俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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十一日目(木) 駐輪場での語り合いだった件

「そういや、パソコン部の方に新入部員はどれくらい入ったんだ?」

「寧ろ拙者が新入部員状態ですが何か?」

「相変わらず行ってないから知らないってか」

「最早部外者的な意味で、ここは侵入部員と呼ぶべきレベルですな」

 

 サーッと静かに雨音が響く放課後。今日は陶芸部へ行かずに、友人であるガラオタと共に帰るべく昇降口を出る。

 

「去年は花粉症で辛そうだったけど、今年は大丈夫みたいだな」

「全く問題ないお。寧ろ去年がイレギュラーかと」

「でも花粉症ってあれだろ? 身体の中に容器があって、それが一杯になって溢れると発症する感じで、一度なったらそれ以降は毎年なるって聞いたことあるぞ」

「恐らく拙者の容器は穴が開いていると思われ」

「マジかよ。どんな構造してるんだお前は」

「父さん。容器を感じます」

 

 頭の上に親指を立ててアンテナを張る火水鬼太郎。花粉症にならない人は容器がバケツで、なりやすい人は容器がグラスなんて話は聞いたことがあるが、穴開きなんてのは初めて聞く。

 

「ところでアキトに聞きたいんだが、お前って予備校に通う予定とかあったりするのか?」

「通ったら負けだと思ってる」

「何でだよ?」

「浪人しているならともかく、拙者達は学校教育を受けている身ですしおすし。予備校にいるプロフェッショナルでこそないものの、困ったら先生に聞けば済む話だお。屋代には講習もいくつかありますし、予備校よりも圧倒的に経済的かと」

「ほぁー」

 

 思わず感心して間抜けな声を上げてしまった。授業の一分一秒には何円が支払われているから真面目に受けないと勿体ないとか、コイツの考えって何かと大人びてるよな。

 

「しかし米倉氏の口から予備校とは、また随分と唐突ですな」

「まあな」

「何かあったので?」

「リリス関係にも繋がるから、話すとちょっと長くなるぞ?」

「付き合うお」

「サンキュー」

 

 リリスと言うのは夢野のこと。こうして周囲に聞かれたら困る場所で話題に出す場合は、未だに使っていたりする便利なコードネームだ。

 電車通学にも拘わらず、アキトは俺に合わせて駐輪場へとついてくる。屋根の下に入るなり傘を閉じた後で、俺は自分の自転車のサドルに寄りかかった。

 

「俺が月見野を目指してるって話は前にしたよな?」

「聞いた希ガス」

「それで阿久津が予備校に通い始めたらしくてさ。俺も通った方が良いのかなって」

「まあ金銭面で問題がないなら、行っておいて損はないですな」

「そうか」

 

 クラスメイトの男子が話しているのを聞いていた限り、半分近くは既に塾なり予備校に行っている様子。運動部の連中も引退後には通い始める予定だと言っていた。

 

「大学受験は、高校受験の二ヶ月前倒しで考えるべきだ。高校受験は夏休みからで間に合ったが、大学受験はその二ヶ月前のゴールデンウィークから本気を出せ。by店長」

「ああ、何かそんな話を誰かから聞いたことがあるような、ないような……」

「悩んでるようなら、五月の模試が終わってから考えるという手も有りかと」

「五月の模試って言ったら、結果が返ってくるのは六月くらいになるんじゃないのか?」

「そこは手応えと自己採で判断する感じだお」

「うーん……どうすっかなー」

「ちなみに米倉氏的には、第一志望は完全に月見野確定なので?」

「そう、それも問題なんだよ」

「ちなみに前回の模試の判定は?」

「E判定……合格の可能性20%以下の要検討だ」

「それはまた厳しい挑戦ですな」

「元々はアイツが行くって言ってたから、俺も一緒に行けたらいいなーくらいで考えてたんだ。だから別にそこまでこだわる理由なんてない筈なんだけど……」

 

 仮に教員を目指すとして、月見野にこだわらずとも教育学部のある大学は他にいくらでもある。俺の学力を考えれば、アキトが言いたいであろうことは至って正論だ。

 

「でも去年の夏休みにアイツに月見野を目指すことを話した以上、諦めるのも良くないかなって。罪滅ぼしって言うか、使命感っていうか……何て言えばいいんだろうな」

「まあ言いたいことは何となくわかるお」

「それでこうやって意識してる自分がいるって思うと、やっぱり今でもアイツのことが好きなのかなって考えたりしてさ。こんな状態でリリスの気持ちに応えるのもどうかって感じで、未だに踏み出せなくて……何かもう、どうすればいいんだろうな俺」

「そこで繋がってくると」

 

 修学旅行が終わって以来、夢野とは一緒にプラネタリウムへ行ったり、映画を見に行ったり、それこそデートみたいなことを何度かしてきた。

 モテない俺としては、こうして異性と出掛けるだけでテンションが上がるもの。ドキドキするようなことも沢山あったし、何よりも二人でいる時間が楽しかった。

 

「いやー米倉氏、青春を満喫してて羨ましい限りですな」

「傍から見たらそうかもしれないけど、こっちとしては割と深刻な悩みだっての。それにアイツ、何か最近ちょっと変なんだよ」

「変と言うと?」

「予備校が始まってから陶芸部に来る回数も減ったのは仕方ないんだけど、たまに来ても妙にボーっとしててさ。何て言うか、アイツらしくないって言うか……」

「それは単に疲れが溜まっているだけでは?」

「勉強で疲れるような奴じゃないと思うんだけどな」

「では予備校でイケメンを見つけて、一目惚れしてしまったという説を唱えてみるお」

「…………」

「あの米倉氏、ここは突っ込むところなのですが……?」

「いや、そういう可能性もあるのかもしれないなと思ってさ。アイツが一目惚れしたのかもしれないし、逆に誰かしらから告白されて執拗に迫られて困ってるのかもしれないし」

「後者の場合は米倉氏が彼氏役を演じるイベント発生ですな」

「いやない……と思うけど、万が一頼まれた場合はどうすればいいんだろうな」

「断る理由があるので?」

「いや、こういう風にどっちつかずなのって、やっぱり良くないよなって思って……」

「それは恋愛対象として見ているか、単に心配しているかによって違うお。例えば米倉氏が予備校に行こうと思ってる理由が、阿久津氏と同じ予備校で一緒に時間を過ごしたいとかになれば話は別ですな」

「いや、そういうことは全然考えてない。予備校は本当に学力的に心配なだけだ」

「それなら問題はないかと。彼氏役も単なる人助けと思えば問題ない話でござる。ボーっとしてるのが気になるのも、幼馴染で長い付き合いだからこその心配なのでは?」

 

 本当に幼馴染だから気にしているだけなんだろうか。

 屋根からポツポツと雫が定期的に垂れてくる中、アキトの意見を聞いて少し考えてみるが、落ち着いた時に改めて振り返る方が良さそうだ。

 

「リリスの件も予備校の件も、もうちょっと考えてみるわ。また何かあったら話聞いて貰ってもいいか?」

「お安い御用だお」

「サンキュー。悪いな、時間取らせて」

「拙者としてもどうなるのかワクテカで楽しんでる身なので、問題ないでござる」

 

 ホルダーに傘を固定してから、自転車のスタンドを蹴り上げる。校門へ移動しアキトと分かれてから、俺は雨の降る中を走り抜けて帰宅した。

 家に帰宅後、傘を差しても濡れてしまった靴下を脱ぐ。その際にうっかりバランスを崩しかけてしまい、慌てて強く足を踏ん張ると足の裏から痛みが生じた。

 

「っ」

 

 チラリと足の裏を見ると、そこには数ヶ月前から残り続けているできものが一つ。いつの間にやらできていたポコっとしているそれは、一向に無くなる気配がない。

 当たらなければ問題がないため大して気にしないでいたが、流石にここまで続いていると気になってくるもの。前々から親にも行けとしつこく言われていたため、雨なら待ち時間が少ないかもしれないと思い俺は病院へ向かうことにした。

 

「米倉さーん」

「はい」

 

 病院なんて滅多に来ることがないためどうして良いかわからず、探り探り受付で保険証を出してから待つこと数十分。ようやく自分の番が回ってきた俺は扉の奥へ入る。

 白衣の天使なんて言葉とは裏腹に、うちの母親と同年代っぽいオバサン看護師の案内に従い医者の前に腰を下ろすと、俺は予想だにしない宣告をされるのだった。

 

「あー、こりゃ手術だね」

「………………え?」


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