俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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二日目(金) カップ焼きそばがラーメンだった件

 勉強会……それは本来テスト前に行われ、各々が得意科目を教え合う会合。

 しかし実際には雑談や遊戯が始まってしまい大して勉強にならず、一人で復習した方が効率は良いというオチが定番でもある。

 だからこそ言おう。

 これは俺の知っている、ゆるゆるでウキウキな勉強会じゃない。

 

『ピピピピッ! ピピピピッ!』

「終わったあっ!」

 

 大きく身体を伸ばそうとしたが、椅子に背もたれがないため危うく倒れかけた。

 日付が変わると共に鳴り出したスマホを、持ち主の阿久津が止める。

 

「大袈裟だね。ほんの三時間程度じゃないか」

 

 嘘みたいだろ。テスト後なのに勉強してるんだぜ?

 先生が帰宅した後で始まった真・勉強会。85点を95点にするより55点を85点にする方が効率的という阿久津の指摘を受け、今日返された英語の復習をさせられた。

 時折わからない問題は質問したものの、解説以上の返事もなければ雑談もなし。集中していた阿久津は気付いてないだろうが、喋ったら負けと言わんばかりの重い空気だった。

 しかし三時間という長丁場を軽々とこなす辺り、流石は成績優秀者といったところか。普段からの努力が窺える中で、俺と同レベルな冬雪が大きく欠伸をする。

 

「……眠い」

「昼寝したのにか?」

「……昼寝は別腹」

「スイーツ好きのOLかよ」

「そういう櫻は元気そうだね」

「俺は普段から夜更かしだからな」

「その時間を苦手教科の勉強に当てるよう、梅君に伝えておくとするよ」

 

 洒落にならない夜襲が来そうだから勘弁して欲しい。これでも英語は前回より点が上がっているので、陶芸部で阿久津と勉強するだけでも充分な効果があるのは証明済みだ。

 

「ひとまず窯番はボクと櫻でしておくから、音穏は仮眠を取るといい」

「……そうする」

 

 冬雪はおぼつかない足取りで準備室もとい仮眠室へ向かう。元々半開きみたいな目が閉じ掛かっていたから眠そうだとは思っていたが、本当に大丈夫なのかアレ。

 

「さてと、窯を見に行こうか」

「ちょっと待ってくれ。栄養補給しないと、活動限界でヤバイ」

 

 既に満腹度0で、歩くとHPが減っていく段階。既に勉強会の最中で第一次、第二次空腹大戦が勃発しており、第三次なんて起きた日にはそれこそ大惨事になる。

 

「ってか冬雪もお前も、腹減らないのか?」

「言われてみれば、空いている気もするね。途中の仮眠と伊東先生から貰ったチョコで、満腹中枢が少し鈍っていたみたいだ。窯を見てから、夜食でも買いに行こうか」

「よしきた」

 

 鞄から財布を取り出し外へ出る。

 すっかり秋だが今日は温かく、空を見上げれば三日月と星達が輝く夜。バックミュージックには虫達の鳴き声に加え、阿久津と二人きりという夜の世界に心が躍る。

 

「何をそんなにウキウキしているのやら……もう深夜テンションかい?」

「こんな時間に外出なんて年末以外にしないだろ? なんかワクワクしてこないか?」

「キミの言いたいことは何となくわかるけれど、ボクは補導されないか不安だよ」

「ん? 警察に捕まったら、正直に窯番してたって言えばいいだろ?」

「そうすると学校側に連絡がいく可能性があるからね」

「あー、成程な………………うし、異常なしっと」

 

 割と静かにゴーっという音を鳴らし、中を覗ける隙間からはオレンジ一色が見えるだけ。その数値は驚きの1200度だが、そんなブーバーの体温みたいな温度がこれなのか。

 特に問題もないガス窯の確認を終えた後で、屋代の傍にあるコンビニへと向かう。時間が時間だけに、道路を走る車はほとんど見当たらなかった。

 

「そういや、お湯って陶芸部にあるのか?」

「伊東先生がポットを用意してくれているよ。キミはカップ麺にするのかい?」

「夜食といえばカップ麺だろ」

「ボクはおにぎりのイメージだけれどね」

 

 コンビニに入ると「らしゃーいまっせー」というやる気のない店員の声が出迎える。

 ひとまず迷いもせずに桜桃ジュースを確保。その後でカップ麺のコーナーへ向かうが、思いもよらぬ伏兵がそこにはいた。

 

『秋限定』

 

 ありきたりな宣伝文句がでかでかと書かれているのは、カップ麺ではなくカップ焼きそば。食欲の秋を丸ごと詰め込みとか、一体何が入っているのかつい眺めてしまう。

 

「神妙な顔をして、どうしたんだい??」

「ん? いや、まあちょっと悩んでるんだが……そっちは決まったのか?」

「欲しい味が売り切れていたから、たまにはカップ麺を食べてみようと思ってね。プロの目から見たお勧めはどれなのかな?」

「別にプロじゃないっての。んー、俺が好きなのはこれかこれだな」

 

 一つは王道なカップヌードル。そしてもう一つは別の意味で王道と言える、我が生涯に一片の悔い無し的なカップラーメンを指さした。

 

「じゃあボクはこっちにしよう」

 

 悩みもせずにシンプルなヌードルを手に取る阿久津。

 同じのを買うのも面白くないので、俺が買うのは必然的に北斗神拳の長兄……と見せかけて、少し悩んでからカップ焼きそばを手に取りレジへと持って行った。

 既に会計を済ませているかと思いきや、何故か阿久津はパンのコーナーで立ち止まっている。やっぱりパンにするのかと眺めつつ、先に支払いを終え外で待つことにした。

 

「すまない、待たせたね」

「カップ麺とパン……? それ、両方食べるのか?」

「まさか。音穏が起きた時、お腹を空かせていると思ってね」

「あ」

 

 ゴメンな冬雪、すっかり忘れてたわ。

 自分の分しか買ってない自己中心的な俺と違い、ちゃんと飲み物もお茶を二本買っている。こういう気配りに関しては見習わないと駄目だな。

 

「コンビニと言えば、夢野君の一件は無事に解決したのかい?」

「いや、新たな問題を出された」

「それはまたキミが忘れているであろう、彼女との関係性を示す問題かい?」

「ああ。多分そういうことなんだと思う」

「そして答えは見つからないと。道理で夢野君に対して、キミが一歩引いた喋り方をしていると思ったよ。だから全てを思い出したのかと尋ねたじゃないか」

 

 そんなこと言われても、簡単に思い出せたら苦労はしない。

 300円の商品なんて世の中には山ほどある。昔は夢野と呼んでなかったと言われても土浦と呼ぶのはおかしいし、蕾なんて軽々しく呼べる訳もなかった。

 そもそも下の名前で呼ぶ行為は、俺の中で恋人同士の特権みたいなものである。

 

「なあ。水無月……って、何月のことだったっけ?」

「六月だけれど、それがどうかしたのかい?」

「いや……三日月と水無月って似てるなって思って、一月から順に思い出してみただけだ。睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月――――」

 

 …………うん、やっぱり無理だったよ。

 思春期な男子高校生にとって、女子なんて○○さん呼びが基本。阿久津や冬雪みたいな呼び捨てが珍しいくらいであり、名前で呼べる相手なんて妹の梅くらいしかいない。

 

「てっきりボクの名前を呼ばれたのかと思ったよ」

「ああ、そういえば阿久津は水無月だったな」

「忘れられているとは心外だね」

 

 幼馴染の名前を忘れる訳がないだろ……普通にお前を呼んだんだよ。

 勿論そんなことは声に出して言える訳もなく、厳しい言い訳で露骨に誤魔化す。気付かれるかと思いきや、阿久津は夢野蕾の話から脱線した方が腑に落ちないようだった。

 

「話を戻すけれど、キミは夢野君が出した問題の答えを探すつもりかい?」

「そりゃできれば探したいけど、これといった当てがないからな。300円って言われて、パッと思いつく物って何かあるか?」

「300円ショップに行けば、いくらでもあるね」

「やっぱそうなるよな……後は、阿久津が知ってる俺のあだ名ってどんなのがある?」

「根暗」

 

 わかってはいたが、真っ先に出るのはやっぱりそれか。

 あの頃は『クール=恰好良い』という脳内数式を導き出し必死に演じていた。話しかけられても最小限の返事しか喋らずにいたら、付いたあだ名が根暗って何なんだよ本当。

 

「他にはヨネにネック……せいぜいそれくらいじゃないかい?」

「クラクラは?」

「少なくともボクは聞いたことがないよ。チェリーボーイなら知っているけれどね」

「それは忘れろ」

 

 クラクラなんて呼ばれ方をされた記憶はなく、仮にもしあるとするなら恐らくそれはまた遠い昔の話に違いない。

 結局何も思い出せないまま、補導されることもなく陶芸部へ到着したので夜食の準備へ。いつものようにパッケージを開けると、加薬と粉末スープを入れてお湯を注いだ。

 

「手慣れているね」

「まあな」

 

 容器に書かれた説明を見ながら、一つ一つ手順を踏んでいく阿久津が実に初々しい。

 カップ焼きそばと言えば湯切りの際に『だばぁ』することで有名だが、三秒ルールも適用されない陶芸部の流しでそんなミスを俺がする訳がなかった。

 

「あぁっ!」

 

 前言撤回。

 そんなミスをする以前に、別の大きな間違いを犯していたことに気付く。

 

「いきなり大声を上げて、どうしたんだい?」

「カップ焼きそばなのに、間違って先にスープ入れちった……」

「先に入れると、どうなるのさ?」

「…………焼きそばがラーメンになる」

「流石はカップ麺のプロだね」

 

 ラーメン状態のまま食べた焼きそばの味はとても薄かった。そりゃもう、涙で味付けできないかと思うくらいに。


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