俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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一日目(火) 屋代学園が大きいだけの高校だった件

 生徒総数は約2500人。一学年800人以上のマンモス校、屋代学園。

 これだけ聞くと凄そうだが、変な語尾の生徒も、財閥や理事長の子も、誰もが知るアイドルも存在しない。制服は地味だし校長もオッサンな、大きい以外は至って普通の高校だ。

 上から見ると携帯のアンテナマークみたく縦に並ぶ校舎。渡り廊下で繋がっている内部はAからFの六区画に分けられ、それぞれがハウスと呼ばれている。

 簡単に言えば小さな学校が六つくっつけられたような構造で、同じ中学の人間が同学年にいてもハウスが違えば会うことすら滅多にない。

 

「…………ん?」

 

 しかし登校が早かった今日は偶然にも、朝から顔見知りの姿を見かけた。

 駐輪場に自転車を止め昇降口へ向かう途中で、どうやら向こうも俺に気付いたらしい。

 

「よう」

「やあ」

 

 長袖のブラウスに身を包んだ、容姿端麗と言ってもおかしくない女子生徒。彼女こそ朝も少し話題に出た幼馴染、阿久津水無月(あくつみなづき)だ。

 腰の辺りまで真っ直ぐ伸びた綺麗な長髪に、やや短めなスカートの下から伸びるスラッとした脚。ついでに言うなら身体の凹凸も、高一女子としてはスラッとしている。

 色々な意味で近寄りがたい阿久津と短い挨拶を交わすと、通り過ぎた後で隣にいた友人らしき女子生徒が興味津々といった様子で尋ねていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「何々? 水無月、知り合い? ひょっとして彼氏とか?」

「勘違いしないで欲しいけれど、近所の幼馴染であって彼氏でも何でもない。彼はボクにとって腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものでね」

 

 …………第二声でこの破壊力である。

 友人って選択肢はないのかよ。しかも最後に至っては無機物じゃねーか。

 そんな説明で隣にいた女子生徒も納得したのか、ふーんとか口にしている始末。いやそこは三文字で流しちゃ駄目だと思うんだけどな。

 デートなんて死んでも口にできないと再確認した後で、Cハウスの昇降口に入る。

 上履きに履き替え数歩歩けば、ガランと広がる吹き抜けのハウスホール。一階にある教室はここから全て見渡せるが、まだ時間も早いため生徒は数人しか見当たらない。

 そして俺のクラスであるC―3には今日も一人、誰よりも登校の早い眼鏡のガリガリ男が自前のノートパソコンと向き合っていた。

 

「はよざっす」

「おいっす米倉氏……って、その挨拶は何ですと?」

「最近妹がハマってる挨拶」

「シスコン乙」

「黙れロリコン」

「ロリコンは正義ですしおすし。何でもオタクを悪にする風評被害乙」

「そんな歪んだ正義があってたまるか」

 

 一昔前のオタ語を喋るガラパゴスオタク、通称ガラオタの火水木明釷(ひみずきあきと)と挨拶を交わした後で、パートナーである青年の後ろの席へ座る。

 世の中には『二人組作って』なんてトラウマワードがあるが、俺が味わったのはそれ以上の悪夢。そもそも中学以降はこんな指示を出さず、名前の順に組ませるのが基本だ。

 

 

 火水木明釷 → 出席番号15番

 米倉櫻 → 出席番号16番

 

 

 入学式当日、高校デビューを飾ろうと早目に着いた教室にいたのはコイツだけ。自分の前に座る男へ話しかけないのも失礼と、声を掛けたのが失敗の始まりだった。

 男は堂々とオタ語を喋り出し、後から来たクラスメイトにそれを見られる始末。こうして重度のオタクでもない俺は、オタ友という無実のレッテルを貼られてしまう。

 最近アニメで増えている、ぼっち主人公なんて目じゃない孤独以上の苦痛。この状況にも名前が付いたら、ファッションぼっちみたいに自称する奴が現れるんだろうか。

 

「で、何してんのお前?」

「刀っ娘ラブのイベント最終日なので、統計取ってキリ番狙いな件」

 

 ソーシャルゲームって、そうやって遊ぶものじゃないだろ。

 ノートパソコンのキーボードを高速でタイプしながら、スマホを片手間に操作するアキト。繰り返すようだが、最初はこんな名前も存在もネタみたいな奴に心底絶望した。

 そう、入学当初は……だ。

 第一印象こそドン引きするオタクだが、コイツの凄いところは学業をしっかりこなしている点。一学期の成績は驚くことに、成績優秀者とされる評定平均4.3オーバーだった。

 そして掌を返すのが人間という生物。五月下旬のテストが過ぎた頃から周囲がアキトを見る目は少しずつ変化し、今では残念なオタクから凄いオタクと一転攻勢中だ。

 

「米倉氏もやってみそ? ヨンヨンマジ可愛いお!」

「ガラケーでも遊べるならな」

「さいでした」

「第一そういうのって課金前提だろ? 俺には無理だっての」

「無課金でも充分遊べる件。お金払って経済回すのは、大きな子供の役目ですしおすし」

 

 未来の大きな子供候補はドヤ顔で語る。頭が良いだけあって線引きはしているらしい。

 こうして学校でノートパソコンを弄る行為も、成績が良い故に許されている感がある。アキト自身もそれを分かっているのか、持ってくるようになったのは最近だ。

 というか今ふと気付いたけど、もしスクールカーストなるものがあればひょっとしてコイツ、俺より上にいたりするんじゃないだろうか?

 

「…………………………」

 

 考えれば考えるほど何だか無性に悲しくなってきたので、唯一アキトに勝利した得意教科の数学に磨きをかけるべく問題集を机に広げた。

 黙々と問題を解いていると、美男美女揃いなんてことはないクラスメイトが徐々に集まり始める。思春期らしく男女の交流は挨拶程度で、俺に声を掛けるのも男ばかりだ。

 

「おはよう櫻君。テスト勉強?」

 

 そんな野太い声から一転、山の空気みたいに澄んだ高めの声が聞こえた。

 しかし声を掛けてきたのは女子ではなく、女子っぽい男子生徒。華奢な身体になで肩の音楽部、名前の構成が僅か三文字の相生葵(あいおいあおい)である。

 

「もう二週間前だしな」

「はよざっす相生氏」

「えっ? お、おはようアキト君」

「米倉氏、やっぱこれ流行らないお」

「いや俺に言われても知らんがな」

「は、流行るって……? あ! は、はよざっす櫻君」

「気持ちは嬉しいが、無理してやる必要はないぞ葵。おはよう」

「お、おはよう」

 

 出席番号一番の女々しい少年(仮)は、律儀に頭を下げ挨拶を返した。

 アキト風に表現するなら男の娘。しかし女っぽくても所詮は男であり、ドキドキするなんて要素は一切ない。例え手が触れようと上目遣いをされようと、男は男なのである。

 

「ん……? なあ葵、肩にゴミが付いてるぞ」

 

 だからこそ特に意識もせず、何てことのない一言が口から出た。

 衣替え期間に入ったものの、まだ大半の生徒はYシャツもしくはブラウス姿。そんな中で葵は冷え性なのか、一足先にベストを着ている。

 

「えっ? あ、本当だ。ありがとう」

 

 周囲が白一色に対し一人だけ紺色のスイミー状態な友人が、肩に乗った糸くずを掃った。

 その姿を眺めながら、ふと我に返り考える。

 

(…………たったこれだけなんだけどな)

 

 ネームプレートに値札付いてますよ。

 友人に指摘した類義語を言えなかった昨日の自分を思い出し後悔していると、一日の始まりを告げるホームルーム開始五分前のチャイムが鳴り響いた。


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