俺の彼女が120円だった件   作:守田野圭二

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五日目(金) 体育祭(転)が接戦だった件

 4×100mの決勝という退屈な時間が過ぎた後は男の熱い決闘、騎馬戦だ。

 もっとも午前の時点で出場種目が全て終了している俺は、上半身裸の男達がぶつかり合う姿をスタンドで眺めるだけ。スタンドに残っている男子は少なく肩身が狭かった。

 

「た、ただいま……」

「おう。お疲れ…………って誰だお前っ?」

「おうふ! 拙者拙者!」

「何だアキトか…………はっ? 気をつけろ葵っ! 今流行りの拙者拙者詐欺だ!」

「お、落ち着いてよ櫻君! 本物のアキト君だよ!」

「本物なら、ガラオタっぽいことを言ってみろ!」

「夜戦突入前に轟沈しますた!」

「あ、本物か」

 

 そういえば一学期の体育は眼鏡を掛けたまま受けられる授業ばかりだったし、アキトが眼鏡を外した姿は入学してから初めて見たかもしれない。

 口を開けばいつものガラオタでホッとするが、もしかしてコイツって眼鏡を外して黙ってれば割とイケメンな部類だったり……いや気のせいだ。認めんぞ俺は。

 

「相生氏の裸体で悩殺できると思いきや、そんなことはなかったお」

「そ、そんな理由で敵陣に突っ込んだのっ?」

「男の娘とくれば定番中の定番ですしおすし」

 

 試合開始早々に特攻かまして崩れた騎馬があったが、どうやらコイツらだったらしい。中には傷を負って戻ってくる生徒もいるが、パッと見た限り外傷はなさそうで何よりだ。

 まあ怪我の発生率なら騎馬戦よりも、次の種目の方が多いかもしれない。

 

「いよいよ、次はお待ちかねの棒引きですな」

「お、お待ちかねって?」

「普段温厚な女子の豹変! すなわち三次元の限界! 二次元に屈服する瞬間である!」

「そんな目で棒引きを見るのはお前だけだ」

 

 中央に並べられた十一本の棒。これをより多く自陣へ持ち帰った方の勝ちという、至ってシンプルな女子種目。よくある別名は竹取物語と、かぐや姫を想像させる美しい響きだ。

 しかしその実は激しい棒の争奪戦が繰り広げられると専らの噂。かの陶芸部顧問である伊東先生は、棒引きについて尋ねると遠い目をしながらこう語っていた。

 

『例えるなら主婦のバーゲンセール……竹取物語というより、猿蟹合戦でしたねえ……』

 

 その比喩だと死者が出ないか不安だが、一体あの人は何を目の当たりにしたのか。綱引き同様トーナメント形式である初戦は、俺にとって注目のCハウス対Fハウスだ。

 半袖短パンの体育着姿となった女子達がズラリと並ぶ中、アキトがゴクリと唾を飲む。

 

「実は裏で凶暴な冬雪氏……それはそれでアリなような、ナシなような……」

「で、でも火水木さんとかは、普段とあんまり変わらなそうだよね」

「変わらないというより、ブリッ子してる連中の化けの皮を剥がすって息巻いてたお」

「アイツは一体何がしたいんだよ……」

「ややっ! 隊長、既にCハウスにおいて一部女子の表情が殺気立っておりますっ!」

「誰が隊長だ。そして何の隊長だ」

 

 双眼鏡を覗きながら、嬉しそうに報告してくるアキト。俺の視力は良くも悪くもなく普通のため、この距離だと表情は目を凝らさなければ見えなかったりする。

 まあ棒引きに出場しているクラスメイトで、活発な姿が想像できないのは冬雪くらい。それこそ如月が豹変でもしたら興味も沸くが、当の本人はスタンドで観戦中だ。

 

『パァンッ!』

 

 試合開始の音を合図に、双方が一気に中央へ駆け出した。

 足の速い女子達が、端にある棒を引っ張り合いになる前に素早く持って帰る。

 

「夢野さーんっ! 頑張れーっ!」

「!」

 

 必死に声を出す葵だが、応援しているのは敵である同じ部活の少女だった。

 出場していると知らなかった俺は、競技場内にいる青い鉢巻きをつけた女子を探す。程なくして見つけた夢野の立ち回りは中々に上手く、少人数で引っ張り合いになっている棒へ仲間と共に駆け付け加勢していた。

 ついでに見つけた戦闘民族の火水木はと言えば予想通り、一番人数が集中している中央で奮闘中。眼鏡を外しているようだが、壮絶なバーゲンセール状態でよく見えない。

 

「それにしてもこの冬雪氏、いつも通りである」

「ん?」

 

 残りの本数が減ってくると、一本一本に女子が群がる。冬雪はと言えば掴み所のないくらい密集している棒を前に、持つ場所はないかと右往左往していた。

 

「完全に傍観状態な件。棒だけに棒観……なんつって」

「くだらん冗談は放っておくとして、冬雪が棒引きを選んだのは理由が理由だからな」

「し、知っているのか米倉氏!」

 

 

 

 

 

『なあ冬雪。何で棒引きにしたんだ?』

『……陶芸部だから』

『何だそりゃ?』

『……一つの作品を作るのに、一個の粘土玉を使うのが一個引き』

『ふむ』

『……まとめて土を乗せてから必要な分を使って、作品部分だけを切り取るのが棒引き』

『普段部活でやってるやつか。それでそのイッコビキとボウビキが……棒引き?』

『……陶芸部だから、棒引き』

 

 

 

 

 

「――――ということだ」

「冬雪氏、マジ職人。略してFMS」

 

 どこのラジオ局だよそれ。

 綱引きなんて陶芸用語がなければ、きっと彼女は来年も棒引きに出るだろう。思った以上に壮絶でもなかった種目(※ただし一年に限る)は、無事に終わりを告げた。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 競技も残るはリレー二種目のみ。先に行われるのはクラスで選抜された男女四人ずつ、計八名を一つのチームとして競い合うHR対抗リレーだ。

 

「ん? アキト、どっか行くのか?」

「拙者、厠へ少々」

 

 運動部を揃えたC―3メンバーが敗北を喫した後で、ガラオタはトイレへと席を立つ。

 正直他のクラスの連中なんて顔も名前も知らない奴ばかり。運動部なら部活仲間や先輩で盛り上がる所だが、俺達みたいな文化部には正直退屈な時間だ。

 

「あ! 阿久津さんって、運動する時は髪の毛縛るんだね」

「ああ」

 

 部員が少ない上に先輩もいない陶芸部なら尚更だが、今年は少し例外とも言える。

 奇数走者が女子で偶数走者が男子のHR対抗リレー。長い髪が目立つ陶芸部の少女は第七走者の位置で待機していた。

 

「さ、櫻君って、阿久津さんと幼馴染なんだよね?」

「向こうから言わせたら腐れ縁というか、奴隷というか、ペットというか、遊び道具みたいなものらしいけどな」

「えぇっ? そ、そんなことないと思うけど……」

 

 残念ながら葵よ、これは当の本人が実際に口にした事実なんだ。

 もっとも九月の頃はトゲトゲしていた彼女も、最近は少し角が取れた気がする。まあ阿久津からアクが抜けたら、津しか残らないんだけどな。

 

「で、でもそういう話を聞くと、やっぱり幼馴染って普通の関係とは違うんだね」

「そりゃまあ、ある程度には長い付き合いだからな」

 

 流石に高校で出会ったばかり、もしくは共に過ごして一年程度の相手から罵倒されては堪らない。仮にそんな奴がいたら、逆にそいつの人生が大丈夫なのか不安になる。

 

「櫻君は――」

『位置についてーっ! よーいっ!』

「何だ?」

「う、ううん、始まったし後でいいよ」

 

 六人の生徒がスタートを切り、女子から男子、そしてまた女子へとバトンが渡っていく。

 第三走者が走り出した後で、第七走者の女子達がレーンに並び始めた。周りはきっと陸上部とかソフトボール部とか、それこそ現役バスケ部とかだろう。

 そんな強者に囲まれながらも、阿久津は昔と何一つ変わらずに堂々としていた。

 

『キャーッ!』

 

 第六走者の白い鉢巻きを巻いた男子の速さに、周囲が盛り上がる。

 先頭集団と後続に差が生まれ始め、トップ3はF、D、Cでほぼ確定。CハウスがDハウスを抜き、Fハウスへ追いつきそうなところで第七走者へとバトンが移った。

 

「!」

 

 一位でバトンを受け取る阿久津。バトンパスは問題なかったし、速度も決して遅くない。

 しかしその差は確実に詰まっていた。

 逆転の期待で盛り上がる周囲とは対称的に、俺の目は青い鉢巻きだけを追う。

 時間にして十秒ちょっとの筈が、随分と長く感じた。

 

「っ」

 

 応援したところで速くはならない。

 そう分かっていながらも、俺は自然と立ち上がり敵である少女の名を大声で叫んだ。

 

 

 

「負けんな阿久津ーーっ!!」

 

 

 

 その声が届いたのか、はたまた持久力で勝ったのか。

 Fハウスはギリギリ一位を維持したまま、第八走者の男子へとバトンを繋げる。トップ争いは大接戦の末、Cハウスは逆転できず二位に終わった。

 

「…………」

「何だよ?」

「ううん、何でもない。櫻君、嬉しそうだなあって思って」

 

 そう言ってきた葵の方が、随分と嬉しそうに見えるけどな。

 阿久津との関係性を掘り返される前に、俺はアキトと入れ替わる形で逃げるようにトイレへと向かうのだった。


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