。

 音読した数字が全て合っていたのか判断する術はないが、最終的に四桁の1009まで素数を暗唱してみせたガラオタは安心するように大きく深呼吸をした。

 

「アキト、生きてるか?」

「ハイ」

「今の高度は?」

「ロー」

「オーケー。問題ないな。渡辺は大丈夫か?」

「まだ外に出たら駄目なのか……? 空気が吸いたい……」

「ああ。まだみたいだな。それと一応言っておくが、お前が今吸ってるのも空気だぞ?」

「ふー。ふー。酸素が欲しい……」

 

 乗り物酔いの対応は阿久津で慣れているが、生憎と今は飴の持ち合わせがない。帰りの時には何かしら酔い止めになりそうな物を用意しておいてやろう。

 鮮やかなステンドグラスが目に入る空港で、人数確認を終えた頃には二人とも完全に回復。この後のバス移動は大丈夫なのか不安だったが、長時間でなければ渡辺も問題ないらしく俺達は『めんそーれ』の文字に見送られながら出発した。

 

「なあアキト。一つ聞いてもいいか?」

「今の拙者に答えられないことなど、ほとんどない!」

「確かお前、前に俺達がネズミースカイに行くって話になった時に「拙者が行った場合は七人になって、何をするにも半端になるお」とか恰好良いことを言ってたよな?」

「あー……確かにそんなことを言ったような希ガス……」

「今になって思えば、あれって単にお前が乗り物に乗れなかっただけだろ?」

「どう見ても高所恐怖症が原因です、本当にありがとうございました」

「よし、卒業旅行はネズミー決定だな」

「テラヒドス! 仮にそうなった場合、拙者は延々とハニーハントしてるお」

 

 そんな雑談をしながらバスの外の景色を見てみると、空港付近の海もそこそこ綺麗だったが更にそれを上回る美しい海が広がっていた。

 沖縄は雨が多いと聞くが、今年は天候にも恵まれた様子。向こうでは手袋とマフラーが必須の寒さだったがこっちは完全に不要であり、学ランを脱いでYシャツの腕を捲り始める者も何人かいる中、最初の見学場所である平和祈念資料館へ到着する。

 

「…………」

 

 名前が『塔』なだけに、最初は高くそびえ立っている建造物を想像していたが、実際にそこにあったのは白い横長の慰霊碑。そこには犠牲者の名前が刻まれていた。

 中に入り資料館の見学をした後は、講和を聞いて歴史を学ぶ。証言がリアルなVTRを見たり、生々しい展示の数々を見たりして具合が悪くなった生徒も何人かいたようだ。

 

「大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫。ごめんね」

 

 友人の相生葵(あいおいあおい)もそんな生徒の一人。女子のように高い声の美少年は外に出るなりそう答えるものの、やはり気分が優れないのか青白い顔を浮かべている。

 

「無理はするべきじゃないお。ぶっちゃけ拙者も先程金縛りに遭ったですしおすし」

「えっ?」

「お前のは単なる睡眠不足だろ」

「フヒヒ、サーセン」

 

 もっとも自称霊感のある生徒が言うには、ここには何かしら感じるものがあるとのこと。どうにも胡散臭くて信用ならないが、まあ単に俺が鈍いだけかもしれない。

 平和祈念資料館の後に向かったのはガマと呼ばれる洞窟だが、これまた自称霊感のある生徒曰くこっちの方が格段にヤバいとのこと。その真偽はともかくとして、実際のところ葵を含めた何人かは体調が優れず中には入らないまま外で待つことになった。

 

「………………」

 

 塔の次は洞窟とダンジョンみたいな名前の場所が続くが、今回は本当に文字通り完全な洞窟。それも人が生活していたとは思えないくらいに中は暗かった。

 ガマにも色々な種類があり、歩くには適さないゴツゴツした岩場を進んだり狭い所を潜り抜けるような場所もあるそうだが、俺達が入った場所はまだマシな方とのこと。それでも心なしか重苦しく感じる冷たい空気が漂っている気がした。

 

「黙祷」

 

 懐中電灯を消した俺達は、ガイドさんの声に合わせて一分間の黙祷を行う。

 目を開けようが閉じようが暗闇の空間……隣にいるクラスメイトの姿すら見えない。

 

「………………」

 

 修学旅行って、こんな感じだったっけ?

 我ながらそう思ってしまうくらいに真面目な空気だったものの、歴史を学ぶための旅をしていたのはこの辺りまで。ガマ見学を終えた後で再びバスに乗りホテルへと移動した頃になると、飛行機に乗っていた時と同じいつもの雰囲気へと戻るのだった。


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