俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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二日目(金) 俺のあだ名がネックだった件

「こんにちは」

「やあ。これはまた、恥ずかしいところを見られたね」

 

 パチパチと拍手しているのは、未だ呼び方に困る幼馴染(仮)の夢野蕾。そしてその隣では見慣れない女子生徒が、呆然とした後でひそひそと耳打ちをする。

 

(ちょっとユメノン、本当にここ大丈夫なの?)

 

 内緒話の筈なのに、声がでかく普通に聞こえていた。

 すっかり白熱して気付かなかったが、どうやらドアが開きっ放しだったらしい。そりゃノックしようにもできず覗いた結果、陶芸部が卓球やってたら驚くのも無理はないか。

 

「大丈夫大丈夫」

(馬ヘッドかぶってナックル付けた男とか、出てこなきゃいいんだけど……)

 

 一体どこの世紀末ですかそれは?

 眼鏡を掛けた二つ結びの少女は、訝しげに陶芸部を眺める。ぽっちゃりとまではいかないが他の三人に比べると肉付きが良く、胸の膨らみがやたらと目立っていた。

 

「陶芸部って、卓球もできるんだね」

「時間があるなら、ゆ……二人も遊んでいけば?」

 

 妙に親切な俺の口調に、阿久津が何やら言いたげな様子。というか後で絶対に何かしら言われると思うし、今の内に言い訳を考えておこうかな。

 

「ゴメン。私、この後アルバイトなんだ」

「えっ? ユメノン時間平気なのっ?」

「うん。まだ大丈夫」

「えっと……そっちの人は、音楽部の友達?」

「ううん、クラスメイトだよ。色々あって部活を探してるの。さっき音楽部も体験して貰ったんだけど、ちょっと合わなかったみたいで……ミズキ、良い声してるのに」

「あんな真面目な練習とか無理無理。アタシ、緩くないと駄目なタイプだし」

 

 成程、それで陶芸部を紹介されたって訳か。

 

「……体験する?」

「体験って、まさか卓球の?」

「卓球が嫌なら、バドミントンかビリヤードでも――」

「……ヨネ」

「ごめんなさい冗談です」

 

 新入部員確保のために真面目な冬雪。対する阿久津はそれほどでもないのか、回収した卓球の球をラケットで撫でるように転がしている。

 

「……体験は粘土練ったり、ろくろ挽いたり」

「あー、えっと、今日は遅いし見学って感じでお願いできれば」

「……じゃあヨネと一緒に見せる」

「へいへい」

 

 冬雪一人で見せるより、俺も一緒にやった方が初心者は安心するだろう。

 どうせ後で菊練り練習させられるくらいなら、ここは素直に従った方が良さそうだ。

 

「ボクとの勝負は後回しになりそうだね」

「ん? 0―1で俺の勝ちだろ?」

「音穏。悪いけれど、櫻を少し借りてもいいかい?」

「……駄目」

「ふっ、モテる男は辛いな」

「えっと、アンタら三人ってそういう関係なの?」

「「……違う」ね」

 

 ノータイムで否定される思春期男子の辛さを、この女子校生二人に一時間くらいかけて語ってやりたい。その前に一時間ほど、陶芸を見せることになる訳だけど。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「じゃさじゃさ、次は瓶作って! こういう丸っこいやつ!」

「……瓶は難しい」

「ユッキーなら大丈夫だって!」

 

 バイトのため一足先に帰ってしまった同伴者なしで大丈夫か不安だったが、ムチッ娘は親しみ過ぎだろというレベルで陶芸部に溶け込んでいた。

 冬雪は未だに電動ろくろの前だが、俺は練った粘土量が少ない上に成形も失敗ばかり。早々に片付けを終えた今は、推理小説を読んでいる阿久津を前にまったり休憩中である。

 

「しっかし部員が三人とか、本当にあるんだ。ろくろは余り放題だし、メッチャ静かね」

「お前がお喋りなだけだろ」

「そう? アタシ的には全然普通なんだけど。っていうか、ちょっとネック。人の扱いが何か随分と雑になってない? 初対面での丁寧さはどこにいったのよ?」

「気のせいだ」

 

 遠慮なくあだ名で呼ぶような奴に、扱いが雑と言われても困る。

 ちなみに阿久津のあだ名はツッキー。冬雪のユッキーと被ってる上に、男女間の友情は存在する会の会長としてはいまいちな呼称である。

 

「ってか、普段もこんな遅くまで活動してんの?」

「いや、今日は特別でな」

「櫻」

 

 阿久津に呼ばれチラリとアイコンタクト……と言えば聞こえは良いが、多分これは睨まれたんだと思う。そういえば泊まりは無断だから、あまり話を広げるのはまずいか。

 

「特別って、何があるの?」

「それは入部してからのお楽しみだ」

「何それ? 気になるけど、まあ別にいっか」

 

 てっきり喰いついてくるかと思ったが、そんなことはなかった。

 瓶作りにウキウキな少女が冬雪の手捌きを眺めていると、ガラリと外へつながる扉が開き伊東先生が現れる。

 

「おや? お客さんですかねえ?」

「あ、えっと……」

「どうもどうも。先生、陶芸部の顧問をしている伊東と申します。こちらつまらない物ですが、宜しければどうぞ」

 

 白衣のポケットからチョコ菓子が取り出される。何でそんな物を持ち歩いているのかは知らないが、割と受けは良いらしく少女は目を輝かせた。

 

「えっ? 良いんですかっ?」

「はい。見学に来ていただいたお礼と言うことで。阿久津クンと冬雪クンの分もありますよ」

「先生、俺の分は?」

「あ、ないです。今あげちゃいましたからねえ」

 

 昨日のチケットの一件を恨んでいるとしか思えない所業。これが大人というやつか。

 チラリと視線を向けるが、これはアタシのと言わんばかりにチョコ菓子を抱える少女。胸に栄養が集まってるみたいだし、コイツ甘い物の類とか物凄く好きそうだな。

 

「……できた」

「凄い凄い! ユッキー、本当に上手いんだけど!」

「……そんなことない」

 

 謙遜する冬雪だが、傍から見てもやはり器用だと思う。俺が初めて見せてもらった時も、鮮やかに形を変えていく粘土を見て同じように感動した。

 最初は誰でも下手と彼女は口にしているが、あそこまで上手くなるにはどれくらい時間が掛かることやら……来年になって後輩が入る頃までには上達しないとな。

 

「さてさて。先生、疲れちゃいましたから帰りますので。後は宜しくお願いします」

「わかりました」

 

 冬雪が片付けを始め、阿久津は本を閉じると帰り支度の真似事を始める。

 

「へー。顧問の先生も緩い感じなんだ」

「まあ、珍しいタイプの先生だな」

「そっかそっか。じゃあアタシはお先に。ユッキー、今日はありがとね」

「……また来て」

 

 準備室へ戻る先生の後ろ姿をボーっと眺めていた少女は、勢い良く立ち上がった後で嵐のように去っていった。眼鏡を掛けてはいるが、文学少女とは正反対の活発さである。

 

「そういやミズキって呼ばれてたけど、アイツの苗字って聞いたっけか?」

「……聞いてない」

「まあ別に構わないさ。あの様子だと、またそのうち来そうだからね」

 

 アイツが入部したら、ここも随分と騒がしくなりそうだな。

 何はともあれ部外者は去ったことだし、いよいよ陶芸部の夜も始まりだ。


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