俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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二日目(木) 夢の夜と流れ星だった件

 火水木の大音量ボイスに鼓膜を破られないよう備えていたが、慌てて携帯を耳に近付けると共にアキトの方を振り返る……が、どうやら用を足しに行ってしまったらしい。

 

「ゆ、夢野かっ?」

『正解。ビックリした?』

「あ、ああ。驚いたよ」

『ふふ。ミズキにお願いして変わってもらっちゃった』

「そ、そうか。そっちはどんな感じだ?」

『夜御飯も御馳走になって、今はのんびりしてたところ。米倉君は?』

「こっちも同じだな。泊まり先のオバチャンが物凄い量の御飯を作ってくれてさ。もう破裂しそうなくらいお腹いっぱいで動けないから、今は夜空を眺めながら絶賛消化中だ」

『食べてすぐ横になると牛さんになっちゃうけど大丈夫?』

「なんくるないさー!」

 

 使い方が合っているか今一つわからない覚えたての沖縄弁で答えると、受話器の向こうにいる夢野がクスッと笑った。他にもオッチャンがよく口にしていたワッター(私達)とか、テーゲー(適当に)とか、デージ(凄く)辺りは印象に残っていてお気に入りだ。

 

『米倉君は今日、どこに行って来たの?』

「どこって言われても、色々な所に行ってきたからな。とりあえず最初はハブとマングースの戦いを見に行ったんだけど、今は動物愛護法で戦わせるのが禁止になったらしくてさ」

『えっ? そうなの?』

「ああ。俺も知らなかったから驚いたけど、蛇を使ったショーとかやってくれて面白かったぞ。マフラーみたいに首に巻き付けられた時は、生きた心地がしなかったけどな」

『首に……ハブを……? 大丈夫だったの?』

「いや、首に巻かれたのは毒のない蛇だよ。名前は……何だっけ?」

 

 ハブの扱いに関しては、ショーのおじさんもかなり気を付けていた様子。厳重に鍵の掛かっているポリバケツの中から長い棒みたいな物を使って取り出し、器用に扱いながら毒液が垂れている牙などを見せられた。

 

「肝心の対決部分は昔の映像で見せてもらったんだけど、思ったよりも呆気なくて試合開始! ガブッ! 終了! みたいな感じだったな」

『どっちが勝ったの?』

「マングースだよ。あれだけハブのことを持ちあげたのに、勝つのは大抵マングースらしいぞ。まあハブは夜行性でマングースは昼行性ってのも大きいと思うけど――――」

 

 お土産に良さそうなハブグッズも沢山あったので、金運に効くというハブの皮でできた御守りを姉貴への土産に一つ買っておいた。こういう変なの好きそうだしな。

 インパクトとしては今日一番だったんだが、夢野の反応はいまいち。改めて考えてみれば所詮は爬虫類だし、女子に語るような内容ではなかったかもしれない。

 俺の話を親身になって聞いてくれてこそいるものの、徐々に不安そうになっていく少女の声を耳にして、今更ながらそのことに気付き話題を変える。

 

「その後は海に行って、シーカヤックに乗ったな」

『あ! シーカヤックって、カヌーみたいなのだよね?』

「そうそう。左右の両方で漕げるようになってるパドルっていうのを使って漕ぐんだけど、これがまた結構難しくてさ。中々真っ直ぐ進まなかったけど、転覆はしなかったぞ」

『いいなー。私も乗ってみたい!』

「そんでもってバナナボートにも乗ったんだけど、これがまたネズミーのアトラクションみたいな感じで最高に面白くてさ。救命胴衣を着てボートに乗った俺達をジェットスキーで引っ張る運転手のニーチャンが意地悪で、全力で俺達を振り落としにくるんだよ」

『うんうん』

「皆で「うっひゃーっ!」って騒いでたんだけど、猛スピードでカーブを曲がった瞬間に俺の目の前にいたアキトが突然消えたんだよ。それで横を見たら「ふぉおおおおおおお」って言いながら吹っ飛んでてさ。思わず「アキトォォォッ!」って叫んで爆笑だったわ」

 

 その時の光景が蘇り思い出し笑いをしてしまったが、夢野にもしっかりウケている様子。シーカヤックもバナナボートも、カップルで乗ったりしたらもっと面白いんだろうな。

 

「夢野はどこに行ってきたんだ?」

『私? えっとね、最初に行ったのは民芸品作りができる工房かな。海のランプとか色々作っちゃった』

「海のランプ?」

『うん。珊瑚の欠片とか、貝殻とか、ガラスの欠片とかを使って電球を飾りつけするの。何かこう、ピストルみたいな道具を使ってくっつけたんだけど……何だっけ?』

「グルーガンか?」

『そうそう。グルーガン!』

 

 アキトの家にそんな物があったのを思い出す。工作する人間にとっては常識的な道具で100均でも普通に売られているらしいが、生憎と不器用な俺は知らなかった。

 

『それから、サーターアンダーギーも作ったよ! お土産用に沢山あるし、日持ちもするって言ってたから帰ったら米倉君にもあげるね』

「マジか。サンキュー」

『後は……あっ! お昼にもずくの天ぷらを食べに行ったんだけど、猫ちゃんが物凄く沢山いてね。食べるためには椅子から猫ちゃんを下ろして、テーブルから猫ちゃんを下ろして、大変だったの!』

「ぷっ、どんな状況だよそれ?」

「後で写真見せるけど、本当に沢山いたんだってば!」

 

 大事そうに猫を抱えては下ろし、抱えては下ろしを繰り返す微笑ましい夢野を想像してしまい思わず笑ってしまう。こっちも虫だらけじゃなくて、猫だらけなら良かったのにな。

 その後も俺は夢野と沖縄体験について語り合う。一日目に泊まったホテルのことや、さんぴん茶にゴーヤチャンプルー、タコライスといった沖縄グルメを堪能したこと。話しても話しても話し足りないくらいで、話題は尽きることが無かった。

 

『私の友達なんて、せっかく遠くから来たんだしってお酒まで奨められたって言ってたよ』

「いや流石にそれは駄目だろ! …………ん?」

『どうかしたの? 米倉君?』

「…………いや、何でもない。そういや火水木はどうしてるんだ?」

『ミズキなら今頃、きっと部屋で友達と恋バナとかしてるかも』

「そうか。アイツらしいな」

 

 ようやく消化が進み身体も少し動かせるようになったため上半身を起こすと、背後に一枚の紙飛行機が落ちていたことに気付く。

 何かと思い中を開いてみれば、そこには『満腹で動けない米倉氏には断られたので、拙者と相生氏と渡辺氏の三人で夜散歩にでも行くお』とのメッセージ。一体いつ投げられたのかは知らないが、本当に余計なことまで気遣いのできる兄妹で困るな。

 宿泊先によってルールは違い、俺達は夜の外出を許可されているが夢野達の家では禁止らしい。勿論女子ということもあるが、これに関してはクラスメイトの男子でも駄目と言われた奴がいたようなので、単に俺らのオッチャンが緩い人だったということだろう。

 

「でもアイツ、何か用事があって電話してきたんじゃないのか?」

『うん。陶芸部のお土産の話なんだけど、伊東先生の分は私とミズキが決めて、早乙女さんの分は水無ちゃんが決めるから、米倉君と雪ちゃんはクロガネ君の分をお願いって』

「成程。了解だ」

『…………それとね、理由はもう一個あるの』

「ん? 何だ?」

『昨日泊まったホテルのイルミネーションが、凄く綺麗だったって話したでしょ?』

「ああ」

『それでね、どうしても米倉君の声が聞きたくなっちゃって』

「イルミネーションで俺の声? どういうことだ?」

『米倉君と一緒に、こんな景色を見たかったなーって……ね?』

 

 優しい声で囁かれた言葉を聞いて、思わずドキッと心臓が高鳴る。

 俺が返答に詰まっていると、夢野はそのまま話を続けた。

 

『米倉君、明日は水族館の方なんだよね?』

「ああ。確か夢野は首里城だったよな?」

『うん。米倉君も首里城を選ぶと思ったんだけどなー』

「確かに俺としてはどこでも見に行けそうな水族館よりは、沖縄でしか見られない首里城の方が良いかなって思ったんだけど、多数決で負けてさ」

『そっか。それなら沢山写真撮って、後でお土産話とか聞かせてあげるね』

「サンキュー」

 

 二つの場所は遠く離れているため、俺と夢野が遭遇する確率は限りなく0に近い。可能性があるとしても自由行動の終盤、空港付近で会えるかどうか程度だろう。

 それ故に豪華なホテルのイルミネーションも、そしてこの綺麗な星空も、何一つとして生かすことがないまま俺の修学旅行は終わりを告げることになる。

 

『それにしても、沖縄って星が本当によく見えるんだね』

「ああ。凄い綺麗だよな」

『…………』

「…………」

 

 きっと夢野も、俺と同じ空を見ているんだろう。

 ひとしきり話をして、そろそろ話題も無くなってきた。

 ――――そんな時だった。

 

『「あっ!」』

 

 ボーっと眺めていた星空に、一筋の光が降り注ぐ。

 俺達の声が重なり、先に言葉を続けたのは夢野だった。

 

『流れ星っ!』

「夢野も見たかっ?」

『うんっ! もしかしたらまだ見えるかも!』

 

 俺達はワクワクしながら次の流れ星を待つ。

 しかしながら、新たな星が空から舞い降りてくることはなかった。

 

「俺、流れ星って初めて見たよ」

『私も流星群じゃない流れ星は初めてかも。あれで終わりかな?』

「まあ、そう簡単には見られないだろ」

『米倉君、お願い事は言えた?』

「あの一瞬で三回言うとか、絶対無理だろうな」

『ふふ。流れ星も見れたし、そろそろお互い明日に備えて寝よっか』

「ああ、そうだな」

 

 …………本当にこれでいいのだろうか。

 星が瞬く夜空を見上げながら、昨日葵と話したことを思い出す。

 

『沢山話しちゃってゴメンね?』

「いや、寧ろ助かった。お陰様で、ようやく夕飯を消化できたからな」

『良かった。それじゃ――――』

 

 これでいい筈がない。

 この修学旅行が終わってしまえば、俺達はあっという間に三年生だ。

 

「…………なあ、夢野」

 

 おやすみと言い掛けた夢野の言葉を上書きする。

 その先は何も考えることなく、自然と口が動いていた。

 

「空港で解散した後、何か予定とかってあるか?」

『え? ううん。特にないけど……?』

「そうか。それならちょっと俺に時間を貸してくれないか?」

『うん。大丈夫だよ。どこか行きたい場所があるとか?』

「いや、最後の問題の答え合わせがしたいんだ」

 

 一瞬の沈黙が訪れる。

 受話器の向こうにいる少女は、静かに息を吐いた後で返事をした。

 

『うん。わかった』

「ありがとう。詳しい場所と時間は後でまた連絡する』

『うん。明日、楽しみに待ってるね』

「ああ。それじゃ、おやすみ」

『おやすみなさい』

 

 俺は携帯を耳から離すと通話を…………ちょっと待て。これどうやって切るんだ?

 ガラケー人間の俺がスマホの使い方を理解している筈もなく、焦りながらも色々と操作して何とか通話終了。単に夢野の方から切っただけかもしれないが、まあ結果オーライだ。

 

「ただいま帰還でござる。無事に通話は終わったので?」

「ナイスタイミングだアキト。空港付近に良い感じの場所ってあるか?」

「良い感じの方向性次第ですな。詳細キボンヌ」

 

 何はともあれ、これで賽は投げられた。

 俺達の修学旅行はいよいよ明日、最終日を迎える。


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